決着からのラブコメ

 ミノスさえ倒せば終わりだ。ちゃっちゃといこう。


「俺達は旅行に行かなくちゃなんねえんだよ。いつまでもだらだら相手してやると思うなよ」


『貴様を贄とし、現世への復讐を遂げてやろう』


 透明度の高いサソリのトゲが高速で俺を狙う。一本一本が太さ二メートルくらいある。


「お前を叩き潰し、旅費への足しにしてやろう」


 触りたくないので剣で切っていく。おかしい。

 切り落とせば魔力が散っていくのに、ミノスの宝石はヒビすら入っていない。

 なんかあるなこりゃ。


「つまり反撃の隙さえ与えなければいいんだろ? 行くぜシルフィ」


『ソニック』


「よーし! らぶらぶあたっくだ!!」


 世界に別の時間が流れている軸を重ねて、俺達だけがその世界を自由に動く。

 ミノスの宝石と本体を満遍なく切っていくが、なんか手ごたえがおかしいな。

 重さも感じないし、近づいてくる時に風を巻き込んでいたりしない。


「らぶらぶはやめろ」


「いちゃいちゃあたっくだ!」


「せめてかっこよくしようぜ」


「新婚連斬剣!」


「ださいわ!!」


 あと新婚じゃねえし。アホなやりとりの最中にも剣を止める事はない。

 相変わらずシルフィの剣捌きは華麗の一言に尽きる。

 真っ赤なポニーテールが揺れるたび、ミノスに傷が増えていく。


「こいつで終わりだ!」


「そしてわたしたちのいちゃいちゃタイムが始まるんだ!」


 始まらないのであしからず。シルフィと一緒にちょっと離れてから時間の流れを戻す。


『なに……? これは……』


 首をはねたのに平然と浮いてやがる。剣で痛みを与えるように切っている。

 一度激痛を与えると決めたら、大宇宙の意志だろうが邪神だろうが激痛で悶絶し続ける剣だ。

 つまり痛がるそぶりがないあいつは本体じゃない。


「なんだよ、偉そうに登場したくせに本体はビビって隠れてんのか? だっせえなおい。それで王とか名乗っちゃってんの?」


 とりあえず挑発しよう。こういうプライド高そうな王族とか貴族は挑発に乗るアホというのがお約束だ。


『ふっ……どうやら我が体の謎は解けぬようだな。所詮人間などその程度か』


 うーわ煽り返された。知恵回るのねこいつ。


「シルフィ、あれどうなってるかわかるか?」


「ごめんわかんない。顔も切ってみる?」


「いや、近づくのはヤバイ。遠距離でいこう。サンダースマッシャー!!」


 ミノスに向かって迸る雷撃。完全に当たったはず。なのに……どういうわけか体も復活してやがる。


『たいしたものだ。それだけの魔力、相当の修練がいるだろう』


「修練ねえ……まあいってみりゃ運だな。運がすげえよかったんだよ」


 剣の衝撃波で縦にまっぷたつにしてみる。宝石のトゲで防御するも無駄。

 そんなもので俺の剣は止まらない。ミノスは縦に裂けて消える。


『もう終わりか?』


 散った魔力がミノスを模っている。ミノタウロスが復活した時と似ているな。


「シルフィ、ちょっと来い」


「なに? なにか思いついた?」


 シルフィに耳打ちしながら、飛んでくる七色のトゲを打ち落とす。剣をくるくる回して攻撃を弾くアレで。よく漫画で棒術使いとかが弓矢を弾くアレ。

 やってみると普通に弾いた方が楽だわ。なんだか夢がぶち壊された気分だよ。


「あいつが死んだ後、集ってくる魔力がある。調べたいから死んだ瞬間からこっそり時間を遅くしろ」


「オッケーまかせて」


『相談か。無駄な知恵など休むも同じ』


「煽り上手な王様だな。そんじゃ、ない知恵絞った結果を見せてやるぜ!」


 飛んできたトゲを切り取り、ミノスに向かって蹴り返す。シルフィが当たる直前でトゲの時間を進めて防御のタイミングを崩してぶち当てる。これはフェイント。本命の俺が背後からミノスを細切れにする。


「やっぱり魔力が散っていく」


「でも新しく集ってくる魔力があるね」


「シルフィ。この魔力、ちょっとでいいから巻き戻せるか?」


「やってみる」


 結果はすぐに出た。闘技場全体から満遍なく集ってきているように見えるが、やがて一箇所に戻っていく。

 ここが闘技場だった時代、王族がいれば観戦に使われたであろう、どの観客席よりも高い位置にある専用のスペースがある。


「さて、行きますか」


 古ぼけて見る影もなくなった王座のようななにかに、そいつはいた。


「高みの見物決め込みやがって。人間の浅知恵でも見つけてやったぜ」


 戦っていた男と同じ容姿。こいつがミノス本体か。


「どういうこと? この人が本体?」


「ミノタウロスと同じだ。自分の分身を作り出し、倒されたら復活させる。ミノタウロスは本体だったから、復活させる必要があった。そう認識させられた。そこで使い捨ての分身を復活させるもんだから、不死身の本体がいると思い込んじまったのさ」


「おおー! そっか! 凄いよアジュ! かっこいい!」


 かっこよくはなくね? と思ったけど言わないでおこう。


『まさかここを嗅ぎつけられるとはな。人間と思い甘く見ていた。油断があったと認めよう』


「意外と潔いな。負けを認めて目的を言え。そうすりゃ一撃で終わらせてやる」


『我らが完全な形で蘇るには、大量の魔力と贄が必要であった』


 話してくれるのか。話の腰を折ってヘソ曲げられても面倒なんで黙って聞く。


『そんな時だ、冥府でスクルドというものに出会い。魔力吸引装置の試作型を譲り受けた』


「試作型だと?」


 スクルド……ヒメノ達が言っていたヴァルキリーの一人だったはず。


『本体は一つしかなく、それも完全に破壊された。そして魔力を吸収するだけの劣化品を作ることしかできなかったと言っていた』


 つまり今までのは魔力は吸い取れても、クロノスの力を吸い取ることまではできないということか。


「スクルドはなんで冥府にいた?」


『ゲルという同胞を探していた。死んだのなら冥府にいるはずだと』


「じゃあゲルは見つかったの?」


『知る限りでは出会えなかったはずだ。冥府は広い』


 見つかるはずがない。やつは完全に消滅した。存在ごと消えたため、冥府に行くことすらできないはずだ。


『スクルドを冥府まで手引きしたものがいる。アヌビスの使徒を名乗るものが同行していた』


「アヌビス……? 初めて聞くな」


「わたしもわかんない。ヴァルキリーなの?」


『人間の体に黒い犬の頭を持つ神らしい。それ以上は知らぬ。異なる次元の神だ』


 どっかで聞いたな……なーんか忘れている気がする。シルフィに聞いても知らないらしい。ってことは俺の勘違いかな。


「いやに親切じゃないか」


『我をここまで追い詰めたものへ、せめてもの敬意を表したまで。さて、話せるのはここまでだ』


「いいだろう。シルフィ、離れてろ」


「負けないでね」


「当然」


 剣に魔力を込める。そんな俺に合わせるように、ミノスの持つ宝石が一つに固まり真紅の剣となった。一点に集約された力は、闘技場どころかその半径五キロは吹き飛ぶだろう。それをただ一撃、俺を斬るという目的のために研ぎ澄ませている。


『最後に名を聞いておこう』


「アジュ。アジュ・サカガミ」


『その名、我が心に刻もう』


 戦いか爆破の影響だろう、背後で闘技場の一部がごとりと落ちる。

 その音をきっかけに俺とミノスがすれ違う。その一瞬。瞬き一つで見逃してしまう一瞬で決着はついた。


『見事だ。死に逝く身だというのに痛みを感じない』


 黒い魔力を噴出しながらミノスの体が消えていく。


「言ったろ、正直に話せば一撃で終わらせると。別に恨みもないしな。ゆっくり冥府へ戻れ、ミノス」


『貴公が冥府に来るその時を、心待ちにしているぞ』


「いかねえよ、そんなとこ」


 ミノスは完全に消えた。長かったがこれで一件落着というやつかね。


「お疲れさま。かっこよかったよ」


「そりゃ珍しいこともあるもんだ」


 俺に微笑みかけるシルフィを見て、まだ死ぬわけにはいかないな、と思ったりする。


「よし、じゃあ帰ってゆっくり……」


「あ、イロハ達から話があるって」


 影が俺達のところまで伸びている。そういやほったらかしだったな。


「おーいそっちどうなった?」


「なーにやっとるんじゃおぬしはああぁぁ!!」


 リリアがなんかめっちゃ怒っている。


「待て待て待て、なんでそんな怒ってるんだよ」


「アホかああぁぁ!! なに巨大化しとるんじゃ! あんなもの死ぬほど目立つじゃろうが!!」


「あー……すまん」


 ミノタウロスの時にでかい俺を出したのがまずかったらしい。


「わしの結界とイロハの影で隠しておいてやったのじゃ。まったく……目立ちたくないとか言っておきながら後先考えずに行動するでないわ!」


「いやあ本当にすまん。なんかこう……楽しくなっちまって」


「快楽に溺れたのじゃな」


「そんな感じです。はい」


 だって思いついたら超楽しそうだったんだもの。気をつけようマジで。


「まったく……シルフィ。そこにいるのでしょう? ちゃんとアジュを止めないとダメよ?」


「あはは……ごめんね。次は気をつけるからさ」


「悪かったよ。おわびに飯かなんか奢ってやるから許してくれ」


「晩御飯はミナさんが用意してあるのじゃ。それよりなにか言うことをきいて貰おうかのう」


 これは分が悪いので、とにかく平謝り大作戦だ。


「はいはい、わかった。わかりましたよまったく」


「…………そう、わかったのね?」


「ああ、次からはちゃんと考えて戦うように……」


「なんでも言うことをきくのね?」


「……は?」


「よーしそれではさっさと帰るのじゃ!」


「ちょ、おいちょっと待て!?」


 俺が止めるのも聞かずに影が戻っていった。やばい。とにかくやばい。


「あはは……アジュ、頑張って」


 俺はシルフィの苦笑いにどう返していいかもわからず、リリアとイロハが迎えに来るまで立ち尽くしていた。

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