列車の個室で恋バナ

 無事にミノスを倒し、報告も済ませ、結構多めに報酬をもらった。

 俺達は次の日から予定通りフウマの里に行くことになりましたよ。


「個室列車とはまた豪勢な……それほど高くないのが驚きだな」


 魔動力で動く列車という、なんだか不思議なものの個室に俺達はいる。

 テーブルとイスにソファーに洗面台。個室トイレとシャワー。ちゃんと寝台もある。二段ベッドだ。

 これでそこそこの値段で乗れるんだから学園割引というのはありがたいね。


「列車はおぬしのいた場所でも相当古くから存在しておる。新幹線とかをイメージするから、ここ数十年くらいのものという錯覚に陥るのじゃよ」


「そんなもんかね」


 ソファーでイロハに膝枕してやりながら、リリアと適当に話す。

 窓から見える景色は、そこそこ早く流れていく。ちゃんと列車なんだなあ。


「はら、撫でる手が止まっているわよ」


「へいへい。こうですか」


 膝枕は『なんでもする』と言ってしまったせいで、しなくてはならなくなった。

 やはり慣れないな。髪を撫でるという行為が精神力を根こそぎ削り取っていく。

 青くて綺麗な髪の手触りはいい。けどそれは緊張をほぐすことには何一つ役に立ってくれない。


「アジュは列車はじめてなの?」


 シルフィはベッドでごろごろしている。戦闘中俺と一緒にいたため、まずイロハとリリアの番ということらしい。


「ん、まあこっちに来てからはそうかな。個室なんて高くて乗ったことないし」


「この列車は学園から直通で出ているものじゃ。最新式で学割がきくという、低ランクギルドにはありがたいものじゃよ」


「ま、快適で便利なことに変わりはないか」


 揺れもほとんどない。室内も適温に保たれている。快適空間だ。


「難しく考えても答えなんぞ出てこんじゃろ。次はりんごで頼むのじゃ」


「はいはい、これでいいか?」


 リリアはあーん担当だ。指定されたものを俺が食わせる。これも慣れない。

 きっと恋人同士の奴らでも慣れているのは一握りだと思う。


「うむ、上出来じゃ!」


 ご満悦リリアさん。しばらくこれが続くのだろう。

 俺のあーんスキルが1から1、02くらいにバージョンアップされる気がする。


「どれくらいでつくんだ? 長いならちょっと寝たい」


「里の近くの国までは五、六時間くらいかしら」


「近くのってことは里には行かないのか」


「一応隠れ里よ。山の中にあるの。だから最寄の国からちょっと歩くわ」


「寝ておこう。絶対に疲れる。最悪たどり着けないぜ」


 山登りとか想定していない。マジでか。戦闘に適しているとはいえ制服だぞ。


「どうするんだよ? 制服と寝巻きしかないぞ」


「ちゃんと移動手段と迎えのものがいるわ……ってどうして普段着がないのよ?」


「制服が伸縮性と通気性がいいからな」


「そういえばアジュの私服って見たことないかも」


「見たこともなにも、こやつは私服なんぞ持っておらぬ」


 休日はパジャマでごろごろしているし、平日は制服で授業だ。使う必要がない。


「えーどういうこと? 学園に来る時に持ってこなかったの?」


「着の身着のままってやつだ。寝て起きたら学園で、リリアに制服貰った。だから初めからその二つしかない」


 この世界に来た時に貰った制服とスペアが二着あるだけ。マジで私服とかない。


「よくわからないけれど、服くらい買いましょう?」


「服なんかに金かけるとかアホだろう。結局は色のついた布だぞ。本とか睡眠グッズのほうがよっぽど有意義だよ」


 なんで服ってあんなに高いんだろうな。素材の問題もあるだろうけど、同じ素材でもブランドのマーク入れるだけでゼロが二つ増えている気がする。

 そんなわけで、俺にはブランドマークというものが、ぼったくりマークですと公言しているように見える。そんなもん買いたくない。


「言うと思った。安いのでいいから持っていないと不便だよ?」


「里で買いましょう。出かける時に困るじゃない」


「出かけることを想定していない」


「しましょう。そこはしましょう」


 当然だが私服のセンスとかゼロである。適当に選んでもらうかな。


「飯までまだ時間があるな……」


「それまで私を撫でればいいわ」


「腕ぶっ壊れるだろ」


「交代で撫でられるってどう?」


「撫でるの部分を何とかしろ。俺の腕は二本しかないんだよ」


 撫でて始めて分かったが、かーなーり神経を使うんだ。そして体力も使う。

 これをナチュラルにやっちゃうラノベとかの主人公って半端ないな。だからイケメン主人公やってられるんだろう。そうかイケメンという最強のステータス持ってるもんなあいつら。


「まーたしょうもないこと考えとるじゃろ」


「まあな。なにをして時間潰すかなーとかな」


「私を撫でつつ、リリアと談笑して」


「わたしに愛の言葉をささやくんだ!」


「そんな器用な真似はできんて。えらい軟派なイケメン野郎みたいでキモイだろ」


 大体愛の言葉って何だよ。いくら考えてもまったく出てこないぞ。なにを言えばいいのかすら知らん。


「アジュは客観的に見ても、そんなに悪いとは思わないわ」


「お前らの客観的にはあてにならん。あと愛など知らん。わからん」


「日頃私達に感じているものよ」


「それがよくわかんねえんだよ」


 愛と恋と好きの違いはなによ? 食い物の好きとどう違うのさ?


「小難しいこと考えとるじゃろ。話してみい」


「いや、別にいい」


「リリア、こういうときのアジュはなに考えてるの?」


「話すのが面倒か、話すと怒られると思っとるな」


 相変わらずの洞察力だ。こいつにウソをつくとしたら相当の下準備が必要だな。


「よし、意地でも聞くのじゃ。全員ベッドに寝ることで修学旅行のぶっちゃけトークっぽい雰囲気を作るのじゃ」


 瞬間的に各自が決めておいたベッドへ入り、明かりも消してカーテンも閉めやがった。なんだその団結力は。ここで俺のベッドに入ろうとするやつがいない。つまりマジで聞き出そうとしているな。


「早く寝ないと全員一緒に寝るわよ」


「わかったよ……面白い話じゃないぞ」


 左右の壁に設置された二段ベッドの左下が俺のポジションだ。

 寝心地も悪くない。自宅には負けるけど、あれは自宅が高性能だからだろう。


「はいお休み。夕飯になったら起こしてくれ」


「どうしても全員で寝たいのね?」


 イロハの声が本気なので大人しく話そう。


「俺はさ、愛とかわからんのよ。まず好きというのがわかんねえ。美味しい料理が好きと、女が好きはどう違うのさ? それは誰がどこで区別する?」


「難儀なやつじゃのう」


「言葉で説明するのは難しいわね」


「好きな人ともっと一緒にいたいなーとか。こう胸がキュンとなる感じ?」


「まあ抽象的になるよな。乙女チックなことは俺にはさっぱりだ」


 愛だの恋だのどう区別しているのか教えてほしいもんだよ。


「逆の発想じゃ。わしらがいなくなるとどうじゃ?」


「どうって……まあ俺みたいなのと一緒に居る方が不自然っちゃあ不自然だし」


「今更だねー。前にも言ったでしょ? そういうことを言われると傷つきます!」


「まだ卑屈さが強いわね」


 んなこと言われても自分の中で納得できていない部分がある。そんな状況だと、いずれこいつらも愛想つかすだろうと心に保険をかける。これはクセのようなもので、自然とやってしまう。


「さらに逆の発想じゃ。わしらがいても楽しいじゃろ?」


「それは認める」


「そこからラブの波動を感じるのじゃ。好意を持つというのは本来自然にできること。ふとした瞬間に感じる想いを大切に生きるのじゃ」


 えらい詩的なこと言ってくれるな。難しくて俺に理解できるかどうか……縁のないことってのは本当に意識するのが難しい。


「友人として、同居人としては攻略が進んでも、恋心を自覚させねばならんのう」


 一番それに近いのはリリアだろう。ガキの頃の俺には、リリアは大切な友人だった。あの気持ちが友情か恋なのかは正確には把握できていない。

 なぜならどちらも初めてのことだったから。ガキの俺は友情だと思っていたのだろうし、初恋といわれれば納得はできる。自分の心だというのにあやふやなもんだ。


「決めたわ。この旅行でアジュに恋心を……好きという気持ちを芽生えさせてみせる!」


「おおー! いいねいいね! わたしもやる!!」


「うむ、三人でなら活路を見出せるやもしれぬ」


「そんなこと決められてもなあ」


 普通はガキの頃に経験するんだろうけど、俺はそういうイベントがなかったもんでわかんねえ。このままの関係も悪くはないけど、三人とも乗り気みたいだし乗ってみるか。


「まあ、節度は守ってくれ。好きかどうかわからないのに、お前らと適当にそういうことはしたくない」


 リリアの時にしてもいいと思えたのは、流されたからじゃない……と思う。

 それを確かめるためにも、やってみる価値はある。


「任せなさい。なんとしてでも自覚させてみせるわ」


「よーし頑張ろう!!」


「にゅっふっふっ。楽しくなってきたのう」


 なんだか大変なことになりそうだ。そこまで考えて腹が減ってきた。もうすぐ昼だ。


「そういや飯どうする?」


「食堂車に行くか、ルームサービスで届けてもらうかよ」


「お弁当はアジュがこういうところの食事がしてみたいだろうからって、ミナとリリアに止められたよ」


「ナイス判断だ。興味ある。昼食はそこに行こうぜ」


 食堂車で飯を食う。ただそれだけでセレブなイメージがあるのはなぜだろうか。

 そんなわけで食堂車で食ったメニューが、なんとなく普段より美味く感じたのは環境の違いかね。

 そして列車はフウマの里近くの国まで走り続けるのだった。

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