訓練のちメイドさんのち模擬戦

 メイドのミナさんがやってきた。

 それとは別に今日も自宅の庭で特訓中である。

 時折飛んで来るリリアの魔法弾を避けながら、隣りにいるイロハに気をつける。


「結構疲れるなこれ」


「そうね、それはそれとして貴方のことがす……」


「おおっと、危ねえ! 避けなきゃ!!」


 声を張り、大袈裟なリアクションで回避する。

 回避するのはもちろん魔力弾とイロハの告白だ。


「これが最後の戦いになるかもしれないわ。だから思い切って言います。私は貴方の」


「うおおぉぉぉ! 敵め! こそこそしないで出てこい!」


 魔力弾を避けた先で待ち伏せしていたイロハの分身を、どう処理していいか思いつかない。

 とりあえず叫んでおく。告白の言葉さえ聞かなければセーフだ。


「こんな時にどうかと思うけれど、ずっと前から好きで……」


 今度はちゃんと背後に人の気配がある。振り向きざまに一言入れよう。


「いやあ敵の攻撃が厳しくてさ、全然聞こえない……っ!?」


 しまった。背後にいたのは影で出来た偽物だ。

 本物は俺のすぐ近くに迫っている。

 偽物であることに驚いて咄嗟に動くことが出来ない。


「好きです。付き合ってく……」


「危なあああい!!」


 強引にイロハを押しのけて庇うふりをする。

 大声出して庇っとけば言い訳にできるはずだ。


「くっそおおおお! 敵め! コソコソしやがって!!」


 イロハを一切見ずに敵を探して周囲をうろうろする。

 声が聞こえない距離を保とう。


「ごめん、何か言ったか? 聞こえなかった」


 お約束のセリフで告白を聞き流したアピールだ。


「はいそこまでじゃ」


 リリアから終了の合図かかかる。

 俺は服についた汚れを手で払いながら二人の元へ行く。


「どうだった?」


「全然ダメじゃ。後半叫んでおっただけじゃろ」


「こそこそしやがってって二回言ったわよ」


「マジかー……いやでも言い訳が何種類も思いつかないんだよ」


 ボキャブラリーというやつは急激に増えたりしないんだ。


「シルフィ様、あの三人はいったいなにを?」


「あ、ミナ。あれはねー『戦闘中に女の子に告白された時、上手にすっとぼける』訓練だよ」


「…………必要なのですか?」


「わたしにはよくわかんない。けど必要らしいよ」


 ミナとシルフィが何か話している。トラブルでもあったのかね。


「ミナさん。どうかしましたか?」


「掃除と洗濯と昼食の仕込みが終わりましたので、何か仕事があればとシルフィ様を探しておりました」


「この短時間で?」


 まだミナさんが来てから二時間経ってないぞ。


「メイドですから」


「メイドってすごい」


「いい匂いがしてるわね。これはシチューかしら?」


 家の中から確実に美味いであろう匂いがしている。これは何が出てきても美味いな。


「特製シチューは晩ご飯ですよ。シルフィ様にも手伝っていただきました」


「ミナはわたしの料理の先生なのさー!」


「それは期待できるのじゃ」


「楽しみにしてるよ」


「特訓はもう終わりですか?」


「いえ、一応素振りとかするんですが。昼飯あるなら食べたいです」


 先に昼飯食いたいかも。ここまで完璧なメイドさんの料理とはどんなものか興味がある。


「では昼食に致しましょう」


 そして食卓に並べられる食事。これはあれか、マナーとか知らないとだめなやつだろ。


「これ高いやつじゃ……?」


「ご安心ください。全て市販の食材です。朝一番に買ってきました。冷めない内にどうぞ」


「そうね、いただきましょう」


「久々のミナのご飯だー」


 みんな席につく。いやだから食い方がわかんねえよ。まずスープから?

 スープと皿に乗ってる肉? とかサラダとか。まずどれを何でどう食うのさ。


「また料理の腕が上がったね。美味しいよミナ」


「ありがとうございます」


 とりあえずシルフィが食ってるのをマネていく。

 異常なほど美味いな。どうやったらこんなことになるんだよ。


「こりゃ美味いな。これがメイドパワーか」


「シルフィはよいのう、ここまでできるメイドさんがおって」


 こいつら普通に食ってるな。そこまでマナーとか気にしなくていいのか?


「どしたの? 食欲ない?」


「ん、いやそうじゃないさ」


「こやつはマナーとか知らぬ」


「別に気にしなくていいわよ。自宅なんだから」


 そう言われても気になるんだよ。なんでお前らは普通に食えるんだよ。


「お気になさらずに。料理とは美味しく食べていただくのが一番です」


「そうそう。ミナのお料理は美味しいからね。余計なこと考えちゃダメだよ」


「まあ美味いよな。今まで食ったものと違う。隠し味とかあるんですか?」


 ちょっとだけ料理できる身としては、市販の食材でここまで味が違うと気になるもんだ。


「醤油です」


「醤油!?」


「お城の台所で使ってるやつだね」


「はい、国一番の厳選こがし醤油です」


「しかも国産だと!?」


「お土産に持ってきたものです。まだまだありますのでよろしければどうぞ」


 どうぞっていうかどうしたらいいのさ。ありがたいけどな。


「台所にあった醤油や黒酢はミナさんのだったのね」


「黒酢!?」


「ええ、黒酢は疲労回復や血液をさらさらにしてくれる効果があります」


「あなたエルフのメイドさんですよね?」


「そうですがなにか?」


 俺はなぜ異世界で、エルフの緑髪のメイドさんに、黒酢について解説されているのだろう。


「美味しければそれでよいのじゃ」


「いいだろうツッコミを放棄してやるぜ。んで、飯食ったらどうする?」


「授業は明日からね。ミナさんの生活品でも買いに行きましょうか?」


「全て持ち込んでおります。ご心配なく」


 ヒマ確定かなこれは。


「久しぶりに模擬戦でもする?」


「いい案ね。鎧は……どうしようかしら?」


 イロハが気を遣ってくれている。鎧を報告されると面倒だ。

 どうすっかな。ちらっとミナさんを見る。


「ミナは秘密をバラしたりする人じゃないよー」


「秘密……? なにか見られてはいけないものでしたら家事に戻りますが」


「どっちみち俺とシルフィを見に来たんだし、どこかでバレるだろ。だったら最初から見せて口止めした方がいい」


「ミナ、できれば報告にはアジュの鎧と力については書かないで欲しいの」


「あくまでも普通の高等部男子程度の実力だとして欲しいんです」


 良くない方向に話が進む可能性があるからな。俺とシルフィを視察に来ているということを忘れないようにしよう。


「強く見られると問題があると?」


「強くなる条件が限定的かつ強すぎるんです。はっきり言って無敵です」


「では私の胸に秘めておきましょう。それがシルフィ様を守る力であるならば」


「なら問題ありません。んじゃ庭にでも行こう」


 トレーニングルームは機材がぶっ壊れるし、人がいる場所でやるのもイマイチ信用ならん。

 庭に出て軽くストレッチの後、距離をとる。


「はい準備おっけー! いってみよう!」


「ではクロノスとフェンリルの力を使うのじゃ」


「いいの? 結構危ないよ?」


「わしが庭に結界を張り、空間と世界そのものを隔絶させておる。人払いも兼ねた結界じゃ。存分にやるがよい」


 またリリアの背後に魔力がしっぽのように伸びている。今回は二本か。本数で力の強弱がありそうだな。


『ヒーロー!』


「んじゃやってみますか」


「なるほど、それが鎧……確かに強い、というより強弱を論じるレベルを超えていますね」


「わかるんですか?」


「ミナは剣術の師匠でもあるからねー。闇討ちとかなんでもありなら王国騎士団でも倒せないよ」


 メイドと護衛兼業で家庭教師っぽいこともやると。


「いつまでもミナさんに気を取られているとケガするわよ」


「そうだね、ミナが来てからアジュの視線がミナにばっかりいってるもんね」


 二人から明らかにやばいオーラが出ている。仕方ないだろメイドが好きじゃない男なんて希少種だと思うよ。


「そういえば結局質問にも答えていなかったわね。ねえアジュ。私達が勝つ……のは不可能として、良い線いったらご褒美が欲しいわ」


「いいね! わたしもやる気出るよ!」


「ご褒美ですか……シルフィ様、なるべく婚前交渉は控えていただければ……式までは清い身体でいる事が望ましいと……」


「しねえよそんなこと!!」


 油断するとそっちにもっていくな。下ネタ禁止令出してみるかな真面目に。


「アジュー? しないって言い切っちゃうのはどうなのかなー?」


「どうってなんだよ?」


「婚前というのは結婚前に、という意味よ。交渉は抱かれるということ」


「んなもん説明されなくても知ってるよ。で、なんのことだ?」


「……ご褒美を許可するのじゃ。ただし、キスまでいくのは禁止じゃ」


「何勝手に決めてんだよ!?」


「やったー! よーし絶対勝つよ!」


「いいわ……キスの前なら何を何度してもいいのね? ふふふ……」


 強烈なプレッシャーを感じる……全力で来る気だな。模擬戦ですよね?


「ええいもう、勝てばいいんだろ勝てば!」


「それでは、バトル開始じゃ!」


 リリアの合図で模擬戦が始まる。

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