黒ローブの神を屠れ

 妙な腕した男との勝負は続く。

 次は確実に殺そう。鎧なら不死身の相手だろうが、確実に消滅させる。


「秘策あり、という顔だね。神に対してその態度……しつけが必要かな」


「まだ神かどうかはっきりこの目で見ちゃいないんでね」


「姿に囚われるか……愚かだね」


 まさに巨人の腕といった無数のロケットパンチが襲う。

 本当に鋼鉄製の腕まであるもんだから、ロボット説が濃厚になってきやがる。


「おいおいマジでロボットか。管理機関の連中じゃないだろうな」


「最大の侮辱だね。あんな底辺の底の底にいる汚物どもと同列に語らないでくれ」


「違うのか……悪いな。あいつらにちょっかいかけられて死ぬほど不快だったんだ」


「あれは全世界の膿だよ。あれが出たら神も人間も関係ない。まず切除して焼却処分。そこからいがみ合えばいい」


 こんな復讐鬼と化した神にまで徹底的に嫌われているって凄いな。

 思考が明後日の方向に行きながらも、適度に距離を詰め、数発拳を叩き込む。

 全ての異能を無視・無効化してさらに破壊して殺したはずなのに。


「なんで死なないんだ? というか殺した手応えあったぞ」


「ああ、驚いているよ。頭を十個も潰されるなんて。素直に賞賛の言葉を送ろう」


 頭、ね。まだ謎解きがあると。面倒な神様だよ。

 まだ敵はいる。あまりにも理不尽過ぎる超パワーで倒すのは避けたい。

 謎解き無視して一撃で殺すこともおそらく可能だが、めっちゃ警戒されるだろ。


「きゃあぁぁ!?」


 遠くから聞こえた悲鳴。咄嗟に名を叫んでいた。


「シルフィ!」


 吹き飛ばされ、壁に激突してめり込んでいる。

 ちと遠いが出血はないようだ。死んでもいないようだが。


「君の相手は私だろう!」


 その声も無視し、攻撃を避けながらシルフィの魔力を探る。

 多少弱まってはいるが無事だ。


「終わりだ。クロノスの子よ」


 サイクロプスの大剣が、壁から落ちるシルフィへ振り下ろされ。


「ウオラアァ!!」


 光速を超え、何も考えずに右拳を突き出す。


「ヌウォ!?」


 ドス黒い鎧を砕き、とにかくシルフィから引き離すことだけを優先させる。


「飛べオラア!!」


 天高く蹴り上げ、巨体が宙を舞う。

 雲の上の闘技場で、さらに姿が見えなくなるほど高く飛ばした。

 しばらくは戻ってこられないはずだ。


「無事か!!」


「ありがとうア……仮面の人。うん、大丈夫! まだいけるよ!」


 抱きかかえて着地。異常なし。回復魔法で傷も治す。


「俺がやるか?」


「大丈夫。信じて。女の子が信じられなくても、わたしは裏切らない。やると言ったらやる。仲間だもん」


 目に光が宿っている。だが実際に押されていた。

 次に無事でいる保証なんて無い。


「言ったでしょ。わたしはあなたの騎士。だから大丈夫。守られてばかりじゃないよ」


 アーマー越しに手を握られる。なぜか、暖かいような気がして。

 まるで時間が止まったような感覚だった。

 不思議だ。なぜかわからないが、シルフィが死ぬ所が想像できなくなる。


「……死にかけたら無理矢理にでも外に出す」


「ありがと」


 許してしまった。ここから先はシルフィの領域。シルフィが歩く死地。

 俺はただ、信じて手を握り返す。


「最後の逢瀬は終わりか?」


 天より降りてくるサイクロプス。

 ふわりと着地し、こちらを攻撃することもなく待っている。


「行ってくるね」


「ああ、後で会おう」


 俺も終わらせるか。

 シルフィが勝った後で、まだもたもたしていたらみっともない。

 光速移動で黒ローブの男の前に立つ。


「悪いね。待たせたか?」


「いやいいよ。あの状態のサイクロプスを、こともなげに殴り飛ばすか。それほど強大な力……いったいどうやって手に入れたんだい?」


「ん? ああ、運がよかったんだよ。そんだけ」


「……敵に話すことはできないってことかい? まあそれもそうか」


 何か勘違いをしているな。まあそうか。そりゃ信じられないよな。


「いや違う違う。マジで運がよかっただけだ。ラッキーだよ。懸賞に応募したら貰えちゃった感じか。いや、応募すらしていないかも」


「本当に与えられただけだと?」


「まあそんな感じ」


 なんかぷるぷるしていらっしゃるよ。神様の感覚は理解できんな。


「…………借り物の力で私と戦っていたっていうのかい?」


「おう」


「ふざけるなよ貴様!!」


 一気に吹き出した魔力で、ローブが粉々にちぎれ飛んだ。

 なんだかとってもお怒りのご様子。


「私と戦うものが、その力の源がその程度だと!!」


 ローブの下から現れる十メートル近い巨体。

 その姿は一言で表すのならば異様。光の反射しない暗い紫の鎧。

 そしてまるで腕輪やネックレスのようについている顔。

 顔だ。数え切れないほど生えた腕にも顔がある。


「別にどうでもいいだろ」


「なんなんだその気怠い態度は! 家事終わって旦那が帰ってくるまでの主婦くらい気怠いだろうが!」


 この図体でどうやってあのローブを着ていたのか。

 やはり特別な効果でもあるのだろう。


「もう容赦はしない。このヘカトンケイル、全力をもって貴様を屠る!!」


 はい本名発覚。ヘカトンケイルさんです。

 またえらいテンション上がりまくってんなあ。


「借り物の力で神と対等に戦えて満足か? 他人の力で神々の勝負に介入し、褒められるのはそんなに心地いいか?」


「気持ちいいに決まってるだろ。お前のように必死こいて鍛錬して、腕とか飛ばしてくる神様を、ただ貰っただけの力で叩き潰せるんだぜ。これに優越感を感じない者などいるものかよ」


 地味に本音も混ざっていたりする。正直なところ、気にしたこともないけれど。

 どうでもいいので、適当に拳の連打を避けてカウンターぶっこんでいく。


「そんな力は偽物だ! お前の力じゃない!」


「その偽物の力にぼっこぼこにされるってことは、お前の力は偽物以下か。惨めったらしいねえ神様?」


 別にただ楽しくて舐めプかましているわけじゃあない。

 こうして挑発し、情報を引き出す。そして残党がいるようなら殺す。

 そのために、他人と話すのが大嫌いな俺が我慢しているわけだよ。


「お前ら四人ともこんな感じか? 一人くらいまともに強いか、ボスでもいないと恥かくだけだぞ。計画も杜撰だしな」


「黙れ人間! クロノスに復讐さえできればいい。そのために私とサイクロプスは手を組んだのだ。それをそんな適当な力で阻まれてたまるか!」


 そこからも情報を引き出すために、聞き手に回りつつ挑発する。

 どうやら当初はサイクロプスと計画を練っていたところに、後の二人が便乗してきたらしい。

 主犯というか、そいつらが誘導したのなら、警戒するべきはそっちか。


「力なんて貰い物だろうが結局はただの力だ。それで何をするか。何をしたいか。結果何をしたか。重要なのはそこさ」


「ならば貴様は何に使う! その力で果たすべき目的とはなんだ!」


「んなもんのんびり気ままにスローライフだよ」


 ギルメンと一緒に、と言うのはなんか恥ずかしいので胸に秘めておきましょう。


「目的意識や向上心という物がないのか貴様!」


「全力で自堕落に生きていくのが目的さ」


 質問攻めも飽きてきた。

 こいつの強さは拳に込めればなんでもできるところにあるようだ。

 何もない空間に突然現れては殴りつけてくるわけで。


「ええい鬱陶しい」


 たとえ密着されて打たれようが避けられるが、とてもうざい。

 敵の腕が別空間経由で出て来る瞬間を狙い、魔力波を打ち込んでやる。


「ぬうおおぉぉ!?」


 やつの右肩が派手にぶっ飛ぶ。やはり弱点ゼロってわけじゃないな。


「それじゃあこっちからも質問だ」


「人の身で神に質問とは愚弄してくれるな」


 だって愚弄するとほいほい喋ってくれるじゃないですか。

 わざと戦闘時間を延ばし、できれば何か情報の取っ掛かりが欲しかったのよ。


「命がやたら増えたり消えたりしているのはなぜだい?」


「私は元は三兄弟。それぞれが百の腕と五十の頭を持つ。それぞれの命が四十九。魂が一つだ。三位一体となった今はそれを自在にコントロールできる」


「ああ……違和感それか。五十の頭全部潰される前に引っ込めて、別の魂を前に出す。でもって……」


「回復を終えたらまた戻す。その洞察力はもらった力かい?」


「さあ? いちいち区別して考えていないもんでね」


 だが対策は決まった。後は潰すだけ。

 こいつも疲労が溜まっているのだろう。手数が減っている。


「こんなところで負けるわけにはいかない。復讐を遂げるまでは!」


「お前が死ぬのは復讐という行為がいけないわけじゃない。善悪とか、法に触れるとか、倫理がどうとか、人道がどうとか、そういうしゃらくさい問題じゃない」


「ならば……ならばなぜ負ける!」


「俺はシルフィを死なせたくない。ただそれだけだ」


 こいつらがどんな恨みを背負っていようが、シルフィは守る。

 俺にとっては自分とギルメンだけが世界の全てだ。

 他がどうなろうと変わらない。一番大切なものは手放さない。


「なぜだ……なぜクロノスは邪魔をするんだ! なぜひとかけらの幸福すらも奪う!」


「一応そっちも聞いてやるよ。クロノスに何をされた?」


「興味があるのかい?」


「ないさ。ただクロノスが悪い可能性だってあるだろ? どっちが何やったか知っとこうと思ってな」


 今後も復讐者が現れると、平和な学園生活が阻害されてうざいのだ。

 クロノスが本当に悪人なら、恨みは今回のようにフルムーンに向けられるかもしれない。


「私達はその醜さから、生まれてすぐに冥府へと落とされた。そして我らの次元の王となったクロノスは、私達兄弟を開放する代わりに、冥府の門番をさせることにした」


「そこまでは悪いと思えんな」


「ああ、正直に言うよ。悪くはなかった。脱走者を出さないよう、時には戦うこともあったけれど、真面目に仕事をしていれば神界や現世へも行けた。人目につかないという条件付きだが、自然を満喫もできた」


 わりかし生活そのものは充実していたっぽい。

 大自然を満喫することが、冥府にいた身には楽しくてしょうがなかったと。


「ある日我らの門にクロノスとアテナの兵がやってきた。脱走者を見逃し、冥府にて謀反を企てる大罪を犯したとしてな」


「そりゃまた……言い方からして無罪なのか?」


「無論だ。冥府で生きることも死ぬこともない生活に比べれば、門番をやっていた日々は悪くなかった。使命のある神として過ごせるのだからな」


 境遇を気に入っていたらしい。気にいると野心よりほのぼの日常をとる。

 そこは俺と同じらしい。気持ちはわかるよ。


「罪人としてアテナの下僕とされ、二度と現世へ出ることは叶わぬと思っていた。それが我らとの約定を破り、罪人の汚名を着せ、醜く力のある我ら兄弟を封じるクロノスの策であったと、アテナより聞かされた。ゆえにクロノスの血縁者を根絶やしにする。そのために復讐の鬼となった」


「アテナってのも神か?」


「ああ、軍神だ。世界の秩序と平和を担うという役割もある」


「そいつ怪しくないか?」


 とりあえず女は疑ってみる。それが俺だ。


「私の門番という役割を変更できるのは、権限のあるクロノスのみだ。クロノスにつくことが解放の条件でもあった」


 俺に飛んでくる腕が全て消えた。

 ただ神様三体の膨大な魔力だけが膨れ上がっていく。


「そして、勝てぬとわかっていようとも、ここで引くことはない」


 ヘカトンケイルの腕が全て集まり光を放つ。

 それは捨て身の一撃。防御など考慮していない、ただ相手を道連れにする構え。


「次に全霊を込めよう。真正面から打ち砕く! 神として、人間を前に退くことなどできん!!」


「わかった。なら俺も次で終わりにするよ」


『シュウウゥゥティングスタアアァァナッコオオオォォ!!』


 拳には拳だ。必殺技で確実に葬らねばならない。

 そうでなければ、こいつは囚われたままだ。


「受けろ! 我が全霊の拳! オオオオオオオオォォォォォ!!」


「ウオラアアアァァァァ!!」


 浄化の光を湛えた究極の連打。その一発一発がどんな敵でも粉微塵に砕く流星群。

 ぶつかる魔力。最早技といえるのかすらわからない、単純な力のぶつかり合い。

 光速を超えた先に、無限のラッシュが続く。


「これでも……これでも届かないのか!!」


「オラオラオラアアァァァ!!」


 一秒にも満たない世界の中で、ただひたすらに撃ち合い続けた。

 見逃してはいけない。その攻撃全てを避けることなく打ち貫く。

 全てだ。全て残さず浄化する。一欠片すらも残してはいけない。


「無念だ……ここで終わるのか……」


「せめてもの慈悲だ。冥府には行かないよう、新しい存在に転生できるようにしてやる。真実も、気が向いたらポセイドンにでも聞いてみるよ」


「なに……?」


 境遇に同情できないでもない。よって、その魂三人分を救済する。


「見た目が嫌なんだろ? 生まれ変われ。次はうまくいくかもしれない。今が駄目なら諦めて次の人生にかけろ。運が良ければ望む容姿と力が手に入るさ」


「気楽に……言ってくれるね」


 これが俺なりの供養だ。拳が作る光が、輝く道となって天へと誘う。

 殺して冥府に送るのではない。浄化して天へと昇るのだ。転生するために。


「まあな。俺がそうだったし」


「そうか……前例があるなら……次ってものにかけてみるのも……悪く……」


 最後まで残っていた顔は三個とも、どこか安らかだった気がする。

 全ての命が、魂が光の粒子となって消えるまで、俺はずっと空を見上げていた。


「次は楽しいことばかりの人生だといいな。ヘカトンケイル」


 なぜか自然と送り出したくなった。新しい世界へ。新しい未来へ。


「さて、シルフィはどうなったかな」


 俺は今の世界と、俺達の未来を守っていく。

 やることはシンプルだ。簡単でいい。その方が、ぶれずに守れそうだからな。

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