やっぱりトラブルだよ
フウマの里で楽しく観光していたところに現れたヨツバ。
ただならぬ雰囲気だったので事情を聞き、一緒に山歩きをしてやってきたのは。
「なんだここ? 本当に滝なのか?」
大滝があると聞いて来てみれば、池のようなものと、ぽっかり横穴の空いた高い崖。何かが通っていた跡はある。けど水が流れていない。
そして忍者のみなさんが周囲の警戒に当たっている。
「かなり大きな滝なんですが、上で影に飲まれているんです」
「どういうことじゃ? 慌てぶりからして珍しいことのようじゃのう」
「こんなの初めてよ」
ヨツバとイロハがそう言うならそうなんだろう。
「上を確認して来ましたが、水を影が飲み込み、下へと流しています」
ヨツバが滝つぼへと歩き出す。それに俺達四人も続く。
「本来水が落ちてくる場所に影が見えるでしょう? あれが上の水を持ってきて流し込んでいるのよ」
水面は勢いよく揺れている。よく見れば確かに影から水が波紋を描いているな。
「イロハの力じゃないんだよね?」
「ええ、私は何もしていないわ」
「あの横穴には何がある?」
「怪しいのう。まるで入ってもらうために水をどけておるようじゃ」
「あそこには結界が張ってあって、上忍以外は入らない場所よ。中には巻物と小さい社があるはず」
そこにコジロウさんがやってくる。
「お館様。なにがあるかわかりませぬ。城にお戻りください」
まあそうだよな。完全に怪しさ大爆発だし。忍者さんが何人か俺の近くに来る。
護衛のつもりなんだろうけど、ちょっと怖いぞ。
「力が……呼んでいる?」
イロハの影が、横穴までまっすぐに伸びる。まるで影の橋だ。
「イロハ? どうした?」
「わからない。けど、力が共鳴している。フェンリルが……呼んでいるの?」
「はあ……しゃーない、行くか」
「危険です、お館様」
「危険じゃないようにすればいいんです」
『イロハ!』
忍者の里なんでイロハキー。黒い忍装束に真っ赤な長いマフラー。かっこよくてお気に入り。
「これで死ぬことは無いでしょう」
「これは……なんという……これがお館様の力……」
なにかあってからじゃ遅いので、はじめっから鍵は使っておこう。
油断や下準備を怠ると忍者っぽくないし。
「イロハと、念のためコジロウさん。あとは……」
「はいはーい、わたし達も行くよ」
「無論じゃ。わしとシルフィの力があれば、大抵のものは止められるのじゃ」
魔法を極めたリリアと、時間操作のシルフィ。こいつらに攻撃を当てるのは容易ではない。緊急時の備えとしては上等だろう。
「と、いうわけです。俺達と一緒に来てくれますか?」
「むむむ、本来ならお館様を危険に晒すなどもってのほか」
「でも、きっとアジュの力は必要になるわ。フェンリルに対抗できる人だもの」
「かしこまりました。このコジロウ、必ずやお館様をお守りいたしましょう」
そんなわけで俺達五人は探索を開始する。忍者さんたちは外で待機と連絡係。
「意外と明るいな。この壁、なんの鉱石か知らんが、これ自体がうっすら光っているな」
横穴は縦も横も五メートルはある大きめのものだ。歩くのに不自由は無い。
「あれです。あの中にフウマの書が保管されています」
大きく開けた場所に池があり、中央に人がギリギリ住める程度の社がある。
「行くしかないだろう」
二人までしか並んで歩けない橋がかけられている。
相談の後、俺とイロハで行くことにした。
目の前まで来ると扉がひとりでに開く。なんだよホラーか。
「来いってことか」
「行きましょう」
中はひんやりしていて快適だ。木製の床や壁、昔行った神社の中がこんなだった気がする。
「これがフウマの書よ」
奥に飾ってある巻物と大きな絵。バカでかい絵には里とフウマ城と、その下に逆さに描かれたフウマ城。
「妙な絵だな」
「変なのは絵だけじゃないわ」
イロハが巻物を開いて見せてくる。そこにもやはり同じ絵があった。その横から文字が始まる。
「逆さフウマ城?」
「読めるの?」
「え、ああ。逆さフウマ城の封印? とかなんとか書いてあるな」
これ漢字だ。昔の文字で、現代とは少し使い方が違う。達筆だし、多分俺のいた世界とは別の世界の漢字だと思う。ところどころ解読できないし。
「これはご先祖様が使っていた文字らしいわ。複雑だけど暗号には便利だから、簡単なものは暗号文として使われているの」
「ほー、珍しいんだな」
「そうよ、珍しいの。フウマの里以外で使われているかどうかすら怪しいわ。なのになぜ読めるの?」
痛いとこ突かれたな。さてどうごまかすか。
そのとき、実にタイミングよく巻物が青白く光る。この光はどこかで見た気がする。
『よく来た。我が妻フェンリルの力を継ぎしものよ』
光はやがて人型となり、半透明で白髪の長身イケメン忍者へと変わる。
黒を基調とし、紫の入った忍装束がよく似合うイケメンさんだ。
「敵……か? にしちゃあ敵意もなにもないな」
『我が名はコタロウ・フウマ。フウマ忍軍五代目頭領にして、元ホウジョウ幕府の護り手なり』
「ホウジョウ……幕府!?」
「コタロウ……初代フウマ忍軍頭領……ご先祖様の名前のはず」
俺とイロハはまったく別の箇所で驚いているみたいだな。
コタロウさんは半透明だけど、徐々に声が聞き取りやすくなる。
「妻の力を借りてな。本体の寿命が尽きる瞬間に分離した霊体のようなものだ。それより、力を継ぎしものはそちらか?」
「現フウマ忍軍頭領イロハ・フウマです。フェンリルの力を継承いたしました」
膝をついて挨拶する。とりあえず俺も真似しておく。
「お館様になりました、アジュ・サカガミです」
「フウマとして仕えるべき主を決めたか」
「はい。生涯影となりて付き従うと、フェンリルに誓いました」
「ふっ、どこか妻の面影がある」
一瞬だけ優しく微笑み、すぐにきりっとした顔に戻る。
妻の面影って……フェンリルも人間形態とかあったのかね。
「継承の儀を終えたのだな?」
「はい、滞りなく」
「一応は俺が倒しました。その時に儀式はこれで廃止になりまして」
フェンリルとの戦いをかいつまんで話す。
「そうか、すまない。これも我らの不徳の致すところ」
「どういう意味です?」
「力はあまりにも強大だ。使いこなせるものが出るまで、封印しながら継承させることにした。だが裏にもう一つの目的が存在する」
込み入った事情がありそうだな。こういうのはトラブルの前兆だ。イロハに関係なかったら逃げたいんだけどな。どうも主要人物らしい。
「それが巻物の内容と関係しているわけか」
「読めるのか?」
「漢字と、ひらがなやカタカナも使われている。むしろなんでこれを知っているのか疑問だな」
「まさか同郷と出会うとは……こちらに来て初めてのことだ」
「どうも完全に同郷じゃないらしい。俺のいた場所では幕府を開いたのはトクガワだ。知らない字も混じっている」
平行世界なのかまったくの異世界なのか知らないが、どうやらニアミスぶちかましているらしい。
「くははははっ面白い。これも因果か。継承者の主が、違いはあれど同郷とは。こんな姿で待ち続けた甲斐があったというものだ」
楽しそうにけらけら笑っているコタロウさん。表情豊かだなあ。
「まったく話が飲み込めないわ。どういうこと?」
「ん、まあ似た場所で育ったんだよ。それ以上は言えない。思い出したくないんだ」
「わけありか。まあよい。里を第二の故郷とすればよい。拙者のようにな」
「まあ、いいところではありますね」
「気に入ったか? いやあ苦労したぞ……なんせ常識からして別物でな。忍もいやしない。妻と出会って里を作るまでそれはもう面倒でなあ……」
アジトにしていた小屋と一緒に、何か知らんけどここに来ていたらしい。
俺と違って忍術や自前の身体能力と知識があっても、設備が無くて相当苦労したとか。
「千年は前ではないかな? 正確にはもっと短いかもしれないが、あの頃はまだ設備も貧弱でな」
随分と試行錯誤したっぽいな。
その結果フェンリルと結婚とか意味分からん。どんなきっかけだよ。
「突然まったく別の場所から飛んできたということですか? ご先祖様にそんな事情があるとは知りませんでした」
「話さなかったからな。説明してもどうにもならないし、面倒だ。幕府も安泰だったし、それほど未練が無くてね。あっちでは全てやりきった後だったんだよ」
だからこっちで愛に生きたらしい。忍者ってのは何かとストレスが溜まる仕事なんだと。耐え忍ぶ職業だったから、自由に生きてみたら気持ちよくてやめられなくなったとか。
「俺も戻る気ゼロですね。クソみたいな世界でした。はっきり言ってカス。こっちの方が五億倍好きです。二度と戻りたくないし、戻されたら腹いせで世界ぶっ壊して遊ぶつもりです」
この世界最高だからな。絶対に戻らない。
まあリリアと鎧のおかげで次元の壁を破る方法があるらしいことは判明している。
別次元に飛ばす能力を持った敵対策であり、次元を超えて逃げる敵を始末するためのものらしい。
「そうか、気に入ってくれて嬉しいよ。自然に囲まれているうえ、天然で要塞化できて罠もはれる。忍者が住むには最高の立地だよ」
「あの、本題から逸れているような……」
イロハが止めに入る。ちょっと無駄話が過ぎたな。
「すまないね、まあフェンリルの力とフウマ忍術で、悪くて強いものを封じ込めたんだ。それが逆さフウマ城だよ。できれば倒して欲しいな」
がっつり短縮しおったぞこの人。
「ああ……やっぱり敵がいるのか。普通に終わったためしがないな俺達は」
「とりあえず外の人達も呼ぶかい? 仲間なんだろう?」
「気付いていたんですね」
「気配でわかるさ。呼んでくるといい。お茶くらい……あるかな? なかったらすまん」
フランクだな。とりあえず全員呼んで話をしようか。
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