ヘルメスVSキール

 戦神アレスと戦う騎士団長と王族。だが本陣にいる俺たちにも、新たな神が襲い来るのであった。


「フルムーンと遊べる? 遊ぼう! お祭り騒ぎにゃ目ざといぜ!」


 声は全方位からするのに、一向に姿が見えてこない。

 透明なのか、声だけ届けているのか。


「そんなオレ様、ここに参上! 作るぜ惨状! 遊ぼうYO!」


 高台のてっぺんに立ち、よくわからないポーズを取る男がいた。

 この時点で兵士は遠くに退避済み。ここからは団長と神の領域だ。


「騒がしい登場しやがって、誰だーい?」


「ヘルメス。冥府でハーデスにそう伝えてよ。温情を出してくれるかもしれないよ」


 こいつも神だな。

 栗色の髪の毛と、青い瞳。緑と白の少々派手な服を着ている。

 吟遊詩人とか、舞台役者の着る服に近いような……まあよくわからん。


「準備できてる? できてる! クロノスの力を使っていいYO! 全力出しちゃいな!」


「狙いはシルフィか」


「そっちの子でしょ? そっちの子だね!」


 びしっと指差す相手はシルフィ。しかしどうしたもんかね。

 あまり消耗させたくない。だが鎧の力を使うには早い。


「おいおい。いきなり姫様を相手には、できなーいだろ?」


 キールさんの大鎌が振り下ろされる瞬間には、もうヘルメスはいない。


「団長なんだっけ? オレくんと戦って生き延びられる? 生き延びてね! それじゃあ軽く腕試し! 人がオレさまに勝てたためしなし!」


 そして視界から消えた。トリックではない気がする。


「なーるほどねえ。だが、どんなに速くても、こうなっちまえばどうかな!!」


 キールさんの周囲が即座に凍りつく。氷の柱が何本も地面から飛び出し、世界を凍結させていく。


「がっは!?」


 突然キールさんが吹っ飛び、氷に叩きつけられた。

 柱の一本に立ち、ヘルメスがポーズを決めている。


「いいセンスだよ。けど遅い。ああやるせない。何をしたのかわかるかな?」


「オレが凍らせるまえに、攻撃を終えて離れたんだろ?」


「大正解!! やるじゃん騎士団長! わかっちゃう? わかっちゃったか!」


「わかりたくなかったよ……どーうしようもないじゃなーい」


 うんざりという顔だな。心底めんどくさそうだ。


「どう見る?」


「脚が速いんじゃな」


「それだけ?」


「それだけじゃ」


 つまり単純な脚力でこれをやってのけている。うーわめんどくっせえ。

 搦め手が効かないほど、ポテンシャルが高いわけだ。


「アレスは怪力。オレくんは俊足。まずはかるーく腕試しだぜい!」


「ならかるーく勝たせちゃくれんかねーえ?」


「ノウ! 横着禁止。オレに注視。雑談中止。やってみよう!!」


 大鎌と右足がぶつかり合い、押されたのは鎌であった。


「こいつ……」


「殺す気でお願いできるかい。その優しさは、人間相手なら美徳だ。だからこそ騎士団長にもなれたんだろう。けど」


 ヘルメの右足が消え、キールさんが上空に打ち上げられた。


「遠慮して戦えるほど、神様は甘くないんだYO!」


「ぐう……ああそうかよ。じゃーマジでやったるからなあ!!」


 キールさんのスピードが跳ね上がる。同時に冷気が膨れ上がり、氷の龍がヘルメスを襲う。


「神に暑さ寒さなんて関係ないYO!」


「そうなのか?」


「全員ではないが、あやつは特殊加工でもしておるのじゃろ」


「いいアートだよ。壊しちゃうけど!」


 ヘルメスが蹴り上げて砕くと、氷の結晶が宙を舞う。少し綺麗だ。


「この程度じゃ通じねえか」


 その冷気すらも利用して、キールさんとヘルメスだけが、氷の壁の中に隔離されていく。自分だけで決着をつける気か。


「そうかな? そうだな! じゃあもっと色々やっちゃおうぜ!」


 一旦距離を取り、咳払いをすると、大声で叫びだした。


「オーケイ? オッケエエイ!! アーユーレディ? イヤーッハアアアアァァァ!!」


 氷の壁に阻まれているのに、声が身体に響いてくる。なんだこの大音量は。


「うるっせえ!!」


「オレってば伝令役でね。声は届くよどこまでも!」


「うー……なにこれ?」


「言霊を飛ばしておるのじゃ。神託として、団長クラスにすら響く声を出すわけじゃな」


 人外の技だな。初見殺しがきつい。腕輪がなければ、精神力だけを萎えさせられているだろう。


「ヘイ! ヘイ! ヤアアアァァー!!」


 言葉の塊とでもいうのだろうか。歪んだ何かがキールさんにぶつかって広がり始めた。


「やる気がどーんどん減っていくねーえ。なら口を開く前に斬る!!」


「こんなんどうかな?」


 どこからかキールさんの鎌を取り出し、大鎌同士がぶつかり合う。


「コピー?」


「錬金術じゃな。無から大鎌を錬成しておる」


「それを一瞬で? 厄介ね」


 思ったよりも多芸だ。足が速いだけの神じゃないぞ。


「さ、遊ぼうぜフルムーン!」


「わたし?」


「シルフィ様は関係ねえだろう!」


「だって寂しいじゃんYO! ラグナロクでも会えなかったし、クロノスの子孫と遊びたいんだぜ!」


「クロノス? よくわかんねえが、お前さんの敵は、オレだろーうがい!!」


 やはり神のスペックは狂っている。

 両者とも光速を突破しているが、それでも一向に差が縮まらない。

 それどころか攻撃が当たらないのだ。


「野郎……オレは騎士団長様だってのによ……」


「人間なら上位だね。そこが人間の限界とも言えるけど」


 口のはしから血が垂れ始めている。団長でも血を流すほど、圧倒的な開きがあるのか。


「限界か……知ってるかい? 温度ってのはな、ある地点から急激に下がらなくなる。限界があるんじゃないかって言われていたらしいぜ」


 周囲の冷気が収まっていく。いや、これはどこかに収束していくようだ。


「だが魔力を極限まで高めれば、いくらでも下げられる」


「下がったら上げりゃいいのさ! テンション上げてバトルもヒートアッ……プ?」


 ヘルメスの動きが鈍った。正確には無理やり体を動かしたような、ぎこちない動きをしている。


「これは……」


 原因はすぐに分かった。やつの服に所々白くなっている部分があったからだ。


「長かったぜーえ。神ってのは体温が高いのかねえ」


「やるじゃないか!」


 ヘルメスが動こうとした瞬間、首から下を高純度の魔力と氷が包み込む。


「オレお手製の氷結地獄さ」


 雑に作られた柱ではない。まるで身体に吸い付くように張り付いていた。


「一丁目ならまだ引き返せる。だがオレがいるのは地獄の三丁目。逃げ道なんざありゃしない」


 黒い大鎌が凍気によって鋭く輝き、獲物を刈り取るため、その首筋にあてられる。


「選択肢は二つ。冷たくなって死ぬか、死んで冷たくなるか、さ」


 鎌が引かれ、ただ一本に凝縮された冷気が爆発的に膨れ上がり、斬撃となって放出された。


「こいつがオレの、奥の手さ」


 場が凍りついたように、誰も動かない。声を発するものもおらず、ただ冷たい空気だけが、その場を支配した。


「キールといったね」


「ちっ、やっぱ死なねえか」


 ヘルメスを覆っていた氷が砕かれ、うっすらと首筋に傷ができている。

 傷が凍結しているのか、血が出ないタイプの神なのかはわからないが、薄く小さくても、傷そのものは確かに存在していた。


「称賛に値するよ。神に傷をつけたんだ。君を尊敬する。たとえこの戦いで君が死んでも、その名は永遠に忘れない」


「そーりゃあ光栄だね」


「だから、ヘルメスという名の神を、君が魂に刻めるように、ここからは本気で……」


 そこで外から爆発音が響き、天に向かって何かが伸びていく。


「なんだ!?」


「あれは……蛇?」


 でっかい蛇か龍だ。森の方向に一匹。そして城壁のすぐ近くに一匹現れた。


「おいおいなんだありゃ」


「ヒュドラ? おいおいおいおいおい、オレっちの勝負邪魔するとか、マジ無礼じゃん! ゴーホームだYO!」


 こちらを見つけたのか、口を開き、一直線に首を伸ばしてくる。


「邪魔だ蛇野郎!!」


「邪魔かな? 邪魔だよ!! マジガッデム!!」


 キールさんとヘルメスの攻撃により、蛇が大きくのけぞる。


「なーにやってんだ? 味方じゃねえのかーい?」


「あれはヒュドラ。オレちゃんの知ってるやつだけど、予定にないぜ。よって容赦しないぜ!」


 どうやら想定外らしい。二人してヒュドラを叩き潰していく。

 やがて何もできないままに、頭をふっ飛ばされて消えた。


「蛇が神に勝てるわきゃないっしょ!」


「そこまでだ。戻るぞヘルメス。こちらも水をさされた」


「アレス?」


 アレスがこっちに来ている。兜がなくなって、異常なまでのイケメンフェイスがあらわになっていた。


「なあなあオレってば聞いてないんだけど?」


「私もだ。ゆえに問いただす。第一ステージは終わりとしよう」


 敵軍の表示が三千まで減っている。騎士団しゅごい。

 しかし、これでよからぬ動きをしているやつがいるのは明白だな。

 そいつがお遊び気分なのか、こちらを消そうとしているのかで話も変わるだろう。


「しょうがないねもう。まあ合格。花丸あげるよ、キールくん」


「こっちはまだまだやれるんだぜーい」


「嘘はよくないな。さっきの一撃、全身全霊ってやつっしょ? ちゃんと休んでね。次はそっちのお嬢さんと一緒に来な」


 確かに肩で息をしているキールさん。あれはかなり消耗する技なんだろう。


「姫様と?」


「王族と戦うことにこだわるのはなぜだ?」


「戦って確かめたいのだ。人の成長と、今のフルムーンを」


「他の連中がどう思ってるかは知らね。けど、オレっちは長生きして欲しいのよ。君たちは、人と神が仲良く楽しくやれるっていう証みたいなもんだからね。存在そのものが希望なのさ」


 想像もしていなかった答えが返ってきた。どうやら友好的で、クロノスの子孫という繋がりを大切にしているタイプのようだな。


「わたし、がんばります! 今のフルムーンは強くて安心できるって、そう感じてもらえるように!」


「期待しているぞ」


「信じてるぜい。奇跡を起こしてくれよ!」


 そして二人の姿は消えた。


「まーったく、あんなの相手にできないってーの」


 キールさんが膝を付き、両手で倒れまいと体を支えている。


「わーるい。ちょっとギブ。あいつ、全然本気出してねえのに、こっちはもう……」


 今にも倒れそうだ。慌てて救護班が動き、回復魔法をかけている。


「ありがとうキール。あなたはフルムーンの誇りです」


「そいつは……嬉しいねー……」


 兵士に担がれ、笑顔で去っていくキールさん。

 外の戦闘も終わったようだ。戦っている音が消えた。


「第一関門はクリアってことで……いいのかね?」


「うむ、しかし油断はできんのじゃ」


「そうね。戦闘が簡単になるということはないでしょう」


「やるよ。わたしもフルムーンが好きだから」


 次がどうなろうと、やることは変わらない。

 この戦いに勝利し、裏で小細工している連中をぶっ潰すだけだ。

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