VSサイクロプス シルフィ視点

 まいったなあ……正直な話、勝てる気がしない。

 圧倒的な威圧感だ。巨体だからといって動きが遅いわけでもないはず。


「くらえい!!」


 振り下ろされる大剣を、自分自身を加速させてなんとか避ける。

 まともに当たればどうなるかわからない。


「逃がすと思うか」


 わたしの加速に追いついてくる。

 目にも留まらぬ速さっていうのはこういうことなんだろう。

 時間を止めて、とにかく全力で後ろに飛ぶ。


「シャイニングボルト!」


 邪神のような見た目だし、光魔法を選択。むき出しの頭に光線を発射。

 時間停止を解除して、剣が当たらないよう距離を取る。


「むう……またしても逃げるか」


 魔法を受けても気にも止めていない。

 わたしの弱点が出ている。相性が悪いなあ。


「中途半端じゃダメだ! とことん攻める!」


 リーチの差がありすぎる。なら接近戦に持ち込んで切り崩すしか無い。

 手の届かない位置へ入り込んで倒す。

 神の弱点が人間と一緒かわからないけれど。


「今はこれしか、ない!」


 相手が横薙ぎに剣を振るのを見計らって、上空へ飛ぶ。

 空中で停滞する時間と落下の時間を自分の体だけカット。

 最大加速で懐へ。鎧の上からだろうが、一点集中して魔力を込めたこの剣なら。


「たああぁぁ!!」


「愚かな」


 体を一回転させたのだろう。まったく同じ横薙ぎの剣が来ていた。


「それより速く、斬る!」


 鎧に当たった。硬い。神様の防具はあまりにも硬い。

 なら鎧に当たる瞬間の時間を消し飛ばし、直接刃を体に当てる。


「せいやああぁぁ!!」


 神の魔力が膨大すぎて、完全な透過ができていない。

 刃が鎧の内部で止まる。


「消せない!?」


 反射的に剣を引く。戦闘中に止まれない。


「ヌウン!!」


 迫っていた攻撃を、サイクロプスの体を蹴って回避。

 巨体を足場にすることも考慮していたおかげかな。


「はあ……はっ……ふう……危ない危ない」


 危なかった。アジュに感謝しなきゃ。

 前に鎧を着たアジュと手合わせしてもらった。

 その時に実験しておいたおかげで『当たらないかも』という覚悟ができていた。


「スピードだけは人以上、神未満というところか」


 当たらない、通用しないことに驚き、硬直していたら切られていたなあ。

 やっぱり特訓はしておくものだね。


「その鎧……なにかおかしい。あなたとは微妙に違う魔力が流れている」


 サイクロプス本人とよく似ているけれど、違う魔力。

 神の魔力が二重にかかっているんだ。だからわたしの未熟な魔力じゃ届かない。


「気づいたか」


「ついでに剣もおかしいよね。その装備は神様のもの。けれど、神聖さより悲しみが伝わってくる」


 これもクロノスの力なのかな。人の好意とか負の感情をうっすら察知できる。


「全てはクロノスとヘファイストスへの恨み。消えよ人の子」


 あれだけの大きさの剣だというのに、どうしてこんなにも速く重い斬撃が繰り出せるんだろう。

 これが神様と人間の差なのかな。


「それでも負けられない」


 今度はより速く、相手が攻撃モーションに入る前に詰め寄り、切り抜ける。

 手応えなし。ゆらりと消えていく巨体。これは。


「残像!?」


「ヌウン!!」


 接近を許してしまった。これは相手の間合い。

 振り下ろされる剣をわたしより遅く……していたら間に合わない。

 無防備を承知で高く飛ぶ。


「はっ!」


 空中で足の裏の時間を止め、決して落ちない時間の足場を作る。

 攻略のきっかけを見つけないと、ずっと決着がつかないまま。

 最悪スタミナ切れでわたしの負け。


「逃げ続けても、人は神に勝てん」


「加速!」


 嫌な予感がしたので時間を数秒消し飛ばす。

 予想通りだ。距離を詰められている。

 わたしの動きに適応してきているんだ。


「そうして逃げることしかできぬ。それが人の限界だ」


 撹乱し、地面に降りてチャンスを待つ。

 狙うは大振りの一撃。


「今だ!」


 舞台に大剣が突き刺さっている。

 チャンスだ。剣の腹を登り、首を狙って切り込む。


「せええぇぇぇいい!」


 この舞台全域を止めると魔力消費が激しい。

 確実にサイクロプスだけを脳や魂まで止める。

 数秒時が止まればそれで。


「なっ!? うあぁ!?」


 全身を襲う衝撃。空が見える。

 ぼんやりし始めた意識を痛みが呼び覚ます。

 体がまともに動かない。止まった時を維持できない。


「……蹴り?」


 ふわりと浮いている体。蹴り上げられたのだと気づく。


「まず……い……」


 眼下でサイクロプスが動き出す。

 右足を大きく上げた体勢から、きょろきょろと私を探しているように見えた。

 つまり無意識で蹴りを入れた?


「なにか……おかしい……」


 絶対におかしい。無意識だろうと体が動くはずがない。

 いつ時間を止めるか察知できない以上、敵には完全な防御なんてできないはず。

 無意識だろうと動く時間と瞬間的な魔力の開放が必要だ。

 それをどうやって捻出したのかわからない。


「その鎧は何? まともじゃないよ」


 安全に着地。回復オッケー。まだいける。


「神の鎧を人の尺度で測るか」


「それもそうだね。つくづく鎧に縁があるなあ」


 いつも見ている。そんな黒い怖い鎧じゃない。

 煌めく美しい鎧を。ずっと隣で見ている。


「その程度の腕で足掻くは辛かろう。ひと思いに死ぬがいい」


 アジュなら簡単に勝てちゃうんだろう。

 搦め手だろうが直球だろうが、きっと相手にならない

 わたしもちょっとくらい正面突破してみるかな。


「クロノス・トゥルーエンゲージ!」


 出し惜しみはしない。フルパワーで倒す。

 

「これは……クロノスの神力に似ている。最早クロノスそのものか」


「全力で、真正面から斬る!」


「ぬかせ!」


 望む真実へと繋げ続けるんだ。まず『サイクロプスの目の前にいる』と。


「なに?」


 次に『鎧を斬り裂いて、本体にダメージ』を繋ぐ。

 多少の危険は承知の上。手数で押し続ける。


「てえええええぇぇぇい!!」


 鎧は切っても再生を始める。そういう機能があるのだろう。

 だからとにかく傷を負わせ続けなきゃいけない。


「面白い力だ。だが甘い」


 鎧と剣の目が、開いた。

 膨大な魔力が吹き出し、繰り出される斬撃を見たときには、もうかわせない。

 今はわたしの間合い。全力のパワーは出せないはず。なら剣で受ける。


「ぐっ、うああぁぁ!!」


 折れないはずの剣が。クロノスの力で作られた剣が、砕かれた。

 衝撃を殺しきれず、背中から地面に叩きつけられる。


「うっ……どうして……」


「脆い。なんと脆い剣よ」


「ま……だ、まだあ!」


 今度はこっちから斬りかかる。鍔迫り合いから押し返すも、また剣の目が開き、爆発的に膨れ上がった魔力で押し返された。


「どうして……」


 クロノスの真実を込めた剣。未来へ繋ぐ剣にヒビが入っている。

 修復はできる。でも押し負けた。


「その力は紛うこと無き神の剣。ならば打ち合えて然るべき。それでも刃が届かぬならば」


 考えている場合じゃなかった。サイクロプスが目の前まで来ていた。


「人は神に届かぬのだ」


 体格だけ見たら潰される。そんな圧倒的な差があるけれど。

 剣に魔力を集中し、相手が振り下ろし切る前にこちらも斬りかかる。


「これなら、どうだ!!」


「甘いな」


 確実に鍔迫り合いになっている。

 なのに、なのになぜ、敵の両拳がこちらに迫っているんだろう。


「あぐうっ!?」


 ガードが間に合わない。また衝撃が体中を走る。

 舞台をゴロゴロ転がりつづけ、なんとか立ち上がるも、かなり厳しい。

 なんとか気づいたことで時間を伸ばそう。


「わかったよ、その鎧」


「なに?」


「神様だ。その鎧そのものがあなたと似た存在。多分、そういう神様」


「その通りだ。この剣は我が弟ステロペース。鎧も同じくブロンテースだ」


「どういう……こと?」


 兄弟の作ったものだというのか。なら魔力が似ていても理解はできる。

 けれど……ならどうして剣から怨念を感じるのだろう。


「言葉のままだ。我らの武具が最強であると証明するため、武具と化すことを決めた。復讐のためならば、その身など惜しくはないと、そう言われた」


「神でできた……武具!?」


 あの鎧についている単眼は、その兄弟のもの。

 剣にもついているあれは、自分の兄弟を武器に組み込んだ名残。


「どうして……どうしてそんなこと! クロノスがなにをしたっていうの!」


「知らずに死ぬも哀れか。よかろう。我ら兄弟はその醜さから冥府へと落とされた」


 覇気が消えた。本当に話してくれるみたい。

 なら回復と、自分の体をほんの少し戻して、スタミナも回復しよう。


「そこにクロノスが現れた。自分の子に武器を作れ。神が使うに値するものであれば、冥府より出すと」


「それで?」


「武器は完成。冥府より神界へと移され、鍛冶の神であるヘファイストスのもとで鍛冶職人として生活していた」


「…………クロノスは約束を守ったの?」


 条件付きとはいえ、冥府から出したわけだし、ここまで恨む理由がわからない。


「その時まではな。工房ではヘファイストスとよく対立した。武器とは破壊。言ってしまえば殺害に特化したもの。飾りなど不要。強度を増し、より効率よく相手を殺傷できるものであること。それが我ら兄弟の追い求める武器であった」


「わからなくは……ないかな」


 そういう用途で作り出されているし、アジュは同意しそう。

 大前提としてそういう機能がありつつ、ちょっと装飾入っていたりする。

 そういうものが好きそう。カトラスもそんな感じだったし。


「美術品としても価値を見出すやつと口論になることもあったが、それは問題ではないと、そう思っていた。卑劣なる企みを知るまでは」


 憎悪がそのまま魔力となって吹き出している。

 これほど恨む出来事が想像できない。


「きっかけはそう、アフロディーテだ。あの下衆な女神がヘファイストスと突然夫婦になると言い出した。当然意味がわからぬと突き放す。だが、それでもしつこく食い下がり、やつを籠絡していく。その裏で何が起きているかも知らずに」


 ここまでクロノスとヘファイストスに原因はない。

 ならアフロディーテって神様が悪いのかな。


「あの女が目をつけていたのは、我々の作り出す武器とその精製法。それを売りさばき、さらに自分のために装飾重視の武具を作らせること」


「そのために利用されたの?」


「そうだ。幻惑と魅了の術でヘファイストスの意識を乱し、夫婦となり、我ら兄弟を工房より追放した」


 全部アフロディーテという女神の陰謀であったらしい。


「企みに気付き、我らは工房に乗り込みアフロディーテへ詰め寄った。装飾だけにこだわった武器を振り回し、無様に暴れまわって罵声を吐くやつを斬り捨て、冥府の底の底へ叩き込むという制裁を加えた」


「あの……ヘファイストスさんって、さっき見た感じ女性だったんだけど……」


 そういえばさっき見たらかっこいい感じの女性だった。


「転生したからだ。元から女神ではない」


 結構衝撃の事実だ。神様ってそんなことができるものなんだね。


「アテナの軍に包囲され、アフロディーテを手に掛けた罪で、我らは冥府の底へと追いやられた。作り上げた武器を没収されてな」


「だがそれだけではない。ヘファイストスはあろうことか色香に負け、全ての罪を我らに押し付け、武器の裏取引やアフロディーテの罪までも我らに着せた。その結果罪は軽くなり、女神へと転生し、神界とかかわらずに人間界で生きることで許された」


「それでも転生して、自分の工房と神界の出入りを禁止されたんでしょう?」


「なぜ転生などという話が出たと思う? なぜ忌々しい女神を殺した直後にアテナの軍は我々を包囲できたと思う?」


 思っていた以上に、この問題は根深いみたいだ。

 そこまで先を見越して動いているということは。


「最初から……ばれていた?」


「そうだ。全ては神界の武器を手中に収め、王として在り続けるためのクロノスの陰謀。そして、ヘファイストスはそれに乗ったのだ。人間界に工房を移し、神界の存在との交流も、相手が出向けば許され、クロノスの作り出す王国でのうのうと生きていった」


「なぜそれをクロノスのせいだと言い切れるの?」


「神の存在を、性別を変えるという行為が可能なのは、絶対的な王であったクロノスの力によるものでなくば不可能だ。そしてフルムーンで大貴族として生きていることがなによりの証拠」


 わからない。これが本当なのか。

 何一つ確証はない。けれど、わたしはどうしたら。


「冥府より復讐のため舞い戻った我らは、その魂までも武具とした」


 サイクロプスに覇気が戻る。頭の中がまとまらない。

 接近を許しているのに、まだ悩んでいる。

 クロノスが本当に悪なのか。そして、わたしはこの神様を倒していいのか。


「あるいは一神のみであれば打ち合うこともできたかもしれぬ。三神を相手取るには、クロノスの子といえど足りぬということだ」


 書き換えられない。わたしじゃ、三神を相手にはできないんだ。


「今度は外さん!」


「うぐっ!?」


 中途半端に剣にガードした結果。剣も鎧も壊れて壁まで吹き飛ばされる。

 頭がぼんやりして動かない。もう体のどこが痛いのかもわからない。


「終わりだ。クロノスの子よ」


 壁から落ちるわたしに、黒く深い魔力を携えた剣が迫る。

 わたしは死ぬ。そう感じたというのに、それでも頭のなかにはアジュと過ごした日々が浮かぶ。


「ウオラアァ!!」


 聞き慣れた声。反射的に目を開くと、サイクロプスの鎧は腕と胴の左半分が砕け散り、本体も天高く蹴り上げられていった。


「無事か!!」


 いつの間にか抱えられ、体の怪我どころか鎧まで修復されていた。

 見慣れた赤い鎧。顔が隠れていても心配してくれていることがわかる。


「ありがとうア……仮面の人。うん、大丈夫! まだいけるよ!」


 危ない。名前言っちゃうところだった。

 舞台に立って調子を確認。むしろ戦う前よりよくなっている。


「俺がやるか?」


 切羽詰まっている時だけ、アジュの心がまっすぐ伝わる。

 普段はあんまり表に出してくれないからなあ。

 それでも本当に大切にしてくれていることはわかってる。


「大丈夫。信じて。女の子が信じられなくても、わたしは裏切らない。やると言ったらやる。仲間だもん」


 手を握る。鎧越しじゃあ伝わらないかもしれないけれど。

 大丈夫だって、ありがとうって伝えたい。 


「言ったでしょ。わたしはあなたの騎士。だから大丈夫。守られてばかりじゃないよ」


 そうだ。わたしはいつも守られてばかり。

 ゲルの時も、エリスの時も、アジュの隣にいたけれど。

 だけど自分一人で倒したことはない。


「……死にかけたら無理矢理にでも外に出す」


 手を握り返してくれる。安心できる。勇気をくれる。

 アジュはその暖かさを外に出さない。

 だからかな。差し出される手は、いつも忘れられないほど暖かい。


「ありがと」


 ちょっとは気持ちが伝わったかな。

 これは試練だ。ここで止まるようじゃ、躊躇うようじゃ、アジュと添い遂げることなんてできやしない。


「最後の逢瀬は終わりか?」


 サイクロプスが戻ってきた。

 こっちを攻撃することもなく待っているのは、邪魔が入ったからかな。


「行ってくるね」


「ああ、後で会おう」


 それだけ言って消えるアジュ。未練も心配もなかった。

 本当にわたしなら勝てると、そう思って離れていったんだ。


「なら、負ける訳にはいかないね!」


 この力は相手を倒すだけじゃない。大切な人に寄り添い、未来を繋ぐもの。


「なぜそこまでする。苦しみが増し、より傷つくだけだ」


「追いつきたい……守りたい人がいる」


 もっと、もっと力を高めるんだ。

 ただ放つだけじゃない。純度を高める。もっと深く。もっと強く。


「わたしはね、初めその人の騎士になるって言った」


 いつも女の子に興味なんてなくて、家から出るのも嫌がるし。

 デートとか、遊びの誘いは自分からしてくれないし。

 すーぐめんどいとか言い出す。そんな人。


「今思えば……初恋なんだと思う。恋心を自覚するまでに、ちょっと時間はかかったけれど」


 不思議な人。心の中では心配してくれているのに、それをしまい込む。

 誰かに好かれないように、誰ともかかわらないように生きている。


「わたしを救ってくれたその人は、なんだか目を離すと遠くに行ってしまいそうな儚さと危うさがあって、守ってあげたかった。背中を預けて休んで欲しい。隣を並んで歩いていたい。そう思ったの」


 ずっと暗い影の中に心を隠して、その優しさが誰かに見られないようにして。

 それでも、気にかけていてくれることが伝わる。

 ふと考えると、大切にしてくれていることがわかる。


「きっとこの人はずっとひとりだったんだろう。それを寂しいと思わないほど、自分の道を平然と歩き続けている。弱くて、道に迷い続けているわたしとは違った」


 アジュの歩く道を、少しでも照らしてあげたい。

 その優しさが、わたしの心を満たして、暖かくしてくれているのだから。


「こんなところで……神様に負けているようじゃ、あの人には届かない!!」


 一緒なら、未来なんていくらでも作っていける気がするんだ。

 未来へ繋ぐ力で勝てないのなら、それでいい。

 今この瞬間を、わたしの全てにしてみせる。


「その男のために、死地へと赴くか」


「そう、わたしにはクロノスの因縁や、フルムーン王家の色々があるけれど。そんなもの、あの人には関係ない。知ったことかと笑ってくれる。本当に困ったら助けてくれる。そんなあの人が好き。だから、守られてばかりは卒業しなきゃいけない!」


「そうか。ならばそれは……人が愛と、呼ぶものであろう」


「愛……これが愛?」


 好きと愛情の違いなんて、正確にはわからない。 

 けれど、これが愛だと言われれば、なぜか心の中が暖かくなる。

 実感できた。そうか、これが愛なんだね。


「鍛冶一筋の我らには理解できぬ。だが、そう思えた。それだけだ」


 ほんの少しだけ、サイクロプスが笑った気がする。


「シルフィ・フルムーンよ。気が変わった」


 三個の単眼全てが開き。圧倒的な神の力が開放された。

 それはその場に立っているだけで押しつぶされそうなほどだけど。

 それでも負けたくない。必死に勇気を絞り出して対峙する。


「その想いは純粋で、尊い。よってその想いすらも斬り伏せる礼儀として、全力を出す」


 収束し、その身全てが黒く染まる。鎧も剣も体も区別がつかないほどに。

 あれが、サイクロプスの全力。


「わかった。わたしも……この想いに全てをかける!!」


 ありがとうアジュ。あなたがいるだけで、わたしはどこまでも強くなれる。

 自分の装備が変化していく。それが当然のことだと受け入れて。

 より洗練され、より機能美に溢れたデザインへ。


「これが未来を掴むための、今を生きる力!」


 この剣は大切な未来を守るためのもの。

 未来を繋ぐことをやめ、その力全てでわたしの現在を構築する。

 自力で紡がれる今の剣。


「鬼神サイクロプスが長兄、アルゲース。参る!」


「ジョークジョーカー所属、シルフィ。お相手仕ります!」


 音も光も置き去りにし、舞台中央で切り結ぶ。

 剣にヒビなんて入らない。この想いは揺らがない。

 この剣はわたしの魂。ならば。


「斬れないものなんて…………あるものかあああぁぁぁぁ!!」


 アルゲースの剣に深々と入っていく刃。

 そのまま更に踏み込む。深く深く。

 黒き大剣は、わたしの想いで両断された。


「ぬうぅ!!」


 繰り出された両拳を切り飛ばし、鎧の単眼めがけて横薙ぎに剣を振る。

 正確に斬りつけ、鎧を砕いて肉を断つ。

 血が吹き出している。今なら体ごと斬れるはず。


「まだだ……まだ我らは!!」


 折れた剣と鎧が、切り飛ばした腕へと集まっていく。

 砕けた鎧と剣を神の血で繋ぎ合わせたそれは、正しく神そのものを武器とした業物。


「うおおおおぉぉぉぉ!!」


 だけど、わたしも負けられない。

 その想いすらも超えて、斬り抜ける。


「これで……終わりだああああああぁぁぁぁ!!」


 縦一閃。その巨体を斬り裂き駆け抜け、背を向けて立つ。


「人と神の……半端な力で神の前に立つものと……思っていた」


 サイクロプスの両腕が崩れ落ち、その体が消えていく。


「だが違う。人と神が未来を繋ぎ、限りある生命で懸命に今を紡ぐ。不確定な未来を捨て、ただ今を生きるために力を振るう。そこに純粋な思いがあれば、それは望む未来へと繋がるのだな」


 徐々に光となって消え逝くその身を、わたしはただ目に焼き付けていた。


「見事だシルフィ……完敗だ」


「あなたが……最後まで神として、剣士として優れていたから。だから、わたしはこの場に立っている。限界を超えて、一番大切なことを理解できた」


 この戦いがなかったら、きっとわたしは昨日までと同じだっただろう。


「フッ、それはいい。それこそ剣士としての誉れ。もう悔いはない……さらばだ」


「さようならアルゲース。わたしは、この戦いを忘れない。心に刻み、愛する人と生きていく」


 始めから存在しなかったかのように、黒き鎧と剣も輝き消えていく。

 まるで兄とともに天へと昇っていくかのように。


「さようなら」


 必ずアジュを守り、添い遂げると、三神の光に誓った。

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