やっぱり普通に終わらないじゃないか

 涼しい風の吹く夜のこと。俺とリリアはヒジリさんから指定された店へとやってきた。個室のある落ち着いた店で、内緒の話をするにはいい場所だ。


「さて、早速話を聞きましょう」


 クリームソーダ飲みながら適当に話を切り出す。ヒジリさんは申し訳無さそうに語り始めた。


「まず隠していたことは謝罪します。どこまで踏み込ませていいものか、こちらでは判断もつかず……」


「いらん混乱をさせたくなかったのじゃろ。何もなければそれでよしと」


「はい、ですがフルムーンとフウマの王女様が同行するとなれば、もう上層部もどうしてよいものかと」


「なるほど、だから全員まとめて隔離できりゃいいなと」


「はい……」


 そりゃ混乱もするわな。国にトラブルが起きるとしよう。そのど真ん中で大国の王族がバカンス中と。すげえ焦るよね。まあしょうがない。


「正直に話してくれればいいのに」


「いらぬ混乱とプレッシャーをかけたくなかったのだと思います。どうなるのか想像もつきませんので」


「で、原因はなんなのじゃ?」


「聖地への侵入を試みる組織があります」


 なんでも世界樹に触れようとする危険な連中がいるらしい。そいつらは一部のエルフだけが特権を謳歌していると思い込み、自分達にも結界内に入る権利をくれとか言っているとか。


「そういう連中って、世界樹にこっそり近づきそうなもんですが」


「不可能なんです。近づける存在は古代より続くエルフの血族だけ。これは世界樹が 決めているため、我々の意志ではありません」


「樹そのものが人を選んでいると?」


「はい。勝手に侵入しようとすれば、世界樹の力で弾かれます」


 世界樹は生活そのものにクオリティに直結する。この国では世界樹の力できれいな水と豊富な作物が育つ。それにより生物は健康でいられる。だからそれを脅かすものは徹底的に潰されるのだ。街に警備が多いのは、観光地だからが理由の全てではないのさ。


「自動で弾かれるなら、要求しても無意味では?」


「それで納得しないから厄介なんです」


「アホは言っても通じないじゃろ。なんとか特権を得ようと必死なんじゃな」


「乞食に理屈なんぞ理解できんか。それで、俺達はどうすれば?」


「オトノハ様とごく普通に観光客として遊んでいてください。何もなければそれでよし。旅費は出します。謝礼も出るはずです。警備は特殊部隊と私が責任を持って行いますのでご安心を」


 安心できないんだよなあ。どうせまためんどくせえことになるぞ。鎧を隠して終われれば御の字だろうね。


「わかりました。俺達は普通に観光を楽しみます」


「ただし、手柄はすべてヒジリさんのものとするのじゃ」


「どういうことですか?」


「戦闘があった場合、俺達は戦っていない。ヒジリさんが単独で倒したものとします。戦闘行動があったと知られると面倒です」


「わかりました。お願いしている身ですから、お受けいたします」


 よし、これで何が来ようが手柄は押し付けられる。こうして普通に遊ぶことが決まった。

 一晩寝たら自然の豊富な公園にやってきた。ここは世界樹から離れた場所だが、根っこが太く張っているらしい。そのためとても澄んだ浅い川が流れる、穏やかな場所である。


「ほーれとってこーい」


「うおおおぉー! おりゃー!」


 オトノハがボールをキャッチして、俺の元へと帰ってくる。


「よーしえらいぞー」


「えらいぜぃ!」


「サカガミさん、一応お忍びとはいえ王族なのでその、その遊びはちょっと」


「ヒジリさんもやりません? ボール投げると取ってきますよ」


「いえですから、王族に犬みたいな遊びはご遠慮願えないかと」


 そもそもオトノハがボール遊びしたいと言い出したのが発端である。

 俺はそれに従っているだけなので無罪だ。


「じゃあシルフィも参加させます」


「事態を大きくしないでいただきたい」


「じゃあキャッチボールしよう! ヒジリが投げて、オトが取る!」


「同じですよね?」


「飲み物を買って来たわ。みんなで休みましょう」


 買い出し組が帰ってきたか。日陰に入ってみんなで休む。今のところ実に旅行である。こういうので終われ。


「はー……落ち着く。いい旅行だ」


「凄く心地よいわ。空気が澄んで自然の香りがするの」


 イロハが俺じゃなく川の空気を鑑定している。どうやら狼の鼻にも快適らしい。遠くに木の根っこみたいなものが見えるが、あれも世界樹だろうか。


「世界樹の根は大きく広いじゃろ。あれが川や森によい成分を送っておる」


「なるほど、じゃあ煙とか火の手が上がるとやばいわけだ」


「やばいねえ。でも少しの火災は自力で消化しちゃうくらい強いんだぜぃ」


「そうか、でもあれやばくね?」


 どう見ても普通じゃない量の煙が出ている。それなりに遠くだが、俺達にも視認できるということは、結構広い火災か?


「おいおいおいおい、あれだめだろ」


「まずい! すみません私はその……」


「行きましょう。仕事の邪魔はしないようにしますから。イロハ、オトノハ運べ」


「了解。影に入ってちょうだい」


「おおー、なにこれかっけー!」


 俺とオトノハは影の中に入って、光速移動についていく。現場につくとそこは少々小さめの街であった。


「超人ヒジリだ! どうなっている!」


「はっ! 世界樹の根に放火しようとする集団と交戦中です!」


「住民の避難誘導にあたれ! 消火は私が行く!」


「はっ! 総員、避難誘導だ!」


 実にてきぱきと進んでいく。本職は優秀だなあ。


「邪魔にならないように、俺達は避難しておくぞ」


「了解!」


 何かできるかもとか思って動いてはいけない。相手は本職なのだから、任せて引っ込むのだ。素人が無茶してもいいことないよ。


「避難民か、すまないが人手が足りない。回復魔法の使えるものはいるか?」


「一応全員できますが」


「洗浄と消毒を済ませた患者がまとめてある。できれば強力願いたい」


「やるぜぃ!」


 オトノハが指定された場所へ駆け出す。護衛対象が先に動くんじゃないよ。


「かたじけない! できる範囲で頼む!!」


「やるしかないわね」


「しょうがないか……できる範囲でやるぞ。あまり目立つなよ」


 怪我人にヒーリングをかけていく。観光客よりもエルフの割合がかなり多い。まるでエルフをねらっているような気さえする。


「オールリカバリー!」


 オトノハの広域回復魔法で周囲の人間が癒やされていく。かなりの威力だ。疲れと精神的なストレスまで緩和されていく。


「素晴らしい……助かりました!」


「やった! 痛くない!」


「ありがとうございます!」


 民からの評判がいい。けど目立ち過ぎだ。後先を考えてくれ。

 俺は俺で回復かけつつ聞き込みしよう。


「話せる範囲でいい。ここで何があった?」


「いきなり武装した連中が来て、世界樹の根に攻撃し始めたんだ。警備とか普通の人とか、とにかく無差別に攻撃して……」


「何か言っていたか?」


「世界樹を狙えとしか……」


「こっちも同じよ。世界樹を狙うことが優先されているわ」


 治療を終えたイロハと話し合う。どうやら民間人を傷つけているのは、兵士を救護に回して消火を遅らせる作戦らしい。死者はいないが、怪我人が多い。


「こうなるとヒジリさんが心配じゃな」


「敵は全滅。消火も完了しました」


 もう戻ってきた。移動が速いぜ。兵士による救護も終わり始めていた。やはり長く続く国では統率も取れているのだろう。対策マニュアルが分厚くなるからね。


「ヒジリ、これどうなってるの?」


「突然暴徒の集団が世界樹を狙ったとのことです。あとは尋問して吐かせます」


「報告! 国境に……敵……軍が……」


 かすかに聞こえたが、敵ってなんやねん。隣国は全部普通のはずだろ。国交が悪くないから観光リゾートが成り立つんだぞ。


「ここもか……連携は拒否し続けなさい。警備を増やすよう城に要請を」


「はっ!」


「場所変えよっか。ヒジリはお仕事?」


「いえ、ここは管轄に任せます。皆様は近くのホテルへ」


 急遽場所を変え、ホテルの一室にて六人だけの会議が始まる。


「まだ話していないことがありますね?」


「黙っていたわけではなく、関係があるかは不明でして」


「何でもよい。今は情報が必要じゃ」


「まず世界樹による特権を手に入れようとする組織があります。やつらの活動が活発になったのが数日前。そこから隣国ゲオダッカルが暴徒鎮圧と、あちらの犯罪者が潜伏したとの情報を元に連携を申し出てきました」


「うさんくせえ」


 タイミングがよすぎる。完全にネフェニリタルを攻撃してくる口実だろう。敵国深くに入って何をするつもりなのやら。


「流石に信じるほど間抜けではありませんよ。なのでお断りし、生け捕りにしたら引き渡す。死んだらなるべく首を渡すと回答しました」


「そしたら国境にびっちり敵軍か」


「嫌だねえー。ずっと平和な国だったのにさー。いいじゃん戦わないで」


 オトノハの言うとおりだ。観光地なんて襲撃すれば、各国の要人やらを巻き込む可能性もある。観光が急遽キャンセルになるんだし、敵対する国を増やすだけだ。


「世界樹壊してどうしたいんでしょう? そのゲオダッカルって国に恩恵が全部行くとか?」


「ありえません。そんな都合のいいシステムではありませんよ」


「むしろ世界各国から重鎮が来訪する場所じゃ、敵国がうんと増える。完全に無駄な侵略行為じゃな」


 ここがわからんのだ。攻めるメリットが明確じゃない。困窮している国ではないらしいし、リゾート地は攻め込んで荒れ地になれば価値が落ちる。


「こんな規模で戦争ふっかけられるってよくあるんですか?」


「いいえ、ネフェニリタルで生まれて二百年、大規模な戦争など経験がありません。簡単に落とせるような弱小国ではありませんし、エルフ以外は聖地に入れませんから、メリットが少ないのです」


 長生きだなヒジリさん。だが戦争自体が目的ではないなら、敵の目的がわからなくなる。世界樹を枯れさせても、リゾートの質が下がるだけ。まさかそれを知らずに動いているのか。


「敵の目的は不明ですが、こうなった以上はオトノハ様を聖地へと送り届けることが最優先です。ここからは隠密行動で迅速に動く必要が出てきます」


「ごめんなさい、オトが迷惑かけて……」


「オトノハのせいじゃない。悪いのは敵だ」


「うむ、意味わからんからのう。攻め込む口実が曖昧すぎる」


「オトノハ様は私が責任をもって護衛いたします。皆様は同行するか他の超人とともに逃げるかお選びください」


 他国の王族を危険に晒す訳にはいかないので、大急ぎで別の超人が来るらしい。そちらと一緒に王都まで逃げるか、オトノハと一緒にネフェニリタル軍と行動するか選べるんだと。


「こいつは迷うな」


「どちらであろうが最高レベルの警護を約束します」


 ぶっちゃけ四人で超光速移動するのが正解なんだが、強さをバラすわけにはいかず、かといって戦争に巻き込まれたくもない。

 さてどうしたもんかな。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る