あと一年は処女でいてくれ

「知らぬ」


 戦闘が終わり、シルフィを回復しながらポセイドンに訪ねた結果がこれである。

 一時間の休憩時間になるべく聞いておこうと思ったらこれだよ。


「いや……お前クロノスの関係者だろ」


「本当に知らぬ。クロノスのやることを全て把握しているわけではないが、このハンサムがそこまでの大事を知らぬはずがない。だが知らぬ」


「時期が違うとか?」


「いや、間違いなく神界にいた時期であろう。ヘファイストスが神界を追放されたことは知っている。フルムーンにいると聞き、会いにも行ったが、やはり本人から聞いたことはない。ハンサムショックだ。サイクロプスがそんなことに……」


 なんか相当へこんでいる。ポセイドンが真面目に頭抱えているの初めて見るかも。


「知り合いだったのか?」


「うむ、我が愛槍トライデントは、何を隠そうサイクロプスに貰ったハンサムグレートな武器だ。ハンサムスピリットに直撃の代物でな。貰ってからは他の武器で戦ったことはない。むうぅ……」


「にしては静かにしておったのう。もっと騒ぐかと思ったが」


「あまりにも事態が速く動きすぎた。そして、昔会ったサイクロプスはもっと、武器にその生涯をかける男で……早い話が偽物かどうか判断できぬほど変わっていた」


 どうもサイクロプスの一件に関しては知らんらしい。

 情報が厳重に管理されていたのだろう。


「ヘカトンケイルは?」


「冥府の門番は管轄外だ」


「あとはヘファイストスに聞くしかないようじゃな」


 室内の結界が消え、ヘファイさんとホノリが開放された。

 親父さんらしき人は眠りっぱなし。回復はかけたらしい。


「残念だけど、こちらも詳しい事情は知らないんだ」


「いやいや当事者だろ。なんで知らないんだよ」


「二度と会ってはならぬと硬く禁じられていた。まさかそれほどの恨みを抱えていたとは」


 その表情は複雑で、困惑と後悔が滲んでいる気がした。


「サイクロプスの恨みは本物でした。裏切られた憎しみも、失望も、その悲しみの全てに嘘なんかないはずです」


「私は別の場所で工房を開いていると聞いたんだ」


「誰に聞いた?」


「アテナだ」


 またアテナか。どうにも妙だな。

 そいつが秘密裏に動きすぎというか、まあ女は疑っていこう。


「クロノスどうも蚊帳の外っぽくないか?」


「うむ、ハンサムの直感もそう告げている」


「その前にその仮面の男は何者だ? 戦闘を見ていたが、ヘカトンケイルを圧倒するなどあり得ない」


「ああ、そうだった。すまない。助かったよア……」


 最速で背後からホノリの口を抑える。


「俺は謎の助っ人仮面だ。はじめましてと言っておこう」


 あっぶねえこいつのせいで正体ばれるとこだろうが。

 深く頷いているので手を離してやろう。


「すまない。仮面の人」


「事情は察した。助けてもらった身分で詮索もないだろう。ありがとう。感謝する」


 普通に頭を下げられた。話の分かる神らしい。

 無骨で口数の少ない印象だが、むしろその方が助かる。

 しばらく神様の会議は続き。


「アフロディーテとアテナの関与はほぼ確定でしょうね」


「アフロディーテか……思い出すだけで虫酸が走る。自分が美しいと疑わず、私に言い寄り、醜悪な心を隠しているつもりで体を差し出そうとしてきた」


「あーそりゃ最悪ですね」


 俺の嫌いなタイプだ。凄くうざい。


「あのようなアバズレに言い寄られても何も感じなかった。それが気に入らんようでな。その納得のいかなそうな顔を見るのだけは愉快だった」


「いいですね。ちょっと面白そうだ」


 そういう女をコケにすると気持ちいいのはなぜでしょうね。


「話が逸れているわよ。まさか、仮面の人が恋人に手を出さないのはそういうことなのかしら?」


 ここでサクラさんから変な質問が来る。

 ギルメンの視線が集まるのでやめてください。

 あと恋人ではないです。今はまだ。


「誰かさんも言い寄られても手を出さんからのう」


「当たり前だ。絶対に手を出さないと決めているからな」


「わざわざ決めんでよいじゃろ」


「駄目だ」


 これはもう確定というか、信念というか、まあこだわりだよ。


「私達を嫌っているわけではないわよね?」


「違う。もっと根本的で大切な問題だ。ヘファイさんとはまったく別の問題だよ」


「責任取りたくないだけじゃなくて?」


「無論それもある」


「あるんかい。それ堂々と言ったらいかんじゃろ」


 言っちゃっていいと思うよ。この歳で責任取るとか地獄だろ。

 絶対に幸せにはなれないと言い切ってやるよ。


「少なくとも高等部の……まあ最低でも二年までは手を出さない」


「それはなぜでござる?」


「処女性が失われるからだ」


 一同沈黙。首を傾げている。リリアだけがちょっと考えて納得していた。


「あぁ……そういうことか。拗らせておるのう」


「むう……よくわかんない。やっぱりまだリリアに届いてないかー」


「ちゃんと説明して欲しいわね」


 ここらで話しておこうかな。どこかで言わないと駄目だろうし。


「いいか。高等部の三年間は一度しか無いんだ。その若くて多感な時期に、処女のまま純粋さと清純さを併せ持ち、綺麗な心のままピュアな恋愛をするのと。性に溺れ、汚れた心と体で過ごすのは、質と格に圧倒的な差があるんだ」


「おお……なんか難しい話が始まったよ」


「違うわ。単に拗らせているのよ」


「お前らにはまあ……あれだ。俺といるなら、最低でもあと一年以上は処女でいて欲しい。今のままの生活を楽しむのさ。清い心でな」


 おそらく俺が手を出せば応じる。だがそれでは駄目だ。

 まず俺の気持ちが不安定過ぎる。

 愛だの恋だのがわからず、好きだという実感と確信に満たされていない。

 そんな状態で奪うには、こいつらの純血は清らか過ぎるのさ。

 そのへん恥ずかしいので、ぼかして説明していく。


「という説明で理解してくれ。だから悪いが手は出せない。これは俺のこだわりだ。すまんな」


「わしら以外完全にどん引きじゃぞ」


「知った事か。こだわりってのはそういうものだよ」


 確かにみんな引き気味だけど、どうでもいい。

 こだわりってのは、他人に共感されるものじゃない。

 たとえ引かれようが貫きたいものである。


「一番いいのは、お互い結婚初夜に交換することだろうがな」


 そこまで強要して責任取らないと俺がやばいのでやめておこう。

 というか初夜に俺が枯れて衰弱死する可能性が七割くらいありそうで怖い。


「つまりそのこだわりを撃ち抜くほどの誘惑をすればいいのね」


「話聞いてたかお前!?」


「もっと手を出したくなるくらい、好みの女の子になればいいんでしょ?」


「違うわ! そういう清純度が下がる行為はNGだって言っただろ!」


 いかん。これはいかんよ。事態が改善していない。


「ではどこまで解禁かちゃんと言うのじゃ」


「んなことしたらそれ狙いに来るだろ?」


「それは仕方がないわ。触れ合う機会は増やすべきよ」


「そうだそうだー」


 明言すれば狙われる。こいつはまずいぜ。戦闘とは無関係の場面で大ピンチだ。


「そろそろ時間よ」


 黒ローブの女から声がかかる。なんか女だったらしい。

 これから死ぬやつだけど、ちょっとだけ感謝してやるぜ。


「んじゃイロハと」


 そこで時間を止めてイロハキー発動。

 素早く顔上半分を隠す白い仮面を付けまして。

 分身の術でシルフィキーの俺を作り出す。

 時間の流れが元に戻ったらはい完成。


「拙者がお相手するで候」


「拙者は口調が被るからまずいでござるよ」


 コタロウさんからストップがかかる。

 うむ、キャラかぶりはまずいな。


「俺がいくで候」


「そうろうってなに?」


「早いのよ。凄く早いの」


「シルフィにはまだ早いわね」


「イロハとサクラさんが考えていることとは違うからな」


 それだけ言って舞台へ降りる。

 今回はイロハとタッグマッチだ。


「あら、半透明の忍者か赤い男が来ると思ったけれど……」


「フウマの秘密兵器さ」


「ふうん……フェンリルの魔力を感じるわ。それでいてあらゆる運命の糸が見えない。不思議な存在ね」


 鎧はそういうの自由自在だしな。運命なんていくらでも変えられる。


「まあいいわ。見せてあげましょう、本当の神の力を!」


 いきなり全力の魔力を開放しているようだ。

 ローブの下からは紫に近い黒髪。まあスタイルいい方なんじゃないかな。

 美人系。これから死ぬ女の外見なんてどうでもいいや。


「わかるかしら? サイクロプスもヘカトンケイルも前座。我々とは圧倒的な開きがある」


 まあ確かに高いと言えば高いな。神の中じゃそこそこだろう。

 ヘカトンケイルを微妙に下回っているのは言わないでおいてあげようかな。

 でももうどうでもいいんだよなあ。


「あー盛り上がっている所悪いけどさ」


「なにかしら?」


「飽きた」


 光速を凌駕し、神ですら認識できないスピードで女神の首から下を細切れにする。

 最後に首以外を魔力波で完全に消滅させておしまい。


「はい一匹駆除完了。ポセイドンパース」


 流石は神様。首だけになっても生きている。

 なので電撃で脳みそショートさせて無力化したら、上にいる観客にパス。


「うむ、受け取ったぞ! ハンサムキャッチ!」


「これで事情を聞き出せるな」


 そもそも本気出せば、一切苦戦する要素なんて無い。

 最後の一匹だけ残せばいいのである。


「またそういうことを……」


「いつまでもだらだら戦うのはつまらないんだよ。帰って寝たい」


「ちゃんと事情も聞いていないわよ」


「まだ一匹無傷で残っているし、あいつから聞こう」


 呆然と立ち尽くす、最後の黒ローブさん。

 こいつだけ逃さないように気をつけよう。


「何者だ?」


「そりゃこっちのセリフだよ。ずっとローブ着やがって」


「神を虫でも払うように散らす。そのような人間がいるはずがない」


「つまり俺が最初のケースだな。よかったじゃないか。いやあ世界って広いな」


 適当な挑発。誰が全部喋るかっての。こいつも事情聞いてから殺そう。

 本日最後の勝負開始だ。最後に……なるといいなあマジで。

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