オトノハ漫遊記

 日差しの温かい早朝のこと。俺達はオトノハと一緒に街道を進んでいた。


「しばらくは馬車でゆっくりしてください」


 みんな民に変装している。これで敵が来ることはほぼないだろう。あったら相当やばいやつがいるか、裏切り者がいる。


「ついたら起こしてくれ」


 馬車の中は広くて揺れなくて快適だ。こうしてイロハの膝枕でだらだらできる。


「緊張感ないぜぃ」


「超人がいれば平気だろ。オトノハが狙われているわけでもない」


「うむ、狙う理由がないのじゃ」


 ついでにメリットもない。王族誘拐して身代金って手段も、街道にすら警備がいるこの国では難しい。単純に割に合わないだろう。


「確認ですが、オトノハを聖地から移動させようって案はフラン本人から聞いたんですか?」


「正確にはフランチェスカ様も同席した会議で決まったものですが」


「んー……城には結界があって、聖地はバリアがある。なのに外に出した。それにフランが賛成して、俺も同行することになる……んん?」


 なーんか腑に落ちない。全員聖地とやらにいればいいじゃん。

 フランは賢い。無駄な作戦は取らないし、賛成もしないだろう。


「シルフィの実力を知っておるんじゃろ。それに籠城することになれば、聖地から逃げることができぬ」


「保険か……この世界はトラブルばっかりだな」


「ひとまず観光の続きでもしましょう。もうすぐ大きな橋があって、そこからの眺めが評判らしいわよ」


「うんうん、オトが解説してしんぜよう! ここは川の流れが穏やかで、少し行くと釣りスポットもあるんだよ!」


 オトノハは郷土愛というやつからなのか、とても楽しそうに魅力を語っている。

 難しいことは考えず、こうして観光を楽しんでいければいいのだが。


「ん? 止まった?」


 馬車が橋の途中で止まった。どうやら検問があるみたいだ。

 凶悪犯がいる可能性がどうのこうので、馬車の中も見るらしい。

 オトノハは変装しているし、軍の人間なら問題はないだろう。


「どちらまで?」


「隣町だ。敵軍のいない場所へ行きたい」


「最近は物騒ですからね」


 馬車の中も軽く調べられるが、別に不審なものは持っていない。

 ごく普通の一般人に見えているはずだ。


「綺麗なお嬢さんだ。エルフの貴族様ですかな?」


「ありがとうございます! エルフでっす!」


「どことなく高貴な雰囲気がいたしますね」


 オトノハを探っている? 考えすぎかもしれんが、快晴なのに橋が濡れている。雨が降ったなら気づくはず。何か嫌な予感がする。


「そんなことはどうでもいい。どこの管轄だ? あの街の軍ではないな」


「それは極秘でして」


「超人ヒジリだ。誰の命で動いている?」


 対応のすべてをヒジリさんに任せると、こういう権限を発動できる。

 検問の連中はここで説明しろと言うと言い淀み、どこかへ合図を出した。


「来るぞ。風と水の魔力じゃ」


 橋の下から大量の水が吹き出し、周囲を水の壁が囲っていく。


「ちっ、やはり敵か!」


「こいつらも連れていくぞ!」


 水でできた巨大な龍が馬車を飲み込もうとしてくる。だが術そのものが強いわけじゃない。こんなものは俺達の魔法でかき消せる。問題はきりがないことか。


「こっちは任せろ! ヒジリさんは外の敵を!」


「切り終えました!」


 はっや。超人ってすごい。いつ動いたのか見えなかった。


「馬は?」


「街の方へ逃しました! あとは術者を倒すだけです! 馬車に避難を!」


 大量の水が橋を塞ぎ、切っても再生する水の龍が襲い続ける。

 ヒジリさんに怪我はないし疲れも見えない。だが術者が見当たらない。


「遠隔操作か?」


「みたいね。馬車を食べようとしているのかも」


「なるほどのう。どうやら龍の口の中は空気で満たされておるようじゃ」


「どこかへ運ぶための魔法ということか」


 殺すのが目的ではないことが判明した。こんな目立つ場所で犯行に及ぶとは、何も考えていないのか、後ろ盾があるか。


「術者を見つけたわ」


「串刺しにして連れてこい」


「了解」


 水の龍が消え、影で四肢を突き刺された男が浮かんできた。


「ヒジリさん、捕まえました!」


 生け捕りにしてヒジリさんに渡し、とりあえず橋を渡りきる。馬車は影の馬を作って走らせた。目立っちゃうので近場に止めたら消す。


「どこから切り落とします?」


「初手拷問はやめるのじゃ」


「その傷では逃げられまい。目的と首謀者を喋れば、命の保証はしてやる」


「くっ……知らん」


 右耳を切り落とす。オトノハは馬車の中でシルフィとイロハが相手してくれているから安心である。


「うがあぁ!?」


「サカガミさん!?」


「すみません、チャンスだと思って」


「チャンス!?」


 観光を邪魔された怒りを晴らすチャンスかなと思いました。


「うぐぐぐ……てめえよくも……」


「俺達を襲ったお前が悪い。悪いやつはさらし首がこの国のルールだぜ」


「勝手なルールを作らないでください」


「超人ヒジリを甘く見るなよ。お前の家族まで皆殺しだぞ」


「私の評判が悪くなるのでやめましょう」


 そこから色々と聞いたのでまとめる。

 自分達は指名手配犯で、聖地への使徒という組織にいる。

 聖地のへ使徒は聖地に勝手に入ろうとするテロやっているアホども。

 ネフェニリタルの人間を集めて聖地へ入れるか試す部隊である。


「エルフをさらう理由はそれか。無駄なことを……資格がなければ認められないというのに」


「集めた人間はどうした? 殺すのか?」


「手荒な真似はしちゃいない。何が条件かわからねえから、万が一にも殺すわけにはいかねえんだ。全員街の一箇所に集めている」


「街中に? 豪胆だな」


 国境沿いにある比較的大きめの街らしい。川が近いので、水中を移動すれば気づかれにくいんだとか。そこに協力者がいるらしい。


「大抵の場合、こういうアジトってのは洞窟とか廃墟だろ? だから裏をかくのさ。どうやらうまくいっていたみたいだな」


「だがお前のお陰で瓦解した。案内してもらうぞ」


「わかったよ。死にたくねえしな」


「サービスだ。耳はくっつけてやるよ」


 そして街へと移動する。俺達は変装して敵の部下という設定だ。

 馬車はヒジリさんが引いた。最初は意味がわからなかったが、揺れもなく凄いスピードで進んでいった。


「ここだ。この門から入る。こっち担当の貴族が、警備を手薄にしてくれているんだよ。同士なんだ」


「なるほど、ここの貴族ならやりかねないな。意外な黒幕がいたものだ」


 エルフの貴族だが聖地に入れないのが面白くない貴族がいるようだ。

 まあ自分が特別な地位なのに、その一個上が常にいるんじゃ納得も難しいか。


「ボスはいねえよ。おれらは速いもの勝ちなんだ。全員が同士であり、別々の手段で道を探す。だからボスが消えて解散する組織じゃない」


「めんどくせえ……ほらついたぞ」


 ミラージュキーで全員エルフに変装している。俺も女に見えているはず。

 そしてあっさりと貴族の屋敷についた。ルートとしては、裏道の家から塀の内側で繋がっている。近くの家に入ったら出てこなくなるわけだ。


「今日はまた上品な女を連れてきたな」


「わかってると思うが手を出すなよ。ペイジに殺されちまうぞ」


「知ってるよ。聖地にさえつけば、女でもなんでも手に入るんだろ? それまでの辛抱さ」


「だといいがね」


 手荒な真似はされないと思っていいようだ。

 門番がいて、中の通路にも見張りがいるな。やがて広い部屋にたどり着く。

 警備が厳重だし、扉が鉄製だ。どうやらここにまとめて入れられているようだ。


「ここに入っていろ。じっとしていれば何もしない。食事も三食つく。じゃあな」


 そう言って去っていく。だが魔力の爆弾を脳に埋め込んであるから、こちらを裏切ることはない。

 部屋を見回すと、十人以上のエルフが閉じ込められていた。数人がこちらを哀れむような目で見ている。


「なるほど、部屋は豪華だな。流石は貴族の屋敷」


「では作戦通りにいきましょう。私とイロハさんが潜入捜査」


「俺とリリアとシルフィがオトノハのおもり」


「おもり!?」


 本来こんな作戦に同行させるべきではない。だが俺達の近くがこの世で最も安全だ。なので同行させるしかない。めんどくさ。


「敵が気づくといけないから、分身を置いていくわ」


「本当は俺も行きたいんだが……」


「面白半分で行くべきではないのじゃ。プロに任せるがよい」


「では行って参ります」


 別に扉や窓を壊す必要はない。イロハと影に入れば、僅かな隙間から移動できる。

 忍者が使えるとクソ強いなこれ。やはりうちのチーム反則だろ。


「あの、あなたたちも連れてこられたんですよね?」


 知らん女が話しかけてきたので、対応をシルフィとオトノハに任せる。

 俺とリリアは今後の予定を確認しながらごろごろするのだ。


「ここでやるべきことは、聖地の使徒の犯罪の証拠。まあこれはこいつらでいい。次にゲオダッカルと囚人どもの関係を示す証拠だ」


「そっちメインじゃな。ここの貴族がどちら側に肩入れしておるかで変わるのう」


「オトノハ様、そんなオトノハ様まで捕まって……」


「身バレしたくさいです!」


「お前それなりに知名度あるのな」


 まあ想定内だよ。落ち着かせるように言う。助けが来たと知って少しは安心したらしい。すぐ静かになった。


「大丈夫です。ここには超人と来ています。不安は承知で、私はみなさんの身を全力で守ります」


「いけません、オトノハ様に何かあっては……」


「私は誰も傷ついて欲しくないのです。同じエルフじゃないですか。全員で助かりましょう。そのために協力が必要です」


 おぉ……すげえお姫様っぽい。なんなの基本スキルなの? シルフィもああいうことできるよね。

 感動しているエルフを見ながら今後の予定を立てていると、イロハから通信が来た。仕事が速いぜ。


『報告、書類を見つけたわ。ゲオダッカルとの取引内容もある』


「よくやった。引き続き捜査を続けろ。本部からの捜索隊は?」


『えっと、これに話せばいいのですか? こちらヒジリ、明日には先発隊が来ます。その時に貴族のペイジもろとも一斉検挙が最善かと』


「了解。調査が終わったら戻ってくれ。寝るには不自由しない場所だ」


 さて、決行は明日だな。それまで旅の疲れでも癒やすとしようか。

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