魔界動乱編
第164話 魔王候補再登場
昼過ぎ、公園に設置されているテーブルとイスを見つけ、弁当を食った俺とリリア。
食休みでだらだらしているとすぐ眠くなる。
「眠い。昼飯食うと一気に眠くなるな」
「外で食べるとそのまま眠れずに不便じゃのう」
「だから俺は自宅で食うのさ」
「それを改善しようと弁当なのじゃよ」
「知ってる。美味かったぞ。俺以外から和食が食えるのはありがたい」
イロハの料理はフウマ料理だ。ベースが和食でも、数百年もこっちの食材を使っていると完全な和食とは別になる。
それも美味しいけれど、リリアの和食は完全に俺の味覚に合わせたものだ。
「たまにはよいじゃろ。こういうところで、できる女アピールを欠かさぬことが大切なんじゃよ」
「やらなくなったり、雑なもん作ると反動でできない女になりそうだな」
「まーたマイナスの方向に考えおって」
「眠くなると思考が素に近くなるな。これも適度な暖かさが悪い。こっちの六月ってじめじめしてないよな」
学園には梅雨というものがない。雨は降るけど湿気がひどかったりはしないのである。
最近ちょっと暑くなってきたが、まだそれだけ。
「擬似的に作り出すことは可能じゃろうが、まあ無意味じゃな」
「だな。迷惑でしかない……寝るかな」
「膝枕の出番じゃな」
もう眠くなってきたし、膝枕でもいいかなーと思ったら。
「クックック……久しぶりだなサカガミ!」
知らん女が声をかけてきた。ツインテールだ。ちょっとテールが太め。
赤いマントで……なんだろう。どっかで見たな。
「……人違いじゃないか?」
「いや、間違いない。オレ様を忘れたかサカガミ」
そう言われても……でもどこかで会った気はする。
普段女の顔なんてろくに見ないし覚えないからなあ。
「なんじゃマコではないか」
「……マコ? 魔王科の? そういや似てるな」
「いやだから本人なんだよ。そこまで忘れるか普通」
「悪いな。髪形変わってるし久しぶりでさ」
「ああ、長くなったんで纏めたんだよ」
面倒なんで本題に入ってもらった。今度は忘れないようにしよう。
「折り入って頼みがある。オレ様と一緒に魔界へ来てくれないか?」
マントをばさっと翻し、俺達に手を差し出すマコ。前よりさまになっている。
「魔界? そりゃまたなんで?」
「一緒に両親に挨拶して欲しい」
ちょっと空気が固まる。というか凍った。
「いつの間にそんな仲に……」
「なに?」
「なってないっつうの」
「そうか、知らぬ間にハーレムメンバーが増えるのか……おぬしもなかなか……で、どこまでやったのじゃ?」
「ああぁぁ違う違う! そういう意味じゃない! 私はただ護衛というか四天王をやって欲しいだけでええぇぇ!?」
あ、素が出たな。前に会った時よりキャラ作りがうまくなっているけれど、混乱すると素が出るみたいだ。
真っ赤になって両手をぱたぱた振っている。
「うぅ……私そんな誤解させるようなこと言ったか?」
俺の隣に座って恥ずかしそうにしているマコさん。自覚なしか。
「そりゃ両親にご挨拶ってそういうものじゃろ」
「そうなの?」
「最近はそういう感じだった」
よく考えたらイロハもシルフィもほぼ家族公認なんだよな。
「今度わしのご先祖様にも会うのじゃぞ」
「はいはい……ご先祖様?」
「うむ。会えるらしいのじゃ」
よくわからんが面倒ごとだなこれは。もう直感でわかるぞ。
最近環境からか勘がよくなっている気がするぜ。
「覚えておく……話が逸れたな。四天王ってことはまた依頼か?」
「ああ、適任がサカガミ達しかいないんだ」
要約すると、実家には魔王として頑張っていて、四天王もできたから安心してくれと伝えてしまっている。
魔族達の会合があり、娘として出席しないといけない。
四天王がいないことが両親にばれると、がっかりさせてしまうので協力して欲しい。
「会合に出席……? お前貴族かなんかか?」
「ああまあ……な。できれば四人とも来て欲しいんだ。もちろんクエストにするから、報酬も単位も入るぞ」
「前の試験で全勝したじゃろ? あれで仲間の一人もできるじゃろうに」
「あれは……既にチームが決まっているというか……魔王科はほら、魔王を作るんだから四天王にはなれないだろう?」
「ごもっとも」
魔王から四天王じゃ格落ちだ。納得いかないもんだろうな。
マコの表情が暗くなる。こいつも苦労しているのだろう。
「家の力も使いたくない。マコ・シェルクのシェルクは母方の姓なんだ。できれば父親の権力や名声でついてくるものは避けたくて。そういうやつは結局もっと有名な魔王へと裏切ってしまうからな」
「立派じゃな。マコちゃんはいい子じゃ」
リリアの言うとおりだ。俺には決して歩めない辛い道だ。尊敬しよう。その志は尊い。
「あと雇えるお金もない……」
台無しである。遠い目をしているマコ。前にも聞いた理由だ。
「つまり事情を知っていて、自分が雇えそうな範囲で強い知り合いがわしらだけなんじゃな」
「大正解だよ……ふふ……ははは……ついでに言うと戦闘があったら最低限身を守れて、オレ様の護衛もしてくれるとありがたい」
「魔界ってそんなに物騒なのか?」
「うちが治めている場所はそうでもない。五大魔王が統治する場所はほぼ平和だが……血の気の多い貴族もいてな。純血じゃないオレ様はどんな勝負を挑まれても勝てん。だが家の顔に泥を塗りたくない。部下より弱いと蔑まれようとも、せめて勝利を送りたい。不出来な娘からの親孝行だ」
こいつは本当に立派だ。言葉では言い表せないくらいに。
「勝負ってのは?」
「軽いゲームのようなものから……成長度合いを測るという名目で模擬戦や実戦形式で余興をしたりする。魔界滞在期間は長くても一週間以内だ。早ければ三日」
「わしらに予定があったらどうしておった?」
「不本意だが、実家の知人や緊急時の四天王役に頼むさ。オレ様にも帰ればメイドがいるし、戦闘もできる」
苦い顔だな。行ってやるか。ここまで聞いちまったしなあ。
「なるほどな。なんか俺達に予定とかあったか?」
「なーんも。受けたいんじゃろ?」
「ああ。依頼を受けたい」
「ならそう言えば良い。わしらはどこまでも寄り添うのみじゃ」
ありがたい。俺はまだ、背中を押してくれる相手が必要なんだ。リリアの笑顔と言葉は安心する。
「と、いうわけだ。受けるぜ、その依頼」
「ありがとうサカガミ!」
マコが急に抱きついてくる。不意打ちだったので避けることができず、がっつり抱きつかれた。
「受けてもらえるか怖かったんだ! 本当にありがとう! 私、嬉しい!!」
「わかったから離せ!」
「受けるだけでこれとは……先が思いやられるのう……やれやれじゃ」
マコをひっぺがし、またわたわたし始めるのをなだめて、込み入った事情を聞く。
「願わくば、なんのトラブルもなく魔界観光だけして帰してやりたいな」
「やっぱなんか発生するのか」
「可能性としてだ。貴族はどこの世界でもプライドの高いものがいる。何か言われてもできれば耐えてくれ。オレ様が馬鹿にされるのは確定だろうし。流れで全体を馬鹿にするかもしれん」
「ええ……めんどいな……気に障るやつに嫌味ったらしく攻撃されたら殺していいか?」
「頼むからやめてくれ……相手は偉いんだよ。魔王を何代も出している歴史ある魔族で貴族だったりするんだぞ」
「権力や金なんて暴力の前では無意味だ。なあに死ぬ寸前で止めるくらいの慈悲はあるさ。きっとな」
「これではどっちが魔王かわからんのう」
まあ依頼主からの頼みだ。受け入れよう。マコの家を守るためだ。
マコの願いを聞いて、志を知ってしまったのだから、可能な限り我慢しようじゃないか。
「不安だ……でもサカガミ以上の適任はいないし……そもそも魔王相手に暴力なんて無謀な…………どうにかできそうだなサカガミなら」
「実際のとこどうなんだ?」
「まあ本気出せばどうにでもなるのじゃ」
「じゃあ頼むから出さないでくれ……」
こうして魔王マコ様の四天王として、俺達四人は魔界観光に出かけることになった。
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