紅い光と蒼い影

 シルフィとイロハの戦いを見守る俺たち。

 見守るっていうか見えねえから鎧着たわ。


「まさか鎧の着用が必須になるとはな」


「もう少し鍛えるのじゃな」


 鍛えてどうにかなるのかね。

 届く気がしないが、今は目の前の試合に集中しよう。


「フェンリル!!」


 黒く巨大な狼出現。前に見た姿そのままだ。


「フウマ忍法、影狼の術」


 フェンリルとイロハが重なり、闘技場内の影がすべて吸収された。

 俺の足元にも影がない。そして巨体が消える。


「後ろだ!」


 シルフィの後ろを取る。

 狼の爪が引き裂いたのは、シルフィの幻影。過去の記録。


「いくよイロハ!!」


 ダイヤの剣が振り下ろされ、狼の前足をじわじわと消していく。


「全部は消せないんだな」


「神の力が強い。それも狼に集約しているからのう。考えたものじゃ」


 シルフィを突然業火が包む。

 その前に脱出しているようだが、前兆が何もなかったな。


「む、あれはどういうことだ?」


「神の力を感じるわね~」


 さらに雷と吹雪と竜巻が発生。忍術じゃないな。

 自然現象に近い何かだ。


「こうなったら全部切る!」


 過去の自分の記録を投影。攻撃したという過去を現実へと映し出す。

 大昔にゲルがやってきた手だな。

 映像が狼にひたすら攻撃を加えていく。


「無駄よ」


「無駄じゃない。こつこつがんばる!」


 自然現象がシルフィの力でなかったことにされていく。

 だが再発する。力を辿れば、それは狼の中へ。


「なるほどな。あれ自体が移動要塞みたいなもんなのか」


「どういうこと~?」


「狼の中に入って移動して、同時にあの中に書けるだけ文字を書いているのさ」


「影の狼に、影で文字を書くの?」


 言いたいことはわかる。黒い紙に黒い墨じゃあ見えるはずもない。


「そこは魔力と、フウマの気の練り方だな。青いオーラは筆に染み込んでいる」


 まるで心臓の鼓動のように、黒い狼の中から青い光がついては消える。

 あれが発動の合図なのだろうか。


「フウマとフェンリルの血が、完全に継承されておるのう」


「しかも光速を楽勝で超えてやがる。あれは影を斬る方法がねえときついな」


「じゃあシルフィが不利なんじゃないの……?」


「そうでもないさ。そんなんじゃ、あの神には勝てやしない」


 サイクロプスと戦っていたシルフィは、こんなものじゃなかった。


「あいつは強いよ。イロハもそれをわかったうえで、どれくらい通用するのか試している段階だ」


 全力でのバトルは機会が少ない。俺が解決しちまうからな。

 だから持ち札を試して、どのくらい効果があるのか知りたくなる。


「そろそろだな」


 このままじゃ決着がつかない。

 だからこそより深く研ぎ澄ます。

 シルフィの鎧が変化し、サイクロプスを斬った時のデザインへと変わる。


「それじゃあ、いいとこ見せるよ!」


 魂の気高さが現れるかのように光り輝く。

 恐ろしいほどに純度の高い魔力。そして神の力。

 その力は今までのシルフィとは段違いだ。完全に格が違う。


「……そこだっ!!」


 光速の数十倍で動く狼を切り裂き、中のイロハを外気に晒す。

 斬る瞬間までの動作が完全に存在していない。

 時間の操作も精度を上げているようだ。


「こうなると思っていたわ」


 だがイロハも余裕の表情を崩さない。

 全身を影の忍装束で固め、右腕から神の力で作られた筆を出す。

 その大きさはちょっとしたロングソード並だ。


「これを……こうして」


 筆が黒刀へと変わる。その間にも攻防は続くが、どうもおかしい。


「……吸われてる?」


「気づいたのね」


 一旦距離を取るシルフィ。

 そこでわかった。影が光を、もっと言えば魔力を吸収している。


「戦い方を変えてみたわ」


 太刀筋から墨が吹き出し、シルフィの鎧にまとわりついた。

 その墨が文字の形をなし、やがて動きを止めていく。


「影がすべてを飲み込み、侵食する」


「全力出せば、頑固な汚れも落とせる!」


 無理矢理文字を消し飛ばしている。魔力が高ければできるが、また消耗戦だな。


「人の技を油汚れみたいに言わないでちょうだい」


 時間操作と影筆による、どちらがより相手を制限しつつ侵食できるかの勝負になっていく。


「はああぁぁ!!」


「せいやああぁぁぁ!!」


 光速の百倍に近い速度で、星を粉微塵にするほどの力が、ひたすらぶつかり合う。

 わずかでも自分の陣地を増やし、相手を追い詰めるための一撃。

 遠慮がない。本気のぶつかり合いだ。


「足りないね」


「足りないわね」


 常人には到達できそうにない領域だが、それでも二人には悔しさや焦りの色が滲み出ている気がした。


「アジュと一緒に歩くって」


「寄り添い付き従うと決めたのに」


 二人の姿が線になる。

 赤と青の光がゆらめき、火花を散らす。

 パワーもスピードも上がり続ける。


「この程度じゃ届かない」


「隣を歩けない」


「いつだって隣を歩くため、私たちは強くなければいけない」


 苛烈さを増し、お互いの傷を増やし、それでもまだ止まることなく加速していく。


「気に病んでおったのじゃな」


「別に強くなって欲しいわけじゃないんだけどな」


「おぬしは意図せず神々の戦いに関わってしまう。そんな時、守られるだけでは嫌なんじゃよ。仲間として並び立ち、傍で支えたいんじゃ」


 あいつらを戦闘に巻き込まないよう、できるだけ気を遣っていたつもりだ。

 それがどこかで引っかかっていたのかもしれない。


「おぬしに全部理解しろとは言わぬ。あれは意地じゃ。どうあっても添い遂げるという信念で、本人たちにしか解決法はない」


「なら俺はどうすりゃいい?」


「そのままでいいんじゃねえの? 無理に何かして欲しいわけじゃねえって」


「誰かのために何かをするのも、それを見守り、受け入れ、帰りを待つのもまた愛だ。当人同士で決めていけばいい」


 どう考えても十代で理解できる内容じゃないが、あいつらの目標はずっと遠いところらしい。


「自分のためであり、アジュさんのためっす。でもそれを気にして触れ合いが減るのも悲しいって感じっすね」


「旦那は愛されておりやすな」


 俺は勝手だ。自由気ままといえば聞こえはいいが、ずっと一緒にいるには辛いだろう。それでも同じ道を歩くというのなら、それこそ四人で何でもできなきゃいけないのだ。


「知らず知らずに追い詰めていたってことか」


「それは違いますわ」


「好きな人により近づきたい。より褒めて欲しい。役に立ちたい。そういう愛もあるのじゃ」


「形にとらわれる必要はない。思いのままに育むのだ」


 今も二つの光はぶつかり、美しい光を放つ。

 傷も怪我も気にせず、ただ自分の強さの限界を越えようともがいているようにも見えた。


「……やっぱりよくわからん。わからんけど、がんばれ。二人とも」


 それがあいつらの決めたことなら、好きにやらせてみるさ。

 傷なんて治せばいい。満足いくまでやらせて、取り返しのつかない場合に俺が動けばいい。


「好きなだけやれ。俺がここで見ているよ」


 一瞬だけ二人がこっちを見て、笑った。


「クロノス! パワー全開!!」


「フェンリル! 私に応えて!!」


 両者の魔力で地面が揺れ、空間が荒れてきた。


「大丈夫なんすかこれ?」


「俺が結界を張っておいた。振動は外に漏れんよ」


 だから全力でやるといい。その先を見せてくれ。


「せいっ! はああ!!」


 眩く迸る閃光。衝突を繰り返しながら威力を上げ続ける攻撃。

 光の交差する様は、いっそ芸術的であり、花火のような激しさと儚さもあった。


「りゃああああぁぁぁ!!」


「たあああぁぁ!!」


 すれ違いながら渾身の一撃を決める。

 そのまま両者動かなくなり、一切の光が消えた。


「今はこれで……精一杯ね」


「次はもっと……強く……」


 言い切る前に倒れた。


「両者限界のため引き分け!!」


 終了の声を聞いて二人へ回復魔法をかける。

 そのまま光速移動で観客席へ寝かせた。


「無事か? ちゃんと俺がわかるな?」


「ありがとー……わかるよ」


「あなただけは間違えないわ」


「そうかい」


 元気そうでよかった。怪我も完全に治っているはず。


「よくがんばったな。ちゃんと見ていたぞ」


「うむ、素晴らしい戦いじゃった」


「たいしたもんだぜ」


「愛のなせる技であった!」


 全員拍手である。俺の時と扱い違いません?

 いいけどさ。最後ぐっだぐだになったしな俺。


「よしよし、かっこよかったぞ」


「うむ、今日はもう帰ってゆっくり休むのじゃ」


「大会はいいのか?」


「引き分け二回で武器が壊れたからな。続けようがねえだろ」


「今は全力が出せまい。我らが送ろう。今は休息の時だ」


 そんなわけで本日はおひらき。回復して武器が手に入って、それからゆっくり考えようということになった。

 ちょっと予想外の終わり方だが、まあ俺たちはこのくらいゆるくていいんじゃないか。


「よし、じゃあ帰るか」


 明日のことは明日考えよう。今は疲れた体を休めたい。

 全員で帰路につくのであった。

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