フウマの里観光

 フウマ城の天守閣。イロハに着替えを手伝ってもらい、青色の和服に着替えた。

 着物ってか浴衣だな。イロハいわく安めの気兼ねなく着られるものを選んだとか。

 歩きにくいので、流石に靴は普段のままだ。


「終わった……どうなることかと思ったが、無事に終わったな」


「今回は二人を待たせているもの。無茶はしないわ」


 軽く抱きつかれるか、においを嗅がれる程度で済んだ。

 これを軽い方だと感じている俺はちょっとやばいと思う。

 今も俺の脱いだ服を離そうとしないし。ちゃんと止めておかないと常習化しそうだな。


「俺が脱いだ服を嗅ぐのはやめろ」


「……じゃあ洗濯しておくわね」


「やめろ持っていこうとするな」


「洗濯しないと汚れたままよ?」


「する前にお前に汚されそうでなんかいや」


「わかったわ。じゃあ洗濯係に渡すわね。はい」


 音もなく現れた忍装束の女性が、俺の服を受け取って消えた。流石忍者の城。


「さ、これでいいでしょう。行くわよ」


「おつかれー大丈夫だった?」


 部屋を出ると、廊下でシルフィとリリアが待っていた。

 同じく動きやすさ重視の浴衣っぽいな。

 リリアが白と黒。シルフィがオレンジというか紅葉柄っぽい。

 そしてイロハが水色。イロハの柄というか布? が俺と同じなのは意図的にやっているのだろう。


「ああ、なんとか無事だよ。そっちも着替え終わったんだな」


「ヨツバが手伝ってくれたからのう。早く終わったのじゃ」


 ヨツバは仕事があるとかで、そのままどっかいったらしい。


「んじゃ観光いくか」


「おおっと、そうはいかないよ!」


 なぜかシルフィに待ったをかけられた。


「なんだよ? 忘れ物か?」


「ちっがーう! 服! 服どう? どうですか服は!」


 シルフィの目的がよくわからん。服の着心地か?


「ああ、着てみると結構動きやすくていいな。部屋着にでもするかね」


「ここにきて急激な悪化をみせておるのう……」


「アジュがちょっと遠くなったね……」


「私達に慢心があったということかしら……」


 三人がなんかがっくりしている。急激なテンションダウンは、どうしていいかわからないのでやめてほしい。


「いつもと違う服を着ている女の子がいたら褒めるのです! ここは褒めるところです!」


「なんでおぬしの着心地なんぞ聞かねばならんのじゃ」


「あー……そっちか」


 ここで俺の女と接した経験の無さが露呈する。

 まず褒めるという行為は顔面偏差値が高くないとしてはいけない。

 女を見ているということを悟られてはいけないのだ。


「そっちとかないのじゃ。ここは褒めるしかないのじゃよ」


「似合ってるよ」


「どう似合っているのかを、そろそろ考える時期じゃろ」


「俺に……やれというのか……? そんな難易度の高いことを……?」


 できる気がしない。心がストップをかける。そして語彙力がない。絶望的だ。


「私達がサポートするわ」


「うむ、まずはかわいいと綺麗にわけるのじゃ」


「リリアはかわいいに分類されるな。イロハは……どちらかといえば綺麗か?」


 黒髪黒目じゃないのに浴衣似合っているんだよなイロハ。

 ずっと着ていたら、身のこなしとかそういう面で自然さが出るのだろうか。


「シルフィが難しいんだよ。いつもかわいい路線なのにちょっとしたことで綺麗になるだろ」


 髪おろした時とか優しい時に包容力みたいなものが垣間見える。その辺が境目なんじゃないかと思ったり。

 今回はいつものポニーにしている……気がする。ちょい短い? あと顔が赤い。


「今回はうなじの魅力発掘が狙いじゃ」


「短く縛って、うなじをチラ見せすることが目的なんだって。よくわからないけど……どうなの?」


「ふわっとした質問やめい。俺にはうなじどうこうの趣味が無いのでコメントできん」


「ううむ作戦ミスじゃな」


「好みがわかるという点ではミスではないわ」


 そんなこと検証されましても。俺にどうしろというのだよ。


「まあこれでわかったじゃろ。似合っているかどうかプラス、かわいいか綺麗を足せばよい」


「そういう初歩から徐々に上げていくのよ」


「なるほどな。よしわかった。じゃあ観光に行こうか」


 そして下の階に向けて歩き出した。


「どこに行くのかしら?」


 ところで肩をつかまれる。ごまかせなかったか。


「観光に行くのさ」


「まだちゃんとかわいいって言ってくれてない!」


「これはもう練習じゃ。言う事に恥じらいがあるのはよい。萌えポイントじゃ。しかし、言わずに終わるのはどうじゃろうのう」


 俺に萌えポイントとかないから。なくていいから。

 なんとか言わずに終わりたかった。しかもさっきさらっと言ってしまったことが、今になってじわじわ恥ずかしくなってきた。そして言えなくなるという悪循環だ。


「ああもう、似合ってるし、綺麗でかわいいさ。はいこの話終了」


「個別にささやくくらいできるじゃろ」


「できるか!!」


「褒め方を一つ学習させただけマシと考えましょう」


「あとは反復練習だね」


 犬かなんかの訓練かこれは。反復練習が地味に怖い。かわいいよ……とか言わされ続けるのは地獄である。


「はいはい、いつまでもうだうだやってると時間なくなるぞ」


 ようやく城の外に出た。長かったな。無駄に長かったよ。


「どこに行くか決めてないな。なんかいいところないか?」


 途中で買った焼きたてせんべいを食べながら、城下町を移動する。

 せんべいはちょっと熱いけど、ぱりぱりでほどよく硬い歯ごたえが好き。なにより醤油の匂いと味が最高だ。熱いせんべいとか初めて食ったな。袋に入った市販のやつしか知らん。


「そうね、景色を見るか、おいしいものを食べに行くかで変わるわね」


「変わった店にも行きたいのじゃ」


「変わったお店なら、忍者喫茶とかあって面白いよー」


「なんじゃそら。忍者が接客でもするのかの?」


「忍者が忍装束でお出迎えよ。手裏剣勝負で勝つと景品がもらえるわ」


 メイド喫茶の忍者版みたいな? 夕方からは手裏剣でダーツっぽいことができるバーになるらしい。


「わたしの国にも出店してるよ。王都で隠れた人気なのさ」


「他国に出店って、一応隠れ里ですよね?」


「里自体は隠れているからセーフよ」


 なんじゃいその理論は。フルムーンとは友好的なんだっけか。


「王家と仲がいいのか」


「言ってなかったっけ? 百年以上ずーっと仲良しだよ。サクラ姉様はその証っていうか」


「サクラさん? なぜここでサクラさん?」


「両国の発展と友好がいつまでも続くようにと、フウマの里の自慢である桜の木から名前を取ってサクラになったのよ」


「なーるほどのう。納得じゃ」


 なぜ西洋風の王家で名前がサクラなのか疑問だったが、そういうことだったのか。

 思わぬ形で答えが聞けたな。


「こっちでも桜ってのは春の花なのか?」


「そうね、そもそも里以外にはほぼ生息していないけれど。里なら年中咲いている場所があるわよ」


「マジか年中花見し放題だなそりゃ」


「うむ、よいのう。こっちの料理を集めて花見でもしたいのじゃ」


 いいね。帰る前にどこかでやっておきたい。

 そういう静かな場所でのんびりするのもいいな。


「まあ今日は店めぐり中心だな。武器売ってる店でも行くか」


「修学旅行で木刀買う学生みたいじゃな」


「普通に真剣売ってるけどな。おおー手裏剣ってこんなに種類あんのか」


 店には手裏剣やクナイがずらっと売っている。


「薬も多いな」


「この丸いものが煙幕よ。こっちがまあポーションのようなものね。丸薬で飲み薬よ。血止めの塗り薬とか、解毒薬もあるわ」


 最初は手裏剣が目に付くけど、よく見ると薬の種類が異常に豊富だ。


「いらっしゃいませ。何かお探しで?」


「いえ、ちょっと見ているだけなので」


 店主がなんか普通のおじさんだ。全員忍者ってわけじゃないのか?


「ここの店長さんは引退まで薬の調合を主に担当していた忍者よ」


 ああ、やっぱ忍者なのね。


「武器でしたら隣の店がオススメですよ」


 隣は刀からくさりかたびらまで、武器と防具だけがびっちり置いてある。


「んー俺はあんまり接近戦が得意じゃなくて……長い刀とか重い武器はきついんですよ」


「そんなお館様に各種塗り薬。武器に塗る痺れ薬や火炎薬まで、多種多様に取り揃えております」


 お館様ってばれてんのね。まあいいか。


「火炎薬って?」


「こちらの赤い塗り薬です。実演いたしましょう。塗るためのはけで、手裏剣に塗りこみまして……乾いたら一定以上のスピードで投げます」


 店主がマトに目掛けて手裏剣を投げる。鮮やかな手つきだ。よどみが無い。

 マトの中心に刺さった手裏剣が燃え上がる。


「このように刺さった瞬間に着火し、一気に燃え上がります」


 説明しながら印を結び、燃え上がるマトを氷結させる店主。地味に凄いことやってるな。


「ほー。取り扱いが難しそうだけど効果的だな」


「うむ、面白いのじゃ。おぬしにはこういう手段が似合うのじゃ」


「回復薬は買っておいた方がいいよー。ヒーリングはいつでも撃てる状況とは限らないし」


「そうね、安全策は必要よ」


 魔力が枯渇するとしばらく回復できないしな。なんか買っておくか。


「んじゃ回復薬と、煙幕ってどう使うんです?」


「魔力を込めて、力いっぱいぶつけてください。もしくは魔力を浸透させて、一気に解き放つと空中でも使えます。思った以上に煙が出ますので、巻き込まれないように距離をとるか、口を隠すものを持ち歩くことをオススメします」


 回復の丸薬と煙幕を買っておく。腰につける薬入れのポーチみたいなものも一緒に買う。ポケットが分かれていて三種類まで入るらしい。


「痺れ薬いいな。でも間違えて指切ったりして俺が痺れそう。まず手裏剣が危ないわ」


「では鞘つき小型クナイはいかがです? 鞘の内側に薬を塗りこむタイプです。同タイプのクナイを入れておけばいくらでも代用が利くものです」


 内側に染み込ませてある毒で個性を出すタイプの武器らしい。面白いじゃないか。


「んじゃそれでお願いします」


「はいまいど!」


 ポーチのポケットは一つ一つが外して組み替えることのできるタイプなので、クナイを十本まで刺して固定できるものと一つ交換。こういう自分好みにアレンジできるのは楽しい。


「これで少しはマシな戦闘ができるじゃろ」


「精進あるのみだね!」


「ま、効果は気になるわな」


 普通に買い物を楽しんでいるとヨツバが現れる。

 屋外でどうやって突然現れてんのさ。


「イロハ。ちょっと」


「どうしたの?」


 深刻な顔で話し始める二人。トラブルなしでは終われないのかもしれないな。

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