フリストからの依頼

 温泉に行った翌日。

 魔法科は午前で終わった。よって大図書館で読書タイム。

 最近は魔法関係と、アイテムについて調べている。


「はぁ…………」


 軽く伸びをして周囲を見る。人はいない。

 食後に来たからな。次の授業がある人が多いのだろう。

 ゆっくりソファーで本が読める。


「ふあぁ……」


 あくび爆発。ちょっと眠い。このまま寝ることだけは避けよう。

 今ちょうど魔法の応用と、回復や第二属性についての部分だ。

 魔法だけはきっちり使えるようになりたい。


「失礼しやす」


「ん?」


 フリストだ。今日は制服だな。


「フリストか」


「はい。お久しぶりでございやす。読書中でしたか?」


「いやいい。ちょうど休もうかと思ってな」


「旦那は勉強熱心でございやすな」


「そうでもないさ」


 向かいのソファーに腰掛けて、なにやら俺を褒め始める。

 この時点で嫌な予感はしています。ええしていますとも。


「今日は折り入ってお願いがございやす」


「…………聞くだけ聞く」


「間が空きやしたな」


「知らない女の依頼だったら気が進まないけど、フリストならまあ……」


 どうせろくな事にはならない。あんまり女と関わりたくもない。

 だがフリストには世話になっている。数少ない知り合いで、静かで、協力者だ。


「ちょっとくらいは聞く気になるさ」


「優しいお方ですな」


「むしろ冷たいからこういう反応なんだろ」


 どこかずれた会話だ。だが嫌いじゃないよ。

 お願いが無茶じゃなければ聞いてやりたくなるくらいにはな。


「あっしを一人前の女にしてください」


 俺の思考が一瞬だけ凍りついた。

 やっぱろくでもないじゃねえか。だがこの程度でうろたえる俺じゃない。


「一応聞く。どういう意味でだ」


「無論、健全な意味でございやす」


 だろうな。俺が恥ずかしい勘違いで先走るなどありえん。

 普通なら恥を晒すところだが、俺の心の保険は強固である。

 わかっててその言い回しかこの野郎。


「少々語弊がございやしたな」


「少々で済んでんのか?」


「おそらく、旦那は聡明なお方でございやすから」


「褒めんでいいから本題に入ってくれ」


「では……あっしの特技といいますか、特性の話でございやす」


 ようやく本題だよ。無駄に神経すり減らされたぞ。


「あっしはある程度相手の武術や魔法を見ただけでコピーできやして。本からでもそこそこの習得率を誇りやす」


「そら凄いな」


 便利なんてレベルじゃないだろう。そんなんずるい。

 鎧持ちの俺が言えた義理じゃないけれど。


「そこでシルフィさんイロハさんを含め、知人にクエストとして指導と手合わせを願っておりやして」


「俺の番ってことか」


「はい。あっしがヴァルキリーであることを知り、学園にいて、協力いただけるお人を探しておりやした」


 かなり限定的だな。それこそ十人いるかいないかのレベルだろう。


「旦那の鎧には、あっしの知らない武術の知識もあるはずです」


「なるほど。言いたいことはわかる」


「旦那が鎧で目立つのを嫌っておられることも承知でお願いしておりやす」


「そこまでする理由は何だ?」


 フリストもかなり強い。素の俺ではまず勝てないだろう。

 神の、それもよりによってヒメノのような上級神の加護を持つヴァルキリーだからな。


「あっしもそこそこ腕に覚えがありやす。ですが、それは神々の戦いから除外されての話。シルフィさんが勝てたという、サイクロプスに勝つこともまず不可能。そして人間の達人も多く存在しやす」


「そこまでして強くなりたいもんか?」


「はい。あっしは任務もそうですし、いざという時に足手まといではなく、仲間として、やた子やヒメノ様の隣にいたいのでございやすよ」


「真面目でいい子だねえ……」


 俺にはない発想と生真面目さだ。いい子だよ。

 ちょっと協力する気になってきた。


「鎧って秘密が多いだろ? そういう使い方していいのか……せめてリリアかヒメノに許可貰ってこい。俺の一存では計りかねる」


「ちゃーんと許可を出しましたわ」


 まったく気配を感じなかった。いつの間にか横にヒメノがいる。


「出やがったな」


「はい。アジュ様のために、ここに顕現いたしましたわ」


「……フリストの依頼に同行する気か?」


「やはり成長を見守らなくてはいけませんわね」


 余計なことばかりしそう。こいつが一番不安要素だ。


「リリアに魔法でも教えてもらっちゃどうだ?」


「それは別件でお願いしてありますわ」


「…………意外だな」


「フリストちゃんの気持ちもわかりますもの。自分だけ置いていかれているような気持ちなのですわ。本当はがんばりやさんで、きっちり役に立っていますのに」


 なまじ周囲が超人ばかりなのが原因か。

 金メダリストばかりの場所では、銀メダルは居心地が悪いと。

 なんとも贅沢だねえ。メダルありゃ自慢していいだろうに。


「旦那は不安になったりしないのですか? 自分の成長が、周囲と比べてどうなのか。置いていかれるかどうか」


「置いていってくれたら、一人で好き勝手に行動できるしな」


「なるほど、旦那はどこまでも自由でございやすな」


「アジュ様は独特な感性の方ですもの」


 褒められている気がしないのは、きっと褒めていないからだね。

 まあ別にいいや。依頼もない。暇だしやってみようか。


「ヒメノが邪魔さえしなければいい」


「恩に着やす。このご恩はいつかきっと」


 笑顔になり、深々と頭を下げてくる。

 こいつも色々考え込んでしまうのだろう。

 ちょっとだけ鎧を使おう。


「単位と報酬出るんだから、それでいいだろ」


「アジュ様は懐の広いお方ですわね」


「無理矢理褒めると寒いからやめろ。今から行くのか?」


「はい。場所は手配済みでございやすぜ」


 予定もないし、行ってみることにした。

 そしてやってきたのは卑弥呼さんに試練を受けた場所。

 リリアと一緒に戦った、桜の花びらが舞う広場だ。


「ヒメノに家に寄ると聞いて、正直不安全開だったが」


「今回はしっかり監督してみせますわ!」


「ラー様と卑弥呼様に許可はいただいておりやす」


 なるほど、これほど適した場所もないだろう。

 全員関係者で、誰かに見られる心配もない。


「よし、始めるか」


『ヒーロー!』


 鍵をさして、いつもの派手な鎧へと変身。

 フリストも動きやすそうな和服へと着替えている。

 これが戦闘服なのかも。


「まずそっちの実力とスタイルを見る。その後基礎をやる。みっちりと」


「基礎だけですの?」


「生半可にやるのもなあ……よく武術かじってたとか、粋がったアホが言うだろ?」


「チンピラが言いやすな」


「かじってたってのはな、根性なしか、飽きてやめちまったみっともないやつってことだ。正直素人の武器に勝てるかも微妙だろ」


 そんな中途半端な技術は技術ではない。

 素人が複数でナイフ持ったら勝てないだろう。

 だから俺も変に武術を意識せず、小細工と魔法で戦っている。


「慣れないことはスタイルを崩すってこと。フリストの習得できる特性と要相談さ」


「なるほど。納得しやした。旦那はそこまであっしのことを……」


「そういうのやめろ。どう反応していいかわからん」


「さすがアジュ様ですわ!」


「ヒメノうるさい。準備はいいな? 来い」


 まずは剣術を見る。今どこまで戦えるか調査してみようじゃないか。


「ヴァルキリーフリスト。いざ尋常に、勝負!!」


 二刀を構えたフリストが、俺の背後に現れる。

 よどみなく、すべての動作が最小限かつ最大効率で構成されている。


「俺の指導いらんだろこれ」


 刀を右手でつまみ、フリストごと上空に投げてみる。


「いいえ、圧倒的強者との戦闘経験は必要ですわ」


「そのとおりでございやす」


 空中で縦に一回転し、魔力を込めた斬撃が飛んでくる。

 軽くはたき落として、さらに上空へ。


「上をとってみるか。空中戦できるか?」


「飛行可能でございやす」


 俺が上から攻撃し続けるも、超手加減しているからか、なんとか避けている。

 ちょっと隙を作ってやると、そこへ斬撃を入れようと動いてきた。


「まだまだ!!」


「少し早く動くぞ。気をつけろよ」


 フリストが紙一重でかわせる限界も理解し始めた。

 全行動が音速の二百倍近い速度のまま、更に上がり続けている。

 やっぱりこいつもおかしいな。


「後ろから蹴るぞ」


 光速移動して回し蹴り。

 予告したからか、刃で受けて地上へ落ちていく。


「うぐぐ……はっ!」


 姿勢を制御して無事着地。身軽だな。

 なのに怪力だし、ヴァルキリーはわからんもんだ。


「休憩入れるか?」


「いいえ、このままお願いいたしやす」


 やる気がある子だわあ。それに応えてあげるとしましょうか。

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