ご褒美の提案と戦闘開始

 第二試験も全員順調。今は次の戦闘に備えて控室で休憩中。


「いよいよか」


 結局俺はヴァンと戦うことに決めた。

 どうあがいても避けられないのなら、ここらで消化しちまおう。


「試験ももうすぐ終わりじゃ。最後にぱーっと戦うとよい」


「みんなで合格してデ……遊びに行こう!」


「ほう、やるなシルフィ。俺がデートとかめんどくっせえと思う瞬間に察して、遊びに行くと言い換えたか」


「シルフィじゃなくてもわかるわよ。もう何ヶ月も一緒だもの」


 付き合いも長くなってきたなあ。これほど他人と長くつるんでいるのは初めてだ。

 苦痛がないというのが新鮮かつ不思議。


「シルフィ・フルムーン。リリア・ルーン。出番だ。会場へ」


 試験官が二人を呼びに来た。

 こいつらは俺の前に試験がある。


「アジュは次でしょ。ゆっくり休んでて」


「見に行かなくていいのか?」


「問題ないのじゃ。精神統一でもしているのじゃな」


「ちゃんと私が見ておくわ」


 気を遣われているのだろうか。正直ありがたい。


「すまんな。頑張ってこい」


「まっかせて!」


「ちゃっちゃと終わらせてくるのじゃ」


 この待ち時間というのが非常に困る。

 何をしていいのかわからん。


「落ち着かんな」


「そういう時はいいことだけを考えるのよ」


 イロハがお茶をいれてくれた。

 やることもないのでくつろぎ空間ができあがる。


「例えば?」


「試験が終わったあとのご褒美とか」


 そういやそんな話もあったな。そろそろ考えておかなきゃいけないか。


「忘れていたわね?」


「ご褒美はあげたことも貰ったこともほぼ無いからな」


「今のうちに考えてやる気を出すのよ」


「俺も貰えるんだったか?」


「欲しければ言ってみるといいわ」


 さてどうするか。家もあるし、そこまで金に困っちゃいない。

 魔法のアイテムとかは何があるのかまだわからんし。


「急に思いつかんよ」


「妙に無欲よね」


「鎧があれば全部どうにかなるしな」


 極めつけがこれである。大抵のトラブルはなんとでもなるのだ。


「それでも欲しいものはないの?」


「休みと、一生働かずに楽して生きていける環境?」


「それはフウマに来ればいいわ」


「ダメだっつうの。フウマはフウマでちゃんと生きていけ」


 フルムーンやフウマを支配して、どうこうするつもりは一切無い。

 他人の面倒見るのも、責任背負うのも大嫌いだ。


「逆にあれだ。お前は何が欲しいんだよ?」


 しばし真剣な顔で悩むイロハ。どうせ遊びに行くとか、なんか買って欲しいとかそういうものだろう。貞操の危機になる願いは受理されないと知っているはずだ。


「なら一回がっつり裸を見せて貰えるかしら」


「えぇ……」


 予想を超えた提案をされました。


「聞くの怖いけど理由を聞こう」


「アジュは放っておくと、私達に何一つ手を出そうともしないわね?」


「そうだな」


 その件に関しましては、一生受け身であると確信しております。


「結果的に自分で欲望を処理するわね?」


「同意を求められましても」


「その時に裸というか、股間がどうなっているのかを知っていると臨場感が増すわね?」


「いやだから聞くなやそういうことを!」


「小さい時と大きい時を知る必要があるわ」


「ねえよ! 欠片もねえよ!」


 イロハさんがじりじり距離を詰めてきます。いかん逃げ場がない。

 なんとしても別のご褒美に変えよう。


「男の裸なんて見るもんじゃないぞ」


「男性がどうなっているかに興味はないわ。アジュの体がどうなっているかを正確に知ることが本題よ」


 それがいかんと言っているのだよ。

 まずいな。貞操は守られる。ただ死ぬほど恥ずかしいだけだ。

 つまりしんどい。


「匂い・形・味の三部門を厳しく検査すべきね」


「お前の頭の検査が先だろ」


「正しい性知識は必要よ。相手を傷つけることになるわ」


「俺だけが傷ついていませんかね?」


「誰も傷つかない最善策よ。みんなで考えたの」


「全員でか!?」


 その団結力は何だよ。俺の知らない所でしょうもない会議が開かれているなこれは。


「あくまでご褒美の候補よ。どうかしら?」


「俺は見られて喜ぶ変態じゃない。よって俺のご褒美にならない。だから却下!」


 よっしゃ完璧な言い訳ができた。俺の頭の回転はファフニールのおかげで上がっているのさ。


「なら私達の裸をしっかり見せることで、お互いのご褒美としましょう」


 そういやイロハも上がってましたね。変態度も上がっていませんか。


「今決めろとは言わないわ。ただ、本当に少しも興味がないの? 女の子が嫌いなのは知っているわ。けれど、私達はそれほど魅力がないかしら?」


「それとこれとは別問題だ。俺は性欲まみれの猿じゃない。なんかそういうのしんどいというか……まあ候補に入れておいてやる」


「そう、ならそれでいいわ。譲歩に譲歩を重ねて、妥協点を探るわね」


「それが目的か」


 そこでノックの音がする。そろそろ出番かな。


「アジュ・サカガミ。出番だ」


「よし、んじゃ行ってくる」


「怪我はしないでね」


「なるべく善処する」


 そして長い通路を歩く。向かいからリリアとシルフィがやってきた。

 どこも怪我している様子はないな。


「お、無事だったか」


「当然じゃろ」


「楽勝でした!」


 こいつらも相当強いからなあ。多少は心配するというものだ。


「そうか。俺は無事じゃ済まなそうだぜ」


「大丈夫。アジュならなんとかなるよ。応援してるからね!」


「イロハも連れて見に行くのじゃ。応援しておるぞ」


「へいへい、まあ頑張りますよ」


 そして広くて堅いんだか柔らかいんだか不明な鉱物でできた舞台へ。

 そこで待っているのはヴァン・マイウェイ。


「来たか……ってなんか疲れてねえか?」


「まあ気にすんな。ギルメンの管理が難しくてな」


「苦労してんだな。うちも似たようなもんだけどよ」


「苦労はする。だが一番居心地がいいのも事実、という困った境遇でね」


「いいんじゃねえか? 充実してるってことじゃねえか」


 充実ねえ……よくわからん感覚だ。まあ嫌いじゃないけどな。


「やっぱ戦わないとダメか? 正直勝てる気がしないんだが」


「んなもんやってみなくちゃわかんねえだろ。オレは前から戦ってみたかった」


「まーじーかー」


 強敵と戦うことに楽しみを見出すタイプなんだなあ。

 俺はストレス解消にザコ倒して気持ちよくなれりゃいいや。

 苦戦とかだるい。そしてめんどい。


「勝てなくても勉強になるぞ」


「次だってあるんだよ。怪我とかしたくないんだよなあ」


「なら全力出しゃいいのさ。ここには知っているやつしかいないぜ」


 試験官はシャルロット先生だ。

 背中のでっかい黄金剣を二刀に分割し、戦闘態勢に入るヴァン。


「伝説の剣とか使いおって。シェル……なんちゃらとイガリマだっけ?」


「シュルシャガナっつうらしい」


「よし、三回早口で言ってみてくれ」


「できるか! そういう形でダメージ与えようとすんな!」


 作戦失敗。まあいいや。俺もカトラスを抜いて戦闘態勢へ。

 ソードキーは切れ味が良すぎるし、鍔迫り合いができないから無し。

 あくまで剣と鎧は封印している。


「しょっぱなから全力で来いよ。どうせ最後は鎧だろ? ならそれを使わない素の力が見てえ」


「正気か? 俺はごく普通の一般人だぞ? なぶり殺されろってのか?」


「軽い組手さ。練習試合だと思え」


「試験真っ最中だけどな。頼むからテンション上がって殺してくれるなよ? 俺はか弱い一般市民だ」


 言いながら魔力を全身に流し、循環させてみる。いけそうだな。

 右手の人差指と中指を額に当て、今できる全力の魔術を解き放つ。


「リベリオントリガー!!」


 頭から全身に流し込まれる雷の魔力。

 体に纏う青色のオーラ。おそらく髪色もまた青に染まっているだろう。


「へえ……やるじゃねえか。素人にできる芸当じゃないぜ」


「魔法はやればやるだけ成果が出て、面白くてね。正直この道が気に入り始めているよ」


 軽く拳を握っては開く。いける。何度も使い続けた結果だろう。

 魔力と体力増加の訓練はしていた。迷いなくこの状態を維持できる。


「んじゃよろしくお願いします」


 組手らしいので礼をしてみる。


「何だ急に」


「いや練習試合ってこういうのやるだろ」


「なるほど。んじゃよろしくお願いします! 来な!!」


 ヴァンも礼。なんか様になっているのは貴族だからかな。


「はっ!!」


 高速で背後に回り込む。どうせ俺の攻撃なんかじゃ死なない。

 ヴァンの首めがけて、全力で振り下ろす。


「おっと! 速いもんだな!」


 当然防がれ、蹴りが飛んでくる。しかしその時は既に距離を取って次の準備。

 俺の戦闘スタイルは小細工と一撃離脱だ。


「ライトニングフラッシュ!!」


 全力のライトニングフラッシュ。手加減など無意味。

 少しは効いてくれるとありがたい。


「爆・熱・拳!!」


 ヴァンの両腕から撃ち出された熱と魔力の塊が、何度も爆発を繰り返して迫る。


「オラオラオラオラオラ!!」


 俺が面での攻撃なら、ヴァンは点での波状攻撃。

 威力を分散しているだけ俺が不利らしい。

 めっちゃくちゃなパワーだなあいつ。


「そう思ったらすぐに次っと」


 今の爆熱拳とやらからヒントを得た。

 上空へと飛び上がり、長く伸びる電撃の足を作る。

 その先端にサンダーシードを付与。


「そっち風に言うなら、爆・雷・蹴だ!!」


 両足でひたすら蹴りを打ち込み続ける。

 足が触れた場所は雷球が爆裂するというおまけ付き。


「いいぜ、力比べといこうじゃねえか!!」


 両者の爆発が無数に現れては消えていく。

 基本スペックは圧倒的にあっちが上。常に工夫していこう。

 開いている両手を、胸の前でがっちり組んで電撃を高速回転。

 これは魔法じゃない気がする。けれど技名がないのも寂しいし、なんか叫んでみよう。


「スパイラルナッコオォ!!」


 巨大な電撃の両拳は、お互いをがっしり掴むと螺旋を描いて弾丸となる。

 やはり何か叫ぶと力になるな。面白い。


「全力! ぶった斬り!!」


 膨大な魔力をただ剣に乗せているだけの全力斬り。

 だが使い手がヴァン・マイウェイだ。

 スパイラルナックルと真正面から打ち合っている。


「ん、まずそうだな」


 嫌な予感がした。おそらく俺の攻撃は競り負けるだろう。

 つまりその後ろの俺も危ないということ。

 素早く雷の腕を地面に伸ばし、体を引っ張る形で地上に降りた。


「うだりゃあぁ!!」


 少し遅れて、俺がいた場所を斬撃が通っていった。


「やっぱ負けたか。小細工じゃ力技相手にゃあ限界があるのかねえ」


「いいじゃねえか。面倒な攻撃ってのは、敵からすれば対処に困るもんだ。良い技だぜ」


「だといいけどな。ちょいやり方変えるか」


 雷撃を両腕に流し、以前のように腕に見立てる。

 鞭のようにしなる腕を交差させて走らせた。

 別に技でも魔法でもないが、やはり技名はあると威力が増す気がするな。


「雷双鞭!」


「こんなもんじゃオレにダメージは通らないぜ!」


「知ってるさ」


 ダメージを与えることが目的じゃない。

 剣でもいいから当てて、鞭から雷の手を伸ばす。


「なに!?」


 十数個の手がしっかりとヴァンを掴み、一気に電撃を流し込む。


「うおおおぉぉぉぉ!?」


「流石に直接流せば効くだろ」


「ちっ、こんなもん……ウオオオオォォォォ!!」


 やつの全身から魔力が迸り、会場に流れるその波動によって、無理矢理魔力の腕を消しやがった。

 あくまで遠距離から作った腕経由で電撃を流していたことが仇になったか。


「しかもあんまダメージ無いだろ。ちょっとへこむぞ」


「いいや、ちょっぴり効いたぜ。舐めてかかったつもりはねえが、ここまでやるとも思ってなかった。アジュ、お前マジに修行すれば強くなれるぜ」


「それ死にかけるやつだろ? 俺はほどほどで着実に強くなるの。初心者なんだから」


 言いながら作戦を練る。まだ鎧は出さない。

 もう少しだけ。もう少しだけやってみよう。楽しくなってきたしな。

 そんな感じで戦いは続いていく。

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