フウマの里到着
快適な列車の旅も終わり、最寄の国から歩くこと三十分。山に入って道案内のヨツバと数人の和服を着た男に連れられ、さらに一時間近く歩かされた結果。
「お待たせいたしました、お館様。ようこそフウマの里へ!!」
ようやく到着した里は、なんというか和風だ。建築物も和風だ。水道設備があるのもわかる。魔力で動くタイプの街灯もある。
魔法関係と、見えないところの設備がこの世界の最新のものなんだな。
「おぉ……和風だな」
「わふー? それは褒められているのかしら?」
「ん、いいとこだな」
「そう、気に入ってもらえたなら嬉しいわ」
歩いていると、むしろ懐かしささえ感じる。銭湯らしきものもある。住人の服も洋風と和服と両方いる。中央通りにはだんご屋も定食屋もあるな。ってか里でかいなおい。
「最初は戸惑うけど、なれると面白いよー」
「ふむ、こういう場所もよいものじゃ」
シルフィは完全に洋風お姫様だからな。こういう場所は珍しいんだろう。
リリアは和風が何か知っているから普通のリアクションだ。
葛の葉の世界もそっち系の田舎みたいだったしな。
「なんか見られているな」
住民は普通に行動しているけれど、ちらちらこっちを見ているもの。
こっちに声をかけてくるもの。こっちに手を振ってくるものもいる。
「まあ……本当はもっと盛大に紙吹雪とか撒きながら並んで歓迎しようという案もあったんですが」
「やめてくれ。どうしていいかわからん」
「そう言うだろうと思って止めておいたわ。普段の生活を見せるのも新鮮だと思って路線変更したのよ」
「ナイスだ。いい判断だ。よくやった」
そんな歓迎されたら萎縮する。なんかいたたまれなくなるだろ。
「やっぱりアジュを理解できているのは私達だけということが証明されたわ」
おもっくそしっぽ振っているイロハさん。渾身のドヤ顔である。
「ってか里でかくないか? 人いるし広いしさ」
「ここから見える山は全て私達の里が管理しているわよ。見えない場所も領地だったりするし、まあ小国というにはちょっと大きいかしら」
「最初にフウマの里を名乗ってて、大きくなってもそのままなんですよ」
「フウマ国というのもしっくりこないし、里のままよ」
山をいくつも管理していて、近い海辺の港町も管理下であり、里の者が暮らす場所なんだとか。
山と海の幸を食えるのか。いいところだな。空気も澄んでいる。
「いいね。旅行で来るには楽しい場所かもな」
「おおー気に入っていただけましたか。それはなによりです」
「あとで遊びに来るのじゃ。ところでわしらはどこに向かっておるのじゃ?」
「もちろんあちら! フウマ城です!」
ヨツバが指差すは、どーんと構えた和風のお城。でかい。来た時から見えていたが、やっぱあれに行くのか。城なんて修学旅行の時に見学した程度だよ。
「お館様には天守閣からの眺めと生活を差し上げます」
「俺にあんな高くまで行ける体力があると思うなよ。山歩きで限界が近いぜ」
「ここからは私が運ぶわ」
イロハの影がにょいーんと伸びて天守閣まで繋がった。
「さ、乗って。立っているだけでいいわ」
影に乗ってみると硬いのか柔らかいのかわからない乗り心地。
全員乗ると影がすすーっと移動する。エスカレーターみたいだな。
「おおーこりゃ便利だ」
「応用の利く能力は便利じゃのう」
「いいなーわたしもなにか考えよう」
そんなわけで外から到着。振り返ると壮観だ。自然というものに触れる機会の少なかった都会っ子には、珍しくて綺麗なものだった。
「おおーいい眺めだな」
「里がまるっと見えるのですよ」
「周りが山だからか、なんとも自然の雄大さを感じるのう」
「いいねいいね。こういう自然とか見る機会少なくてな。感動させてもらったぜ」
ここまでフウマの里の好感度上がりっぱなし。
「ちなみに昇降機がありますから。階段使わなくても階の移動ができますよ」
「最高じゃないか」
景色を堪能したら、ちゃんと靴を脱いで畳の部屋に上がる。
「畳の素材とかよくあったな」
「畳についても知っているのね」
「アジュは変に知識が偏ってるよね」
むしらなぜ俺の知識が使える場所があるのさ。すーごい違和感だよ。
「ようこそいらっしゃいました。フウマ忍軍元頭領 コジロウ・フウマでございます」
部屋で片膝ついて出迎えてくれたのは、忍装束で四十手前くらいのムッキムキなおじさん。
黒に近い紺色の髪と、鋭い紫の瞳と漂う強者のオーラ。うわあめっちゃ強いだろ。
俺とか三秒で二百回殺されそう。
「アジュ・サカガミです」
「リリア・ルーンですじゃ」
「遠いところをご足労いただき感謝感激。フウマ忍軍一同歓迎いたしますぞ」
「お久しぶりです、コジロウおじさん」
「おぉ、これはシルフィ殿。いやはやお久しぶりですな。前よりもよい面構えに成長なされましたな」
どうやら知り合いらしい。フルムーン王家と親交があるのか。
「ええっと、その、突然お館様になってしまったわけでその……なんというかすみません」
「いえいえ、こちらの事情に巻き込み、押し付けた形となってしまい、こちらこそすみません」
腰の低い、けど自信に満ち溢れた堂々とした人だな。
経験と実績に裏打ちされたタイプ。俺と真逆だ。
「あの、なんというか俺でいいんでしょうか? 正直トラブルが重なったら、王様殺したり、人類殲滅とか、神様と敵対したりとかやりかねませんよ?」
王だろうが神だろうが危害を加えてくるなら、殺すことにためらいはない。
ただいいご身分に運良く生まれただけの存在を、なぜみんなよく知りもせず敬ったりできるのか謎だ。
鎧は神話生物絶対殺すマンだし、ギルドメンバー以外どうでもいい。
よって相手から敵対し、こいつらに手を出すのなら始末する可能性大。
「そのときは主を変えるだけでございます」
すっぱり言われた。まあその方が助かるな。嫌な気もしない。
「私どもはフェンリルの力を解放してくださっただけで、それこそ言葉では言い表せないほど感謝しております」
「お飾り全開のお館様になっちゃいますよ? 仕事とって来るとかも無理ですし」
「仕事が少なければ趣味に時間が使えて助かります。暴君よりも、動きたがる無能よりもずっとずっと有能でございますよ」
俺のやることが少ないならそれでいいか。せいぜい迷惑かけないようにするかな。
「じゃあ、しばらくよろしくお願いします」
「ええ、こちらこそ。ささっ食事の準備ができております」
そんなわけで談笑しながら和食を食べる。
完全に味噌汁とか、にくじゃが出てくるけどまあ今更か。
「めっさうまいな」
「ほほう、旨味というものを理解しておる味付けじゃな」
俺の好きな味付けだ。知らん魚が味噌煮になってるけど、ちゃんと味がしみている。白米がすすむ程度の濃さに収まっているからどんどん食っても胸焼けしない。
「フウマのお料理は独特だけどおいしいねー」
「少し離れていただけなのに、なんだか懐かしく感じるわ」
「白飯かっこめるいいおかずだ」
「おかわりされますかな?」
俺の茶碗が空いているのを見つけてコジロウさんがよそってくれる。
「すみません。うん、味噌汁も美味い」
「腕によりをかけております」
豆腐だけのシンプルな味噌汁もいい味付けだ。メニューが多いから、豆腐は少なく少し小さめ。残さず食べられる量にしてあるのか。
「味噌煮が最高にうまいな。コクがあって味噌が飯に合う。魚の焼き加減も最高だ」
「じっくりしっかり調理された味じゃな」
「わたしはお肉とお芋のやつが好きだなー」
「にくじゃがは自信作です。なにか一品くらいお作りしようと思いまして」
「自作ですか。いやかなり美味しいですよ」
手間がかかっていることは聞かなくともわかる。こういう言われなくても伝わるものが、料理における愛情やもてなしというものだと思う。
「はー……いや満足だわ。来てよかった。ごちそうさま」
料理を美味しく作れる人なら尊敬できる。偉そうな肩書きより、腹を満足させてくれる方が敬意ってやつを抱きやすいんだな。実感できるってのは大切だ。
「それでは、みなさまごゆっくり里をお楽しみください」
去っていくコジロウさんにお礼を言った俺達は、次の予定を相談する。
「しばらくしたら観光に行くわよ。ちゃんと全員分の服も用意したから着替えましょう」
四着の和服が用意されていた。着物ほど複雑で着付けが必要なものじゃないな。
「一人で着られるかしら?」
「あーどうだろうな。わからん」
「つまりダメなのね。はい、手伝ってあげるから、服は全部この籠に入れなさい。全部よ」
イロハさんの目がマジである。紫のタレ目がキラリと光った瞬間を俺は見逃さなかった。
「よし、別のっていうか男にやってもらうかな」
「はいはい、下着は脱がなくていいわ。時間がもったいないから急ぐわよ」
「わしらは隣の部屋で着替えるのじゃ」
「イロハ、ほどほどにしてね」
みんなで一緒に着替えてどうこう、というやりとりはしない。だって時間かかるし。
イロハとの付き合いが長いシルフィが止めないってことは、真面目に着替えを手伝ってくれるつもりなんだろう。
「頼むからほどほどにな。俺は観光がしたいんだ」
「ええ、わかっているわ。任せなさい」
それが不安なんだよなあ。俺は無事に着替えられるのだろうか。
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