シルフィVSイロハ

 試合が終わり、回復してもらったが、心の傷は癒えちゃいない。


「俺の……俺の剣が……リウスになんて言えば……」


 シルフィの膝枕にて、観客席でめそめそする俺。


「もう戦闘したくない……めっちゃ痛かったし」


 やっぱ超パワーで安全に敵を始末して、のんびりスローライフこそ至高にして究極である。そう再確認した。


「よしよーし、アジュはがんばりました」


「とても刺激的で見応えがあったわ」


「うむ、まるで死神のようであったぞ」


「ありゃ獣だろ」


 見応えがあっても俺が痛くちゃ意味がない。

 死神でも獣でもどうだっていいのだ。


「死線をくぐり抜けて、戦士として一段上のステージに上ったんじゃな」


「どうでもいい。シルフィりんごとって」


「はいあーん」


「悪い、ん……眠い……もう試合とかどうでもいい……」


 りんご食わせてもらって仰向けで目を閉じる。

 もうだらだらしてやるぞ。人目とか知るか。どうせ知り合い数人しかいない。


「人としてのステージが三段ぐらい下がっとるのう」


「家宝が……どうしよう……せっかく借りられたのに……」


 ももっちもダメージを受けている。

 ショックだよなあ……あっちは家宝か。家になんて言うんだろうな。


「悪かったな」


「ううん、こっちも折っちゃったし」


 特別憎んではいない。武器なんて使っていればいつか砕ける。

 この場合はどうしようもないし、どっちのせいでもない。


「剣が折れるほどの戦いは、もう断っていこう」


「あじゅにゃんの鬼モードは怖かったよー。もっと強くなれるって」


「鬼モード?」


 またよくわからん名前をつけやがって。そこまで大層なもんじゃないだろ。


「死臭がする雰囲気だったねえ」


「なんかこうがおーって感じじゃなくて、ふって近づいて、がっ!! って一気に死で塗り潰してくる感じ」


「わからん。俺は戦闘についてさっぱりだぞ」


 わかる人がわかった感じの空気出しといて。俺の分まで。


「こやつは人間の命の重さや大切さが理解できておらぬ。じゃから『今から人を殺すぞー』という心の準備も躊躇もなく、罪悪感もなく瞬間的に目の前の敵を無感情に斬れる」


「流石の俺も傷つくぞおい」


 別に分別なく楽しいから殺しているわけじゃない。

 常識とかちゃんとあるよ。それよりも圧倒的に自分とギルメンが大切なだけ。


「じゃから先程のように、心の保険とタガが外れると、冷徹に魂を消そうとする、ももっちの言う鬼モードになるんじゃな」


「閃きましたわ! 死を纏う鬼という名称はどうですの?」


「アホほど恥ずかしいから絶対に禁止だ」


 俺のハートに大ダメージ入るからやめてくれ。きっついわそんなん。


「っていうかそこじゃないだろ。左手が変になったことの解説頼むわ」


「虚無がライジングギアっぽくなりました。おしまい」


「雑だよ。すげえ雑に処理しやがったな」


「今やろうとしてもできんじゃろ?」


「無理」


 ハイパーにセンシティブなコントロールが要求されるらしい。

 まったくできん。まず虚無を自在に出せないよ。


「じゃあ俺はしばらく休むから」


 わからないことを考えるのは無駄なのだ。

 しかも疲れている。すごく疲れているのだよ俺は。


「次の試合は、シルフィVSイロハ!」


「うぅ……わたしの膝枕終わっちゃう……リリア交代!」


「任せるのじゃ」


「わたくしがやってもよろしくてよ?」


「お前にやらせるなら、やた子の方が五百倍……五十倍ましだな」


「なんで下げたっす?」


 そんなこんなでリリアに交代。試合を見てみよう。


「いくよ。手加減しないでね」


「ええ、全力で戦える機会は少ないもの。お互いベストを尽くしましょう」


「始め!!」


 闘技場中央でぶつかる二人。

 シルフィは多彩な武器を、イロハはいつか見た小太刀の二刀流だ。


「あれもレア武器なのか?」


「うむ、セットで作られた業物じゃな」


 王族ってやつは、装備までいいもの使ってやがるなあ。


「負けないよ!!」


 速いな。トップスピードではないだろうに、それでも速い。


「音速超えか」


「基本じゃな」


「基本のレベルたっけえな」


 やはりこいつらはおかしい。

 俺が修行不足だとしても、異常なほど強い。


「火遁、爆雷火球!!」


 火の玉が空中に漂っている。それも多数。


「解説頼む」


「まず動きを制限するつもりじゃな。シルフィの時間操作は強い。舞台内限定という条件付きで使用を許可しておるが、対策がなければ初撃で有利がつくじゃろ」


 普通の人間相手ならほぼ無双できるだろう。

 相手が神話生物のせいで苦戦しがちだが、本来強い方の能力のはず。

 当然だが今も時間を止めている。そしてイロハの動きが鈍る。


「ここだ!!」


 背後からの一閃。だがそれは巨大な右腕によって、シルフィごとふっ飛ばされる。


「あうっ! やっぱり簡単にはいかないか」


「そういうことよ。徐々に止まった時間に慣れてきたわ」


 テュールの腕だっけ? あれがオートで攻撃と防御をしてくれるのだろう。

 純粋な神の、しかも上級神の腕だ。あれだけは止まらない。


「弱点が出ちまってるな」


「フルムーンちゃんの弱点?」


「時間を操れても、物理攻撃が効かない、もしくは自分より強い神には相性が悪い」


 今も影の兵隊に対し、魔力を込めて攻撃を行っている。

 しかし圧倒的に影の増えるスピードが早い。

 蛇口からどばどば出ている水を切ってゼロにするみたいな作業だ。無理よ。


「そして生身の人間だ。頑丈だけどな」


「じゃから高熱を出す火球により、行動も制限される。そのため自分にも時間のバリアを張る必要があるのじゃ」


 単純に熱いのさ。そして触れりゃ燃えるし、爆発もする。

 熱さが自分に届かないよう、時間バリアを身に纏う。

 それは無駄な魔力を使わされるということ。


「イロハは搦め手が多いんだよ。忍者だからかね? 未知の技術や忍術で予測ができない」


「時間を進めるのか遅らせるのか止めるのか。その判断をさせないようにしているのじゃ。その結果、接近戦になる」


「影から手裏剣飛ばしたりしてるね。ああいう不意打ちを重ねるとめんどいよねー」


 そもそも小細工に完封勝ちするのは無理。

 できるのは同級生じゃリリアくらいか。

 影の巨人を切り裂いて、影の海を割り開く。

 それでも物量は増える。ならば活路は一つ。


「やるしかない。いくよ!!」


 赤い鍵。あれは俺との冒険で手に入れた力。

 大切な子孫に残す、子煩悩で親バカな神からの贈り物だ。


『クロノス!』


 俺の鎧に似せた真紅の鎧。あれなら身体能力で押し潰せるかもしれない。


「なんと美しい武具だ」


「アジュくんの鎧に似てるわね」


「トゥルーエンゲージ!!」


 美しく輝くダイヤのような剣だ。

 それを影に深々と突き刺す。


「影なんて、始めからここにはない!!」


 自分の望む未来へと繋げる力は、扱えれば最強に近い。

 少なくとも、実力が拮抗していれば、突破口を作れる。


「影が消えた……? 魔力で消したわけじゃねえな」


「私たちとは違う次元の神ね」


「あいつは特に色濃くその血を受け継いでいる。ああいうことも可能さ」


 再びイロハの背後へと迫る。

 それを察知して右腕が動く。


「さらにここだ!!」


 腕の包囲網をくぐり抜け、イロハの胴に蹴りを入れる。


「うぐっ!」


 体から伸びる影と巨大な腕に捕まる前に離脱。

 ほんの一瞬だが超加速できるのか。


「一瞬だけ光速移動と時間飛ばしで加速。それ以外は加速スピードを毎回変えておる。タイミングを悟られぬためじゃろう」


「しかも相手の腕や足をピンポイントで止めてますわ。あれは不意打ちでやられると厳しいですわね」


「全身が止まらないなら、一点集中で止めるわけか」


 シルフィが本気になれば、イロハも応じざるを得ない。

 体に影がまとわりつき、カゲハモードへと変わる。

 蛍のように儚く綺麗な青い光が、うっすらと影から立ち上っていた。


「準備運動は」


「ここまでよ」


 もうどちらの動きもわからない。

 青い影と赤い光が交差し、混ざり合い、そして散っては揺らめいていく。

 しれっと光速突破してやがるな。俺じゃ見えないぞ。


「とりあえず、どっちもがんばれー」


「応援が雑っすよ」


「まだめそめそしてっからね俺」


「剣は直せないかホノリに聞いてみるのじゃ。じゃから今はちゃんと見ててやるのじゃよ」


「わかっているよ」


 そんなわけで戦いは続く。

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