バトルが思いつきませんでした。ごめんなさい
バトルの前に、特に理由もなく思い出していた。
人間は嫌なことから逃避したり、後ろめたいことを隠して生きるもんだ。
俺のように完全無欠の逃避先を見つけるには、人類はまだ不器用なのかもな。
「ザジ・サカシタです。こういう仕事は始めてです」
あの日の俺のように。
「はいじゃあ雑貨屋スクリューの店長のムードンです。よろしくおねがいします」
「お願いします」
ちょっとした仕事で、ホームセンターっぽい場所でバイトもどきをすることになった日だった。
「先生の紹介で、今日だけ品出しとか手伝ってもらうから」
「お願いします」
店長に連れられ、冷蔵室と普通の倉庫を見に行く。
「えーではまずお昼時に足りなくなる食品ですね。冷蔵室に保存してあります。隣は常温保存の商品があります」
「なるほど。こっちのは酒樽ですか?」
「そう、お酒とか入ってるからこぼさないように近づかないでね」
「今日運ぶものではないと」
「まずはパンとか干し肉みたいな乾き物いこうか」
「わかりました」
手早く商品を並べつつ、店内の構造も把握していく。
それほど広くもないな。
「そろそろお客様が来る時間だね。いらっしゃいませー」
「いらっしゃいませ」
「おや、奇遇ですな」
完全にフウマの人々である。
忍び装束ということは、何か戦闘でもあるのかな。
「ご無沙汰しております」
「サカシタ君、忍者の方々とお知り合い? 忍者さんだよね?」
「ええまあ、ちょっとした知り合いです」
全員が頭を下げてくる。十人を超えているな。そんなに必要じゃないだろ。
「お久しぶりでございます」
「我々のことはお気になさらず。何かあれば控えておりますので」
「めっちゃ上司への対応だよね。さっきからこっち見てる忍者さんが何人もいるよね。控えてるよね」
「ご主人、どうかお気になさらず。拙者らは影。人知れず忍ぶ存在でござる」
コタロウさんも登場。今日も半透明でいい笑顔である。
「サカシタ君、これはどういうことかな?」
「いや違うんで。彼らは悪いやつじゃなくて、お抱えの…………いや知らない忍者なんで」
「お抱えって言ったよね? 抱えてんの? 君が抱えてんの?」
「抱えたくもねえのに、こいつらはいつもついてきちまう……人生ってのは、そうやって何かを抱えて生きていくことなんですかね?」
「知らねえよ!! 何かっこいいこと言ってごまかそうとしてんの!?」
やはり無理があったか。
まあ品出しはちゃんとやるので、そこは大目に見て欲しい。
「まあまあご主人。ここはひとつ、拙者の顔を立てて……」
「あとなんであんた半透明なの!?」
いまさらなツッコミが入る。初対面だとそこ気になるよね。
「実は知り合いです。それなりに」
「それなりじゃないよね? 完全にサカシタ君も忍者だよね? 忍者の家系だよね?」
いかんな。忍者だと誤解されている。本職の忍者さんに失礼だ。
ここはしっかり訂正しておこう。
「いや彼らは忍者ですけど、俺は違いますから。しいて言うならこう、スパイ的なやつですから」
「ただの店員だろうが! しかも新人だろお前!!」
「忍者よりスパイかなって。職業適性とか考えたんですけど」
「じゃあこの店向いてないよね!?」
俺に向いている職業なんてニートくらいだよマジで。
ニートして生きていきたいなあ……今のうちに金はためないとな。
「いいから仕事しようよ。忍者さんの接客は他の店員がやるから」
「わかりました。どこのライバル店にスパイしに行きますか?」
「どこにやる気出してんだお前は!! 完全にスパイのつもりか!!」
「来る前に別の店で、パンとコーヒー牛乳買っておきました。張り込みもできます」
「せめてうちで買おうか!?」
品出しのために持ってきた商品が尽きた。これはいかん。そろそろ客が増える。
「持ってきたストック切れたんで、また倉庫行きましょうか?」
「そうね、接客はこっちでやっておくから、引き続き品出しお願いね」
「わかりました」
「ではご主人、最近パン派になりかけているのでござるが……」
接客はコタロウさんと忍者のみなさまにお任せして、俺は倉庫へ戻るのであった。
「やってみると疲れるし面倒だねえ……このへんかな?」
ちまちまお仕事していく。
全力でやるほどのもんじゃないが、それなりにやっておくのだ。
「そろそろ時間ですね」
「そうだね。お客さんやたら忍者ばっかりだったんだけど」
「パンは売り切れましたし」
「そうね。そこはいいことだね。じゃあ次はどうするかな」
「ライバル店への偵察ですか?」
つばの広い帽子と、トレンチコートを持ってきた。
これでよりスパイっぽいだろう。
「しないよ。何そのコートと帽子は」
「スパイっぽいかなと」
「スパイ引きずりすぎだよね。怪しいから。スパイだとしても怪しいから失格だよ。じゃあ余ったやつ倉庫にしまって、軽く今日の業務日誌でも書いて」
「わかりました。スパイペンで書きます」
「普通に書いてくれる!?」
こんなこともあろうかと、既に準備はしておいた。
この先見の明こそが、スパイとして必要なスキルかもしれない。
「えー……つたないですが、業務日誌書いたんで聞いてください」
「はええよ!? 聞いてくださいってどういうこと!? 読んでくださいじゃなくて!?」
「えー、雑貨屋スクリュー報告書。ザジ・サカシタ」
さて、今日一日の成果を発表する時が来たな。
「業務日誌じゃねえのかよ!! っていうか音読!?」
「やはり黒」
「何がだあああぁぁ!!」
「倉庫の樽を二回回すと、地下倉庫へ行く隠し階段を発見」
「えっ、なんで……ちょ……」
「最近捕まった、学園に変な薬品持ち込もうこうとしたバカな連中が、とうとう保管場所を吐かなかった、やべー薬を大量に発見」
「いやあの……なんで君がそんな……サカシタ君? ちょっとその報告やめようサカシタ君」
露骨に慌てだす店長。さらに俺の報告は続く。
「やめろっつってんだろ! おいてめら出てこい!! このガキ締め上げんぞ!!」
「お呼びでござるかー?」
コタロウさんがボロ布みたいになった店員共を運んでくる。カートで。
「半透明なやつは呼んでねえんだよ!」
「いやいや、この四肢の関節外されて気絶してる連中でござろう? ちゃんとわかってるでござるよ」
「あ……ああそう……あの……」
「というわけで店長」
ゆっくりと店長へと歩み寄り、その肩に手を乗せる。
「いやちょっと待とうサカシタ君。話せばわかるって。それは一回飲んだら忘れられない、とーっても強いお薬で、もちろん君の分もあるから、飲んで忘れてくれると……」
「だから言ったでしょ店長」
魔力も充填完了。五百万ボルトの電流を流し込む。
「俺スパイだって」
「サカシタくううぅぅん!? あああああああああああ!!」
これにて違法薬物を扱う連中の確保完了。
俺のお仕事は見事に成功であった。
だが人間ってのは不思議だ。どうしても薬や娯楽に頼って、嫌なことを忘れ、見ないふりしなきゃ生きていけないやつもいる。
「妙なこと思い出しちまったな」
今の俺のようにな。
そして今、貸し切りになった闘技場の中央で、俺とももっちのバトルが始まろうとしていた。
「どんだけ現実逃避長いんじゃおぬし」
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