第一回 アジュとらぶらぶしよう会議
五人で楽しく食べるはずのシチュー。
もちろん好物だし野菜と肉の香りがシチューと合わさって最高にいい匂い。
俺のシチュー人生で一番美味い。美味いんだけどさ。
全員こっち見てるんだよなあ。
「それじゃあ食べながら決めていきましょうか」
「第一回、アジュとらぶらぶしよう会議ー!!」
「わーわー」
「いえーい!」
きっとここから俺の孤独な戦いが始まる。主にボケの嵐を捌く的な意味で。
「では前提条件を確認しましょう。キスとそれ以上はダメ。それ以外にあるかしら?」
「んーそうだな。何十回も要求されると困る。何日もかかるのもしんどい」
「もっともじゃな。では一日で終わるもの限定で、身体的・金銭的な負担が少ないものじゃな」
「負担が……かからないもの……と」
いつの間にか用意されているボードに書き込んでいくミナさん。
どこからもってきたんですかそれは。
「キスはダメとして、どこまでくっついていいの?」
「どこまでってどういうことだ?」
「抱き締める、膝枕や腕枕などキス以外のスキンシップも多数存在します」
「言うまでもないけど全裸で抱き合うとか禁止な」
「全裸禁止……と……」
それは書かなきゃわからんことですかミナさん。
「ミナ、シチューおかわり。じゃあさお風呂はどうなの? お風呂は裸だよ?」
「風呂か……正直風呂も恥ずかしいんだよなあ……」
「タオル着用ならどうかしら?」
「それでも恥ずかしさが勝つじゃろ」
これはやばいぞ。マジでギリギリのラインを知ろうとしている。
ボケる気配がない。
「やはりご褒美というからにはアジュに何かしてもらうべきじゃな」
「こういう時くらい素直に優しくして欲しいよねー」
「この好機を逃せば次はいつになるかわからないものね」
「やると言った以上はまあ、なにかすることはするけどさ」
こいつらは言うことが極端で困るんだ。下着くれとか言い出しかねん。
「恋人のような、最低でも友達以上恋人未満くらいの行為を希望するわ」
「俺にそんなん思いつくわけ無いだろ」
「これは難題じゃのう」
「あの、よろしいですか?」
「なーにミナ? 何か思いついた?」
「これまでのアジュ様の言動から推測するに……後ろから抱きしめて名前を読んでもらう。くらいが妥当かと」
「それじゃ!!」
「いい……いいわ……すごくいいわよ」
「うわあぁ……それいいね。いいよミナ!!」
抱き締めるの俺だよなこれ。かなり恥ずかしいけどキスよりは下だろう。
しかも告白じゃなく名前を呼ぶだけだ。俺にとって絶妙のラインである。
有能すぎるだろうミナさん。
「そんなところで有能っぷりを出さなくても……」
「素晴らしいわ。いっそ今履いている下着を貰おうかと考えていたけれど、抱き締めるで決定ね」
「いや下着はダメだろ」
「そうだよ。下着は二人分ないじゃん」
「そこじゃねえよ!?」
いかん下着もあげる流れになる。
死ぬほど恥ずかしいけれど抱き締めるで決定しよう。
「ではミナ殿とわしで判定するのじゃ。後ろから抱きしめて名前を呼ぶ。十秒経ったら離れてよい」
「名前を呼ぶ時は耳元でささやいてください。以上です」
「きっついな……そんなんイケメン野郎しかやっちゃいけないやつだろ」
「そんなに悪い顔とは思わないけれど?」
「大丈夫だよ。わたし達には一番かっこよく見えるから」
フォローになってない気がします。わかりきってるけどさ。
「リリアはいいのか?」
「わしは指輪も貰ったし色々やっとるから今回はよい。頑張ったのはシルフィとイロハじゃ」
「色々は今度聞かせてもらうとして、私とシルフィで……まあシルフィが先でいいわよ」
「おぉ? それじゃあわたしからだね!」
シルフィからか……こっちの心の準備とか終わりそうもないんで、勢いでいこう。
「名前の後に感謝の言葉でも入れたらどうじゃ?」
「いっそ『好きだ』の一言くらい入れるべきかと」
「ハードル上げ過ぎるようなら抱き締めるは無しでいくぞ」
「無くなる前にいってみよう!!」
「……抱き締めるってどうすりゃいいんだ?」
「わけのわからんヘタレかたするでないわ」
「いやマジで。後ろからだよな? 腕とか手とかどの辺に置いたらいいのさ? どの辺を抱くの?」
立ち上がり、シルフィの背後に周り硬直する俺。
腕ってどう回すんだよ。胸に当たるのはマズイだろ。
じゃあ腰か腹だろうけど手はどこを触るんだ。
「ここは私にお任せを。失礼しますアジュ様、シルフィ様」
素早く、されど埃が舞うことなく俺の腕を取り、シルフィに巻くミナさん。
手はシルフィの腰に置く。腕は胸の下だ。
よくわからないけど自然な気がする。
「なんという早業じゃ……」
「そのまま力を入れて耳元で名前と日頃の感謝をささやけばクリアです」
「うあぁ…………ミナ、これわたしどうすればいいの!? なんかすごい恥ずかしいよ!?」
「今更意識しだしたのね」
こうなりゃヤケだ。抱き締める腕に力を入れる。痛くない加減がわからん。
「あうぅ……」
下を向いて動かないシルフィ。暴れられてもしんどいので今のうちだ。
耳元でそっと、出来る限り優しく名前を呼ぶ。
「シルフィ」
「はっはい!? なんですかっ!?」
なぜに敬語だよ。シルフィも緊張してるんだな。俺だけじゃないのか。
「……感謝してる。俺みたいなやつと一緒にいて、助けてくれて。俺にはもったいないくらいだよ」
「こちらこそです!?」
「落ち着け。こういうの緊張するんだな」
「そりゃするよもう……もう少し強くしてみて」
「強く? 腕か?」
言われてさらに密着する。
ぬくもりといい匂いが緊張と混ざって頭がおかしくなりそうだ。
心臓の鼓動を二つ感じる。
「わかる? 恥ずかしいのも緊張してるのも一緒だよ。わたしの方がドキドキが速いでしょ?」
「ああ、確かに……わかるもんだな」
「ふふーん、でしょ? 暖かいね。このあったかさが好き。アジュはさ、もっと弱さを出してもいいんだよ」
「今でも十分弱いつもりだよ」
「そうやってごまかすー。茶化さなくても嫌いになったりしないよ。アジュの強いところはいっぱい見たからさ。今度はちゃんと弱い所も見せて欲しいな」
「見せなくても大丈夫……じゃないな。考えとく」
「うん、いつでもいいよ。わたしを思い出して。たくさん弱い所も見せたけど、わたしを嫌いになったりしないでしょ?」
「そうだな。たまには悪くないかもな」
弱みというのはできれば見せたくない。
何も無い人間には弱みとは弱点そのもので、強みがないから隠さなければいけないものだ。
「お互いの弱い所を自然に見せればいいんだよ。受け入れ合えばもっとあったかいよー」
「ありがとうシルフィ。もう少し素直になる……ように努力はする」
「ん、応援するよー」
いつもより優しい微笑み。
俺にとってこれ以上ない極上の、ある種神聖さすら感じる笑顔だ。
受け入れてくれそう、という期待をしてしまう。他人に理解されよう、受け入れてもらおうという発想は俺らしくないってのに。捨てなきゃいけないはずなのに。
「はい、そこまでです」
ミナさんからストップが入る。すっと俺から離れたシルフィは憑き物が落ちたようで、頬を染めながらも満足そうだった。
「ふい~。これ精神力ガリガリ減るな」
「おつかれー。一時間くらいに感じたね」
「やればできるではないか。完全ないちゃいちゃ空間じゃったぞ」
「これは私の番も期待できるわね」
そうかまだイロハの番が残っている。待たせた分だけしっかりやろう。
「休憩しますか?」
「いやいい。一気にいこう」
「勢いが大事じゃな」
「それじゃあお願いするわ」
「補助は必要ですか?」
「……やってみるわ」
今なら多分いける。シルフィに緊張をほぐしてもらえたんだろう。
そのシルフィはリリアとソファーに座りながらこっちを見ている。
「こう、でいいのか?」
イロハの後ろから肩や胸の前あたりに腕を回す。
ほぼ身長差のないシルフィと違い、ちょっとだけ身長が低いイロハに合わせた形だ。
「こんなもんでどうだ?」
「もう少しきつくていいわ」
言われて力を込める。俺の顎の下あたりにイロハの頭が来る。
白いふさふさした耳がぴこぴこ動いている。これ可愛いんだよな。
この場合ささやくのはこっちの耳か。
「イロハ。いつもありがとう。結構酷使してる気がするよ」
「いいのよ。貴方の為にある貴方の影、それが私よ」
「それでもさ。影じゃなくっても、イロハはイロハだ。ずっと影でいる必要なんかない。もっと楽しんでいいと思うんだ」
「楽しいわよ。大切な人と一緒にいるのだもの」
「本当に辛くないか? 俺はお世辞にもいい男でも頼りになる男でもないぞ」
「それだけでしょう? それだけで嫌うことはないわ。ヘタレて、いつまでたっても手を出してくれなくて、でも私を助けてくれた大切な人よ」
「直球だな。もうちょい照れとかないのか?」
イロハはいつも直球で伝えてくる。直球過ぎて受け止めきれない時がある。
「はあ……恥ずかしく無い訳がないでしょう? それ以上に伝えたいことがあるからこうして話しているのよ」
「そいつは意外だな。まだまだ知らないことばっかりだ」
よく見ないとわからないが確かに顔が赤いかもしれない。
「知ることに終わりなんて無いわ。貴方の心も匂いも変わっている。最近は女の匂いがついて……ちょっと目を離すと他の女といるのだから……困ったものね」
「俺が一番驚いてるよ」
「忘れないで。貴方を一番見ているのは私達よ。アジュを一番知っているのも私達」
「自覚はある」
俺ですら生活の中で、相手が何をして欲しいかわかる時があるのだから、きっと俺の考えなんて読まれているだろう。
「そう、少し安心したわ。なら他の女に勝手に靡かないこと。我慢ができなくなるわよ。私だけじゃなくて、みんなね。下着やお風呂じゃ済まなくなるわよ」
「そいつは怖いな。俺が女に靡くことなんて無いから安心しろ」
「それはそれで不安よもう……たまにでいいから撫でなさい。下着なんて必要なくなるように」
「いいけどたまにだぞ。ヘタレたら無理だからな」
「強制はしないわ。貴方から撫でて欲しいのよ」
「まあやってみるさ。ありがとな」
「はい、そこまでですお二人共」
ミナによる終了宣言が出たのでここまでだ。それぞれソファーで休む。
「つっかれた……これはもうしばらく無理だわ」
「あはは……おつかれさまー」
「お疲れ様。さて、それじゃあ最後は」
突然影がリリアを抱きかかえて俺の膝の上に乗せる。
「にゅおお!? なんじゃいきなり!?」
「やっぱりリリアも一緒がいいよね」
「遠慮しないでって言ったじゃない」
「ま、ここまできたら三人やっとくか」
膝に座るリリアを抱き締める。イロハよりさらに小さいから座ってないと抱き締めるのが難しいな。いいタイミングだ。
「何度も言ってるけどありがとなリリア。お前のおかげで毎日楽しいよ」
「うむ、わかっておればよいのじゃ」
「リボン、つけてるんだな」
後ろから見るとはっきりわかる。前に俺が買ってやったリボンだ。
「せっかくおぬしが買ってくれたものじゃからな。結んでくれる約束忘れとるじゃろ?」
「ははっ、悪い悪い。今度ちゃんと練習しような」
「忘れるでないぞ」
「おう、お前にはゆっくり恩を返していくつもりだからな。遠慮すんな。ただあんましボケるな。ボケ三人にツッコミ一人ってきついぜ」
「なーんも聞こえんのじゃ」
そうきたか。なら聞こえるようにしてやろう。リリアの耳元で語りかける。
「リリア。これからもよろしくな」
「うあぅ……よ、よろしくしてやるのじゃ」
「聞こえてるじゃねえか」
適当に頭を撫でてやる。相変わらず髪の毛サラッサラだなこいつ。
「もっと丁寧に扱わんかまったく」
「なーんも聞こえんなあ」
「むぐぅ、まったく……おぬしというやつは……」
しばらく無言で頭を撫でてやる。ちょっとだけ優しくだ。
「はい、そこまでですよ」
「よーっし全員終わったかー!」
「おぬしにしてはよくやったほうじゃろ。褒めてやるのじゃ」
「では最後は私ですね。よろしくお願いします。アジュ様」
「いやミナさんは違うでしょ」
突然ボケないでください。今やっと終わっていっぱいいっぱいです。
「私も一度、殿方に抱かれるとはどういうことか学んでみようと思いまして」
「経験なし……だと……?」
「お恥ずかしながら」
「ミナー? ミナでも見過ごせないよ?」
「有能メイドさんじゃな。こやつが処女厨じゃと見抜いての交渉じゃ」
「ミナさん。残念だけどアジュは私達のものです。譲れません」
「振られてしまいましたか。残念ですね。では自室に戻ります。おやすみなさいませ」
その言葉を聞き終わる前にミナさんは消えていた。謎多きメイドさんである。
「んじゃ俺達も解散だ。もう神経使いすぎて眠い。今日は誰も来ないでくれ。おやすみ」
「はーいおやすみー!」
「仕方のない人ね。おやすみなさい」
「おやすみなのじゃ」
あくびなんぞしながら自室へ戻る。もうとっとと寝てしまおう。
こうしてまた俺達の日常は続くわけだ。ちょっとずつでも進展しながらな。
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