箱を届けて見守ろう
動物と協力した喧嘩神輿で木人間を爆散させました。
意味わからんな。冷静に考えるのはやめよう。
そしてそーっと会議場へ向かう俺たち。
「なんか変なもの見ちゃったね」
「曖昧魔法は曖昧なんじゃよ」
「曖昧過ぎるわ。魔法どうこうじゃないだろあれ」
「気にしても無駄よ。あなたの鎧も同じようなものでしょう」
それを言われるとねえ。
イロハの影筆も、シルフィの時間と歴史改変も大概あれだろうに。
「全員なんらかの反則技持ってんな」
「それくらいできねば、おぬしと生涯をともにできんじゃろ」
「道は険しいものね」
「ほら会場についたぞ。急いで箱を届けよう」
扉の横に『箱を置いてメッセージを聞いてください』と書かれた台座がある。
俺のやつを置いてみると、魔法陣が発動した。
『クエストご苦労様です。会議場の中央でプレゼンが始まっています。扉は開けてありますので、話に割り込んでもいいから持ってきてください。失礼とか考えなくていいですよ。以上。ラウル・リットより』
先生の声だな。あまり見ない技術だが、これは独自の魔法なんだろうか。
「急ごう。流石に室内まで来ないとは思うが」
「早く終わらせるに越したことはないわね」
広くて長い廊下を歩き、なにやら声の聞こえる部屋を目指す。
拡声器っぽい魔法か道具で話しているな。
『……以上の効果により、たちどころにウイルスとそれに侵食されたものの活動を止め、侵食されたものが生物であれば回復も施せる新薬です。これが大量生産されれば、人の住めぬ地も、病気で苦しむ人も減り……』
完全に演説中ですよ。これは入っていくのが難しいですわ。
「クエスト受注者ですね?」
受付っぽい人がいる。細長いテーブルに受付ってプレートがる。
座っている椅子が結構いいやつだ。
「はい。ここで渡せばいいですか?」
「もう少しでプレゼンが終わります。それまで箱をお持ちになって、お好きな席でお待ち下さい」
「プレゼン中の部屋に入れと?」
「こちらの扉は会場の後方から入れます。席は自由ですが、関係企業が一番前です。赤い椅子が企業用。青い椅子が皆様用です。その範囲でご自由に」
「わかりました」
「ではお名前をお願いします」
仕方がない。ここまで来たら従おう。
受付を済ませて部屋を覗いてみれば、ちゃんと先生本人がいる。
企業関係者もわんさかいるな。五十人を超えているだろう。
「静かにな」
「わかっておる」
やたら広い室内に入る。ドームの観客席みたいな作りだ。
ホワイトボードの前に設置された壇上で、先生が話しているのを見ながら席に座る。
とりあえず後ろの方で固まっておこう。
『材料も比較的安価です。根絶も可能だと考えており……』
先生の背後には、大きく何かが映し出されていて、プロジェクターみたいだな。
ここに来てから見たことのない技術多いぞ。どうなってんだ。
「ほれ」
リリアが何か書いて渡してきた。
紙とペンが各席に設置してある。
ここから筆談開始。
『今のところ室内に異常なしじゃ』
『ならいい。全員無駄話はしないで待っていよう。箱持っている連中はどうだ?』
『そっちもじゃよ。あっちにマコとももっちがおる』
目をやると、こちらに軽く手を振っているももっち。
会釈してくるマコ。遠くにバスクードもいる。
少しして会場の扉が閉められた。全員来たのかな。
『以上です。ご静聴ありがとうございました』
拍手が巻き起こる。ようやく終わったか。
「ではさっそく、その新薬を見せてください」
『わかりました。生徒のみなさん、座ったままで結構です。箱をテーブルに出してください』
言われて出し始める生徒一同。
ここは素直にいこうじゃないか。
『ちなみに僕の箱はこれです。生徒と同じものですね。これを開けます』
先生も箱持ちか。デザインも大きさも同じだろう。
特に解錠の手順のようなものはなかった。
あの箱には鍵がかかっていないのかも。
『注射器に入っているものと、散布するものです』
箱の中身が背後に映し出される。
もうそういう技術に突っ込み入れるのやめようかな。
『さて企業の皆様。今日は名指しで招待状を作って、わざわざお呼びして申し訳ありません。欠席者がいないようで何よりです』
「何を仰る。先生にはいつも世話になっておる」
「うむ、是非にと言われれば足くらい運ぶさ」
「たまには外に出て運動もしませんとね」
企業の方々が朗らかに話している。
どうも先生には絶大な信頼を寄せているっぽい。
まあ学園で教師やれるくらいだし、国の危機とか救っていてもおかしくはない。
『ありがとうございます。大手製薬会社のトップすらも足を運ぶ。その噂と事実が必要だったのですよ。自分だけ来なければ、他の会社にメンツが立たないと思わせたかった。横のつながりを意識させたかったのです』
少しざわめく。なにやら悪巧みをしているようだな。
『さっそく効果を試しましょう。これからお召し物を濡らすことをご容赦ください』
言っている意味がよくわからん。何をする気なんだろう。
『箱を机に置くと解錠できます。生徒の皆さん、ご協力お願いします』
言われるままに置いた箱を見ると、魔法の結界が消え、鍵も開いている。
『開けちゃってください。することはそれだけです』
まあ開けますわな。中には透明なボールに緑色の液体が入ったものがひとつ。
イロハの箱も同じ。他の連中も手にとって見ているが、同じものだな。
『そのボールは空気に触れ続けると溶け出します。そして中の液体は新薬に触れると……』
本当に溶けてきた。そしてしゅわしゅわと音がしたかと思えば、薄緑の霧が室内にに広がっていく。
『ご安心を。害はありません。皆さんの箱は、この薬をより広範囲に散布するための装置なんですよ。強力に、広範囲に撒くためのね。つまり新薬は最初から部屋に撒いてあったのです』
「うっ……うがあぁ!?」
企業の一部が苦しみだしている。もがき苦しむ声を聞き、周囲の人間は離れていく。
『苦しんでいる人から離れることをおすすめします。善意で近づくと危険ですよ』
「あうううぅ!?」
俺たちには何の異変もない。新薬は心が落ち着く果物の香りって感じだ。
「うああぁ……あうっ!? これはどういうことだね!!」
『おやおや? おかしいですねえ。人体に影響はないはずです。むしろリラックスできる香りでしょう? 苦労したんですよこれ』
「ふざけるな!!」
『おかしいなーと思っていたんですよ。昔からある病とはいえ、医学は日々進歩しています。毒抜きの方法や、発症を抑える薬も増えて、死者は劇的に減少傾向にあった』
先生に詰め寄ろうとする企業の人間を、魔法の壁が食い止める。
『土地の病気とその歴史を紐解いていったら気づいたんです。昔から伝わる病気とよーく似た、けれど新種の病魔がいることに。それも明らかに人為的に作られたものでね』
声が重く、怒りに満ちたものへと変わっていく。
『ちょーっと考えちゃったんですよ。よく似たウイルスを作り出し、しらばっくれて僕に特効薬を作らせる。そうして薬とウイルスを完成させる魂胆じゃあないかってね』
なるほど、対で作れば売りに出せるな。
学園の先生なら天才だし、善意で協力もしてくれそう。
『この薬は肌につくと、匂いは消えても効果は数日残ります。ご来場の皆様には、そのままお帰りいただいて、釣り餌のようになっていただく算段でしたが、まさか本命が釣れちゃうとは』
なるほど。苦しんでいるやつが、ウイルスばら撒こうとしているやつか。
『ご協力ありがとうございました。おかげさまで根本から根絶できそうです』
知らぬ間に先生の片棒担がされていたってわけか。かわいそうな悪役だこと。
「結構無茶する先生だな」
「本当に人体には影響がないものじゃな」
「そうなのか?」
「うむ、熟練された天才の妙技じゃ」
話を聞き、全員が苦しんでいる連中から距離を取る。
『いやあ大変でしたよ。木人間のわずかな木片を分析し、二日で特効薬を改良するのは』
「馬鹿な! そんなことができるはずがない!!」
『できますよ。医者ですから』
やっぱ学園教師って化物だわ。
木人間の情報を得て、そこから最速で薬を改良して大成功とか人間業じゃない。
『医学も医者も、誰かを助けるためにある。そう信じています。だからこそ許せない。病気を作り、人を死に至らしめるような連中がね!!』
拡声器を切り、壇上から降りてくる先生。
その表情は怒りとも悲しみともつかないものだった。
「さあおとなしく捕まってください。たとえここでウイルスをばら撒こうとも、誰も侵食はできませんよ」
「ここまできて、ここまできて諦められるか! まだ奥の手がある!!」
会場が大きく揺れた。地震なんてこっちに来てから経験がないぞ。
「木の根はどんな石畳だろうと貫く。その力はまさに無敵! こんなチンケな建物なんぞ持ち上げる!」
揺れはしばらく続いて止まったようだ。
「さあ来い! 薬では消せんほどの樹木よ!」
天井から床から大量に木の根が飛び出してくる。
「どうなっている?」
「大きな木の根っこじゃよ。それが大量に集まって、この会場ごと上空に持ち上げておる」
「最悪ね」
「さあどうする? 特効薬はどれほど残っている! 下手に使って枯れれば、会場は地面に激突するぞ!!」
なんちゅう悪あがきをしてくれるんだか。
変な知恵回るおっさんだこと。
とりあえず先生がなんとかしてくれるのを待ちますかね
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