イロハと魔力操作の訓練

 魔法科の基礎講習を全部終わらせることを目標にした翌日。朝っぱらから昼まで座学やって、そこから先生に連れられ、俺とイロハは滝のある森にやってきた。


「では、一時間ほど自由行動にします。自由に魔力に触れてください。あまり遠くには行かないように。では私はここにいます」


 魔法科の先生がそう言って滝の近くで弁当食い始める。飯くらい食ってくればいいのに。他の生徒もバラバラに行動し始めた。


「さ、行きましょう」


 学園には自然保護を目的とし、森林や滝なんかのある広い場所が存在する。こういう場所は魔力が肌で感じられる……まあマイナスイオン的なもので満たされている。

 底の見える浅い川のせせらぎと、太陽の光が差し込む森林に鳥の声。いいね、嫌いじゃない。


「しっかし、イロハはなんで講習やってなかったんだ?」


「私には忍術があるわ。忍者科があったし、シルフィが魔法科に行くなら私は別の科に行って、お互い補えればいいなと思ったの」


「知り合いのいなかった俺には出来ない発想だな」


「今は私達がいるじゃない」


「そうだな。今くらいでちょうどいいかもな」


 自然に囲まれて空気がうまいと心も澄んでいくのだろうか。なんとなく素直になってしまう。


「女の子の数は今でも多いわね。でも私達との密度はまだまだ足りていない。ちゃんと自覚しているかしら?」


「……まあ…………俺はそこそこ満足だけどな」


「ダメよ。もっと積極的になるの。三人平等にね」


「そんなに扱いに差があるか?」


 三人に嫌いな奴もいないし、優遇したつもりはない。


「リリアとなにがあったの? どこまでいったの? ヘタレっぷりが変わらないということは童貞は無事ね?」


「無事ってなんだよ……顔が近いって!?」


「前はもっと近づける前にうろたえていたわ。そう……キス……したものね? だから耐性がついたのよね?」


 いかん。マジでごまかしようがない。なんとか距離をとってフォローを入れよう。


「あーっと……リリアはなんか言ってたか?」


 引っ掛けに来ている可能性もあるので、まずどこまで知っているのか聞いておこう。


「ええ、貴方とキスしたけど童貞は預けてあると」


「ふむ、デマだと思わなかったのか?」


 ここで『あいつバラしやがって!?』とか口を滑らせるのはアホがやることだ。

 もしかしたらなにも聞いていないかも。


「妙に冷静ね。まるでこうなることを予想していたかのよう」


 そりゃかーなーり対策ねったしな。めっちゃ無い知恵絞ったよ。


「したのならしたと言って。その上で理由さえ聞けばここで無理に要求はしないわ」


 要求とは自分にもキスをしろということだ。どうするかね……正直に話すとしてどこからだ? 葛ノ葉については俺じゃ完全に説明するのは無理だ。それすっ飛ばして夢から覚めたらリリアがキスしようとしてきたので受け入れましたと言うか? 思考がまとまらない。


「はあ……もう、別に二人を責める気はないわ。難しい説明も要求しない。リリアじゃなきゃ説明できない難しい問題……九尾の話が絡むのでしょう?」


「ああ、だからどう説明したもんかと……」


「つまりしたのね?」


「した。九尾を倒して、リリアを苦しめていたものをぶっ飛ばして、目が覚めたらキスしようとしてきたんで受け入れた。そこに後悔はない。それ以上は俺にはよく説明できん」


「そう……それだけわかればいいのよ。正直に話してくれて嬉しいわ」


 落ち込んでいる様子はない。むしろ喜んでいる?


「ふっ……ふふふっ」


 なんか凄い笑顔だ。にやりと笑うイロハさんから黒いオーラが出てらっしゃる。


「いや隠していたことは悪かった。でも俺も気持ちの整理がついてなくてだな……」


「ふふっ、ごめんなさい。怒っているわけじゃないの。先を越されたことは悔しいわ。でも、でもよ?」


 イロハの目がギラついている。狼の目だ。獲物を捕食する獣の目だな。


「リリアとキスをした。それはつまりキスまでなら解禁ということよ!!」


「えぇ……その発想はなかったわ……」


「リリアにして私達はしてくれないなんて言わないわよね?」


「まあ……リリアだけってのもなあ……でも俺は……」


「わかっているわ。ちゃんとロマン溢れる状況で、受け入れてもいいと思えるならしてもいい。そんなところでしょう?」


「そんなところだ」


 リリアにしたからという理由でなんとなくほいほいしたくない。こいつらとのそういう出来事をなあなあでやるのはなんかイヤだ。一応思い出に残るようにしたい。


「アジュがそういう顔をするときは、不器用だけどちゃんと私たちのことを考えていてくれる時ね」


「相変わらず鋭いな」


「当然よ。ずっと貴方だけを見ているもの」


「ん、ありがとな」


「………………これは本当にキスまでいけそうね。前だったら『流石忍者の観察眼だ』とか言い出しかねない場面なのに」


 実はちょっと言おうか迷ったさ。ぎりぎりで踏みとどまって大正解だったようだ。


「最近気が緩んでるな。俺はもうちょい女にはゲスというか躊躇なくぶん殴れる人間だろ」


「私達と女性を分けて考えればいいだけよ。誰にでも優しくする必要はないわ。する相手を見極めればいいの」


「そんなもんかね?」


「ヴァルキリーを殴っても後悔しないでしょう」


「超スカっとする」


「それでいいわ」


 敵対したやつをしっかり始末できればそれが一番いいか。俺はこんなキャラのはず! っていうのは可能性が狭まる。やめとこう。


「さて、そこそこ歩いたな」


 滝を目印に、見失わないように歩いている。遠くに行くと迷うからだ。


「どうかしら? 魔力は実感できる?」


「吸い込んでいる感覚があるし、体にうっすらくっついている気もする」


 森の奥にふわりとホタルのように漂う光がある。あれも魔力だ。周囲の魔力が固まったり分散したりしている。密度が濃いとそうなるらしい。


「それでいいわ。初歩の初歩は魔力を感じること。漂う魔力を見ようとしたり、感じ取ろうとして。そうすれば細かい操作もできるようになるわ」


「うーむ……なんかやり方とかあるか?」


「そうね、体から薄く魔力を放出して。全身にくっつけるイメージよ」


 言われてゆっくり集中する。手のひらに集めるだけならノリと勢いで出せるけど、集中して満遍なくというのが実は難しいと最近知った。


「はい、そのまま集中を乱さない」


 言いながら後ろに立つイロハ。

 あくまでも触れるか触れないかのギリギリな感じで接してくる。


「なにやってんだ?」


「集中を乱さない訓練よ。今からなにをされても全身の魔力を散らさない。いいわね?」


「わかった……ん?」


「……ふっ」


「うお!? なにやってんだ!?」


 背後から耳に息を吹きかけられた。逃れようとしても後ろから手を回され密着される。これの正式な振りほどき方が一切わからんわ。こんなん経験がない。


「ほら集中が乱れているわよ」


「耳元でささやくのはやめろ」


「なにをされても動かない。約束したでしょう。久しぶりに私の時間よ」


 軽く鼻を押し付ける感じで匂い嗅がれてるんだけど、これはどうしたもんかな。集中できるかアホ。軽く撫でるように触られるしなんだこれ。


「私が気にならないくらいに集中してしまえば魔力も高まるわ。本番はそこからよ」


 その本番はどっちの意味だ。俺が意識している場所がわかるのか、触られた場所に注意がいくと別の場所に触られる。一応訓練のていは保っているのが凄くめんどい。


「そういやなんで魔法の扱い方がわかる? 講習やってないんだよな?」


「知識として知っているわ。それに忍術もコントロールの面においてほぼ同じ。後はアジュ次第よ」


「集中……集中……ふうぅ……はあぁ……」


 軽く深呼吸。俺が魔法を覚えたがっているということは、イロハは本気で邪魔になるようなことはしないってことのはず。少なくとも邪魔十割にはならない。あって四割。ならなんとかなる。改めて全身に神経を張り巡らせるイメージだ。


「そう、その調子よ。真面目な顔もいいわ。もっと貴重な顔が見てみたい」


 イロハは放置してさらに集中する。自分の表面を流れる魔力を流しっぱなしにしないで止めてみる。止めて、流す。流して、止める。


「魔法の素質があるわね。匂いは堪能したし……後は味かしら」


「うえわ!?」


 首筋をほんの一瞬舐められて変な声が出る。


「お前ちょっと待てやりたい放題か!?」


「これでも抑えているわ。ほら魔力が乱れているわよ」


 こいつをこのまま放置したらやばい。適当なタイミングで切り上げるか。


「少し強めに抱きついてみましょうか」


 後ろから抱きしめられる。柔らかい感触といい匂いがするけど今はそんなこと考えている場合じゃない。さっさと魔力を操作できるようにしよう。


「乱れないわね。まあ私はある意味乱れているのだけれど」


 うまいこと言ったつもりかちくしょう。俺にツッコミ入れさせようったってそうはいかないぜ。かなりコントロールできるようになってきた。多少のお触りにはもう反応しないぜ。


「………………好きよ、アジュ」


「なっ!?」


 完全に魔力が乱れた。ここに来てこんな初歩的な発言で心を乱してしまうとは……やられた。


「直球に弱いのね。いいことを覚えたわ」


 結局魔力はもう一度練り直した。だが一回目より早く集中して操作できたので、効果は出ているのだろう。イロハももう邪魔してこなかったので講習終了時間が来るまで練習して帰ることになった。

 次は不意打ちにも対処できるようになってやる。

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