アジュ・サカガミとは何者なのか

 三日月さんがやってきて二日。どうやら敵は迂闊に攻めてくるのをやめたようで、砦の修復と兵士の回復に専念できた。こうして砦のテラスから真昼の雪景色を見に出られるくらいにはなったのだ。


「敵はどう仕掛けてくるかな?」


 横にいるホノリとアオイに聞いてみる。超人込みの戦いは、普通の戦争とは少し違う。専用の策が必要になる。


「正面からでは三日月さんに勝てません。暗殺か調略か、二面作戦でしょう」


「条件が厳しすぎるのよ」


「つまり?」


「三日月さんと同格の人間が少ないうえに、ほぼ身内なんです。フルムーン騎士団はシルフィさんのところへ行くでしょうし、積極的にこちらとは戦わない。三日月さんとアジュさんがいますからね」


 確かに仲間割れとかしない気がする。いやせっかくだし三日月さんと戦おうとか考えるやつはいるかもしれんけど、シルフィの護衛を優先するはず。


「となるとフウマだけど、どうせイロハに行くんでしょ?」


「そしてアジュさんがいるので襲ってきません。ダイナノイエは自力でやれという方針でしょうし、学園長と教師陣は監督役。世界有数の超人は、これで半分以上が消えます」


「三日月さんにぶつける相手がいないのか」


「もちろん倒して名を上げようという人はいます。けど今更そんな人に負けるレベルかというと……」


 ないだろうなあ。人のフリをした神とかなら別だが、そんなもんが介入してくる可能性は低い。まずヒメノ連中が警戒しているし、学園側が気づくだろ。

 したがって安全になる。ここで超人の直接対決は絶対に避けるはず。


「リリアは大丈夫なんだよね?」


「あいつはヒメノルートで超人が呼べる。最悪もっとやばい連中が来るし、リリア自体が普通の超人より強い」


「やっぱアジュチームずるいって」


「実際に見ていないので信じられませんが、問題ないのでしたらそれが一番です」


 あの三人は神殺しだからね。ちょっとやそっとで負けたりしない。俺はずーっとギルメン最弱のままである。


「前回みたいな真似はできないしな」


「あんなの規制されて当然だよ」


「ですよねえ……」


 エリア外から超人にビーム撃たせまくるのは、もちろん規制された。誰もエリアで戦わなくなるし、超人集めてビームの撃ち合いになるからね。

 こういう連中のせいで、必要ないルールって追加されていくんだよなあ。


「王都に襲撃かけてくる可能性は?」


「ありますが、こちらの超人も配置されています。どちらにせよ超人バトルになりますね」


「なら俺を仕留めるのが逆転の手段だよな」


「王様を倒して国を手に入れる。ありがちな革命ですね」


「まあアジュの事情を知らなければ、そういう作戦に出るよねえ」


 クッソ迷惑だからやめて欲しい。鎧は使いたくないのだ。最悪変装して超人枠に紛れ込もうかな。


「落ち着いていますよね。雪の六騎士のときもそうでしたが、怖くはないのですか? フランさんと襲われたのでしょう?」


「まあ確かにやばさは感じたよ。フランをどう逃がすか思いつかなくてな」


「そういう場合ってさ、アジュを置いていくのと、煙幕とかで隠すのどっちがいい?」


「マジでケースバイケース。ホノリが頼りだ。今はギルメンいないんだぞ?」


「そりゃいけないね。止める人間がいない」


 ホノリは戦闘もできるし、事情を知っている。ミリーは前線に立てるタイプじゃないので、実質ホノリしか頼れない。


「いやいや王様置いていっちゃダメじゃないですか」


「アオイのように常識的な意見は貴重だな」


「いやまったくだねえ」


 なんかすげえリラックスした時間が過ぎていく。こんなにのんびりするのは久しぶりだなあ。


「報告! 9ブロックの兵が8ブロック側に集まりだしています!」


「原因はわかるか?」


「6ブロックに負けて、兵の居住区画が減っているとのこと。それ以上は不明です。報告は以上です!」


「わかった。さがってくれ」


 まったく……せっかくのんびりした空気だったのになあ。

 しかし6ブロックのやつってどんなだっけ。俺は知らんぞ。


「6ブロック……誰だっけ?」


「悪い、私も知らない。四月にはいなかったはずだから、別の科から来た適正発覚者なんだと思う」


「各ブロックの国王については、情報収集をさせています。6ブロックの国主は女性。名前はイノ。戦闘も軍師もできるタイプ。貴族かつ超エリートですね。三千年続く連邦国家の代表者を出している一族とか」


「そりゃまた古風な……っていうかまた王族かよ」


 どうせ面倒事とセットなんだろうなあ……初対面なのにこっちを恨んでいたり、弱いと侮って攻めてきたり、邪魔くさい妨害とかされそう。俺に好印象を抱く女とかギルメンしか存在しないからね。しょうがないね。


「先が思いやられるな」


 頼むから、頼むから変な女じゃないやつ来てくれ。俺にはそう願うことしかできなかった。



 ――――クレア陣営――――


 理解と覚悟はしていたつもりだった。対策も練った。できることは全部やる。

 ただ相手が予想を超えて強かった。


「厳しいわね」


 書斎で報告書を読みながら、思わずそう呟く。実際に見てしまったこともあり、超人というものの驚異を理解した。


「あんなんどうしろってんだかなー」


 メルフィアがふてくされるのも無理はない。だからといってお菓子の食べ過ぎは太るわよ。


「フウマが来るのは予想していたけれど、想像以上に厄介ね」


 私はまず、どのブロックにどんな超人がいるのかを調べた。

 隣接しているブロックは、カグラさんとサカガミくん。イロハ・フウマがいるからには、カグラさん陣営にフウマが来るのは予想できる。だが上忍と呼ばれる存在の強さを正確に認識していなかった。


「超人ってやっぱやべーよなー……あたしじゃ勝てないぞ」


「人数がそれほど多くないのが救いかしらね」


 こちらの作戦が三割ほど漏れていた。イガの忍者を雇っていたけど、それでも完全には防げていない。もっとランクの高い忍者を雇うべきだろうか。完全に情報が漏れないなんて、どこの国でも無理だろう。ある程度妥協すべきかも。


「仕方がないわ。今回はお互いに超人戦闘を経験したいという名目の模擬戦。このまま本格的な戦闘はしないでおきましょう」


 わざわざ有効的に見せて、模擬戦の形にしたのは僥倖だった。本気で攻めていたら、おそらくかなりの消耗戦になっただろう。


「ああそうだ、他の連中調べさせてたんだけどさ、やっぱ見つかんないって」


「見つからない?」


「おう、うちの連中も無理だったってさ」


 メルフィアから詳しい報告を聞く。法に触れない範囲で勇者科のプロフィールを探っていた。

 結果は毎回同じもの。今年の四月以前のアジュ・サカガミの情報が存在しないのだ。達人を調査に向かわせても見つからない。


「どういうことかしらね」


「わっかんない。他のやつは出身とか、今まで何してたとかわかるのに、こいつだけなーんにも出てこないんだ」


 彼と話した者の数人は、とてつもない辺境から来たと言われたらしい。また最近は学園が故郷のようなもので、ギルドハウスが実家だとも言っているらしい。


「何か事情があるのかもしれないけれど、出身地まで不明なのは異常よ。目撃情報がないのもおかしいわ」


 黒髪黒目で雷属性なんて絶滅危惧種レベルのはず。普通の国であれば、同年代の子が一人くらい覚えていてもいい。話し方や成績からして、中等部の教育は受けているはず。


「友達が少ないから、知ってるやつも限られるっぽいね」


「けれど学園に入学できて、学園長と知り合いのようだったわ。つまり学園長が身元確認を済ませているはずよね?」


「うがー! わっかんねー! あいつなんなの?」


「弱点を探そうにも、本人の情報が少なすぎるわ」


 フウマが隠蔽しているのではと思ったけれど、どうも違うらしい。完全に知らないのだ。フウマと仲がよく、それなりに重要なポジション……というか護衛対象? の可能性があるみたいだけれど、そんなフウマですら正体を知らないみたい。


「つまりフウマが調べてもわかんないってことか?」


「もしくはフウマ上層部だけが知っているかよ。どのみちフウマと衝突しそうだから、普通に合法的に情報収集しましょ」


「それで見つかんないから困るんだよー!」


「一応の仮説はあるわよ」


「聞く!!」


 学園が家で故郷みたいなものという発言を考えるパターン。つまり学園内部で生まれた。これは珍しいことじゃない。膨大な敷地は国家レベルであり、そこで生まれ、育ち、就職し、結婚して子供をなす。そして子供が学園に、というパターンはかなり多い。ということをメルフィアに噛み砕いて話す。


「それならなんで知ってる人間がいないんだよ?」


「そこよね」


 学園にいたなら勇者適性くらい計測されていてもおかしくない。今年素質が目覚めたとしても、何か不自然だ。だからこそありえない妄想が浮かぶ。


「推理じゃなくて妄想で、けどそれなりに信憑性が出ちゃう説なんだけど」


 学園が秘密裏に作った人造人間。表沙汰にはできない存在だったという説。

 その出生に学園が深く関わり、人工的に生み出された実験生物なのかもしれない。それならば学園側のわずかな人間しか知らなくても説明はつくし、珍しい容姿は実験結果であると一応の理由はつく。


「学園が作ったか保護したかは不明だけど、色々とイレギュラーがすぎるわ。だからこんな説が勇者科の一部で出てるのよ。皇帝ザトー様からお呼びがかかる一般人なんておかしいでしょ」


「これマジ? あいつやべーな」


「うさんくさいから本気にしないでね」


「じゃあやっぱ地道に聞き込みするっきゃないだろ。手荒な手段は危ないじゃん」


 アジュ・サカガミの情報集めは依頼できる。別に違法じゃない。ただ彼と関わったクラスメイトや依頼人に、彼の態度や出身などを聞くだけ。ごく普通の日常会話だ。

 収穫は無いに等しいけれど、彼本人の秘密と大国は関係ないのかも。


「フルムーンとフウマの栄光とは関係のない、何かがあるのかもしれないわね。シルフィさんとイロハさんは四月になってから知り合ったらしいし」


「ってことは、四月から知り合ったお姫様二人口説き落としてんのか……あいつやっぱやべーよ」


「そんなにアジュ・サカガミのことが気になるのですか?」


 いつの間にか書斎に入って来ていた女がいる。長い金髪と青い瞳。白い犬耳と尻尾。6ブロックのトップ、イノだ。


「ごきげんよう。お悩みのようですね」


「イノさん? 断りもせずに部屋に入るなんて、6ブロックの女王様は乱暴ね」


「何度も声をかけました。それに今日来ると連絡しておいたでしょう。お客様を放置はよくありませんよ」


 凛とした佇まいだけど、どことなく怪しい気配がする女。私でも読み切れない何かを隠している。そんな雰囲気だから、あまり深く接したくはないのだけれど。


「国王様がずいぶんとふらふらしてるらしいね。自分の国は守れてんの?」


「ご心配なく。我が国は優秀な兵が揃っております。こうして各国と親交を深める余裕は十分にあります」


 あまり話したことがないけれど、絶対的な自信を感じる。本人に古武術の心得があるらしく、どうにも戦って倒せる気がしない。嫌な雰囲気の女ね。


「こうやって敵情視察をしているのでしょう。どこの国が暗殺しやすいか、判明したら教えてちょうだいな」


「私達の道は王道。常に清く正しくあれ。卑怯な真似はいたしません」


 笑顔で宣言する様は、なるほど連邦で生き抜けるだけある。貼り付けたような笑みの中に、自信と威厳を感じた。


「あっそ、けどそっちの敵って9ブロックじゃなきゃ、あのリリア・ルーンでしょ。あいつ成績トップのめちゃくちゃつえーやつじゃん。攻められたらやばくね?」


「リリア・ルーンは積極的に攻めて来ないでしょう。優秀ですし、きっとアジュ・サカガミのことが気になっているはずです」


「気が散ってるってことだろ? 攻めどきじゃね?」


「推しに迷惑はかけない主義ですので」


「ん?」


「どうかしましたか?」


 一瞬空気が変わった気がしたけど、気のせいかしら。


「でも気にならないのか? サカガミもルーンも同じギルドだろ。あいつ小細工好きらしいし、外道な作戦とか考えてそうじゃん」


「はー? アジュリリは王道ですけど?」


「あじゅりり?」


「こほん、小細工に堕したものを討ち取るなど容易いことです。むしろ正攻法で来るでしょう。彼女にはそれだけの実力があります。シンプルな強さとは、それだけで敵を畏怖させ、味方に誇りを生みます」


「なるほど、その方が厄介ね。制御ができればの話だけど」


 言いたいことはわかる。無駄にプライドが高くなれば危険だけれど、シンプルに強く、奇策にも強いなら、もう実力で上回るしかなくなる。そしてリリア・ルーンの才能は私でも影を踏むことすらできない。厄介な敵ね。


「8ブロックには行ってないの? そんな気になるなら直接行けばいいじゃん」


「ギルメンが揃っていないなら、四人と同じ空気を吸うことができませんので」


「それなんか意味があんの?」


「尊みが含まってエモいだけですが?」


「クレア、あたしよくわかんない」


「私に振らないでちょうだいな」


 何かの専門用語なのかしら。編入組のデータが不足している。知らない分野の専攻なのかもしれないし、少し調べてみるべきかしら。


「私もジョークジョーカーの箱推しも兼ねて、皆様について調べている途中です。よろしければお互いの解釈など相談出来ればと思いまして」


「あーいいんじゃない? そういやあいつ、国王として何やってんのか知らないな」


「8ブロックの女の子と仲がいいみたいだし、口説いて青春でも満喫しているのでしょう」


「アジュくんがギルメン以外といちゃつくとか解釈違いですけどー!!」


 なにこの子めんどくさい。結局相談は横道にそれ続け、何の有力な情報も得られなかった。

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