アイドルの練習を見守る

 アイドルの護衛依頼を受けた次の日。朝から練習するシンフォニックフラワーを見守っていた。


「眠い……しくじったぜ」


 練習場を借りてもう一時間が経過していた。アイドルはストレッチの後、ダンスの振付を復習している。やることないぜ。


「朝起きる練習じゃな」


「きついぜ」


 一度依頼として受けた以上、途中でやめるつもりはない。だから仕方なく早起きしているわけだ。


「それでもこなせる依頼が増えるのはいいことじゃろ?」


「ああ、そこは今回の目的でもある」


 俺の得意分野は壊すか殺すかだ。だが戦闘嫌い。つまりできることを増やすしか無い。一応だが魔法関係の簡単な依頼とか雑用もできる。でもDランクギルドにもなると、F・Eのギルド向けの仕事は受けられない。


「学園はランクで仕事がきっちり別れているからなあ」


「審査に通らないと、依頼として張り出すことができんからのう。そこは美点じゃよ」


「だな。無駄な揉め事が起こらないのはありがたい。あとは俺のレパートリーが増えればいいんだ」


「おぬしは現状ゾンビ映画の核ミサイルみたいなもんじゃからな」


「ミサイルが来るって情報と、脱出手段がないやつには使えないわけだ」


 前にも似たようなことを言われた気がする。もう少し自分でできることを増やさんとなあ。


「サカガミさん、リリアちゃん! どうでしたどうでした? カエデはパーフェクトでしたよね?」


 休憩に入ったのか、感想を聞いてくる。リリアはもう打ち解けたのか、リリアちゃんと呼ばれていた。


「うむ、少し音外しておったが、かわいさは出ておったぞ」


「うえー……やっぱり新曲に慣れてないですねー。でもかわいいところはプラスです!!」


「いけませんわカエデ。そこで妥協したら、お客さんに失礼ですわよ」


「ううぅぅ……ユリちゃん……カエデがんばる」


 仲いいなこいつら。じゃれついている光景は、ファンなら尊いのだろうか。


「それで、どうでしたサカガミさん」


 そこで俺に振るんかい。練習を思い出し、なんとかコメントしてみる。


「あー……楽しかった。かなり」


「もっとカエデがどうかわいかったのか、お願いします!」


「かわいい前提かよ。いやアイドルとか普段見ないもんでな。どうコメントしていいものか……歌はノリがよくてわかりやすくていいぞ」


 覚えやすくてノリやすい、明るい歌だった。楽しそうに踊る姿は、まあ見ていて楽しかったよ。そのへんを説明してみた。


「なるほど~。嫌なイメージはないのね。お姉さん安心だわ」


「シンプルに楽しかったですよ。俺でもわかるんだから、ファンはもっと楽しいでしょう」


「な~んか変ですね。もっとこう男の人なら、カエデのかわいさにぐっとくるはずですが」


「すげえ自信だなおい」


 かわいいはかわいいと思う。欲情しないし、女への興味が薄いだけ。パフォーマンスは楽しい気持ちになったよ。


「元々そういうことに疎いんじゃよ。女性への関心が薄いのじゃ」


「それだけでカエデのかわいさに耐えきったんですか?」


「あとわしら三人と一年近く同居しておる」


「あー……それで耐性がついちゃってるのね~」


「納得しました。三人ともお綺麗ですからね」


「我が魔性をもってしても、高貴なるプリンセスの魅力には勝てぬか。修練が足りぬ証拠なり」


 なんか勝手に納得している。別に護衛に支障が出なきゃいいか。変な誤解もしなさそうだし、このままいこう。


「お姫様コンビはどこ行っちゃったんですか?」


「周辺の確認。あいつらはコンビで動いてもらっている」


 忍者と時間操作のコンビはすげえ強いからね。異変の察知も早い。


「そういやパイモン見かけないけどどこ行った?」


「パイモン先輩は衣装の手直しですわ。改良点が見つかったとかで」


「あいつもプロだからなあ。そっちの業界じゃ有名なんだろ?」


「とっても有名ブランドよ~」


 あいつの店に行ってコート買ったが、あのおしゃれ垂れ流し空間はきつかった。俺一人では二度と行きたくない。絶対にな。


「はいはい、休憩終わりですわ。水分補給はいたしましたわね? レッスン再開ですわ」


「うむ、ここからが魔性の見せ所ゆえ、とくと見惚れるがよい!」


「がんばれ。今のとこ嫌いじゃないぞ」


「応援してるのじゃ」


 そこからさらにレッスンは続く。周囲の警戒も怠らないが、あからさまに襲撃かけてくるようなアホが学園にいるとも思えん。俺たち以外にも、この施設に警備とかいるし。


「アイドルってのも大変そうだな」


「そらもうしんどいじゃろ。作詞作曲まで自分たちでやっておるようじゃ」


「自作かよ……そりゃきっついな」


 全部授業でやるらしいが、振り付けとかも自前となると相当にハードだぞ。

 そんな重労働なのか……少し真面目に応援するかね。


「運動は体によくて、気持ちも元気になりますよー! サカガミさんもどうですかー!」


「無理」


「カエデちゃん、護衛してもらっているのに、無理言っちゃだめよ?」


「いや、よい案じゃ。たまには動くべきじゃな。ほれほれわしも一緒にやってやるのじゃ」


「だから無理だっつうの」


 強引にトレーニングに付き合わされる。リリアも一緒にやっているが、こいつやっぱキレが違うな。動きのレベルが高い。アイドル四人組も、それを見て闘志を燃やしていた。


「よーしもっとがんばっちゃいますよー!!」


 そしてがんばるアイドルに付き合わされた結果。


「俺は……インドア派だっつってんだろうが……」


 そらぐったりだよ。しんどい。リリアに膝枕されて、ベンチで横になっている。しばらく動きたくない。


「ふいー、もう動けません」


 長く苦しいレッスンも終わり、全員で休憩している。俺より体力あるなこいつら。


「大変じゃな。今回復魔法をかけるのじゃ」


「ありがとーリリアちゃん」


 一緒に回復魔法をかけてやる。ついでに水も渡す。なんかマネージャーみたいになってきたぞ。


「凄いもんだな。自分たちで決めるんだろ?」


「できる範囲でですが、わたくしは幼い頃よりダンスを習っておりましたので、それを取り入れておりますわ」


「作詞はカエデとアルメリアの担当なんですよ!」


「うむ、我らの尊き意志を紡ぐ役目を司っている」


「お姉さんは小さい頃からピアノとか習っていたから。こういうのも苦じゃないわ」


 それぞれの個性を活かす方向か。こいつらも基礎スペック高いな。才能があって努力しているタイプだ。


「全部が四人だけの作品ではありませんよ。授業でやったことを取り入れて、後は作曲や振り付けができる人に手伝ってもらっています」


「みーんなで作るんですよ! パワーをシンフォニックフラワーに集めるのです!」


「そいつは凄い。優勝できそうか?」


「正直なところ難しいですわ。相手にはグレモリーがいます」


「グレモリーはアイドル専門の大手ギルドなんです。魔王の知名度と財産で、最新の設備とプロのコーチとか雇えちゃうんですよ!」


「はー……そら勝てんわな」


 金の力ってのは強力だ。俺たちのように暴力で圧倒できる特殊な例をのぞいては、金さえあれば何でもできる。


「だからとにかく特訓です! 正しいやり方で特訓していけば、成果は出るはずなんです!」


 熱意と才能はあるのだ。後は環境を整えるか、逆転の風を入れるかだな。

 そこで見回りに行っていた二人が帰ってきた。


「そろそろ見回り交代の時間よ」


「おつかれさまー」


「ここの使用時間も終わるだろ。ここからは四人で警護していくか」


「おかたづけ終わりましたー! さあ次の人が来ないうちに行きましょー!」


「見上げた心意気ね、シンフォニックフラワー」


 なぜか入り口の壁に寄りかかったグレモリーがいた。


「グレモリーさん?」


「ふっふっふ、話は聞かせてもらったわ」


「ずっと物陰から聞いていたというのですか」


「ええそうよ。ふっふっふ……気づかなかったでしょう? 部外者が入ってくると集中が途切れてレッスンに支障が出るものねえ! 絶対に気付かれないように客席で聞いていたわ!」


 胸を張るようなことかよ。それがいいことか悪いことか判断しにくいわ。


「がんばっているようだけど、まだまだ足りないものが多すぎるわね。例えばそう、水分だけ補給していればいいというものではないわ」


「どういうことですの?」


「捕食よ!」


「ほしょく?」


「毎日の決まった食事以外でとる、栄養の補給を目的とした間食。といったところかしら?」


 聞いたことはある。カロリー高いおやつと違って、効率よく栄養を摂取する方法のはず。


「アイドルたるもの、食生活への気配りを忘れるべからず。現物を見せてあげるわ!」


 グレモリーのアイドル軍団が、カートに入った何かを運んできた。

 中には白い何かが……プリンの容器みたいなのに小分けにされている。


「特性フルーツ多めヨーグルトよ。吸収と栄養のバランスを保ちながら、美味しさにこだわってみたわ! 特別に食べていいわよ」


「施しは受けませんわ。そんなもので買収されたりいたしません」


「いいのよ。これも勝利を確信しているから、勝者の余裕というやつよ。護衛の人たちの分もあるわ」


「俺たちは一応護衛中なんだが……」


「では毒見役で、おお、結構いけるのじゃ」


 リリアが普通に食ってやがる。まあこいつに毒とか効かないし、うまいらしいので食ってみる。


「ほー……こいつはいけるな」


 すっきりした味わいで、小さく入った果肉がほどよくアクセントになっている。

 風味を崩さず、バランスのよいおやつって感じだな。


「おいしいわ。高級食材ねこれ」


「お姫様の舌に合うとは光栄ね」


「おいしいです!」


 ギルメンからも好評である。シンフォニックフラワーも食べ始め、すぐに笑顔になっていく。


「なんとまろやかな……美味極まりない」


「うんうん、おいしいわ~」


「ふっふっふ、そうでしょうそうでしょう。もっと喜びなさい。作ったかいがあったというものよ!」


「手作りかい!?」


「自分で食べるものは自分で作る。料理のできるアイドルは魅力四割増しよ!」


 少しわかる。あれだ手作り的なのに喜ぶ層がかなりいるだろ。


「王道ですね」


「王道は極めれば敵なしよ。新曲も期待していなさい」


「新曲ですか?」


「そうよ。あなたたちも新曲を出すのでしょう? なら同じように新曲で正面から倒す。その方が力の差がはっきりするもの」


 もうちょっと不正とかしろって。普通に正面から堂々と来るなよ。付け入る隙がないぞこの人。これが魔王の器か。


「捕食はごちそうさまでした。おいしかったです。でもライブではカエデたち負けませんから!」


「ええ、それでいいわ。決着はライブでつけましょう。さあみんな、使用時間は決まっているのよ。早くトレーニングに入りなさい!」


 どうやら次に使うらしい。片付けは終わっていたので、捕食のお礼だけ言って建物を出た。


「困りましたわね。まさかあっちも新曲で対抗してくるなんて」


 少しだけ空気が重い。実力差のある相手から、さらに勝ち目の薄い戦いを仕掛けられている。気持ちが落ち込むのも無理はない。


「同質の力で対抗しても勝てぬ。我らの強みとは何か。届けたいものは何か。それを今一度、己に問いかけるしかあるまい」


「それだ! アルメリアちゃんの言う通りだよ!」


「偉いわアルメリアちゃん~よしよし~」


「む、むう……撫でるなまったく」


 たしかにそうだ。同じ方向性で勝負する必要はない。こいつらのパフォーマンスレベルが低いわけじゃないんだ。強みを見つけるべきだろう。


「ジョークジョーカーのみなさん! 明日からは、いろんな場所に行きます!」


「ここまで来たら、最後まで付き合うわ」


「好きにやってみろ。受けた依頼はこなしてやる」


「はいっ!」


 さてどうなるか。こいつらがどんな歌を歌うのか、少し楽しみにしていることに気がついた。せめて期間中は協力しようと思う。本物のアイドルってものを見せてくれ。

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