どうして事件に遭遇する必要があるんですか
ギルメンにカムイとソフィアを加えて、ダイナノイエ首都を散歩中。
カムイおすすめの店で、魚の料理をテイクアウトして、食いながら散策する。
おでんに使うような容器に入った、香辛料の匂いが素晴らしい料理だ。
「うまいなこれ」
しっかりと火が通った切り身が、一口サイズで食いやすい。
卵のソースが固まる直前にかけるためか、絡まって濃厚な味になっている。
鼻に抜ける香りが混ざりあって、とてもポイント高いぞ。
「特製スパイスにつけて、焼く時にまたふりかけるんです。臭みを消して、味を引き立てる技ですね」
「ダイナノイエはスパイスが圧倒的に豊富じゃ。各家庭にもある」
「結婚前にスパイスの作り方と、分けた小瓶を渡す風習の町もあります」
「辛さに逃げないのが実に俺好みだ」
スパイスというと、大抵は辛いものを出される。
保存も効くだろうし、それが間違いというわけでもないだろうが、辛い食い物は別に好きじゃないんだよ。
「お好きだと聞いていました」
「なるほど。王子様は外交官としても一流であらせられる」
「いえいえ、せっかくですから、母国を好きになってもらおうと思いまして」
これ本心っぽいな。なんとも恵まれた育ち方しおって。悪い気はしないぞ。
「ふふっ、カムイ様が楽しそう」
「あまり無いことなの?」
「なんと言えばいいか……カムイ様があんなに同世代とはしゃいでいるのは、とても新鮮ですわ」
「アジュがまともに誰かと歩いているのも珍しいのよ」
女連中は連中で会話が弾んでいるようだ。あいつらにも貴族の交友関係とかあるだろうし、問題を起こさなければ過干渉はしない。
「サカガミ様は、どこかの王族なのですか? あんなに自然体で接する方は、あまり見たことがありませんわ」
「いんや、ごく普通の庶民じゃよ」
実にゆったりとした休日だ。そこからしばらく街を歩いたが、平和で明るい街なんだと再確認した。
「あれなんだろ?」
兵士が何人もいる。一般人が立ち入らないようにしているみたいで、どうも付近の家に事件があったようだ。
カムイが近くの兵士に寄っていく。
「どうかしたのですか?」
「王子? ご心配なく。この先の家で死体が出たんですよ」
「結構な事件じゃないですかね?」
どうやら金持ちの家で強盗があったらしい。
三階建ての……豪邸よりは庶民の住む家に近い建物だ。
「ここは被害者の別宅でして。個人的なアトリエのようです」
「王子、どうしてここに?」
白髪交じりの金髪で、ヒゲを生やした体格のいいおじさんが出てきた。
「ボガード隊長!」
「知り合いか?」
「警備部隊の隊長です。父の命令で、時間のある時に観察力を養う顧問をしてもらっています」
「王子って色々やるんだな」
「現場をご覧になりますか? 期末試験のことは聞いております」
急だな。玄関前で何やら話し込んでいる。俺たちもそこまで行って立ち往生。
だってやることないんだもん。
「ソフィアはここで待っていてくれないかい? 君に現場は見せたくない」
「カムイ様、どうかお気をつけて」
ソフィアを預けて、中の部隊と話し合っているらしい。
コミュ力などない俺は、何も言うことがないので、静かに玄関でも見ていよう。うわあ、なんのへんてつもないドアノブだなあ。
「納得してくれました。さあ中へ」
三階まであがる。どうやら三階まるごと一室、自分の部屋としていたらしい。
「手袋をどうぞ」
手袋をつけて現場へ。こういうの初めてかも。
「被害者はあちらです。壁に背を預けて、自分の頭を銃でズドン。壁に銃弾が埋まっていました」
中年太りの男が壁際に座り込み、ぐったりとうなだれていた。手には銃が握られている。額に穴が空いているし、死因はこれだろうか。
後頭部と壁には血が飛んでいるが、思ったよりも少ないな。
「なるほど。これはひどい」
「立派な絨毯と本棚に……さては全部高いな?」
「高級品よ。壊さないようにして」
「わかっている」
男から右に三歩歩くと、高級そうででっかい机と、これまた座り心地の良さそうな椅子があった。金持ちなのは本当だな。
こういうの隠し棚とかないかね。全部開けてみよう。
「隊長の判断は?」
「どうやら自殺の線が濃いかと」
「どうしてです?」
「机の上から遺書が見つかりました」
その紙には『取り返しのつかないことをする所でした。せめて償いだけはしようと思います』と書かれている。ちょっと変な文章だな。
「さて王子、どう見ます?」
「盗まれたものはありませんか?」
「荒らされた形跡はありませんが、まずこの家のどこに何があるか、把握している人間を見つけませんと」
邪魔にならないように、そーっと四人で現場を見る。
できるだけ壊さず、触らず、人にぶつからず。仕事に集中させてあげよう。
「どうじゃ?」
「予想しかできんな。イロハならわかるか?」
「私も簡単な予測はできるけれど、アジュの推理が聞きたいわね」
まだ不確定なことが多い。カムイと隊長さんの見解を待とう。
そして俺が何もしなくても解決してくれ。夕飯までには帰りたい。
「別の階はどうなっているんです?」
「一階は空き家です。二階は被害者が倉庫にしていたようですね」
「家には鍵がかかっていました。窓ガラスも破られた形跡無し」
「遺書もあることだし、こりゃ自殺ですかね?」
「まだ断定はできませんが、僕も自殺の線が濃いと思います」
やはり気になる。机の上から二番目の棚だけ何も入っていない。
棚は全部鍵付きだが、どれも開いている。
「この棚って何が入っていたんです?」
「そこは開けた時から何も入っていなかったよ」
二番目だけ何も入っていないと。あとはどうするかな。被害者の銃痕でも調べておこう。
「最初に警備隊に知らせた人は?」
「中には入っていません。銃声が聞こえて、怖くなって知らせに来たと。完全に一般人ですね」
「難しいですね……僕には自殺の線が濃いように感じます」
「ならそちらの意見も聞こうか」
隊長とカムイがこっちを見ている。振り返ってみるが、俺の後ろには誰もいない。
「どうでしょうサカガミさん」
「…………俺!?」
「王子の関係者の方では?」
「いや関係者と言うか……」
いやいや現場のプロを遮って意見しろってか。
操作撹乱するだけだろうが。おいおいマジかよ。
そこでふと気がつく。そーっとカムイに聞いてみよう。
「これ解決しないと期末試験どうなる?」
「別に落第はしないと思いますよ。父はそこまで理不尽に他人に厳しくあたりませんから」
「学生の推理なんて当たる可能性ひっくいぞ?」
「構いませんよ。色々な意見を聞きたいだけです」
この事件を解決しないと落第ということはないようだ。
まあそりゃそうか。起きる事件の難易度もわからんだろうし、素人にそこまで要求はしないだろう。だが多少真面目にやる必要が出てきたな。
「ではサカガミさん、ご意見をどうぞ」
「ああもう……とりあえず他殺だよ」
しょうがねえなもう……やるしかねえか。
「別に僕の逆をいかないといけないわけでは……」
「逆張りがしたいわけじゃない。まず被害者だ。頭から流れている血からして、脳天に攻撃くらって死んだのは事実だろう。それ以外に外傷もない」
「その認識で間違いはないだろう」
「仮に自殺だとしよう。なんでここで死んだ? 正確には少し横にでっかい机と、座り心地の良さそうな椅子があるのに、なぜ床での死を選んだ? 血の飛び散り方も不自然だ」
これじゃあ立ったまま頭を撃ち抜いて、ふらりと壁に背を預けてずるずる座ったみたいだ。明らかにおかしい。
「それは……じゃあ遺書はどうするんです?」
「その遺書は机の上にあったんだろ? 書いたらそのまま椅子で死ねるだろう。それに、多分遺書じゃない」
「どういうことかね?」
ははーん。これ長くなるな。俺が説明とか苦手なのを知っているくせに、ギルメンは推理を聞く体勢に入っている。めんどい。
「取り返しのつかないことをする所だった。つまり未遂だ。別に死にますとも書いちゃいない。そして机の鍵だ。一番上と二番目の鍵が壊れている。無理やり引っ張って開けたんだ」
「犯人が壊したと?」
「ああ、殺したはいいが、鍵が見つからなかったんだろう」
二番目だけ何も入っていない。他の棚はびっしり詰まっているのにな。つまりここで目的のものを見つけたんだ。
「それは我々も気づいていた。つまり、この家に忍び込み、机から何かを盗んで消えた……財布も壁にかけてある絵画も無事だったぞ。どういう強盗だ」
「殺ったのは顔見知りだろう。盗みの素人だ。棚を下からじゃなく上から開けているし、ドアがどこも傷ついていない。ドアノブについている鍵穴もな。つまり強盗じゃない。知り合いを招き入れたんだ」
「知り合いか……被害者は金持ち。人脈も広いだろう」
「あまり心配はしていない。被害者の右手に痕が残っている。これは銃の形とぴったり合わないはずだ」
「確かに不自然な形だが」
隊長が被害者の右手を開き、銃の形と比べている。明らかに銃が当たらないところまで跡が残っていた。
「手の甲についている丸が五個。指の跡だとすると、握手だな」
「はあ? これから殺す相手と握手?」
「逃したくなかったんだろ。利き腕を使わせないようにして、自分は銃を撃った。額の真ん中からやや右に弾痕があり、脳みそを左奥に進んでいったはずだ。壁の血からしてもな。犯人はこいつと顔見知りで、左利きだと……助かるな」
この事件長くなる? 早く解決してくれ頼むから。
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