剣神メイド三日月さん
超人が現れて大ピンチだった俺達の前に、メイド服を来た三日月さんがやってきた。なんでこの人は会うたびに女装しているんだろう。
「久しいな、サカガミ殿。息災のようで何よりだ……にゃん」
明らかに無理して語尾を作っている。もう意味がわからない。敵の超人も混乱しているのか、ひとまず三日月さんの言い分を聞く体勢に入っていた。
「あの……なぜメイド服を? そもそもなぜここに?」
「うむ、話せば長くなるのだが……シルフィ様にはもう護衛がついている。オレまで行く必要がなくてな。そこでサカガミ殿に恩でも返そうとやってきたのだが……まったく超人募集がなかったのだ」
どうやらプリズムナイト撲滅の最中に、あらかじめ8ブロックに来ていたらしい。だが関係者でもないので、薬のことも作戦のことも知らず、ただ8ブロックに数日滞在したんだとか。
「そしてメイド募集のチラシを見つけたのだ」
確かにそれは8ブロックで募集したやつだよ。王都で募集した。
「オレは決意した。超人がいらないのなら、せめてメイドとして感謝を示すことができないかと」
「そっちいっちゃいましたか」
この人の思考回路はどうなっているのさ。それでメイド服着て俺を訪ねてきたのか。
「アジュくん、この人知り合いなの?」
「ああまあ……知っているっちゃあ知っているけども」
フランがさっきまでとは別の怯え方をしている。そら鍛え上げられた美形がメイド服着て戦場にいたらびびるわ。しかも多少女顔だから、ちょっとだけメイド服が似合うのよこの人。
「以前とても世話になってな。騎士道を重んじるものとして、ぜひ恩返しがしたいです。未経験ですがやる気はありますにゃん」
「その語尾何なんですか?」
「メイドとはこういうものだと聞く」
「本格的な使用人募集なんで、メイド喫茶的なやつじゃないんですよ」
誰だよ余計なこと吹き込んだの。これ多分本気だぞ。ギャグとかじゃない雰囲気だ。いやこの状況が質悪いギャグなんだけれども。
「騎士道……あの男、どこかで見覚えが……」
「やつも超人か。だがメイド服の変態に超人などできるとは思えんが」
敵がざわついています。そらざわつくわな。俺が敵だったら引くもん。
「くっ、不覚……オレとしたことが選択を誤ったか……ではもえもえじゃんけんを身につける必要もなかったのか!」
「あんた何やってんだ!?」
「ちなみに知り合いのメイドとは五勝九敗だ」
「負け越してんの!? 今すぐ忘れてください。いらないんで」
見たくない。絶対に見たくないので即座に忘れてもらった。二度と日の目を見ないように厳重に封印しよう。
「よくわからないが、助っ人の超人という解釈でいいのかな? ならば消えてもらうことになるが」
「むっ、これは失礼した。お客様がいらっしゃったとは。おかえりなさいませ旦那様! 何名様ですか!」
「メイド喫茶のシステムだろそれええぇぇ!!」
もうやだこの人。どうやって騎士団長になったんだよ。よくこれで国民的英雄やれているな。
「あの、そいつら敵側が雇った超人です。俺達殺されそうになっているんですよ」
「助けに来てくれたのではないのですか?」
「なんだ敵だったのか。ならばそう言ってくれればいいのに」
「いやわかるでしょ。この状況で敵じゃなかったら何なんですか」
「てっきりはしゃぎすぎたお客様かと」
「あんな暴力的な客がいてたまるか!」
もう殺伐とした雰囲気は死んだよ。三日月さんがいるんだからまあ、勝機はあるし、なんとかメイド服を見ないようにしようね。
「ふざけた男だ。戦場に来たことを後悔して死ぬがいい!!」
魔法使いの攻撃魔法が撃ち出される。あれは炎と光だろうか。妙な混ざり方をしているな。面白い。
「お客様、店内での攻撃魔法はご遠慮くださいにゃん」
持っていたお盆で魔法を打ち消した。
「…………んえ?」
「いや敵なんですって。倒してください」
「むっ、失礼した」
すこーんと音がして、魔法使いが倒れた。背後にはお盆を構えた三日月さんが立っていたので、きっとあれで殴り倒したんだろう。
「私でも動きが見えない? やはりこの男、見覚えがある……」
「どうだ、こんなところで剣など振り回さずに、オレとオムライスにケチャップで文字を書くところから修行しないか?」
「なめるなよ! もう勝ったつもりか!」
包帯男が壁を破壊し、上空へと魔法を撃つ。すると超人もどきが外からやってきた。今のが合図だったらしい。
「悪いが手段は選ばない。お前は色々な意味で危険だ」
「敵が増えたな。お任せしていいですか?」
「ではメイドらしくお迎えしようではないか。少々お待ちくださいご主人様」
「気持ち悪いのでやめてください」
「ではお客様に魔法をかけま~す!」
裏声をやめろ。気持ち悪いからやめろ。
「気色悪い野郎だ! ここで始末する!!」
「おいしくなーれ。萌え萌えキュン!!」
お盆から繰り出される圧で、敵が全員吹っ飛んだ。
「ぎゃああぁぁああぁ!!」
敵がもういろんな恐怖と痛みで叫んでのたうち回っている。
「い……いてえ……鍛え上げたこの体が、メイド野郎なんかに……」
うんまあメイド服着ている変態だけど、この人全人類で五本の指に入る超人なんだよね。ひどくない?
「お前やっぱり見たことあるぞ! メイド服とリボンで思考が停止したが、お前はフルムーンの剣神、三日月!?」
「ええええぇぇぇ!?」
敵とフランがざわざわし始めた。フルムーン以外でも有名人なんだなあ。
「オレは三日月などではない」
あっ、そこちゃんとごまかすんだ。
「メイドのミカちゃんだ」
「いや無理あるだろ!?」
うん、敵さんに同意します。
「嘘つくならもうちょいマシな嘘つけや!!」
「嘘ではない。ちゃんと正式にメイドとして雇ってもらうのだ。なあご主人様よ」
敵が信じられないものを見る目で俺を見てくる。
「マジで?」
「マジなわけあるかボケエ! いやもうほんとご主人様とか言うのやめてもらっていいですか」
「メイドたるもの、ご主人様には敬意をはらわなければいけないんだにゃん」
「クッソいらつくのでやめてください。あととりあえず敵の超人を倒してください」
「かしこまりました。ではどちらに運びましょう」
もう全員倒れていた。一箇所に全員寝かされている。特別外傷も見当たらず、眠ったように横たわっていた。
「こういうのをキュン死、いや尊死というのだったか」
「普通に死んだだけじゃないですかね? いや死んだわけじゃないですけども」
「萌えの道は険しいな」
「一刻も早く剣の道に戻ってください」
「何を言うか。道半ばで投げ出すなど、騎士の名が泣くぞ」
「大号泣ですよ。もう涙枯れ始めてますよ騎士」
とりあえず戦場は押し返し始めている。達人超人が激減したからだろう。
「他の敵超人がまだ戦場にいるかもしれません。俺達は砦の上に向かいますので、そちらの処理をお願いします」
「お掃除もメイドの仕事というわけか」
「メイドから離れましょう」
そして三日月さんの姿が消えた。
「あの人……味方なのよね?」
ずっと状況が把握できなかったのか、黙りっぱなしだったフランが聞いてくる。
「あー……まあ味方だよ。悪人でもない。三日月さんっていって……」
「本当に騎士団長の三日月さんなの?」
「知っているのか?」
「全国的に有名よ。その姿を見た人は少ないけれど、名前だけはどこでも通じるわ」
なるほど、他国にも武勇は通っている。だが三日月さんが出るということは、それこそ国の危機だ。前回のフルムーン動乱のような緊急事態にならなければ出会うことも少ないのか。
「あの様子だと、うちに来てくれるっぽいな」
「だと助かるけれど……やっぱりフルムーンが身内って強いわね」
「来てくれたのは嬉しいし、非常にありがたい。だが頼りきりは危険だぞ。掌握されることと同じだ」
「わかるけど難しくない? 第一騎士団長が来た時点で、もう敵はフルムーン領とみなすわよ?」
「こういう形で借り作るのはな……フルムーン派閥だと思われると……」
自由と権力は反発することも多い。ガン積みするとデッキが回らなくなる危険なカードだ。乱用は避けるべし。まず俺の権力じゃないし、自由に使えるわけでもないから、そこは注意だ。
「なに、案ずることはないぞご主人様よ。これはフルムーンの大戦における借りを返す行為。そちらが気に病むことはありません」
三日月さんはすぐに戻ってきた。槍使いと戦っていた、牛の超人も倒したらしい。
「フルムーンの大戦?」
「おっと、メイドの戯言でございます。忘れてくだされ」
「よし、勝利を告げろ。兵を戻して休ませる」
決着はあまりにもあっさりとついた。超人が瞬殺され、剣神三日月がいると噂になれば、攻めようとは思えない。9ブロックもそこまでアホではないらしく、撤退してくれた。
超人がいても勝利したことで、こっち陣営は活気と歓声に包まれる。
「ちなみにシルフィのところはいいんですか?」
「姫様にはイーサンとリクとフィオナが行った。あの三人をどうにかできるものはおるまい。順次手が空いたものが遊びに……助っ人に来る予定です」
「さてはレジャー気分ですね」
「姫は皆に愛されている。これも人徳でしょう。流石はシルフィ様」
シルフィが愛されることは納得している。あいつは人から好かれる要素ばっかり集めた擬人化みたいなやつだからね。心配なさそうだし、こっちはこっちで頑張るとするか。
「今のうちに作戦を練る。回復したら会議室へ。三日月さんは普通の服を着てください。超人として雇います」
「かしこまりました。以後よろしくお頼み申し上げまする」
砦の修復と兵の隊列の組み直し。超人の状態と扱いなど、議題は多い。
まず9ブロックが数日攻めてこないことが前提なのだ。
「えーというわけで、駆けつけてくれた超人の三日月さんです」
「フルムーン第一騎士団長、三日月と申します」
「おぉ……すげえ……本物始めて見たぜ……」
「あの方が三日月様……」
うちのメンバーがざわざわしている。していないのはメイド服を見たフランと、フルムーン出身のホノリくらいだ。やはり超絶有名人なんだなあ。
「英雄とともに戦えて光栄です。一度お会いしたいと思っていました」
超人からも慕われているようだ。軋轢みたいなものがあったら面倒だなあと思っていたので、これは素直にありがたい。
「今のオレは騎士団長ではなく、8ブロックの騎士だ。そう固くならずとも、しばしの同僚として接して欲しい」
「なんと寛大な……これが絶対強者の貫禄!」
なるほど女装さえしなければ、わりかしまともな対応なのか。女装も趣味じゃなく、毎回必要があってやっていたっぽいし、俺の杞憂だったかな。
「では9ブロック対策会議を始めます」
会議は驚くほどすんなり進んだ。これから大変かもしれないけれど、少し希望が見えてきたぜ。
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