第163話 今日はいちゃいちゃする日です
「第一回、もうちょっといちゃいちゃしてみようの日を開催します」
寝起きで横にいたシルフィにそんなことを言われた。いや眠いんですよこっちは。
完全にパジャマで髪も解いたシルフィは横に寝ている。
「二度寝したいんだけど」
「一緒に寝るよー」
まだ朝だ。朝というのは寝る時間だよ。
「なんで急に……?」
「アジュのシルフィちゃんが寂しがっています」
「同居しているだろうに」
面倒なこと言い出したな。とりあえずシルフィが入るスペースはある。好きにさせよう。
「おお、やっぱりアジュはあったかいね」
「そりゃ寝てたからな。布団はあったかいさ」
「アジュ本人があったかいか確認するの術」
術と言っているが単に抱きついてくるだけ。しかも眠気が飛ばないように軽く。
「ふふーあったかい」
「そうかい。俺は寝るぞ」
「一緒に寝るよー」
今日のシルフィはやたらと甘えてくるな。本当に寂しかったんだろうか。
「あのね、もう……お城も冷たくなくなっていくかもしれないの」
「……城が?」
「正確にはちょっとあったかくなってきた……かな?」
そういやそんな話をしたな。シルフィが欲しかった家族のぬくもりは戻ってきている。
もう十分に苦労したんだ。シルフィは幸せになるべきなんだろう。
「お父様も、お母様も、もしかしたらどこかで道を間違えていたかもしれない。だからエリスがいなくなったんだし、もう一回みんなで一緒に始めようって」
「シルフィ達ならどうにでもなるさ」
「そうかな?」
「ああ、お前らでどうこうできないことなんて少ないだろ。神様ぶっ殺すくらいか?」
「……そのくらいが大変なんだけどね。まあいいや、腕枕っていうのをしてみよう」
「脈絡もなく言われても……」
本当に突然なもんで動けない。眠いんで動きたくもないし。
「さあ、わたしの腕を枕にするのだ」
「お前がする方なんかい」
「……そういえばしてもらいなさいって姉様が」
なにを教えているんですかサクラさん。自分の妹に教えることかね。
「シルフィ、さては腕枕が何か知らんな?」
「まったくもって!」
「じゃ、俺は寝るから」
「そこは教えようよ!?」
シルフィを見ないように、右腕だけをシルフィの頭の上に伸ばす。
「あとは勝手にしろ。俺は寝る」
「わたしの推理力を甘く見ないことだ! 枕……このまま腕を枕にして寝るのかなっ……と」
腕に頭が乗っかるも、どうにも寝心地が悪いのか、ポジションが掴めないようだ。
「なんか硬い……これ枕になるの?」
「ぶっちゃけ無理だろ。腕が圧迫されてしんどいし」
「普通に寝よっか」
「ああ、早くしないと寝る時間がなくなる」
「はーい、おやすみ」
そしてシルフィと二度寝かましてお昼。リビングに行くと、エプロン姿のイロハがなにかを作っている。
「カニクリームコロッケの匂いだな」
「材料でわかるの?」
「作っている過程でなんとなく。俺も作る。腹へったし」
「そう、つまみ食いはだめよ……ん?」
俺に近づいて鼻をくんくんさせている。なにやってんだこいつ。
「シルフィの匂いがするわ」
「ああ、二度寝してたからな」
「シルフィと?」
「そうだな、さっさと飯作ろうぜ」
さくっとごまかそう。飯が遠のく。昼まで寝ていると腹が減るんだよ。
「シルフィは受け入れるのね」
「タイミングがよかったんだろ。普通は拒否する」
「そう、じゃあ一緒に料理しましょう」
「なに作ってんだこれ」
「カレーよ。前にあなたが作っていたものを覚えていたの」
なるほど。コロッケ以外の材料がカレーだ。
「カレーは水っぽさをなくし、軽くどろっとしているものが好き。でしょう?」
「その通り。水っぽいカレーは嫌いだ」
「はいはい、ちゃんと野菜は入れるわよ」
「そのぶん肉を入れるんだぞ」
「もう……わかったわよ」
イロハは終始笑顔だ。なにがそんなに楽しいんだか。
「好きな人と一緒に料理をするのは楽しいのよ」
「分担できて早く終わるしな」
「さらっと流しても無駄よ」
好きな人の部分をスルー作戦は見事に大失敗だ。
「サラダないな」
「あってもそんなに食べないでしょう? ならカレーに入れる方がいいのよ」
「なるほどな。スパイスどうした?」
「買ってきたわ。ある程度アジュが好みそうな匂いを覚えていたし」
イロハの鼻は高性能だからな。疑う余地はない。
材料全部入れてかき混ぜる。あとは焦げないように監視するだけ。
「いいわね。こうしているとまるで新婚夫婦のようね」
「よくわからん。料理は嫌いじゃない」
鍋をかき混ぜる俺の手に、イロハの手が重なる。
一緒に混ぜているわけだけれども。
「いやこれ効率悪いだろ」
「効率だけを求めていると、愛情は育まれないわ」
「そう言われても、コロッケ終わってないしさ」
「こうしていると新婚夫婦みたいね」
「二回目!?」
今日のイロハさんはしぶとい。体を摺り寄せてくるのは、シルフィの匂いだけがついているのが納得いかないんだろう。
「油使うときにふざけると火傷するぞー」
「わかっているわよ。さ、揚げたらお昼よ」
「カニクリームは、クリームのくせにカレーに乗せても味を壊さなかったりする」
「それは凄いわね」
これはもう料理における奇跡だと思う。クリームの甘みがあるのにカレーを潰さないんだから。
「だがそれには熟練の腕が必要でな。俺にはまだ完全に習得できていない」
「そこは二人の愛情で補いましょう」
「……期待はしないでくれ」
イロハはなんでもできる子だ。一回教えてしまえばカニクリームコロッケを作ることもたやすい。
あっというまに完成していく。
「味見をしてみましょうか」
「お、いいな……なにやってんだ?」
ナンをちぎってカレーに漬ける。イロハはそれを口にくわえて俺に迫る。
「まさか食えと?」
そのまま顔が近づく。ひとくち食うくらいならなんとかなるだろう。
一番まずいのはここで拒んで直接の口移しになったうえに誰かに見られること。
「……こうか……!?」
ひとくちでちぎって終わらせるつもりだった。しかし、そのままイロハが迫る。
まずい。いろんな意味で食われる。
「おおーいい匂いがするー。お昼ご飯できたー?」
「お、今日はカレーじゃな」
リリアとシルフィが降りてきた。
反射的に身を引く。おかげでキスは未遂に終わって、ほっとするやら微妙な気持ちだ。
「もう少しだったのに……」
「もうできてんぞー。皿に盛ったら食おう」
なんやかんやあって、いつもより精神的に疲れたきがする。
疲れを癒すべく、今はお風呂タイム。
「それではお背中流しタイムじゃ! いやあわしのターンまで長かったのう」
「来るとは思っていたよ。お前と風呂入る機会が多いな」
湯船につかり、リラックスしきった瞬間にタイミングを見計らって来やがった。
「ま、気にすることはないのじゃ。ほれほれさっさと座るのじゃ」」
仕方ないのでイスに座る。バスタオル巻いたリリアはなんだかとってもやる気だ。
「一応胸で洗うとかどうのこうのというお約束は……」
「やらなくていい。だるいわ」
「こう頻繁にあると面倒じゃのう、あのやりとり」
面倒で意味のないお約束は省略しましょう。つっこみは体力を使います。
「かゆいところございませんかー?」
「大丈夫だ」
これも一種のお約束か。リリアは背中を流すのがうまい。普通にしてりゃ楽しいんだよな。
「はがゆいところとか……」
「ねえよ。どんな状況だ」
「一緒にお風呂に入っているのに手を出されない。そんなはがゆさを抱えておりますのじゃ」
「風呂って逆に出しにくくね?」
「のぼせるしのう。一線を越えるには不向きじゃな。そこまでなら一気に距離が縮むのじゃが」
風呂というのは不思議なもんで、体の距離を近づけても限界がある。
その代わりにちょっとだけ心の距離が近づく。
「恥ずかしいこと考えとるじゃろ?」
「どうだかな。最近よくわからんのよ」
「おぬしは幸せか?」
「唐突だな。幸せだよ。多分な」
「ならばよい。これで背中流しは終わりじゃ。湯冷めしないように軽くつかって出るのじゃ」
リリアと並んで湯船に入りなおす。俺に寄り添い、肩に頭を乗せてくる。
嫌な気はしない。むしろ軽すぎて乗せておかないと不安になるくらいだ。
「ようやくじゃ……」
リリアの声が俺に甘えるような、それでいてしみじみと、なにかを語るような声になる。
「こんな生活が当たり前になるように……ずっと続くように……それだけを夢見て……」
「続くさ。やろうと思えばなんでもできる。リリアのおかげでな」
「当然じゃ。アジュを呼ぶために。生涯寄り添い離れぬために、わしは存在しておる」
「ああ。約束したもんな」
「嬉しかった……思い出してくれて。また……一緒にいられて……」
いつもとは違う、穏やかで、どこか年上のように感じる暖かい笑顔。
見た事がないような微笑で、俺の手を握るリリア。
「いつまでも……いつまでも一緒に……願いは最上の形で叶った」
「そっか。じゃあ次の願いでも探そうか」
「ふふっ……次か。なんじゃろうな……一緒に探してもらうとするかのう」
「時間は山ほどあるしな」
「とりあえず……こんなことをしてみたり……」
頬にリリアの唇が触れる。一瞬だけくっついてすぐに離れた。
「唇はアジュからされるまで楽しみにとっておくのじゃ」
耳元でささやくと、さっさと風呂からあがっていってしまうリリア。
のぼせそうだったので、さっさと俺もあがる。
顔が赤いのはのぼせたからだろう。お互いに。心臓がうるさいのは無視しよう。
一日も終わり、さあ自室で寝ようと思って扉を開けたところ。
「待っていたわ」
「遅いではないか」
「さあ寝る準備はいいかな?」
全員いた。俺のベッドに三人います。
「あんまり驚いていないようね」
「予想はしていたさ」
「変なとことで勘がいいのう、おぬし」
今日くらい腹くくってやろうじゃないか。素早くベッドに入ってやる。
「さっさと寝るぞ」
「観念するのが寝る前とは……まあでも嬉しいものじゃな」
「ちょっとだけ優しくなってるよねー」
「このまま密着して寝るくらいまで進展させましょう」
「……今日だけだ」
驚くより早く、むしろ驚いた顔のまま即座に俺にくっつく三人。
この柔らかさといい匂いにはいつになったら慣れるのだろうか。
「おやすみ」
「おやすみなさい」
不覚にも、本当に不覚にもこの日常を心地良いものだと思ってしまう。
それも全部こいつらのおかげだ。ならちょっとくらいくっついてもいい。
こうして眠る時は、不思議と落ち着くのだから。
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