カレーと新しい依頼

「ふっ、俺はもう一歩も動けんぜ」


 今の俺はカレー屋のソファーに全体重を預けて天井を見つめるだけの存在だ。

 試験の時に行ったカレー屋でもらったチケットが期限切れそうだったので、草刈りと魔力貯めのクエストを受けた帰りにやって来た。洒落た内装のくせに男の俺でも落ち着けるし、カレーのいい匂いがうっすら漂っていて腹が減る。


「相変わらず体力ないのう」


「当然といえば当然だな。魔力貯めが中々にしんどい」


 魔力貯め。空っぽの水晶球とかに、攻撃にも回復にもなっていないただの魔力を貯めこむ作業。これは魔力をエネルギーにして動かす道具や、魔法関係の科で実験に使うらしい。


「ちゃんと支給品のポーションがあったじゃろ」


「一年が授業で作ったやつな。あったけど疲れることは疲れるだろ。お前よく平気だな」


「わしは魔力量が人間とは段違いなんじゃよ」


 そういや太陽神の子孫だっけか。九尾がいなくなってからというもの、封印に回していた力を全部吸収したらしく、魔力が更に上がったとかなんとか。


「便利でいいやな……あー水がうめえ。寝そう」


 カレーは水がほぼ必須だから凄く気を使っているのだろう。疲れて水分補給すると寝そうになる。いかんな、店で寝るのは流石にマナー違反だろう。


「だらしないのう」


「シャキっとする俺なんて俺じゃねえ。普段から張り詰めてると、張らなきゃいけない時に糸が切れちまうぞ」


「切れっぱなしじゃろおぬし」


「誰かが引っ張らないと切れたままさ」


 メシ食うのにシャキッとする必要がない。

 俺はマナーを食うんじゃねえ飯を食うんだ。


「まあいいじゃねえか。旅行前の一休みさ」


「女の子と旅行じゃぞ。おぬしには快挙じゃな」


 あと数日で五連休。しかもギルメン全員でフウマの里に行くことが決まっている。


「今から何されんのか超怖いんだけど……」


「布団がイロハとおぬしで一つしかない、という展開に賭けてやるのじゃ」


「ほぼ確定だな」


 なんかリリアと普通に話せているな。キスしたからといって急激に変わったりしないもんなのだろうか。童貞ぼっちを極めつつあった俺にはそのへんの距離感がさーっぱりわからん。現実味なさ過ぎてピンと来ない。当事者なのに。


「一緒に寝るくらいたまーにやっておるじゃろ」


「気がついたらいるんだよ。あれ怖いんだぞ。起きたら隣りにいるとかさ」


 いつものリリアでいてくれるので助かっているんだろう。これで意識されたら日常生活に支障をきたすことが確定だ。案外それを察して動いているのかも。理解者がいるというのはこういうことなんだろうか。


「最初から受け入れるという選択も」


「ない。俺以外がベッドにいるのなんか凄いきつい」


「おまたせいたしましたー! ガーリックナン二つとココナッツカレー・キーマカレーです!」


 店員さんがカレー持ってきた。おおういい匂いだ。このカレーの香りが食欲をそそるじゃないのさ。


「来てくださったんですね。勇者科のお客様」


「試験の時の女の子じゃな」


 リリア達以外の女とかどうでもいいんで覚えていない。石集めやってた時か。


「チケット使ってなかったもんで。しかしよく覚えてるもんだ」


「ふふーん客商売の基本ですよー」


 つまり俺には絶対できないな。客商売とか無理。


「本当は目立つから覚えていただけなんですよ。勇者科の男の人で、美少女三人といちゃついているもんですからね」


「いちゃついてねえって。俺そんな目立ってるのか? 勇者科の男ってゼロじゃないだろ?」


「わしらが目立つのじゃ。自分で言うのもなんじゃが、わしらめっちゃ美少女じゃからのう」


「そうですよー。あーんとかしてたじゃないですか。そりゃ目立ちますって」


「控えよう。あーん禁止令を視野に入れる」


「禁止はダメじゃな。節度を守ればよいのじゃ」


 守ってもそういう目立ち方は慣れていないんだよ。そういう視線を送られる側じゃなかったから対処できん。むず痒い気分だ。


「いいから食うぞ。カレーが冷める」


「はいごゆっくりどうぞー。では失礼します」


 やっとカレー食える。毎回これじゃいつか倒れるな。


「はー……こっちは飯が美味いやな……辛さ普通でいいわこれ」


「うむ、普通で食べると素材の味が濃くなってよいのう」


「だろ? これはたまらんよ。辛さなんて舌も脳もやられちまうからな。ほどほどでいいんだよ」


 カレー食える店なんてここくらいしか知らんから、二週間に一回くらいなら来ようかな。それ以上辛いものを食いたくない。カレーが好きなだけで、辛いものが好きなわけじゃないのさ。


「お食事中失礼。ジョーク・ジョーカーのマスター、サカガミさんだな?」


「ええまあ……サカガミは俺ですが」


 話しかけてきたのはグラサンかけた金髪の男。服の上からでもはっきりわかる筋肉と、百九十後半の身長から手練の気配がする。


「謎の女ダークネスファントムからの……紹介だ」


 いつものカードだ。学園長のサインと、ピエロのような死神のような絵が書かれたカード。裏の依頼ということだ。裏の依頼って中二心くすぐるよな。


「本物ですね。アジュ・サカガミです」


「リリア・ルーンですじゃ」


「おおっと、自己紹介が遅れっちまったな。おれは戦士科講師のアクセル。ま、よろしくな。隣いいかい?」


 確認とってから、アクセルさんは俺の隣に座ってきた。


「安心しな。君の恋人の横に座ったりはしないさ。おれは気配りのできるい~い男なんでな」


「それはどうも……」


「今までにないタイプの人が来たのう」


「ところで、先約はあるかい? 依頼は先約優先だからな」


 先に受けた依頼を片付けてから、次にいく。これは講師からの依頼であっても例外ではない。

 なんとなくの慣習じゃなくて、学園のルールとして決められている。確実に完遂し、多く金を積んだりした者が勝手に優先順位を変えたりできないようにするためであり、色々受けて一つ一つを雑にやらないようにってことだな。


「二日後には遠出する予定です」


「ん、そうかい。それじゃできれば今日と明日あたりでヒマなら受けて欲しい」


「内容にもよります」


 この間にもカレーは食い続けている。俺のキーマカレーは肉の量が多め。

 なので適当にナンで食べていると肉が取れずに残っていく。意識してナンにくるみ、摘んで食べるといいだろう。当然味は抜群だ。

 ガーリックナンもきつ過ぎずカレーと混ざって絶妙だ。ガーリック系の味好き。


「かれーってのは初めて食ったが気に入った。少々ピリっとくるが味にコクってやつがあってい~いじゃないの」


 アクセルさんも普通に食っている。注文したのはナスのカレーだな。


「食いながらでいいから聞いてくれ。最近になってダンジョンに化け物が出るようになった」


「ダンジョンなんじゃからそら出るでしょう」


「その通りだ。だが、そいつは今までに報告のない種類でな。バカでかい図体で、牛の頭に人間の体。ついでにこれまたアホみたいにビッグな斧をぶん回してくるんだとよ」


 なんか聞いたことあるような外見だな。

 出会ったというより知識として覚えているようだ。


「で、そいつの横に変な奴がいるんだが……生け贄がどうとか言って一緒に襲ってくるんだと」


「召喚獣ってことですか?」


「さ~っぱりわからん。おれが実習している時に出てきやがったんで応戦したんだが、後一歩で逃げられた。牛人間はどんなに傷めつけても復活しやがる」


 そんな化物と生徒を守りながら戦えるほどに、戦闘系の講師ってのは化け物揃いだ。


「複数のダンジョンで発見されてるってんで問題になってな。困り果てたおれにダークネスファントムさんが救いの手を差し伸べてくれたってわけよ。君達なら何か知っているんじゃないかってね」


「ふむ、実物を見んと確実ではないが……」


「お、何かわかるかい? 別にあたってなくとも怒らないぜ。検討もつかないおれが怒れた義理じゃないんでな」


 リリアは少し考え込んでいるようだ。こういう怪しい話に詳しい理由は知らないけど、なんとかしてくれるという安心感がある。


「ミノタウロス……かのう?」


「ああ……そういえば特徴一緒だな」


 ミノタウロス。ゲームとかで出てくる敵だ。中盤くらいの雑魚か、もしくはボスキャラだな。


「おっ、知ってるかい? いやあさっすが学園ちょ……ダークネスファントムのオススメだ。」


 それは言わないとダメなのか……あの人も変わりもんだなあ。


「横にいるのは多分ミノス王じゃな。ちと長くなるかもしれんのう」


「いいさ、飯食いながらゆっくり話せ」


 カレー食いながらのんびりいこうか。

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