普通にうまいオムライス食ってるだけ

 シルフィとアンジェラ先輩と飯屋に入り、なんとなく先輩とシルフィのファーストコンタクトなんぞ聞いている。

 他にやることもないし、少し興味もあるのでよし。


「ミナさんに料理勝負ふっかけて断られたと」


「そうなのさ! めっちゃ悔しいじゃん! んでしばらく見かけたらお願いしてたんだよ。そしたらシルフィに出会ってね」


「ミナと一緒に買い物してた時かな。今日こそ勝負してくださいー! っていう人が来て」


「夕飯の買い物中だって断られてね。じゃあ夕飯で勝負してくださいっつって!」


「じゃあの意味がまったくわかりませんが」


 この人かなり破天荒だな。

 情熱があるといえば聞こえはいいが、自分に受けられたら迷惑だぞこれ。


「シルフィがすーげえ困惑してたよ」


「でしょうね」


「ずっと人見知りお姫様モードだったぜい!」


 なぜ笑顔満開なのか理解しかねるな。

 シルフィが苦笑いだぞ。


「あれは怪しすぎるでしょう。わたしじゃなくても警戒しますよ」


「仕方ないじゃん。ミナさんめったに出会えないし、会っても勝負してくんないし」


「ミナはメイドが本業なんです。お料理もできますけど」


「メイドってすげーね」


「それは俺もそう思います」


 あの人を一般的なメイドカテゴリーに入れていいか悩む。

 あれは達人の域だろう。


「夕飯の材料多めに買ってさ、厨房借りてガチバトルよ! 熱いっしょ!」


「ミナが根負けして、仕方ないから一回だけ受けますって」


「それで先輩が負けたわけですね」


「うぎぎ……次は勝つもん。っていうか強すぎ! なんでおんなじもん作ってあんな違うのさー!」


 その後何回か勝負したが、まだ一度も勝てていないらしい。

 正直学生が勝てるレベルじゃないだろあの人。


「ちなみに初戦のメニューは?」


「フルムーン家庭料理! 寒かったから、シチューとか体が温まる系のコースにした!」


「ミナさんのシチューやたらうまいんですよね」


「うまいねー。でもさでもさ、材料同じなんだぜ。煮込む時間も同じ。やべーよあの人」


 サラダとかもわずかな切り方の違いで、劇的に味が変わるとかなんとか。


「完敗だよ。そっから何回も戦っているうちに、シルフィと仲良くなったっつーわけさ!」


「いつの間にかそうなっちゃいました」


「結構前から知り合いだったと」


「うーん半年か一年くらい? むしろアジュ君が意外じゃん。知らんうちにシルフィ口説きおって」


「口説いたわけじゃないですよ。ギルドメンバーになっただけです」


 俺に他人を口説くという行為は無理。

 あれは容姿とか能力に自身があるやつのお遊びだからね。


「ミナさんとも知り合いっしょ?」


「同じ家にいますよ。シルフィ付きのメイドですから」


「じゃあずっと料理勝負できるじゃん。いいなー」


「俺料理人じゃないんで」


 あくまで家庭料理の範囲です。プロ級とかきつい。

 鎧着りゃ別だけど。


「アジュはたまに変な料理作るよね」


「ほほう、お姉さんに聞かせてみなさい」


「普通ですよ。好きな料理を再現しようとしたりとか」


「フウマ料理もできるよね」


「イロハちゃんも一緒だからっしょ?」


 イロハのことまで知っているらしい。

 ちゃん付けなんだなイロハは。


「厳密にはルーツが違いますが、まあフウマっぽくはあります」


「気になる。めっさ気になる! フウマの秘伝とかめっさ秘密だし!」


「秘伝ってほどのものはないです」


「えー……しーりーたーいー」


 おおぅ、すげえ駄々こねやがる。

 なんだこのめんどくっせえ人は。


「前も佃煮とか天丼っていうの作ってたし」


「おぉ? 知らん名前出てきた! どんなんどんなん? 今持ってる? 出せる?」


「店で自作したもの出すとか非常識でしょ」


「あとで食わせろ!」


「嫌です」


 なんでこんなぐいぐい来るのよ。

 野次馬根性ってよりは探究心だろうか。

 料理への好奇心が強い人なのだろう。


「頼むよー。美味しかったら今度あたしが料理作ったげる! ギルメンの分も!」


「んなこと言われましても」


 ちらっとシルフィを見る。

 この人ちゃんとした料理できんのかという目で。


「アンジェラ先輩はちゃんとお料理できるよ。変なものは出さないと思う」


「まーそこは料理人としての誇り? 的なやつっしょ。ガチプロ目指してるんで」


「そういうもんですか」


「お客様に絡むな、アンジェラ」


 店員さんが三人分の料理を運んできた。

 早いな。まだ十五分たっていないかも。


「遅いぞー。もっと迅速に作るのだ。あたしのご飯なんだぞ」


「お前のじゃない。本日のおすすめです。お熱いのでお気をつけてどうぞ」


「おおぉ……」


 少し浅い底のある器の中に、オムライスとステーキが入っている。

 デミグラスソースっぽいものがかけられており、オムライスの周囲に溜まっていて、なんとも食欲を刺激する匂いだ。


「いい匂いだな。皿で出てくるかと思ったが、こう来たか」


「こういうボウルみたいな容器はいっぱい仕掛けができるからねい」


「さっそくいただこうか」


 全員で食べ始める。

 スプーンをオムライスに入れると、中から湯気とともにケチャップライスのいい香り。

 ひとくち食ってみると、そのすべてが絶妙に絡み合い、芳醇な香りが口の中を満たす。


「おいしい!」


「こりゃうまいな」


 長方形に切られたステーキも程よく肉厚で、決して主張が強すぎない。

 だが肉を食う時の満足感が損なわれない。

 食っていて気分が良くなる。


「うむ、腕は錆びついていないね。褒めてつかわす」


「はいはい、頼むからお客様の邪魔はすんなよ?」


 なんか話しているが、俺とシルフィは飯にしか思考がいかない。

 玉子も焼き方が完璧で、ふんわりしている。

 裂いた場所からソースが内部に染み込んでいき、ご飯の旨味を引き出していく。


「超美味いな……」


「語彙力と知能が消えるくらいうめーっしょ」


「すっごく美味しいです!」


 肉汁とソースが絡み、また別の味となって下の方にあるご飯と混ざる。

 最後まで飽きさせずに完食させる技術と工夫だ。

 完全なる調和がここにある。


「ふはー……食ったな」


 手が止まることなく食い切った。

 シルフィも完食。大満足である。


「いい食いっぷりだったねえ二人とも」


「いやこんな美味い飯屋があったとは」


「大満足です。ここのお料理は大盛りでも食べてて飽きないし、驚きがあって凄いですよ」


 これはちょくちょく来よう。かなり俺好みの店だ。


「よし、じゃあそっちの料理も見せて」


「まだ言いますか」


「食後のデザートでございます。アンジェラ、無茶な注文付けてんのか?」


 フルーツに甘いソースかかったシンプルなやつが出てくる。

 当然だが味は最高だ。ここで変なもん出てこないという一種の信頼ができていた。


「未知のフウマ料理食えそう」


「マジかよ。どんなのだ?」


 店員さん食いついちゃったよ。

 やっぱ料理好きなんだろうな。


「持ってるらしいぜ。ここで出させていい?」


「店的に問題あるだろ。ここではやめなさい」


 そりゃそうだ。こっちのお兄さんは常識ある人らしい。


「ちなみにさっきのオムライスはこいつの創作料理だよ」


「おぉ、そりゃ凄い。うまかったです」


「とても心に響く味でした」


「ありがとう。そう言ってもらえるのが一番嬉しいよ」


 笑顔のお兄さん。あれだけのものを作れるのに学生か。


「うーむ、腹いっぱいだし、晩飯まで時間あるし……」


「晩飯どーすんだい? あたし作ろうか?」


「今日はわたしとアジュが作る予定です」


「んじゃ手伝うから、そっちの料理見せて」


 さてどうしたもんか。シルフィの先輩だし、悪い人じゃないっぽい。

 またレベルの高い料理を食えるなら、悪くはないが、気が引ける。


「色々と注意というか、あれなんですが」


「どした? 言ってみ?」


「まず俺が作っているのは、俺だけが好む味の、家庭料理です。プロ並みにうまいわけじゃないので、好みが合わないケースもありますし、ガチ批評されても困ります」


「そりゃあたりまえっしょ。素人料理にケチつけまくるとかないわー」


「くれぐれも! 失礼のないように頼む。お客さん減ったらお前のせいだぞ」


「わかってるって。ついでに晩御飯の買い物して帰ろーぜい。あたしも作るから」


 これにはちょっと期待している。この店で料理しているということは、そういう実力を持った人間ということだろうし。


「シルフィもそれでいいか?」


「いいよー。一緒にお料理だね!」


「よっしゃ買い物いくぜー!」


「いやデザート食って食休みしてからでお願いします」


 晩飯の材料を買ってから帰ることになった。

 さて何作ろうかね。どうせなら好物を作りたい。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る