第145話 ポセイドンの試練
ポセイドンが作った空間で、ちょっとした腕試しが始まる。
「まずはそれぞれの実力を知りたい。やりたい放題やってみせろ。ハンサムに受けるか避けるかしてやろう」
「最初に言っておきます。素の俺は超弱いので、反撃とかされると死にます」
「よかろう」
「疲れたらフルムーン姉妹に交代。で、最後に本気の俺で」
「がんばれーアジュー」
「応援してあげるわ」
観戦モード入ったか。まあ自分にできることってどの程度か試そう。
両手に魔力を練って打ち出す。どうせ死なない相手だ。全力でやってみよう。
「んじゃいくぜ、サンダースマッシャー!!」
迸る雷光波は、俺くらいならすっぽり飲み込めるほどでかい。
なるほど、周囲の被害を考えずに、全力で撃つとこのくらいか。
「今のが全力か?」
当然傷一つついちゃいないポセイドン。別に驚くことはない。
「もうちょっと絞って撃てば威力も増すんじゃないかしら?」
「絞る?」
「今のはとにかく全力でぶわーっと撃ったでしょ? それを一本の線にしてみよう。圧縮するんだよ」
「ふむ、素人か。ハンサムアドバイスだ。渦にして回転により威力を上げるというのは、ハンサムな着眼点だぞ。意識してできるなら試せ」
ポセイドンが乗り気だ。戦いはハンサムをよりハンサムにするから好きらしい。
正直意味がわからないけど助かる。
「んじゃさっきのは拡散型。今度のは貫通型だな。サンダースマッシャー!!」
できる限り圧縮して回転を加えた雷光は、細いドリルのようでかっこいい。
「よし、魔力の応用はできるのだな。ハンサムポイントプラスだ」
「貯まるとどうなるんだそのポイントは……」
「ハンサムになる!」
「いらん。マジでいらん」
ここで魔法を思いついたので、腰の入れ物からクナイを抜く。
「アジュは今でもかっこいい時はあるよ?」
「まあ普通よね」
「うっさい。新魔法試すから静かに」
クナイ二本に魔力を一転集中。表面ではなく、内部に凝縮、圧縮。雷の種を植え付ける。
「サンダーシード!」
ポセイドンに向けてクナイを投げる。練習はしているので、一応真っ直ぐ飛ぶ。
速度が足りないが、まあそれはいい。
「内部に魔力を貯めたのか」
クナイを指の間に挟んでキャッチされる。かっこいいなそれ。鎧着たら俺もやろう。
ここで魔力解放。クナイが内部から弾けて雷球が爆裂する。
まだ調整と俺の魔力が足りないからか、バスケットボールくらいの球だけど。
「遅めに投げたのは、キャッチさせるためか。不意打ちには使えそうだな」
遅いのは俺の実力不足だよ。これも要練習だな。使えそうだ。
「アジュは不意打ちとか好きだからねー」
「こっちが圧倒的に強くない限り、正々堂々はアホがやることだからな」
「よーしここからは三人でいくよ!」
「そうだな。そろそろクロノスの力を見せてもらおう」
「それじゃあ、がんばっちゃおうかしら」
三人並んで剣を構える。シルフィはロングソード。
サクラさんは貴族が使うような、細工の入ったサーベルだ。
「いくぞ!」
まず俺とシルフィで斬りかかる。だが俺たちの剣は両手であっさり掴まれてしまう。
「遅いな。もっと速くだ」
「クロノス……わたしに力を!」
時を止めたシルフィとサクラさんが同時に剣を振るう。
縦と横に繰り出される剣戟はかわしようが無い。
そこに背後から俺が突きを入れる。
「時を操ることはできても、肝心のパワーが不足しているな」
全員の攻撃が入ったのに、微動だにしていない。
こいつの着ているエプロンすら傷ついていないじゃないか。
「軽くいくぞ」
ポセイドンの姿が消え、シルフィの背後の現れる。やつの手のひらには……水?
「飛ばせシルフィ!」
俺の言ったことを理解し、シルフィが時を飛ばす。
ほぼ同時にポセイドンの手から水流が打ち出されていた。
「あっぶなー……ありがとアジュ」
「なんとなく危ない気がしただけだ。気にするな」
シルフィは無事逃げおおせた。なんとなく叫んだだけだけど、助かったな。
「今の使い方はよかったぞ。おれの水流から逃げ続けろ」
何本もの水が誘導レーザーのようにシルフィとサクラさんを襲う。
「うわわ!?」
「これは……逃げるしかないわね」
迫る水の時間を遅らせ、自分達は加速して逃げ回る二人。
「改めて考えると本当に便利だな時間操作って」
「親父もあれで親バカな面があったからな。おれもよく稽古をつけてもらった。末っ子は特に可愛かったのだろう。時間操作など、一部の神にしか許されんというのに」
並んで観戦モードに入る俺とポセイドン。だってあんなん避けられないし。
「あと三分ほど逃げてもらおうか」
「おおーがんばれー。二人ならできるぞー」
「アジュだけのんびりしててずるい!」
「そうよサカガミくん!」
あんなんくらったら俺は死ぬって。加減しているらしいけど、それでも痛いだろうし。
神の力で耐久力の上がっている二人と一緒にせんで欲しい。
「んじゃフツメンアドバイスだ。シルフィ、鎖鎌で右手の軌道変えろ」
「そっか、ミナ流鎖鎌!!」
いつものように、ベルトに鎖鎌が現れる。武器の付いていた時間までベルトを戻すことで、無限に武器が手に入る。自分の持っている武器限定だけど、かなり便利だよなあれ。
「ぬっ、これは」
ポセイドンの右手に絡みついた鎖鎌は、引っ張れば右手そのものを動かせる。
これで必死に避けなくてもいいわけだ。
「この程度の鎖、ハンサムにとってはアクセサリーよ」
「シルフィ徹底的に」
この簡単な助言でこっちの意図が伝わるのは、なかなか気持ちがいい。
それなりに意志の疎通ができているということか。
「はーい!」
鎖鎌をとにかくぶん投げる。飛んでくる水は剣で弾く。
危ない場面はサクラさんと協力して時間を止める。それだけ。
「ならばこれでどうだ! 見事受け止めてみせろ!」
ポセイドンの両手から今までより大きな水流が噴出した。
「姉様! いくよ!」
「ええ、いいわよシルフィ!」
二人で協力して水の時間を止める。どんどん溢れ出す水は、二人の目の前で止まりながら面積を増し、まるで水の壁のようだ。
「と、ま、れえええぇぇぇ!!」
「はあああぁぁぁぁ!!」
「面白い。ここまで使いこなせているとは、驚きハンサムだぞ!」
どんどん勢いが増している。このままじゃ時の壁も破られるかも。
「そろそろ三分じゃないのか?」
「む、そうか。三分と言ったのはおれだ。よかろう、ここまでだ!」
その言葉を合図にするように、全ての水は消えた。
「ふはあぁぁ……助かった」
「ふう……ぎりぎり助かるように撃ってもらっていたみたいね」
その場に座り込む二人。だいぶお疲れみたいだな。
「珍妙なアドバイスをしおって」
「別にあんた自身を動かしちゃいけないとも、攻撃禁止とも言われてないだろ」
「妙な男だ。ハンサムではないが気に入り始めているぞ」
「そらどうも」
神様に気に入られるって、なんか特典があるのかね? 水に強くなるとか?
「合格だ。そこまでできれば文句はない。最後の一撃、山の一つや二つならば砕けるほどであったというのに……」
「おいおい、そんなもん撃つなよ。死んだらどうする!?」
「クロノスの子孫がその程度で死ぬか。最初に力量を図った上での攻撃だ」
どうやら神様というのは優秀らしい。あんまりそういうイメージないなあ。
「そろそろ全力とやらを見せて欲しいものだな」
「そうだな。シルフィ達は下がっててくれ」
「サカガミくんがどれほど強いのか、楽しみよ」
「そっか、姉様はちゃんと見たことが無いんだっけ?」
「ええ、凄く楽しみだわ」
そんなに期待されてもなあ。まあぼちぼちやりますか。
「約束だからな。クロノスの力、見せてやるよ」
『シルフィ!』
いつものきらっきらの派手な鎧ではなく、赤いパワードスーツというかアーマーに変化。
今回はこれが相応しいだろうと決めていた。
「ほうほう……ハンサムにぴったりな鎧だな」
「あら素敵じゃない。男の子って感じね」
「負けないでねアジュ!」
「やるだけやってみますよ。んじゃいくぜ」
まず光速で敵の背後に回り、横薙ぎに手刀をかます。
「ハンサムガード!!」
ポセイドンはこれを両腕でしっかりガード。つまりガードしなければ危険と判断したわけだな。
「流石神様。こいつはどうかな!」
光速の蹴りを上・中・下段にわけ、それぞれほぼランダムに、速度もずらして連打する。
「その程度ではないだろう? 加減などするな。思いのままにぶつけてこい!」
この連打を真正面から全段蹴り返すか。神のポテンシャルって底無しだな。
「うわっ!? ちょちょちょっと風が凄いよ!?」
「シルフィ、時の壁をもう一度作るわよ」
俺達の蹴りの衝撃で、周囲に暴風が吹き荒れている。
「ちょっとストップ。これシルフィ達がやばい」
「む、仕方あるまい。ハンサム中断だ」
『ガード ハイパー ダイナミック アルティメット』
とりあえず三段階上げてガードキーを使用。
四角い半透明な結界の中に二人を入れる。
「そこで座って見ていてくれ」
「何かしらこの結界……既存の魔法じゃないわね」
「気にしない気にしない。姉様、細かいことは気にせずに」
「よし、これで全力出せるぜ。はあぁぁ!!」
魔力を解放。それだけで空間が震え、俺の魔力が暴れまわる。
「来い! ハンサムアーマー!!」
ポセイドンも最初に見た金色の鎧を着込んでいる。つまり全力でやる気になったのだろう。
「待たせたな。それじゃ、今度は全開で飛ばすぜ!」
光速を超え、ポセイドンに肉薄する。やつも当然こちらが見えているため、迎撃態勢に入られるが知ったことではない。俺達は同時に真っ直ぐ右腕を突き出し、ぶつけ合う。
瞬間、轟音と衝撃が空間を支配する。
「このハンサムとパワー比べか」
「ま、最初は単純な方がいいだろ。せーのっ!!」
こうして足を止めてのパワーとスピード比べが始まった。
「だあありゃりゃりゃりゃりゃりゃりゃ!!」
「ハンハンハンハンハンハンハンッサアアアアァァム!!」
一秒間に数十億の拳が飛び交う。お互いに拳をぶつけ、時には払い、かわし、弾き飛ばし、それでもなお質も量も上がり続ける。
「人の身で神速の世界へ入るか。褒めてやるぞ!」
「いいのか。くっちゃべってると死ぬぜ!」
一秒が十分にも一時間にも感じるなかで、数百億という拳をひたすらに交える。
なかなか楽しくなってきたぜ。
「なにやっているのか見えないね」
「そうねえ、サカガミくんが強いってことしかわからないわね」
ギャラリーが退屈そうだし、ちょいと遊ぶか。
「そこだっ!」
一瞬で背後に回り、かかと落としを決める……はずが、ぎりぎりで逃げられる。
「どこを見ている!」
俺のうしろからかかる声に反射的に回避に移る。
さっきまで俺がいた場所に、やつの拳が突き出されていた。
「この美貌から目をそむけるとは」
「知るか。ちょっとギャラリーを楽しませるやりかたでいくぜ」
俺が背後から攻撃をする。それをポセイドンが避けたのを確認し、急速離脱。
俺のいた場所を、やつの拳が通り過ぎる。そこでさらに回り込んで攻撃。これを繰り返すと。
「おおっ! アジュとポセイドンが交互に出てくる!」
こんな反応になるわけだ。交互に消えては攻撃してまた消える。
超人的な速度でお届けしている結果だ。
「ハンサムしたたるいい男。ハンサムスプラッシュ!!」
細い細い糸のような鋭い何かが飛んできた。
「ウォーターカッターとかいうやつか」
避ける時に横目で見た感じ、水だった。
ぎりぎり視認できるレベルまで細く圧縮してやがる。
「ハンサム汁から逃れるか、面白いぞ」
「名前のセンス!? なんかきったねえからやめろ!?」
「ハンサムに汚い部分など無い!!」
「ああもう絶対あたらねえからな!」
「どうかな? 海よ……ハンサムに応えよ!」
ポセイドンが右手を掲げる。つられて上を見てみれば、空が揺れている。
しかもやたら青い。なんだあれ。
「あれは……海か?」
天に海がある。空が大海へと変わり、上空全てを埋め尽くしていた。
「おれはハンサムにして海神。この世界の空は、おれの支配する海へと変わった」
穏やかだった海は、巨大な渦を巻き。今にも襲い掛かってきそうなほど荒れ狂う。
「人知を超えてこそ神。さあ、どうする人間よ」
「はっ、なんだろうと殴り抜けちまえば同じことよ!」
そして、海が落ちてくる。
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