団長コバルトと第二の試練

 第一回戦は終了し、俺たちは物資とともに進軍中である。

 といっても、なぜか手荷物程度であるが……なんでだろう。


「よーし、街が見えてきたぜーい!」


 キールさんの声が届く。確かに、少し先にはほどほどの高さの壁と、街へ続く門がある。門は開いており、中はフルムーンよりは質素だが、西洋風の一般的な町並みに見える。


「次は市街戦ということか」


「じゃな」


「キール団長! 中央広場へどうぞ!」


 兵士のみなさんが、門の内外で出迎えてくれる。


「ご苦労さん。見落としはないか?」


「まだ捜索は続けておりますが、敵の気配はありません」


「アタシらが泊まることを想定でもしてんだろうさ」


 中からアカネさんが出てきた。兵士たちが緊張しているし、アカネさんは怖い人というイメージなんだろう。


「ありがたーいけどよ、そこまで親切かい? どう見るアカネ」


「……どの道やるしか無いだろう。コバルト団長を呼んでおきな。倉庫に使えそうな場所と、広場を見つけた」


「コバルト、聞こえてんだろ? まずそこに頼む」


『聞こえている。今テレポートさせる』


 俺たちの周囲に声が響いた。若い男の声だ。


「よし、これいいだろ。あんたも持ち場につきなキール」


「へーいへい。言われなくても休んでおきますよーと。アカネ、リクのやつどこいるか知らね?」


「いいや、やつは作戦参謀だからね。裏で色々やってるんだろうさ」


「しょうがねえなあ。それではシルフィ様、生き延びましょう」


 そしてキールさんは去っていった。


「それじゃあ姫様、アタシとロンで守るよ。まずは一泊する準備だ。付いておいで」


 大きめのホテルっぽい建物がある。周囲には他に建造物がなく、野営の準備を始める騎士のみなさんがいた。


「地図を頭に入れておいてください。自分たちがいるのは、この街の中心にあるホテル。避難場所は東の広場。他は民家にようなものが少しあるだけ。まあ居住区という設定でしょう」


 ロンさんが地図を見せてくれる。これ短時間で作ったのかな。えらい精度だ。


「思ったより家が少ない?」


「ちなみに家具はありませんでしたよ。細部に凝るタイプじゃないってことでしょうな」


「あっても持ち帰る余裕なんざ無いよ。さっさと警護の準備だ。コバルトのことだ、どうせ終わってんだろ」


「あの、コバルトさんって?」


 みなさまご存知の、みたいに言われても誰なのよ。


「十一騎士団長コバルト。王国最強の超能力者だよ」


「コバルトの旦那、挨拶にぐらい来ましょう」


「それもそうだな」


 ロンさんの背後に転移してきた男が騎士団長か。

 短くきれいに整えられた金髪と、曇りのないきれいな青い瞳のイケメンだ。

 今までの団長は、どこか戦士というか、大人のイケメンだった。

 コバルトさんは貴族のご子息という雰囲気だな。


「十一騎士団長コバルト。準備滞りなく終了してございます」


「旦那、街はどうでしたかい?」


「気をつけるんだな。この街からは生者の気配が感じられん。邪気がないのが救いだが、英雄たる私を持ってしても、此度の事象は不可解だ。選ばれし者の感覚をも超えるとはな」


「ん?」


 よくわからんこと言い出したな。貴族っぽいけど、そういうもんだろうか。


「姫様、これからのご予定は?」


「夜まで待機して、早めに寝てしまおうかと」


「いいんじゃないかい? ジェクト様とサクラ様はもうホテルの中だ。あまり出歩かないでくださいよ」


「暇ならばこれを渡しておきましょう。私の自伝です。気軽に伝説の1ページに触れるといいでしょう」


 俺たち四人に本を渡してくる。

 表紙に『私の伝説 医療飛翔編』と書かれていた。

 内側にサインが入っているけれど、いやなにこれ。


「初心者向けの医学書だね」


「医学書!?」


「私の伝説に触れつつ、怪我の応急処置と、軽い病気の治療法が書いてある」


 内容が凄くまともだ。いや助かるけどさ。助かるけど、それを自伝にしてんの?


「団長コバルト、別名実力が伴いすぎた中二病。格闘戦でも隊長クラスを遥かにしのぎ、医学の論文は、たびたび学会を震撼させています」


 なるほど、この人も変な人だ。恐ろしいほどハイスペックの変人と考えておけば問題なさそう。


「おぉ、凄い人なんですね」


「それが、選ばれし英雄としての私の宿命。運命をこの手に握りし者の悲哀」


 よくわからんことを言い出したので、ロンさんに導かれてホテルの中へ。


「じゃ、飲食は自由ですから。なんかあったら自分らにお任せを」


 三階から外を見ると、大きめのテントがいくつも見えた。

 この世界の野営だが、簡単に言えば魔法でどうにでもなる。

 フルムーン騎士団が超スペックで、備品に至るまで良質なのだ。


「これ見学できるかな?」


「このまま上から見ればよいじゃろ」


「邪魔するのもあれだからな」


 広い部屋に俺たち四人。外にはロンさんとアカネさん。

 もうすぐ夕方だ。ささっと風呂に入ってしまう。


「俺は最後でいい。ここで色ボケはやめろよ?」


「わかっているわ」


「じゃ、いってきまーす」


 三人でも入れるくらい広いのは確認済み。

 風呂なら水魔法で水を出し、適当に火をつければいい。

 外の場合の風呂桶はあれだ、テントの中に自衛隊とかが作るがっしりしたやつ。


「俺は外でも見ているかな」


 興味と後学のため、下で行われる一連の動きを見学していた。

 テキパキと俊敏に動いている。なんとなくだが構造も理解できたかも。

 あとは帰ったらやってみよう。


「終わったよー」


 シルフィたちが出てきた。着ているのはパジャマである。

 結構時間が経っていたようだな。


「どうじゃ? 参考になったかの?」


「ああ、野宿にもグレードがあるな。あれは帰ったら試す必要があるぞ」


「その時は教えてあげるわ」


「助かるよ」


 今度は俺が風呂に入る。長風呂するタイプじゃないし、今は緊急時だ。急ぐ必要もないが、気持ち手早く終わらせよう。


「……ゆっくりする時間は大切だな」


 広い湯船につかりながら、体がほぐれるのを感じる。

 こういう状況なら、本当に乱入してくることはない。

 今のうちに考えをまとめておこう。


「まずアレスとヘルメスは、表面上は友好的だ」


 あいつらはフルムーンとクロノスの子孫に敵意はない気がする。

 アンタイオスだけが過激派だとは思えない。

 ヒュドラは予想外のアクシデントだったようだ。


「目的が見えんな」


 裏にいる連中の最終目的はなんだ。

 神にフルムーンを破壊するメリットがない。

 騎士団の戦力を減らす? 減らしてどうする?


「個人的な恨みか……他の国がフルムーンを奪うことか?」


 戦力が減ったら他国が攻めて……可能性は低いな。

 フウマがそのまま残っているし、付近は友好的な国ばかりだ。

 突然攻めるとイメージも悪くなるだろう。

 いきなり大国でやるかね? まず小国でテストしそうだ。


「複数犯ではあるんだろうが……目的がばらばらだと厄介だな」


 それぞれ利益というか、欲しい物が別だと目的までたどり着けなくなる。

 手っ取り早いのは、やはり敵を捕まえることだろう。


「仕方がないか」


 まずは全体課題をクリアするところからだ。

 戦っているうちに、どこかで敵は出る。

 とりあえずのぼせないうちに風呂を出た。


「出たぞー」


「おかえり。もう寝ちゃう?」


 飲み物をもらって一息つく。俺たちがでしゃばることもないだろうし、早めに寝るか。


「そうだな、明日も何があるかわからん……なんだそれ?」


 濃い緑色の半透明な煙が、窓から入ってくる。ゆっくりだが、俺たちに近づいている気がした。


「なんか嫌な感じがする」


「思念体じゃな。実体はないが、威力の高い物理攻撃でも消せる」


 リリアが魔力を飛ばして消す。そして壁からも窓からも飛んできた。


「つまり?」


「敵じゃな」


「風呂入った後に来るなや」


 長巻で切り裂ける。本当に弱いな。あまり運動したくないが、言ってもいられないか。


『こちらコバルト。どうやら街全体に暗黒よりの使者が舞い降りたようだ。付近の隊長と軍師は姫の護衛を。それ以外は密集しないように敵を殲滅にあたれ』


 コバルトさんの声が響く。どうやらテレパシーとかそういう類だな。


「それじゃあ失礼しますよ姫」


 ロンさん乱入。同時に室内の思念体が殲滅された。


「逃げますか?」


「広い場所に避難するのが無難でしょうな」


「逃げるなら上? 下?」


「下は乱戦状態です。王族は屋上に。コバルト、ルルアンク両名が護衛についています」


 部屋を出て屋上へ向かう。下では騎士団と霊体のバトルが繰り広げられていた。


「こっちだよ! 急ぎな!」


 アカネさんの誘導で駆け抜ける。

 ホテルの廊下は広い。だが大人数で乱闘できるわけじゃない。

 急ごう。屋上は二個上の階だ。


「こっちにもなんかいるよ!」


 真っ黒なローブを着た骸骨が宙に浮いている。いよいよホラーだな。


「自分が道を開きます」


 ロンさんの太刀筋がまったく見えない。

 最速で切り込んでは敵が散っていく。


「サンダースマッシャー!」


 それほど強い敵じゃないが、突然湧き出すのがうざい。


「よし到着!」


 広い屋上には、フルムーン一家と団長がいた。


「姉さま!」


「無事だったかシルフィ」


「闇を統べる英雄たるこの私に歯向かうとは、愚かなり悪の眷属よ」


 とりあえず合流完了。

 そこにカラフルに光る半透明な……天女っぽい羽衣装備の思念体が大量に湧き出した。


「キシャアアァァ!!」


 大きな手と、長く伸びた爪で襲いかかってくる。


「それじゃあお掃除開始だ」


 さっさと倒して寝させてもらうぜ。

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