第210話 ヴァン・マイウェイの過去

 長く広い通路を走る俺と、ソニアと融合したままのヴァン。

 昔話を聞きながら、最深部を目指す。


「オレの家はまあ……結構な貴族でな。マクスウェル家といえば、大国でも名が知られたもんだった」


「マクスウェル?」


「マイウェイはオレがつけた。唯一の生き残りのオレが前に進むために、自分で復讐の道を選んだ。だからアヌビスを殺すまで、オレはヴァン・マイウェイ」


「なーるほど」


 偽名だったのね。偽名率高いな本当に。どっちにしろヴァンと呼べばいいか。


「オレの家系はちょいとした特殊能力があった。神様と仲良くなれる。神とともにある。融合もそれだ。過去には完全に融合できた世代も存在するらしいぜ」


「その力は便利そうだな」


「ああ便利さ。なんせ信じられねえほど強くなる。ありえねえくらいな」


 単純に神の力が上乗せされるだけでも、人間を超えるわけだからな。


「そしてそこに目をつけられた。オレの血族は全て、アヌビスの研究所に集められた。神の器になるために」


「そういやどっかで聞いたフレーズだな」


「アヌビスは神だ。そんなやつが、人間の身で何がしたいのか。それはわからねえ。だが、オレたちは時に殺し合いをさせられ、薬を盛られ、魔獣と戦わされた」


「実験の意図が見えないな」


 なんでもかんでも実験しすぎだ。その先にあるものが見えない。

 無計画に集めて遊んでいるわけでもないだろう。


『自分が入る頑丈な器が欲しかったのよ。だから、あらゆる耐性をつけて、無敵の人間を作ろうとした。不死兵団は、多分その実験を応用しているわ』


 ソニアの声がした。ヴァンの中から解説してくれている。


「そしてあのクソ野郎は気づいた。生命の危機に瀕し、同族の元にいればいるほど、その力が増すことに。そしてオレは、一族で最も色濃く力を受け継いでいたらしい。オレと両親は一室に集められ、食事を絶たれた」


「もう全然わからんな」


「だろうな。オレもわからなかった。顔も知らない親戚と、別室で殺し合い、勝った方だけ食事が出るようになった」


 想像よりだいぶ過酷だ。どれほどの仕打ちを受けて恨んでいるのかと疑問だったが、これは殺さないと気がすまないわな。


「生きるために必死だった。そして、親族がほとんどいなくなっちまったんだろう。地獄が加速した。大部屋に調理器具とキッチンが現れ、両親に超再生能力が植え付けられたと説明されたよ。さて問題だ。これはどういう意図があると思う?」


 急な問題だな。正直見当もつかん。食事はない。調理器具だけ。

 再生能力ってのが鍵か。再生。傷ついても復元できる。死なない。


「……まさか……食わせるためか」


「正解。両親の身体を切り落とし、調理して食えってことだ」


「……なんの意味がある。そんな行為に、そんな実験に意味なんて無い」


「あったさ。二週間くらいだな。再生能力のないオレは餓死寸前だった。両親が自分の腕を切り落とし、食わせたんだ。またもとに戻るからってな。思いっきり吐いちまったよ」


 ヴァンは笑っているわけじゃない。だが、悲しんでいるようにも見えない。

 それはもう、俺の想像の範疇を超えていた。


「三日で体が慣れた。そして、身体能力の向上とともに、妙な声と意志を感じた。その声は毎日強くなった。何日も経つと、はっきり近くに感じた。頭がいかれちまったかと思ったさ」


『それが私たちの声よ。いきなり親交のあった一族が消え、神の気配があった。だから血眼になって探したわ』


「結界が張ってあっても聞こえるほど、オレの神と交信する能力は跳ね上がった。アヌビスは最終試験と称して、両親を超再生する化物へと変え、オレと戦わせた」


『私とクラリスが駆けつけた時には、死にかけのヴァンがいて……とっさに融合して助けたのよ』


 融合して即座に動けるのは、珍しいタイプらしい。

 それほどにヴァンの適応力が高かったんだとか。


「化物になった両親を、ソニアの力を借りて、あの世に送ってやった。そんとき言われたよ。ありがとうって。恨みでも泣き言でもなく、礼を言われた。感謝されて、お前はお前の道を往けって。そんで消えた」


『アヌビスは研究所から消えていたわ。それから私とクラリスでヴァンを保護し、学園へ戻ったの。あそこなら、達人や神々がいるから、おいそれと手出しはできないし』


「んでまあ、今に至るわけだよ。長くなっちまったな」


「いんや、ちょうど出口みたいだぜ。いや入り口か」


 通路の先に、でかくて豪勢な扉がある。両開きのそれの前に、見たような何かが立っている。


「クックック、よく来たな。正義の覇者、ジャスティスフィンクス二号が相手だ! 我が能力は全てが一号の二十倍! さあどうする!」


「邪魔」


「べぎゅあ!?」


 走り抜けながら裏拳で爆裂させる。なにがどう二十倍か知らんが、その程度で俺たちの会話に入ってくるな。


「このままいくぜ」


「あいよ、せーのっ!」


 八つ当たり気味にデカい扉を蹴破って、広く、何もない真っ白な部屋へと入る。


「ここが最深部か?」


「来たか。我が研究の後始末をしてやろう」


 遥か上に埋め込まれた部屋が見える。

 巨大なガラスの壁越しに、こちらを見下ろす影がひとつ。


「追い詰めたぜ。オレはこの日を待っていた!」


 あいつがアヌビスか。頭部が黒い賢そうな犬。同じく黒く長い尻尾。

 鍛え抜かれた細めの身体と、ファラオより少ないが高級な装飾。

 二メートルほどの身長で、こちらを見下ろしていた。


「予想を超えて強くなったな。失敗作であったはずだが……これもイシスの加護か」


『ヴァンは自力で強くなったわ。あなたを倒すために』


「それはいい……器として完成しつつあるということだ」


 よくわからん思考だな。ちょっと死ぬ前に聞いておきたいこともあるし。聞くなら今かな。


「お前に聞きたいことがある」


「なんだ貴様は?」


「俺はあれだよ、こいつの付き添いで、見届け人だ。ちょっと気になってる事がある。質問いいか?」


「私と対等に話ができると思っているのか?」


 ガラスを無視してすいーっと出てきた黒い犬野郎。

 空中に浮いてやがる。いいから降りろ。見上げるこっちの身にもなれ。


「消えろ」


 右手より放たれる黒い魔力の渦。この部屋は三百メートル四方はある。

 それを埋め尽くさんと迫りくるのがうざい。


「なんだよもう……うざいな」


「うおおおぉぉぉらあ!」


 別に当たっても問題ないので立ったままでいよう。

 横でヴァンが渦を打ち返しているのを見る。


『気をつけてヴァン! その渦……呪いがかかっているわ! 冥界への死の宣告よ!』


「その通りだ。逃げ出されても困るのでな。私を倒さねば、ここで貴様は死ぬ。この部屋が貴様らの墓標となるのだ」


「チッ、うざってえ。誰が逃げるかよ! オレはテメエを殺すためにここにいるんだ! テメエこそ逃げんじゃねえぞ!」


 渦を打ち消したヴァンが吼える。いいね。今のところダメージもないようだし。

 この感じなら、復讐も可能だろう。


『あの、アジュくんは大丈夫なの?』


「ああ、俺こういうの効かないから」


『そ、そうなの……』


「せめて避けるとかしようぜ」


「めんどい」


 正直俺は見ているだけなので、もうイスとかあったら座っている勢いである。


「ほう、私の呪いを弾くか。だが友人は守りきれなかったようだな」


 いや、手を出す気がなかったんだけど。

 お前を倒すのはヴァンだからさ。


「なんだ? 通じなかったからって、今更ビビって逃げようってか? そうはいかねえぞ」


「安い挑発などする必要はない。貴様が成長し、私の器となったかどうか、今この時より見定めよう」


 上空に黄金の天秤が現れ、やつの右手には黒い鎌が握られていた。


「始めよう。期待外れなら、この場でなぶり殺してくれるぞ」


「やれるもんなら……やってみやがれ!!」


 俺が見守るなかで、ついに両者の激突が始まった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る