第144話 ポセイドンの特技

 海神ポセイドンの作った空間で、最近の騒動を時系列でまとめる作業に入った。


「まず妻がノアの聖地を開拓しようとした」


 どうやらジェクトさんの奥さんが原因らしい。

 軍事力アップや、研究所がどうとか聞いたな。


「それを見て、急遽カカッと駆けつけたおれが魔物を呼び出した」


「私とお父様の前に正体不明の神様が現れて、魔物を消して欲しければ、王家の人間を集めてノアに来いと言ったわ」


「で、わたし達がお城にやってきた」


「そしてハンサムなおれがここに呼び出し、こうして特性焼きそばを振舞っているわけだ」


 ねじりハチマキとエプロンで、がっつり焼きそばを作っているポセイドン。

 屋台のようなでっかい鉄板で、二つのヘラを豪快に動かしてかき混ぜている。


「いいにおいがするな…………いやいやいやなんで焼きそば!?」


「おれは海神だぞ? 海といえば海の家だろうが。まったく……海をなんだと思っている」


「お前の海のイメージは偏っているんだよ!!」


 そういや小腹すいたな……超いいにおいするんですけど。

 魚の焼ける香りとじゅうじゅういっている音が最高に腹にくる。


「おおぅ……なんかおいしそうなにおいがする……焼きそば? 麺を焼くんだよね?」


 シルフィが鉄板をじーっと見ている。もう昼時だもんな。腹もへるさ。


「こっちにはないのか?」


「麺と、それを焼くという料理は当然あるさ。だがこれは珍しい。嫌な言い方になってしまうが、王族の身故に、あまりこういったものを食べる機会がなくてな」


 どことなくシルフィと似た目つきで焼きそばを見つめるジェクトさん。

 これは親子ですわ。サクラさんもちらちら見ているし。


「この香りは……やはり魚介類ぶっこんでいるな? 海鮮焼きそばか。変なもん入れるなよ?」


「アホか。おれは海の神。海からの恵みを軽んじるなどあってはならぬ。魚介のポセイドン焼きそばを楽しみに待つがいい!!」


 物凄いヘラさばきだ。ここにいる全員分をひとまとめに混ぜてやがる。

 流石神様だ。豪快さもテクニックも、そんじょそこらの焼きそば屋とは格が違うぜ。


「さあ! ここで塩コショウをくれてやるわ!!」


 なんかテンションあがってらっしゃる。うーわ超おいしそう。音とにおいがやばい。

 お前すきっ腹になんちゅうもん嗅がせているんだ。


「王家の危機なのよね? こんなことをしていていいのかしら?」


「イロハは心配性じゃのう。自称神様を捕まえて、無理矢理事情を聞きだす。これしかあるまい?」


「そうだな。ここは焼きそば食っておこう」


「おれも協力してやろう。神の品位を落としおって。一度冥界に叩き落してくれる! そおい!」


 その格好で焼きそば作っている人に言われても困ります。


「そうりゃ! はっはっは! 順調だ! やはりおれの作る焼きそばは最高だな! さてソースだが……ん、どこに置いたかな?」


「こちらですか?」


 いつの間にかミナさんがソース持って立っている。どこから出したんですか。


「おお、すまんな! どうだ、久々におれの焼きそばを堪能できるぞ! 嬉しいだろう!」


「私はフルムーンのメイド、ミナでございますよ。初対面です」


 なんだか知り合いっぽい。ミナさんも謎の多い人だし、何者でも驚かないけどさ。

 流石にそんなほいほい神様もいないだろうし。エルフの凄い人なのかも。


「む、そうか。すっかり忘れておったわ! ハンサムでも忘れることはある! 忘れんぼうハンサム!」


「意味がわからんぞ」


 ひょっとしてこの神様バカなのかもしれない。


「こちらのお皿に取り分けてください。テーブルは出しました」


「かしこまってハンサム!」


 いつもミナさんが出しているテーブルが、俺達の中央に置かれている。

 屋外でミナさんがいると、どこからともなく出てくるやつだ。


「ミナさんって何者なんですか?」


「フルムーンに使えているメイド長さ。私が国王になる前からいる」


「そんな前からおるのじゃな」


「ずーっと前の国王と一緒に描かれている絵とかあるよー。最低でも八代くらい前のやつ」


「エルフにしても長生きよね。まあお世話になっているし、とっても優秀だから、なーんにも困らないわ」


 緑髪で巨乳のエルフメイドさん。微笑を絶やさないし、神出鬼没で超優秀。

 優しいお姉さんって感じの人だな。まあそれでいいか。本人が言いたくなったら聞こう。


「むうー。ミナのこと考えているね?」


「やっぱりメイドというのは特別なのかしら」


「あくまでオプションじゃろ。先に進むための必須アイテムではないはずじゃ」


「頑張ってるわね。応援するわよ。今のところはね」


「なんの話だい?」


「さあ? 女性にしかわからない話とか、あるんじゃないでしょうか?」


 自分の娘が俺を攻略しようと頑張っているとか、悲報以外のなにものでもないだろう。

 言わぬが花である。無駄に磨かれたすっとぼけスキルを使っていこう。


「さあ食え。これがハンサム焼きそばだ!!」


 いいタイミングだ。ポセイドンとミナさんが、人数分の皿を並べてくれる。

 しっかり盛られた焼きそばは、俺のよく知るそれであり、それよりも格段に美味しそうだ。


「あらあら、美味しそうね」


「なにこれおいしそう!」


「よい香りだ。食欲をそそる」


 なんと王族の評価がいい。見た目と香りは合格というところか。

 さっそく食べてみよう。


「おお、こいつは美味い!」


「入っているのはイカと、タコの足と、この魚は……」


「ラクラじゃ。白身でな。ソースと混ぜてしまえば味が馴染んで麺に合うのじゃ」


 初めて聞く魚だ。どうやらサメに近く、赤いうろこを持つ魚だとか。

 麺の歯ごたえを邪魔しない、いい食感だ。


「魚の生臭さがまったくないわ! むしろ全体の味を引き立てている!」


「とても美味しいわね。初めて食べる味だけど、気に入ったわ!」


「この大雑把な味が一番焼きそばっぽくていいよな」


「うむ、宮廷料理のような繊細さなど不要だ」


 最近家庭料理ばっかりで、こういうものを食べてなかったな。

 自分で作る時も、自然とこいつらの食える普通のメニューを考えていた。


「ソースが食欲をそそる味付けだな。味が濃い目か」


「庶民というのは麺とか米とかを多めに食べるからですよ。味を濃くして量をとる。薄味の豪華な料理は食べませんし」


「学園だとどっちも食べたりする人もいるよね。わたしも初めて食べるものが多かったなー」


「私が学園にいた時はほぼ高級な料理か、執事の作ったものだったからな。たまにミナの作る料理が楽しみであった」


 王族にも色々と事情があるらしい。っていうか卒業生なのか。


「パーフェクトな焼きそばじゃ。よい昼食じゃった」


「ごっそさん。美味かったぜ」


 全員完食である。満足満足。食後の冷えたお茶がさっぱりしてまた美味い。

 焼きそばで温まった体に涼しさが戻る。


「さて、腹ごなしにおれとハンサム手合わせでもするか? クロノスの力がどの程度か確認したい」


「はあ、まあ応援してますよ」


 ポセイドンがやる気になっているので、エールを送ってやった。

 焼きそばも美味かったし、悪印象は無い。


「まっさきに自分を外して考えるのが実にあれじゃな」


「いや普通フルムーンの関係者だろここは。俺はか弱い一般人です」


「そういうことなら……私達も参加した方がいいのかしら?」


「んーじゃあわたしもやろうかな?」


 フルムーン一家がやる気である。そうそう、そっちで勝手にやってくれ。怪我しないようにな。


「では、イロハ様とリリア様はこちらで片付けのあと、観戦用の結界を張りましょう」


 ミナさんとイロハ、リリアは安全な場所へ。さて、俺も行くか。


「待て、そこの男」


「……俺?」


「そうだ。ついでにお前も混ざってゆけ。フルムーンと関係があるのだろう?」


「いやいや、弱いんだって。神と戦えるわけないだろ」


 こいつ鎧のことを知っているのかも。とりあえず警戒しよう。


「そもそもどうしてクロノスの関係者にここまでする?」


「簡単だ。時空神クロノスはおれの兄弟だからな」


「…………はあ?」


「おれは農耕神クロノスの息子だ。同じ父親から生まれた……いってみれば親戚なんだよ」


 そりゃまた複雑な関係でらっしゃること。ジェクトさん達も驚いている。絶句とはこういうことなんだろう。


「ちなみに箱舟の管理はおれとクロノスの役目だった」


「わたしまーったく知らなかった」


「これは私も知らないわね」


「王たるものしか知らぬことだ。気にするな。それでは手合わせ願おう、ハンサムにな」


「おう、頑張れよシルフィ。サクラさんも」


 ここでしれっと応援に回るファインプレー。戦いたくないです。


「わかった! ちゃんと見ててね!」


 シルフィも合わせてくれる。説明しなくとも伝わるって便利ねえ。


「海神ポセイドンよ、私はもう全盛期を過ぎている。時を止められるのも、全霊をもってしても三秒から……限界まで高めて十秒だ」


 ジェクトさんがそんな事を言い出す。十秒止まれば十分じゃないですかね。


「そうか、力は次代へと受け継がれるものだ。そちらの二人でいいか」


「ねえ、サカガミくん。ここでお父様にシルフィが一番強いことを知られるとまずいんじゃない?」


 サクラさんの耳うち。そうだ、ジェクトさんにばれるとやばい。


「なに、食後の運動だ。いためつけて殺すことが目的ではない。どうだ、そこの男もどーんとぶつかってくるがいい」


「いらん。ぶっちゃけ戦うメリットがないよな」


「そこそこ戦えたら、おれがフルムーンに相応しいと認めてやらんでもないぞ小僧」


「認められないといけない理由が無いだろ」


 マンガとかで認められたら名前を呼ぶとかいう、お寒いくだりがあるけれど、あれの意味がわからない。

 認められないといけない理由ってなによ。勝手に認めたり認めなかったりしてろやめんどくっせえ。


「圧倒的な差がある神様と戦わなきゃいけないんだぜ? せめてちゃんとした賞品……まあお願いを聞いて欲しいもんだな。無理を通すなら、それなりに見返りが必要だろ?」


「そうじゃな。人間にわがままを通すのじゃ。願いの一つや二つ、聞くのが器の大きいものじゃろ」


「ええ、そうでなければハンサムといえど、心は醜いですね」


「ぬぐう!?」


 リリアとミナさんのナイスアシスト。ポセイドンの心にダメージが入った。


「よかろう。おれが満足いく結果を出せたらだ、まあ、願いを叶えよう。ハンサム契約だ!」


 かかった。これで協力者が一人増えるぜ。サクラさんを全力で担ぎ上げさせてやる。


「オーケイ乗った。んじゃ俺とシルフィとサクラさん以外は、この空間から出てくれ」


「なに?」


「余計な被害が出たらまずいだろ? クロノスの全力、見たくないか?」


 この交渉も通った。この空間は書斎の上に作ってあるだけらしい。


「ちなみに神の力を持つものは、神の空間と元の場所を行き来できる。ここに来た時点で繋がりができるからだ。非常口もある」


「ご丁寧にまあ……」


「非常口は付けておかないと、閉じ込められる人間が出るだろう。すると他の神から怒られる」


 神って……本当にわからんな。気分で生きているのかと思えば、ル-ルっぽいものもあるし。


「よっこらせっと」


 地面についた非常口を開けると、書斎の廊下へと繋がっていた。


「アジュ、早く帰ってくるのよ。シルフィにだけ変なことをしないように」


「するわけないだろうが」


「ま、うまくやるのじゃな」


 リリア達とはいったんお別れだ。守って戦う人間は少ない方がいい。

 ジェクトさんはミナさんになにか言われて、納得したのか廊下に下りる。


「サカガミくんといったね。すまないが、娘達を頼む」


「お任せください。むしろ俺が守られるくらい、シルフィは強いですよ」


「大丈夫だよお父様。まーかせて!」


「ゆっくりお待ちください、お父様」


 扉を閉じたら戦闘準備だ。三人それぞれ剣を構える。

 俺も普通に買ったいつもの剣だ。ソードキーはお預け。


「今更だけど、ハチマキとエプロンでいいのか? 武器は?」


「おれはハンサムさがなによりの武器だ」


 やっぱりアホなのかな。さて、まずは軽く素の状態で試してみるか。

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