家での暇で充実した一日

 明日は箱を渡す日である。

 そして今日はヒマ。魔法科もない。


「つまり……家から出なければいいってわけだな」


 昨日のうちに食料とか欲しいものは買ってきた。

 何の問題もない。昼に起きてリビングで飯を食う。


「ふっふっふ……最近の俺はアウトドアが過ぎるからな。今日は家にいるのさ!」


 誰がなんと言おうと家にいるのだ。安全だしな。完璧な理論だ。


「いいんじゃないかしら」


 イロハが同意してくる。

 こういう時は散歩に連れ出そうとしてもおかしくはないのだが。


「そうじゃな。ゆっくりするとよい」


「うんうん、お休みも必要だよね」


 室内に不穏な空気が立ち込めていた。

 そういえば全員いるな。昼まで寝ていても何も言われなかったし。

 一瞬だが三人の目が光ったような気がする。


「今日は運よく全員お休みだからね」


 やっちまったぜ。


「というわけで家にいましょう。家でゆっくりする覚悟を決めなさい」


「覚悟とゆっくりは相反するものだろうが」


「諦めるのじゃ。どこにも逃げ場など無いぞ」


「自宅で言われたのは初めてだ」


「さあいろいろやってみよう!」


 不安しか無いわ。この不安渦巻くリビングにて。


「よーしよしよし、アジュはいいこ」


 シルフィに膝枕をされています。

 ソファーがでかいから楽に寝転がれるわけだが。


「どうしてこうなった」


「これが運命よ」


 イロハは俺の横で寝ている。

 俺の胸のあたりに頭を乗せ、適当にじゃれついてくるのだが、お前は犬か。


「狼っぽさより犬っぽさが勝ってませんかね?」


「気にするほどのことではないわ」


「気にしろ。じゃれつくな」


「外が寒いからちょうどいいわ」


 俺が引き剥がす気が起きない程度に乗っかっている。

 重くもないし、身動き取れないわけじゃない。

 ただなんとなくよくわからん気持ちだ。


「なんだろうなこれは」


「この期に及んで欲情していないわね」


「どんな言い草だ」


「年頃の男の子はもっと女性の体に興味を持つものよ」


「決めつけるなよ。世の男子がかわいそうだろ」


 別に全員が全員そうってわけじゃないと思う。

 義務でもないし、むしろ性欲ない方が女は嬉しいもんじゃないのかね。


「アジュがまーた的はずれなことを考えている気配です!」


「恋人というのはもっと複雑で尊い関係なのよ」


「複雑なもんが理解できるほど男女関係を知らん」


「そうだねえ……本当にここまで長かったよ」


 俺の頭を優しく撫でながら、しみじみと語るのはやめて欲しいです。

 なんだその哀愁漂う感じは。


「大変だったよ……本当に大変だったよ。大切にしてくれているのは伝わるんだけどね」


「まさか大切にされるほど手を出されなくなるなんて、恋愛というのは難しいわね」


「そうか? ほいほい誰にでも手を出したりするのって、軽薄だから嫌じゃないのか?」


「それはそうよ。けれど、こうして一緒にいるのよ。何もなかったら寂しいわ」


 複雑らしい。その複雑な心境を高等部の男子が理解できるはずかない。

 これは言い訳じゃなく、マジで異性の心など理解できなくて当然だと思う。


「そこで理解するために歩み寄るのよ」


「今もじゃれつかれているからな」


「こうやって寄っていかないと、アジュは自分から来てくれないもんねー」


「最近一緒の時間を増やしているだろう」


 俺も一応は気を遣っている。クエも三人の誰かと一緒だし。

 こうして家にいる時は多少のスキンシップを許す。


「これを多少の触れ合いだと思っているでしょう? それが既に慣れてきた証拠よ」


「そこはちょっと疑問に思っていたさ」


「でも受け入れてくれてるよね。いい傾向だよー。きっかけはなんだったのかな?」


「どれってわけじゃないさ。積み重ねだろ。あとはリリアが解説してくれ」


「だめじゃ。まだ洗い物が終わっとらん」


 リリアは今日の洗い物担当です。

 シルフィとイロハがどう動くかに任せるとか言っていたので、今まで静観決め込んでいますよ。これも作戦のうちなんだろうか。


「はいあーん」


 テーブルの菓子を一個口元に持ってこられた。

 妙に乗り気だなシルフィよ。


「寝たまま何か食うのきついぞ」


「それもそっか。はいちょっと起きるー」


 イロハが素早く俺の横へ退避。横と言ってもソファーの奥へ行くだけだが。

 そしてシルフィに背中を押されて上半身を起こす。


「これ恋人がやることじゃないだろ」


「ならギルメンがやることでいいわ」


「それも違う気がするぞ」


 仕方ないのでクッキーを食う。うまいけどさ。

 流れるようにイロハが水の入ったグラスを渡してくれる。

 なんだろうねこの不思議空間は。


「うむ、順調じゃ。そのまま愛を育むのじゃぞ」


 洗い物を終えてリリアがやってくる。

 どういう目線なんだよ。


「ちょうどいい。俺は部屋に戻るよ」


「そうね。部屋でゆっくりするといいわ。行きましょう」


 なぜ全員で行く流れですか。

 テーブルのあれこれが、いつの間にか綺麗に片付けられている。

 この団結力が怖いぞ。


「さあ私たちのことは気にせずに、ゆっくりすることに全力を尽くすのよ」


「微塵もゆっくりできる気がしねえ」


 観念して部屋まで行く。

 RPGのパーティーみたいに並んでついてくるのはギャグですか。

 それとも俺が逃げないよう、退路を断っているのですか。


「自室が一番落ち着くじゃろ」


「そのはずだ」


 雑にベッドに寝転んで、なんとなく読みかけの本とか探す。

 そう都合良くあるもんじゃないな。


「おっ、わたしがおすすめしたやつ」


「それもう読んだ。悪くなかったぞ」


 たまにシルフィがおすすめしてくる。

 俺の好みを理解しつつ、普段手に取らないようなものを持ってくるので面白い。


「なにかして遊ぶのじゃ」


「部屋で暴れたりしないようにな」


「なら将棋でもしましょう」


 将棋盤買ったなそういや。

 どうせやることもないのだ。やってみるか。


「手加減をしっかりするように」


「別にそこまで弱くないでしょう」


「遊びでそこまで全力出すとな、ゆっくりできんのだよ」


「ほどほどにじゃな」


 適当にやって、そこそこ面白いくらいがベストである。

 対局は滞り無く進む。イロハが前より強くなっている気がするな。


「これどっち勝ってるの?」


「今の所は互角じゃな」


 シルフィとリリアは観戦組。リリアが解説を挟んでくれる。

 将棋実況ってこんな感じだっけか。

 昔にネットの生放送でちょこっと見たな。


「緊張の一戦ですね」


「ここからどう動くか、サカガミプロの意地の見せ所じゃな」


「誰がプロだ」


「ここでフウマ五段の攻撃開始です」


「私は五段なのね」


「ぶっちゃけノリじゃ。なーんも考えとらんよ」


 ゆるいな。空気がゆるい。リラックス空間だよ。

 たまにはこういう休日もありだな。


「サカガミプロ、熟考です」


「こういう休日もありだと考えているのじゃな」


「それ将棋の解説じゃねえだろ」


 集中を乱されながらも戦局は動き続ける。

 ちょっと頭使うか。イロハの戦法はだいたいわかる。

 問題はどこで仕掛けるかだ。


「いつになく真剣な顔ですね」


「あの顔がなぜ普段からできんのじゃろ」


 現状攻めてきちゃいるが、これは囮だ。

 こういうことじゃないはず。もっと忍び寄る感覚だ。

 性格出るなあこういうのって。


「おっと攻めました。攻めましたよ」


「思い切ったのう」


「集中できん」


「だめよ。実況解説がいても集中できるくらいの精神力を得るの」


「そういう鍛錬の場じゃないだろうに。これでどうだ」


 それでも集中できるあたり、自分でも集中力がついていると思うよ。


「お前ら見てて面白いか?」


「一応ルールはわかるし。暇ならアジュを見ています!」


「最高に無駄な時間だな」


「勝った方はリリア名人と対戦することができます」


「勝てないっての」


 ぎりぎりだがなんとか勝てそう。

 会話しながらでもお互いの手が緩まない。


「よし、俺の勝ち」


「やるわね。途中からペースを乱されたわ」


「腕を上げておるのう」


 危なかったがなんとか勝利。ほどほどにやると面白いな。


「では勝者の権利としまして」


「リリアと戦えばいいんだろ?」


「みんなでお風呂にいこう!」


 はいわけわからんことを言われました。

 そしてなんか流れで風呂場にいます。


「どうしてこうなった」


「一日の終りはお風呂よ。何も不思議な事はないわ」


 三人は水着です。そこは着るように強く言った。

 風紀が乱れるからね。


「日頃の感謝を込めて、みんなでアジュの背中を流します!」


「お楽しみはここからよ」


「観念するがよい!」


「…………いやまあもうしょうがないけどさ」


 椅子に座り、おとなしく待つ。

 ここでごねると風邪をひく。そしてエスカレートしても怖い。


「変な真似はしないように」


「はーい。じゃあやっていくよー」


「ついでに頭も洗ってやるのじゃ」


 シルフィが背中。リリアが頭担当らしい。

 なぜか楽しそうだな。これ面白いのかね。


「ちょっと流すわよ」


 泡だらけになったり、顔に付きそうになるとイロハが流してくれる。


「どうじゃ、ごく普通に気持ちいいじゃろ」


「ごく普通に綺麗になっていくな。前も洗うとか言われなくて安心している」


「へーきへーき。心配しなくても、アジュが嫌なことはしません」


「そりゃ助かる」


 三人の連携により、短時間で綺麗な体となった。


「ではわしらも洗ってから入るのじゃ」


「アジュは先に入っていていいわ」


「わかった」


 ゆったり湯船につかって一息つく。

 いい湯加減だ。なんとも平和な時間が流れていくなあ。


「こうして一緒に入るのも何度目かのう」


「慣れたもんだな」


「もう少し恥ずかしがったりしなさい」


「そうだよー。こっちは結構恥ずかしいんだから」


 四人で並んで入る。

 こいつらの顔が赤いことは知っている。

 それがのぼせたからでないことも含めてな。


「あー……他のやつと入るよりは、特別な気がしないでもないぞ。不快感もない。割と満足だ」


「なるほど。受け入れた結果が今なわけじゃな」


「そうかもな」


 俺が誰かと行動していることがまず奇跡。

 一緒に風呂に入るとか奇跡を超えたなにかだよ。


「あまり抵抗しなかったわね」


「恋人期間中なんだろ?」


「変なとこ真面目だね」


「世話になっているからな」


 いつも世話になっているのだから、こういうことで恩を返してもいいはずだ。


「いつか本当に恋人になるからね!」


「まあ前向きに検討しておくさ」


「いつまで先延ばしできるかのう」


「往生際が悪いのも、ここまでくると個性ね」


 嫌いじゃない。好きな方だろう。

 それでも妙なブレーキが掛かるのは、なぜだろうな。

 今の俺はもう十分に楽しい日々なわけで。


「満足しているわけだよ」


「まだまだじゃよ」


「もっともっと行ってみたい場所も、やってみたいこともたくさんあるわ」


「これからも一緒に楽しく暮らそうね!」


「そうだな。頑張ってみるよ」


 少なくとも、こうして楽しい一日を過ごせるくらいには、なんとか頑張ろう。

 今は心からそう思えた。

 それがはっきりするくらいには、今日は充実していたと思う。

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