曖昧魔法奥義 わくわく動物神輿ランド

 俺にしては珍しく早起きした朝。

 今日は箱を先生に渡しに行く日だ。

 四人で先生の研究室まで歩いていく。


「別に四人で行かなくてもいいんだぞ」


「この時間はみんな暇じゃ」


「一緒にいる時間が増えるよ!」


「結構危険だから気をつけるのよ」


 そこそこの危険がつきまとうので、あまり気を抜いてもいられない。

 先生の研究室は科学棟の実験室とかシェルターやらのある区画。

 結構奥だな。まずは棟までの道を迷わず行く。


「人通りのまあまあある道を行くのがポイントじゃな」


 生徒の姿をちらほら見かける。中には箱を持っているやつもいた。

 この中から無差別に襲うような真似はしまい。

 そんなのよっぽど計画性無いアホだぞ。


「おかしいわね」


「どうした?」


「道が変わっている? ここは街灯や植木はあっても、ここまでの森林地帯じゃないはずよ」


 確かに。いつもの道の先が、なんかやたらと木にまみれている。

 もうちょい整っていたはず。


「いやいや、こんなこってこてのトラップするか?」


「アジュ、うしろうしろ」


 背後の道が木の根でびっちり塞がり始めている。


「いやいやいやいや、バカじゃねえの。アホかこれ」


「敵は思った以上に間抜けね」


「どうする?」


「どうせ引き返しても箱が渡せるわけではない。さっさと研究室まで行くべきじゃな」


「だろうな。じゃあちゃっちゃと行こうか」


 前進あるのみという結論に達した。

 依頼人が待っている以上、行かないという選択はない。

 警備が来るまで待つという選択もあるが、あんまりだらだらしていると指定された時間に間に合わないのだ。


「木の少ない道を行くぞ」


「うむ、根っこは切り飛ばしてよい」


「燃やすのは?」


「周囲に燃え移らせて時間を稼がれるかもしれないわ」


「斬って斬って斬り進もう!」


 剣を抜き、走りたくもないのに走ることに。

 木の根がどんどんこちらに向かって伸びている。

 渋々切り落として先へ進む。


「きゃあぁ!? なによこれえ!!」


「うおぉぉ!? やっべえなんじゃこりゃあ!?」


 箱を持っているやつもいないやつも無差別に襲っているようで、知らん連中も大慌てだ。


「すみません! ちょっと戦えたら助けてください! こいつ足捻っちゃって!」


 周囲に助けを求める連中まで増えた。

 この混乱が狙いなら、少しは知恵が回るのか。

 だがいたずらに混乱させても箱は奪えない。


「ちっ、サンダースラッシュ!」


 斬撃飛ばして根っこを切断。焼き切ればそれなりに効くようで、その場所だけ動きが止まる。電撃で一部分だけを焦がせば燃え移る心配も無い。

 とりあえず面倒だが見捨てる方が目立つと判断した。


「ヒーリング」


 ついでに回復。ここまでしてやる義理はないが、話を聞くにはいいだろう。


「ありがとう! 助かった!」


「こういう箱に心当たりは?」


 しれっと箱を見せて反応を伺う。もちろん幻影だ。

 被害者のふりをして襲ってくるという可能性も考慮している。

 その場合犯人につながるので捕獲したい。


「いや知らない。とにかく助けてくれてありがとう」


「私も知らない。けどあなたのおかげで助かったわ! ありがとう!」


 完全に事情を知らんやつの反応だ。

 演技かもしれんが、とりあえず先に進むことを優先するとしよう。

 そこから数回助けてみるが、どいつも似たような反応である。


「はずれか。じゃなきゃよっぽど擬態がうまいかだな。早めに捕獲したかったが」


「妙な知恵が働くのう、おぬし」


「こういう時の判断力凄いよね」


「救助する相手まで疑いつつ、行動自体は迅速ね」


「さっさと帰って寝たいんだよ。運動は嫌いだ」


 本来人助けとか嫌いだからな。

 義理や恩があるなら最速で返すが、恩を売るのは嫌いだ。

 そこから繋がる縁がうざい。


「おいもうジャングルだろこれ」


 明らかに熱帯雨林の植物が混ざってきた。

 景観とか考えろよ。


「とにかく研究室へ行くぞ。先生がいれば戦う必要もない」


「わかった! 急ごう!」


 周囲の戦える人間で応戦できないレベルじゃない。

 今の所はな。ならば目的地へ行くことを優先しよう。


『エリア内の皆様へ、ラウル・リットがお知らせします』


 放送が流れてきた。ラウル先生の声で間違いない。


『箱の運搬は、第三会議場へお願いします。繰り返します……』


「場所わかるか?」


「そう遠くはないのじゃ」


 放送に合わせたのか、一層緑が深くなる場所がある。

 そして木から分離するように、人型の化物が複数登場。


「まーた木人間か」


「木から枝分かれしたように見えたわ」


「くるよ!」


 相も変わらず根っこを触手のように飛ばしてくる。


『ガード』


「めんどいわボケ」


 下手に焼くと、巻き込まれている連中まで焼く。

 結界張って突っ切るのが妥当か。


「はいはいちょっと通るよ!」


 上空よりバスクードがおりてくる。

 また今日も派手な服だな。


「ちょいと無粋な横恋慕、させてもらおう恋のため! 恋の仕掛け人バスクードたあ、おれのことよ!!」


 周囲から拍手が巻き起こっています。

 本当に派手好きというかなんというか。


「無事かい?」


「こっちはな。だがどうする? そもそもいきなり会議場ってどういうことだ?」


「プレゼンの最中なんじゃろ。そこに現物持ってこさせて……まあなんやかんやするんじゃな」


「雑だがそういうことか。なら早くたどり着かないとな」


 会話中も木人間を切っていくが、こいつら悲鳴すら出さない。

 精神というものがないのか、ただ命令に事務的に従っている気さえする。


「ギャラリーが邪魔だ」


「まとめて消そうにも被害が出るわね」


「これ以上時間かけられん。かといって目立ちすぎるのもしんどい」


「おれでよけりゃぁ協力するぜ。目立つことにリスクもねえ」


 派手に大声で動き回るもんだから、自然と敵がこちらの道を塞いでくる。

 もたもたしている時間がないな。


「では神輿役を頼むのじゃ」


 何か考えがあるらしい。このまま雑魚と戯れるほど暇でもないし、任せてみよう。


「おれは何をしたらいいんだい?」


「おぬしの役者としての演技力、いやアドリブ力でどこまでも強くなる」


「おもしれぇ! やってもらおうじゃねえか!」


「ではゆくのじゃ。曖昧魔法奥義『わくわく動物神輿ランド』!!」


 迫る敵を阻むように光が放たれ、バスクードの周囲も輝く。

 それを危険と判断したのか、一斉に木の根が伸びる。


「こんなもんかい?」


 光が消えたその中には、たくさんの動物達が立っていた。

 その牙や爪で迎撃したのだろう。木の残骸がある。


「こいつは……」


「わしらはちょっと離れるのじゃ」


 ここからは距離をおいて成り行きを見守ろう。めっちゃ目立つし。


「こんなところに人間とは珍しいねえ」


「いや動物いる方がおかしいだろ」


「ひ弱な哺乳類は下がってな」


「ワニさん!」


 動物にさん付けなんだなバスクード。

 お前の感性がよくわからん。


「おれだって、おれだってやれますよ!」


「そうか。ならば証明してみせよ、この百獣の王ライオンの前でな!」


「援護してやる。ライオンだけじゃ心もとないからな」


「言ってくれるな。ティラノサウルス」


「恐竜はおかしいよな!?」


 動物たちが戦闘態勢に入る。

 なんで全員二足歩行で人間の言葉が喋れるのかはもう知らん。

 全員身長百八十くらいの成人男性っぽいのかも全然知らん。

 そこまで脳が処理しきれていない。


「古式ムエタイの膝、見せてやるぜ」


「カンガルーさん!」


「お前の特徴拳だろ!?」


「行こうぜ、スピードの向こう側へ」


「ナマケモノさん!」


「キャスティングミスだ!?」


 特性を活かさない方向で戦い、敵を殲滅していく動物たち。


「私が道を切り開こう。進むのだ若人よ!」


「カニさん!」


「魚介類だぞそいつ!?」


「おれは……おれはこの星に生きる動物として、何ができるんだ?」


「その心意気や良し。乗れ、霊長類最強の男にふさわしい神輿へ!」


 ライオンが人差し指で指し示すのは、祭りで使うでっかい神輿だ。

 完全に和風なんですが、この世界にあっていいんですかね。


「よっしゃあ! 男バスクードの花道! 盛り上がっていこうぜぇ!!」


 バスクードを乗せた神輿を動物みんなが担いでいる。

 そのまま木々を薙ぎ倒し、木人間を吹き飛ばしていく。


「わっしょいわっしょい!!」


 この光景を正気で見られるほど、俺たちは耐性がない。


「何かしらこれ」


「わたしもわかんない」


「考えたら負けだな」


 なぜか植物が消えている。全部倒したのか。


「バスクード! 奴らが来たぜ!」


 遥か遠くから何か緑色の物体が猛スピードで突っ込んでくる。

 それは木製の何かで、木人間たちが運んでいるようにも見えた。


「来たぞ! 敵の神輿だ!」


「敵の神輿!? 敵なんで神輿持ってんだよ!!」


 どうやら神輿のために全木人間が集結したようだ。

 しっかりと飾り付けまでされていて、すっごくうざい。


「野生動物おなじみの喧嘩神輿だ!」


「ねえよ! 馴染みねえよそんなもん!!」


「わーっしょい! わーっしょい!」


 壮絶な音を立ててぶつかり合う両者の神輿。

 どんな気持ちで見ればいいのこれ。


「うぐうぅ!? やりおる!」


「無理しないでくれマンモスさん!」


「陣形を変えろ! サイとバッファローを前に出せ!」


「くっそおぉ! おれたちは、こんなやつらに負けらんねえんだあぁぁぁ!!」


 なんか熱血されてらっしゃいますが、俺たち四人は冷めております。


「手を貸すぜ、バスクード!」


「人間だけが見ているなんてできねえや!!」


 ギャラリーの皆様が参加し始めました。

 視聴者参加型だったようです。


『平和を愛する心に人も獣もない。その心が奇跡を生む』


「先生参加しちゃった!?」


 何しれっとナレーション担当してんだあの人は。


「よっしゃあいくぜ! わーっしょい! わーっしょい!!」


「我々はこの星に生まれた命。種族は違えど、その思いに違いはないのだ!!」


「いくぜぇ必殺! アニマルともだちアターック!!」


 様々な種族が一丸となって敵に突っ込み、見事木人間の神輿を爆散させた。


「動物万歳!!」


「決め台詞かそれ!?」


 なんか敵が全滅しました。なんでしょうねこのしっくりこない気持ち。


「餞別だ。持っていけ人間」


「これは……」


 バスクードが何かカードのようなものを受け取っている。


「電子マネーだ」


「電子マネー!? 使い道ねえだろこの世界!?」


「よくわかんねえけど、ありがとな!」


「ほら伝わってねえじゃん電子マネー!!」


 そしてうっすらと消え始める動物のみなさま。

 なんか泣いている人とかいるんだけど、泣けるシーンじゃいよね。

 俺たちがおかしいわけじゃないよね。


「ありがとう! ありがとう動物のみんな!」


「おいおい泣くなよ。これが今生の別れってわけでもねえんだぜ」


 何回も出られても困るわ。もう出てくんな頼むから。


「オレたちはいつでも動物園で待ってるぜ」


「野生動物じゃねえんだ!?」


 それだけ言って消えていきました。電子マネーも消えていきました。

 そりゃこの世界にあっちゃいけないもんだからね。


「うおおおぉぉぉ!! ありがとうみんな! おれたちはずっとずっと仲間だぜえええぇぇぇぇ!!」


 泣き崩れるバスクードと参加者の皆様。

 泣くほど一緒じゃなかったよね。ほんの数分だったよね。


「さ、行こうか」


「じゃな」


「クエスト終わらせよっか」


「早くこの場を離れましょう」


 泣いている連中から距離を取り、四人でそーっとその場をあとにする。

 戦闘も疲れるけれど、長い茶番を見せられるのも疲れると知りました。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る