だからガチバトルとか痛いし、しんどいから嫌だって言ってんだろ

 根本的に相性が悪い相手との戦闘は続く。


「小細工よりこっちが効果的かにゃ」


 ももっちの手には鈍く紫に光る刀。妙な魔力だ。


「妖刀外道丸。イガに伝わる業物のひとつ」


 直感でわかる。あの刀とももっちの全魔力が集中すれば、たとえ雷になっていようがダメージが通るだろう。


「いくよ」


 静かに告げて消える。それを意識した時には、左腕に痛みが生まれ始めていた。


「ちっ」


 傷ついた左肩を切り離し、再構築を……。


「させないよ」


 妖刀がずっと俺の左腕があった場所に突き出されている。

 その体勢のまま左手でクナイを振られた。


「くっ、やりやがる」


 カトラスで防ぐが、妖刀は左腕があった位置。

 つまり再構築すれば、すぐさま切られる。


「なるほど。うまいことやるものじゃな」


「どういうことだ?」


「アジュは何重にも保険をかけておる。常に保険をかけて、一歩引いた立ち回りじゃ。雷も再構築すればよいと思っておる」


「そこを突かれたのね」


「ライジングギアに頼りすぎじゃな。そして本人の性格がもろに出ておる」


 外野の会話中にも、クナイは俺の首を、胸を、顔を狙って繰り出される。

 避けるだけで精一杯だ。このままじゃ少ない体力はすぐ枯渇するぞ。


「さて、私は本当に本物かな? 幻影かな?」


 揺さぶりをかけているつもりだろう。

 ひとまずそこは無視。斬ればわかる。


「あじゅにゃんの弱点はね、絶対に傷つかずに終わろうとするところ」


 口から毒霧を吐きかけられる。反射的に大きくバックステップ。

 チャンスかと思えば、さっきとは違う角度で刀があてられている。


「自分が傷つかないように動くから、経験とちぐはぐになる。噛み合わない。けど、どこか危険な匂いだけはする」


 背後にももっちの気配を感じた。

 体をひねる時間がない。カトラスだけを後ろへ向け、クナイとぶつける。

 まだ妖刀は左腕付近だ。


「ほーら、そこまでできてるのに、まだ左腕を直して逃げるっていう作戦立てようとする」


「どういう意味だ?」


 振り返って横薙ぎに軽く剣を振る。

 クナイで防がれ、そこから蹴りの連打が飛ぶ。

 防戦一方だなこりゃ。


「ルーンちゃん、解説お願い」


「まったく……後ろも見ずにクナイを防げたじゃろ。そういうことができるのに、まーだ心がストップを掛けておる」


 前にも言われたな。どこかで心が動くことを止める。


「ちなみにちょっと覚悟を決めると、口調が荒くなるわ」


「冷静な部分が消えるんだね」


 完全に無意識だった。他人に言われないとわからんな。


「わしらがおるじゃろ。死ぬ寸前だろうが、本当に死のうが、いくらでも回復できる。勝とうが負けようが、わしらがおぬしの傍を離れることはない。永遠にのう」


「わたしはずっとアジュと一緒だよ。クロノスの時に誓ったでしょ」


「いまさら勝ち負けになんかこだわらないわ。どんなことがあろうと、必ず四人で幸せになる。そう決めたでしょう」


「俺の保険取っ払って、その先に何がある? お前らが求めるものでもあんのか?」


「わしらの期待に応えるような、そんな殊勝な男ではないじゃろ? 好き放題やってみろと言っておるだけじゃ」


 好き放題ねえ……今でもやっているつもりだったが。


「なるほど。一番の保険は、俺がかけるまでもねえってか」


 ちょっとやる気出てきたぜ。


「いくぜ」


 妖刀は無視。迫るクナイを直前まで見て避ける。

 そのまま一歩踏み出し、全力で剣を振り下ろす。


「おぉ? やる気かな? やる気出したかにゃ?」


 身を捻ってかわされる。当然だ。相手は忍者だからな。


「ああ、さっき貰ったばっかのやる気だが」


 さらに踏み込み、刃を逆さにして突きから上へ斬り上げる。


「案外使い心地はいいらしい」


 やっぱり避けられる。

 それじゃあ、ちょっと無茶してみるかね。


「完全にアジュの動きが変わった」


「かっこいい時のアジュだね」


「やれやれ、ようやくスタートじゃな」


 相手の動きに目が慣れてきた。肌で感じる。

 全神経を相手のクナイへと集中。

 狙いは決めた。右腕に今日一番の力を込めて、頭を目掛けて振り下ろした。


「うわっと!?」


 防御に使ったクナイを壊せた。だがこのまま振り下ろしても。


「とっと……やるねあじゅにゃん」


 やはりももっちには当たらない。

 問題ない。この一撃は防御のためのクナイを壊す目的だから。

 後ろに下がろうとする瞬間、左腕を再構築した。


「にゃにい!?」


 俺の左腕に妖刀が埋まることで、握っていたももっちの動きが止まった。

 妖刀による激痛が、痛みと熱さが、俺の思考をより研ぎ澄ませる。


「ここだああぁっ!!」


 カトラスがももっちの左腕を切り裂き、わずかに軌道をずらして肩に突き刺さる。

 生身の左腕でとっさにガードされたか。


「ぐっ!?」


「うあう!?」


 お互いの呻き声を確認した瞬間。お互いの顔に右足がめり込んで吹っ飛んでいた。


「おおおらあぁ!!」


 左腕から妖刀を引き抜き、振り抜くと。


「このおおぉぉ!!」


 ももっちが使うカトラスとぶつかる。

 ここからは本能の出番だ。

 ライジングギアも邪魔でしかない。


「いい刀だ。手に馴染むじゃねえか」


「こっちも悪くないよ。いい剣使ってるね!!」


 胴を狙った斬撃を、ジャンプして避け、そのまま回転を利用して頭に斬りかかる。


「あれがアジュか……? あんなのオレも見たことねえぞ」


「あやつは言ってみれば、サビだらけの業物じゃ」


 気を抜くと大怪我じゃ済まないだろう。だが痛みが俺を引き戻す。

 痛みが俺を死なせない。

 恐ろしいほど心が死を知らせてくれる。


「何千何万何億と繰り返される神話生物との殺し合い。桁違いの領域で、鎧の力によるものであっても、確実にアジュを押し上げておる。確かに刃の奥底に染み込んでおる」


 距離を詰め、ぶつかる刃を滑らせて、動きが鈍い場所へと斬りつける。


「しかし頑固な錆は、並の力では剥がれん。同じ業物と、命のやり取りができるほどの同レベルの手練がおって、戦いの中で初めてその刀身を晒す」


 余計なことは考えるな。ただ斬る。ただ相手が動かなくなるまで動け。


「瞬間的に目覚めた本能が、戦い続ければ続けるほど刃を磨く」


 剣が頬を掠め、肩が切れ、そのたびに視界が揺らぎ、頭の中の何かが弾ける。

 衝動に身を任せ、相手の気配に斬りかかれば、火花か血が飛ぶ。


「錆の下で蓄積された光が、鋭く輝く時が来る」


 繰り返す。ただひたすら繰り返される感触と痛みの中で、徐々にその速度は上がる。


「剣が錆を斬り、血で洗い流し、乾いた血すらも火花が砕く。そうしてようやく完成するんじゃよ」


 飛んでくるクナイを避けきれない。

 突き刺さる痛みを避ける方法も知らなければ、防御すらままならない。

 ならどうするか。


「簡単じゃねえか」


 喰っちまえばいい。反射的に、理由もわからずそう思った。

 左手をかざし、クナイが刺されば塗り潰して消していく。


「おやあ? ……なにか危険な匂いがするよん」


 体に飛んでくるやつも同じだ。当たる箇所だけつまみ食いして散らす。

 この身が雷ではないもっと別の何かで染まりつつある。


「虚無じゃな」


「全身虚無化ということでございやすか。旦那は本当に理解を超えたお方ですな」


「まだ左手だけですわ。ですが、拮抗していたバランスが傾くには足りる」


「火遁!!」


 飛んでくる炎が俺に触れ、俺の左手に食われて消えていく。

 無効化じゃない。侵食して溶かしていくんだ。


「今はそれだけわかりゃいい」


 遠距離攻撃を気にせず、まっすぐ肉薄。

 どうせ相手の剣だ。加減など考えない。全力で使い潰す。

 これは構えなんて上等なものじゃない。

 一番相手を斬りやすい体勢で、渾身の力を込めて斬りかかる。


「オオオォォラアアァァ!!」


「えええええいい!!」


 交差する一閃。両者の胸から吹き出す血飛沫。

 そして砕け散るお互いの刀身。

 だが俺の心は、これまでにないほど研ぎ澄まされて……。


「……ん?」


「…………ほえ?」


 砕け散る? 何が? 何かの破片が下に落ちていきますねえ。


「うおおおおおおおい!? てめえ人の剣折ってんじゃねえええぇぇ!! それオーダーメイドなんだぞおおおおぉぉ!!」


「ちょっとおおおぉぉぉ!? あれ家宝だって言ったよね!? 言ったよね!! どうすんのさあああぁぁ!!」


 完全に集中が切れた。

 安全な場所に降りて、お互いの獲物の残骸を見ると、一気に痛みと疲労が襲う。


「いだだだだだ!? 無理無理無理!! もう勝負無理だって!! これ死ぬって!!」


「きついきついきつい!! めっちゃ痛い! 加減してよあじゅにゃん!!」


 お互い立っていられず座り込む。座っても体が痛い。

 そして二人の声が同時に出た。


「ギブアーップ!!」


 こうして両者ギブアップ宣言により、ひとまず試合終了。

 全員による回復作業が行われた。


「なんじゃいこの終わり方は……」


「もう真剣勝負とかしたくない……」


 すげえしんどいわ。本当に真面目な戦闘きつい。

 痛みが完全に引くまで回復作業は続き、勝敗は会議が入ることになった。

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