第211話 アヌビス討伐戦 復讐を成し遂げろ

 アヌビスが一瞬で距離を詰め、ヴァンへと斬りかかる。


「おぉっ……らあぁ!!」


 フルスイングで鎌を打ち払い、遠心力を利用して横薙ぎに振られた剣。

 だがアヌビスに触れることはできず、回転する鎌の猛攻が始まる。


「どうした、この程度か? 復讐など夢物語ということだな」


「ああ、そりゃもう夢に出るくらい待ち望んださ」


 ヴァンの大剣では鎌の動きを追うことが難しい。

 単純な機動力に差が出てしまう。


「その執念も、一族の無念も夢幻の如く消えるものだ」


「寝ぼけた犬には……躾が必要だなあ!」


 黄金剣を二つに割り、二刀流に変えている。

 あれならば、アヌビスの生み出す鎌の攻撃も捌けるだろう。


「オラオラオラアアァァ!」


「なるほど、腕を上げているようだ。これならば……」


「くっちゃべってっと舌噛むぜ!」


 ヴァンを神の魔力が包む。光速に近いほど加速し、肉薄する姿は鬼気迫るものだ。


「待ってたぜ……この瞬間をよおおぉぉぉっ!!」


 剣で鎌を弾き、敵の口から放たれる、赤いビームを屈んでかわし、渾身の右ストレートが炸裂した。


「ぬうぐっ!?」


 見事に顔面を捉え、部屋の端まで吹っ飛んでいくアヌビス。


「お見事。一発ぶっこんだ感想は?」


「夢見心地ってやつだな」


「褒めてやろう。少しばかり効いた」


 いつの間にか、会話中に部屋の中央まで移動している。

 速いな。こいつも音速以上光速未満か。


「次はもっと効くぜ?」


「いいや、ここまでだ。私の審判の時……天秤よ。そのはかりを我に傾けよ!」


 天井付近の天秤が、ゆっくりと片側に傾いた。

 それにどんな意味があるというのか。


「なんだ? ここにきて小細工か?」


「来い。答えをわかりやすく実力で示そう」


「やってみやがれ!」


 ヴァンの右フックは、先ほどと変わらぬ速さだった。

 にもかかわらず、やつは微動だにせず右手で掴んでしまう。


「なんだと!?」


「これが限界というものだ」


「当たるまで殴りゃいいんだろ!」


 攻撃の全てが、打撃、斬撃、魔法まで全てが撃ち負ける。

 ここまで圧倒的な差はなかったはず。


「あの天秤か?」


「ならあれをぶっ壊せば!」


「させるはずがあるまい」


 アヌビスの猛攻を避けきれぬヴァンは、ついにその胸に斬撃を浴びる。

 軽く吹き出した鮮血。傷は浅い。だがこのままでは不利だ。


「テメエ……何しやがった?」


「地獄で考えるのだな」


 鎧の知識から該当するものを検索。

 魔力の流れと質から高速で分析。


「優劣を決めてるんだろ。あの天秤に、ヴァンとアヌビスに結びつくなにかがある。傾いた方の優劣が上になるんだ」


「つまり犬っころ側に傾いてるから」


「ヴァンが負けているわけだな」


「何故理解できる? 貴様……ただの人間ではないな?」


「一般人代表だよ。ヒントいる?」


「いらねえ。まだやれる」


 素晴らしいガッツだ。本人の意見を尊重しよう。

 ここはあいつの花道だ。これ以上は余計なおせっかいである。


「この程度で……諦められっかよ!」


 止まない鎌と魔力の連撃。徐々に体力を奪い、体からは血が滲み始めている。


「う……お……」


「無様だな。期待外れだ」


 ヴァンの頭を掴み、そのドス黒い魔力を爆発させた。


「があぁぁ!?」


 魔力を防ぎきれなかったのか、床を転がり仰向けに倒れる。


「終わりだ」


 ふらついたヴァンへと純黒の鎌が振り下ろされた。


『させない!』


 咄嗟にソニアが融合を解除し、炎撃魔法で鎌を弾く。

 今度はアヌビスが体勢を崩す。そこを見逃す男ではない。


「ウオリャアアアァァ!!」


 黄金剣を最小の動きで一文字に払い、見事アヌビスの腹に真っ赤な傷をつける。


「小賢しい真似を!」


「くらって、くたばれ!!」


 再度融合からの魔力を一点集中させた斬撃。

 防御に出された鎌を吹き飛ばし、敵の両腕に深々と傷をつけた。


「ぬおぉ!?」


 やはり神は頑丈だ。星ごと砕け散っていてもおかしくない威力で、血が出るだけ。


「チッ、仕留め損ねたか」


 バックステップで距離を取り、ふと上を見上げる。

 そこで見つけたんだろう。天秤が戻っていることを。


「頑丈にはなっているようだな。私の器となればよいものを」


「ああ、それ聞きたかったんだよ。神ってのは強いだろ。わざわざ人間の体なんて必要ないはずだ」


「そいつはオレも気になってんだよ。何がしたかったんだ?」


「私は知った。神ですら到達できない力があることを」


「そんな無敵の力があるってか? そんなもん…………いやまあ、あるかもしんねえけどな」


 なぜこっちを見ますかヴァンさんや。


「強い弱いのレベルではない。もっと絶対的で理不尽だ。数億の異能が、星々を砕く圧倒的な破壊力が、まるであのお方の強さを演出するためだけにあるように……塵芥のごとくあしらわれる」


「具体的に言え。どう強いんだよ? 超パワーのパンチか? 全てを無効化する特殊能力か?」


「そのようなくだらんものでは断じて無い。そういうことではないのだ。世界と、そこに存在するもの全てが、あのお方のためのもの。全世界の中心があのお方なのだ」


 絶対的で理不尽か……鎧の力みたいだな。

 今の俺ならどんなもんでも倒せて解決できる。

 似ている……鎧の能力……根本的に鎧が俺に与えるもの。


「主人公補正……か?」


「知っているのか……鎧の男よ。神々ですらほぼ知らぬものだというのに」


「そりゃ悪役丸出しのお前じゃあ勝てないわな。それで人間……しかも勇者科のヴァンね。なるほどなるほど」


「おい一人で納得してねえで教えてくれよ。つまりなんだ?」


 ヴァンにせかされるので、頭の中を整理して、噛み砕いて話してみる。


「あいつは主人公になりたいんだよ。そのためには今の邪神じゃダメだ。神と融合できる存在。ヴァンの一族は、自分が主人公補正を得るために最適だと思った。だから実験を続けて、自分が入っても壊れないようにした……であってる?」


「正解だ。どうやら知りすぎているようだな」


 はい大正解。鎧は頭の回転も高めてくれるから、便利でいいやね。


「黒幕については喋らないだろうし、管理機関は?」


「スクルドが連れてきただけだ。経緯は知らぬ。そしてお喋りは終わりだ。傍観者にして哀れな偽善者よ。恐怖を乗り越えられんものに、語る価値はない」


「はあ? なんじゃそら」


「友人が戦っているのを、傷つき倒れているのを、ただ見ているだけの偽善者め。神の領域に踏み入る気概もなく、その男を助けようともしない。臆病な半端者よ」


「はあ…………なんかもうがっかりだわ」


 精神攻撃のつもりなんだろうか。単に理解力がないのか。どっちにしろアホだ。


「なに?」


「お前さあ……神なんだから、もうちょっと威厳というか、理不尽さというかさあ。完全に筋違いだぞ?」


「くくくっ、まったくだな。いや悪いアジュ。くははは……」


 ヴァンも呆れ気味である。傷ついているのに笑っちゃってるよ。


「ヴァンに謝られても困るわ。アヌビス、お前本当にアホだな。この喧嘩ってか復讐は、ヴァンが売って、お前が勝ったんだよ。だからヴァンがどんだけボロクソにやられても、お前と戦うのはヴァンなんだよ」


 例えばギルメンが理不尽に第三者に喧嘩ふっかけて、殴られても自業自得である。

 それは当事者間の問題で、流石に死にかければ止めるかもしれんが、途中で助けるもんじゃない。

 そいつがやると決めて動いたんだ。そいつの意志でな。


「復讐ってのはさ、全てに決着を付けて、スッキリと前に進むために必要なんだと思う。自己満足上等さ。自分が納得しなきゃ、自分の道はずっと開けないままだ」


「勘違いすんな。オレが戦うんだよ。アジュの力を借りず、ソニアとクラリスと一緒に三人で。そう誓った。一番大切で、一番最初の誓いを果たすために!」


「貴重な友人の、一世一代の晴れ舞台だ。ちと血で滲んじゃいるが、花道は主役が通るもんだぜ」


 これが俺とヴァンの共通見解だと思う。ヴァンと目が合う。笑っている。

 なんとなくだが、ありがとうと、言っている気がした。


「オレの男の意地ってやつよ。ここでぶっ倒れるならオレが弱いんだ! てめえが弱いことを、他人のせいにして投げ出すくらいなら! はなっから復讐なんてしねえんだよ!!」


 まだ震える膝で立ち上がり、まっすぐにアヌビスを見据えている。

 まだやれる。俺の友人の目は死んでいない。勝ちを諦めていない。


「行って来い。最後まで見届けてやっからさ」


「おう、ありがとよ」


「愚かな。私を恐れて戦わぬ言い訳がそれか。随分薄情な友人を持ったな」


「バカが……俺に苦戦してるようじゃ、てめえが十億倍強くなっても、アジュには勝てねえよ」


「くだらん。脳にダメージが行き過ぎたか」


 正直殴りたいが、それはヴァンにお願いする。俺の分までぶっ飛ばせ。


「へっへっへ……もう見えてんだぜ。テメエの弱点は」


「なにをバカな……」


「やってやらあ! いくぜソニア!」


『いいわよ。合わせてあげるわ』


 再び融合し、剣に炎を灯して駆ける。その温度はゆうに億を超えているだろう。

 剣から一切の熱を逃さず、外部に漏れぬよう調節して刃に乗せる。

 融合しているからこそできる荒業だ。


「さらに優劣を決める。天秤よ私に傾け!」


 傾いたのを確認し、アヌビスの両手から黒い渦が撃ち出された。


「分離!」


 二手に別れ、その渦をかわす。その時にはもう、ヴァンの横にクラリスがいた。


「来い! クラリス!!」


『さあ~いくわよ~』


 融合した二人は、剣を真っ赤なトマホークへと捻じ曲げ、無数の斬撃を放つ。


「バカな!? なぜ撃ち負けるのだ!!」


 渦と鎌をぶった切り、犬っころの体に次々と復讐の刃を刻む。

 背後の壁にも衝撃が届き、部屋が大きく揺れる。


「へっへっへ……まーだ気が付かねえのか」


『案外鈍いのね~アヌビス~』


「舐めるなああぁぁ!!」


 焦りからか無茶苦茶に振り回して暴れまわる。

 その姿はもう哀れだ。ただ周囲を破壊するだけ。


「いくぜ、ゴッドトマホーク!」


 鎌VSめっちゃ長いトマホークという、なんとも扱いの難しそうな戦いが始まる。

 ここでお互い光速に到達した。


「天秤よ!!」


 懲りずに天秤。そしてほんの少しアヌビスが押す。


「分離……からのソニア!」


 クラリスと分離し、ソニアと融合。燃え盛る両拳を何度も何度も叩きつける。

 数億にもなる拳は、その全てが殺意を纏って突き刺さっていく。


「これが……オレの……オレたち一族の恨みだあああぁぁぁ!!」


「なぜだ……なぜだああぁぁ!?」


 攻撃をまともに喰らい、部屋の中央から壁まで叩きつけられる。

 壁の奥までめり込み、血を吐くその姿はもう、神とは思えないものだった。


「なぜ通用しない! ふざけるな! 私の能力をどうやって! 答えろ! なんなんだお前は!」


「この程度でうろたえるとか……やっぱ小物臭がするな」


「だよなあ。普通にオレと戦って勝ちゃあいいだけだろうにな」


 なんかもう威厳とかなくなってんなあ。序盤の偉そうな雰囲気消えやがった。

 言動がクソすぎる。ラーさんとか、ヘルとか、九尾ですらもうちょっと誇りとか、神っぽさがあったぞ。


「可哀想だから教えてやるよ。あの天秤、対象をお前ともう一人にしかできないだろ?」


『ヴァンは神と融合できる。その魂までもよ。つまり完全に別人のものへと魂が昇華されるの』


「それはつまり~天秤と結びつけたヴァンの魔力が~変わっちゃうから無効になるのよ~」


「バカな!? ありえん! ありえんぞ!」


 このうえなく狼狽えて叫ぶ姿は、惨めの一言である。


「テメエが安全な場所で実験をしている間、オレはずっと復讐のために腕を磨いていた。ソニア! クラリス! 同時に来い! 三人だ、三人一緒に終わらせる!!」


「全てを……ここで終わらせましょう」


「行くわよ!」


 二神と同時融合は俺も初めて見る。

 体にも魂にも相当の負担が見えるが、本当に可能なのか。


「う、ぐおああああぁぁぁ!!」


「悠長に眺めていると思ったか!」


 負の瘴気で膨れ上がった鎌が、ヴァンの融合前に振り下ろされる。

 それでも助けには入らない。この程度の敵に負けるやつじゃないはずだ。


「ウオアアアアァァァァ!!」


 解き放たれる膨大な魔力。赤い光の中から伸びた手が、鎌を掴んで握り潰した。


「なんだと!?」


「ギリッギリだったが……なんとかなったぜ。二神融合……完成だ」


 赤い髪が逆立ち、黒のマントに、黒の服。貴族のような気品のあるデザインに変わり、最低限の急所を守る鎧がついた。

 これが神を取り込んだ最終形態。なるほど、圧倒的な魔力が溢れている。


「いける……あんまりこの姿は維持できねえみたいだが……」


 驚異的なスピードでアヌビスの背後へ移動し、振り向く暇すら与えず殴り飛ばした。


「テメエを狩るには問題ねえな」


「まだだ! 私へと傾け!」


「はあああああぁぁぁ!!」


 天井より俺たちを見下ろす天秤に、びしりとヒビが入る。


「天秤が!?」


「こんなもんでオレが、オレたちが止まるかああぁぁ!!」


 魔力の激流は、天秤が粉々になるには充分であった。


「オレの一族の、お前の実験によって死んでいったものの、全ての無念をここに晴らす!」


「ほざけ! こんなところで終わっていいはずがない!!」


 上空へと飛翔し、天井を貫きその先へ、そこで巨大な魔力の塊を形成し始めた。

 悪意と怨念の詰まったアヌビスらしい魔力だ。

 どうやら俺たちもろとも研究所を破壊する覚悟のようだな。


「こうなれば研究などどうでもいい。消してやる。全て消してやる!」


「消えるのはテメエだ。この一撃に全てを乗せる!」


『生も死も超えた、完全なる消滅』


『あなたは天国にも地獄にも行かせないわ』


 生と死の概念そのものが、ヴァンの右手に集う。

 三人の力の結晶。集大成。ここまでの道のりの全て。

 眩しいくらいに輝く、人の魂の力だ。


「これが、オレたちの全力だ……ここが、旅の終わり。新たな始まり」


「潰れろ! 失敗作が!!」


「飛んでいけええええぇぇぇ!!」


 大きさだけを見れば、アヌビスの圧勝だ。

 拳を覆う程度の光の玉なのだから。


「うおおおおぉぉぉりゃああああぁぁぁ!!」


 だが押し勝ったのはヴァンの、人と神の力だった。

 あっけなく、膨れ上がった風船を割るように、天より降る球体を破裂させ、アヌビスへと突き刺さる。


「消える……私が消える……なぜ……嫌だ! 私は、あの方と並ぶものに……がああああぁぁぁ!?」


 もがき苦しみ、自らを飲み込もうとする力から、必死に逃げようとあがく。

 だがそれも一瞬のこと。大きな、天にも地にも響くような巨大な火柱が上がり、アヌビスは、その野望とともに散った。


「やっ……た……」


 体力が尽きたのか、融合が解除され、ソニアとクラリスが現れる。


「ヴァン!?」


「大丈夫!? 今回復するわ!」


 二人に支えられ、ボロボロのヴァンから涙がこぼれた。


「父さん……母さん……オレは……オレは……うおおおおおぉぉぉぉぉ!!」


 叫ぶ。流れる涙を拭うこともせず。天を仰いで叫び続ける。


「やった! やったぞ!! オレは! オレたちはやったんだ! 見てるか! オレは……こんなに強くなったぞ! こんなに! こんなに強い仲間がいるぞ!!」


 その叫びを。俺たちはただ黙って聞いていた。


「もう大丈夫だ! オレはもう、一人じゃない! ソニアが! クラリスがいる! だから安心して! 天国から見ていてくれ!!」


 支えている二人も、その言葉に涙を流し始める。

 人と神が支え合い、お互いを抱くその姿は、なんだかとても美しかった。

 声をかけるのは、もう少し後にしてやるか。

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