お風呂で舌を入れられました
普通に帰ってきて、普通に晩飯食って、ごく普通に風呂に入る。
トラブルも起きない平和な日だ。こういう日が続けばいいのに。
風呂はいい湯加減だし。一日の疲れが洗い流されていく。
「お、お邪魔します!」
タオル巻いたシルフィが入ってきた。
あ、これ俺大ピンチなんじゃないかな。
「ついに来たか……」
「来ました! 背中とか……流すよ!」
まだ風呂に入っていないのに、ちょっと顔が赤いシルフィ。
やはり照れと抵抗があるのだろう。そりゃそうだ。
「落ち着け。テンションおかしいって」
「なんか落ち着きません!」
明らかに舞い上がっておられる。気をお静めください。
「とりあえず普通に風呂入るぞ。今すぐしなきゃいけないもんじゃない」
「そ、そうだね。じゃあ横失礼します」
ちゃんと体をお湯で流してから入る。マナーのできた子だな。
そーっと横に来るが、肩が触れないぎりぎりで微妙な位置にいる。
これなに話せばいいわけ。さっぱりわからん。
「とりあえずお疲れ。今日は色々あったな」
「そうだね。一日で沢山の人に会って、疲れたけど楽しかったよ」
「たまーになら悪くないな」
プールは暑くて面倒だが、この世界の施設は面白い。
外出があまり苦にならないのが大きいだろう。
「お、プラスの意見だね。ちょっと慣れてきたのかな?」
「だと思う。お前らのおかげでな」
我ながら性分というやつは変わらない。
だがそれでも変わっていくものもある。こいつらが隣にいるからだろう。
「外に出ることも多くなった。もちろん家が好きだけど、まあ悪いもんじゃない」
「三人でアジュと外出しようと頑張ったからね」
「よくまあここまで根気よく付き合ってくれるよな。それが一番凄いわ」
そこは本当に感謝している。まず楽しいことが偉業だ。
「そりゃそうだよ。好きになるってそういうことだと思うし」
「それが一番曖昧だな」
好きか嫌いかでいえば好きだろう。だが恋愛というやつはわからん。
それでも特別な存在であることは疑いようがない。
「難しく考えすぎだよ。特別ならそれでいいのです。それが恋だと決めるのは他人じゃないよ」
「そうか、うむ。まあ……特別だな」
「よしっ、ちゃんと言ってくれるようになったね」
「人前では絶対に言わんぞ」
「ふたりっきりでお風呂に入ってる時は言えるの?」
そう言われりゃそうだな。なんだろう。別に誰かに聞かれなきゃ平気なのかね。
「うーむ、よくわからん。お前らは言いふらすタイプじゃないだろうし」
「それくらいは信用されてるってことかな?」
「俺が女を信用することはない。保険はかけて行動しているはず……なんだけれど」
最近怪しいな。こうしてシルフィが肩にもたれかかっていても受け入れている。
本来ありえないだろう。恋愛はわからないが、それでも穏やかな気持ちだ。
「ゆーっくり女の子じゃなくて、わたしたちを特別な存在にしてくれているんだね」
「やめろどう反応していいかわからん」
「ふへへー、こうして横にいても、手とか握っちゃっても平気かな」
俺の手を軽く握ってきた。
風呂の暖かさで体温は分からないが、柔らかい感触は伝わってくる。
「でもね、やっぱり寂しかったり、焦っちゃうときもあるの。だから」
シルフィの顔が近い。心のどこかで覚悟している自分がいた。
「もうちょっと、特別になりたいな」
唇が触れる。二回目のはずなのに、ひどく落ち着かない。
どうしていいのか固まること一瞬。体が寄せられると同時に舌が入ってくる。
ぬるりと入ってきたそれは、俺の舌と絡んでいく。
「んん!?」
反射的に避けそうになるも、両手で顔を押さえられて逃げられない。
ちょっとくすぐったい。リリアはすぐに終わったから、ここまで感触を意識することもなかった。
「ん……ふふっ」
軽く舌を吸われる。もうどうしていいのかまるっきり見当もつかない。
完全にされるがままだ。静かな風呂場に吸い付くような音がする。
軽く舌を舌で突かれる。まさか俺からもしろと?
「むー」
やれ、と目で訴えている気がする。
俺の頭もどうかしているのだろう。軽くだが自然と絡ませた。
どれくらいの時間が経ったのか理解できないが、おそらく五分かかっていない。
永遠に思える時間は終わり、ゆっくりと離れた。
「…………しちゃったね」
名残惜しそうな、それでいて照れ隠しなのか微笑むシルフィ。
「ああ……そう……だな」
お互いの口から軽く糸引いているのを、どう処理していいのか迷う。
「うわあ……うわー、なんか凄いね、これ」
糸はあっさりと指で拭われ、残されたのは顔の赤いシルフィと俺だけ。
おそらく俺も赤いだろう。本気で混乱している。
頭の中をまとめるのに全力投球しても無理。
「なんかふわふわする。あとどきどきする」
「落ち着け。俺もどうしていいかわからんから」
「もういっかいしてみる?」
「なんでだよ。無理だろ。完全になんか変な感じだろ今」
絶対に意識してしまう。照れくさいのレベルを圧倒的に凌駕している。
「うん、なんか変な感じ。うわあ……初めてだよ。シルフィちゃんの初めてですよ!」
「強調せんでいい! キスは前もしただろ!」
「初めて舌が入りました!」
「報告すんな!」
お互いにテンションおかしい。
落ち着かない気持ちをなんとかしようとしているのだろう。俺もそうさ。
「お背中流します!」
「急だな!」
「のぼせちゃうからね!」
「よし、流すか!」
「流そう!」
ツッコミは不在です。この状況で冷静になれるかい。
シルフィのメンタルが回復するのを待とう。
「アジュの背中おっきいねー」
「ありがちなコメントしおって」
「言ってみたかったし。大きいのはほんとだし」
意外にも背中をごしごし洗われるのは気持ちいい。
こんなときでも力加減が絶妙である。
「洗うのうまいな」
「そう? ミナとやったことあるんだ。洗うのすっごくうまいんだよ」
「あの人なんでもできるなあ」
万能メイドだな。メイドの範疇超えている気がするけど。
「でもアジュに舌を入れることができるのは、わたしとイロハとリリアだけです!」
「蒸し返すなって」
「いやじゃないんでしょ?」
「まあな」
「そこちゃんと言うの」
「はいはい。嫌じゃないですよー」
追及から逃れることはできない。大人しく、それでいて軽くぶっちゃけよう。
「はいおしまい。ざばーっと」
最後にお湯で流して終わり。本当にうまいな。
「あとは自分でやる。そっちも洗っとけ」
「はーい」
ここらが引き際だと理解しているのだろう。
普通に横で洗っている。いやよく考えたら普通じゃないぞこの状況。
いかん麻痺している。落ち着け俺。
「よし、さっぱり。のぼせないうちに出るぞ」
洗い終わって風呂からあがる。
当然お互いに背を向けたままで着替えも済ませた。
「ねえアジュ」
「なんだ?」
「また今度……したいってお願いしたらしてくれる?」
「……さあな。そんときの俺に聞いてくれ」
「うん、頑張る!」
なにを頑張るつもりなんだか。
不思議なことにいやじゃなかった。まあ特別な機会があれば考えよう。
そんなにほいほいあるもんじゃないだろうし。
気楽にいこう。どうせなるようになるさ。
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