実況解説はリリアとミナでお送りします

「見せてあげるよ……時の守り人となったシルフィちゃんの力を!」


「影は不滅、影はいつでも貴方の側にいる。フェンリル、その力の全てを私に!!」


「気合入り過ぎてる!? 落ち着けお前ら!!」


 この場を収めるにはどうすべきかを必死に考える。


「なるべく怪我させないようにやるしかねえか」


 模擬戦ということはあいつらの経験になるように戦わないといけない。

 つまり最速で首筋に手刀入れて終わってはいけない。


「あれって実際にやったらできんのかね?」


「ブツブツ言っとらんで集中せんか。さて、実況のミナ殿、シルフィの師匠としてこの一戦どう見る?」


「私の知るシルフィ様は十分お強い方です。そこにイロハ様が加わることで、本来勝ちはほぼ確定するはずですが」


「そこで気になるのが鎧の力じゃな」


 実況・解説というプレートが置いてある席に座ってなにやら小芝居を始める二人。ミナさんそういうの乗ってくれるタイプなんですね。ちょっと警戒心が薄れるわ。


「シルフィ様の新たな力にどこまで通用するのか、見ものですね」


「おーい、もう初めていいのー?」


「いいぞ。あいつのコントに付き合ってたら日が暮れる」


「それじゃ、よろしくお願いしまーす! ミナ流鎖鎌!」


 鎖鎌を投げつけて来るので左に避ける。シルフィにしちゃ珍しい戦法だな。っていうかミナ流ってどういうことよ。


「今日は私もいるのよ」


「ああ、気をつけないとな」


 イロハも普通に火の玉を投げつけてくる。んなもん投げつける時点で普通じゃないのかもしれんけど。


「今日は遠距離戦か?」


 適当に右に避ける。大振りでわかりやすい攻撃だ。


「ふふーん、それはどうかな?」


「やけに自信ありげじゃねっとっ!?」


 突然目の前に現れる鎖鎌を咄嗟に左手で受け止める。絡まる鎖は問題じゃない。それ以外で嫌な予感がする。


「何だよ今の……あっぶね!?」


 やはり俺の目の前に現れる火の玉。これはもしかして。


「シルフィか?」


「せーいかーい! わたしが鎖鎌と火の玉の時間を戻しました!」


「初手で大振りな攻撃をしたのは油断させるためか」


「ま、そんなとこ。鎧の反射神経が知りたかったんだ。やっぱ無理だね」


「ああ無理さ。これで終わりか?」


 俺としては心臓に悪いのでやめて欲しい。目の前に予備動作ゼロで火の玉が来ると超ビビる。ダメージにならないのは知ってるけど条件反射というか、俺の性格上ビビるに決まってる。


「まっさか。さあアジュ、イロハは何処に行ったのかな?」


 いつの間にかイロハがいない。気配を探るのを忘れていた。

 そしてシルフィが鎖鎌を上空に投げると、巨大な影の腕がキャッチする。


「引っ張りっこは影に任せるよ!!」


「とりあえず俺と力比べはオススメしないぜ」


 影の腕が引っ張ってくるが、こんなん適当に引っ張ればいい。

 腕力で圧倒的に勝っているからな。

 だが力任せに引っ張った鎖鎌は影の腕まで引き寄せてしまう。


「イロハよろしく!」


 引き寄せた腕から影の剣が無数に伸びる。飛び交う剣を影ごと蹴り飛ばす。

 影のように実体がなくても攻撃できるのが鎧の強みだ。


「ちっ、めんどいな」


「さらに面倒にしてあげるわ」


 左右から影の壁が迫る。両腕で壁を抑えていると上にシルフィの姿。突然背中に現れた長剣を振りかぶっている。


「まだまだいくよ!」


 上空のシルフィが落下の過程をすっ飛ばして俺に斬りかかる。

 自分の時間をすっ飛ばして短縮しているのか。

 だが見切れない速度じゃない。鎧着てる間だけだけどな。

 剣の腹を殴って弾き飛ばす。


「もう見切ったぜ!!」


「そんなの承知の上さ!」


 シルフィが長剣を消し、今度は腰に二本の剣が現れる。相変わらず流れるような剣技だ。元々掴み所の無い独特な戦法に、クロノスの力で緩急や短縮が行われるおかげで非常にうざったい。


「シルフィ様の剣はどこから来ているのでしょうか?」


「腰のベルトじゃな。おそらく一つ一つ装備しては取り外し、装備していた時間までベルトを戻しておる」


「武器の重さにより自分のスピードを殺してしまわない、まさにシルフィ様に最適な戦法ですね」


 俺が解説を聞いているうちにシルフィが影に包まれていく。

 その間にもどんどん影の剣や拳は飛んで来る。


「敵にすると相当めんどくさいのな」


 鎖を手刀で切断し、回し蹴りで一気に影を蹴散らす。間髪入れずにシルフィの足元にある影へ指弾を飛ばす。

 影からイロハが飛び出してくる。どうやら当たりだ。


「よくわかったわね。鎧の力かしら?」


「いや、イロハならこういうの得意だろうなーっていう勘みたいなもんだ」


「そう、ならこれも予想出来ているかしら?」


 二人の背後に現れる影の腕。さっきも見たやつだ。


「リリア様これはどういうことでしょうか?」


「鎧着てるアジュに同じ手は通用せん。何か秘策でもあるのじゃろ」


「では、秘策に期待しましょう」


 リリア達はまだ解説してるんかい。ボケじゃなくてマジで解説する気か。


「期待に応えるよー!」


 さっきと同じように影が拳の連打を繰り出す。こんなもん拳と拳のぶつかり合いだ。面白いので全部殴り飛ばす。


「ほれほれ何発来ても叩き落としてや……るおおおぉ!?」


「アジュ様は何を驚いているのでしょうか?」


「影の拳の中にもう一つ拳を仕込んでおったのじゃ。撃ち落としたと思いきや中にもう一発入っている拳で体制を崩されるという厄介な技じゃな」


「初見でそれを躱せるアジュ様も相当の実力ですね」


「うむ、しかし拳の雨はやまぬ。しかもイロハのクセを読みきっただけではダメじゃ」


 リリアの言う通り。シルフィが拳の記録を再生している。つまり法則性など無い完全ランダムと言っていい。


「しかも当たる直前に再生を一時停止してリズムを崩して再生も可能じゃ」


「これがシルフィ様の新しい力……強すぎませんか?」


「まあぶっ壊れ性能じゃが使い勝手が難しいのじゃ。特に鎧を着ているアジュには時を止めても無意味じゃからのう。結局攻撃を当てることができぬ」


「十分よ。その調子でお願いねシルフィ。アジュと全裸で添い寝までもうすぐよ」


「そんな約束してねえよ!?」


 キス以上はダメって言ってなかったか?


「リリア様。解説をお願いします」


「お互いに全裸では性的すぎる。しかしアジュだけが全裸で、何もせず添い寝するだけならアホ丸出しの絵面なのでセーフと考えておるのじゃろう」


「なるほど。ありがとうございます。しかし、それではアジュ様のアジュ様も丸出しですね」


「うむ、ポロリどころかモロリじゃな」


「外野うっさい!! 男の裸なんか見てどうする!!」


「私が興奮するわ!」


「なら絶対やんねえ!!」


 全裸で添い寝は却下された。俺をどうするつもりなんだこいつら。辱めたいだけの可能性がある。なんせリリアが関わっているからな。


「全裸……アジュの裸……そっか。一緒にお風呂じゃなくて添い寝って手段もあるんだね」


「シルフィー。考えてること声に出てるぞー」


「うええぇぇ!?」


 一緒にお風呂はキスより上か下か判断できん。直接的な接触がないしな。

 意外とむっつりというか大胆な時があるなこの娘さんは。


「シルフィはお風呂狙いのようじゃな。これはミナ殿に解説をお願いするのじゃ」


「はい、シルフィ様はご自身のスタイル、胸が大きいことを理解していらっしゃいます。よって一緒にお風呂に入りつつ改めて巨乳を意識させていく方針ではないかと」


「やめてミナ! そんなこと解説しないでよ!?」


「背中を洗うときに胸を使うと良いと教えたことも関係しておるかもしれんのう」


「余計なこと教えんな!!」


 隙あらば余計なこと吹き込んでやがる。地味に質悪いぞ。


「さあいくわよ……連射がダメなら一撃をぶつけるわ」


 でかくて黒い腕が一直線に突っ込んでくる。量より質というわけか。


「力比べで負けるかよっと!!」


 迎え撃つためにかなり強めの拳を繰り出す。

 衝撃波を伴う一撃は容易に影を散らした。

 衝撃波の軌道に二人がいないことも考慮して攻撃している。


「きた! ここだ!」


 シルフィが衝撃波に向かって突っ込む。わざわざ自分から突っ込む意味がわからなくて混乱していると、そのまま勢い良くジャンプしたシルフィが空中で体を捻る。


「これなら……どうだ!!」


 シルフィから見えない何かが猛スピードで突っ込んでくる。並の威力じゃない。


「なんだってんだよ!!」


 手刀で見えない何かを切断する。真っ二つになったそれは地面に激突して煙を上げる。


「これは……俺の衝撃波?」


「うーわーこれでもダメかー。ごめんイロハ。作戦失敗」


「貴女のせいじゃないわシルフィ」


「リリア様、解説を」


 これは俺も聞きたい。なぜ俺の攻撃が飛んできたのか興味があります。


「衝撃波が自分に当たる直前で止まった時の……まあ時の壁とでも言うべきかのう。それを作ったのじゃ」


「時の壁、ですか。それはどういったものですか?」


「自分の目の前にうすーく時の止まったエリアを作るのじゃ。そこに触れた攻撃は停止する。何故なら通過するという時間が存在せんからじゃ」


「なるほど、では飛び上がってからの体を捻った動きは……」


「うむ、自分の前で止まったままのアジュの衝撃波の時間を進めてぶつけたのじゃ」


 前から感じてたけど応用力半端ないな。これ今後クソ強くなっていくんじゃねえか。


「シルフィもう一回いける?」


「むーりー。アジュの攻撃を止めるの凄い力使うよー。もう一回はしんどいかも」


「ちなみにもしシルフィ達にあたってもいいように、アジュはちゃーんと加減して撃っておる。そういった隠れている優しさを感じ取ることがアジュマスターへの道じゃ」


「いらんことまで解説しやがって……」


「大丈夫よ。私達はそこまで考慮してこの作戦を選んでいるわ」


 これは褒められているのだろうか。

 内心を当てられるのはちょっと恥ずかしいぞ。


「これは俺の勝ちだな。まだやるか?」


「一応まだ奥の手というか奥の腕? は残っているわ」


「小細工無しで完全な格闘戦に持ち込めば、一発くらい当たるかもしれないよね」


「疲れそうだからできればやめてくれ」


「もう解説飽きたのじゃ」


「そろそろ晩ご飯の支度をしなければいけませんね」


 もう夕方だ。ミナさん特製シチューの準備があるんだろう。俺もこれ以上はめんどい。


「それではこれで実況・解説を終わります」


「今回は二人ともいい線いっておったのう」


「まったくだ。ちょい驚いたぜ」


「それはつまりご褒美がもらえるということでいいのね?」


 しまった。ご褒美どうするか忘れてた。


「おおおぉやったー!」


 はしゃいでいるシルフィにやっぱ無しとは言えない。

 超落ち込みそうで言い出せない。


「では晩ご飯を食べながらじっくりと考えるのじゃ」


「いいわ、ギリギリのラインを全力で攻めましょう」


「ここからが本当の戦いだね!」


「待て待てご褒美は俺に勝ったらじゃ……」


「健闘したら、という約束でしたよ。それでも気が進まないようなら、シルフィ様は私が止めてみましょうか?」


「むしろリリアとイロハが最大の壁です」


 シルフィはそこまできついこと言ってこないはず……一緒にお風呂とか言ってた気がするけど。


「晩ご飯中に決まらなかったら、愛の言葉をささやきつつ一緒にお風呂に入って添い寝じゃな」


「きっついなおい!?」


 なんとか軽いご褒美で許してもらわなければならない。

 俺にとって地獄の晩餐会が始まろうとしている。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る