温泉はくつろぐためにある

 二人して温泉施設をサンダルで歩く。

 どうやって温度管理しているのか見当もつかんが、熱くも寒くもない。

 少なくとも風邪をひくことはなさそうだ。


「温泉って言うから熱いもんだと思ったけれど」


「ほどほど遊べる温度じゃろ」


 あったかい。それはもうのぼせない程度にあったかい。

 長時間遊べる工夫なんだろうか。

 そんな場所でも俺達は変わらない。


「あー……いい気持ちだわこれ」


「疲れが取れるじゃろ」


 これまた仕組みがわからんが、泡で肩こりとかをほぐす風呂があったので入る。

 絶妙な刺激でリラックスできて素晴らしい。

 俺達にド派手な遊びは似合わないことが証明されたな。


「飲み物も美味い」


「フルーツジュースは健康にもよいし、ここのオリジナルブレンドは人気が高いのじゃ」


 冷えたジュースをちびちび飲みながら、だらーっとする。

 うむ、いいね。こういう日常って素敵よねえ。


「後味すっきりで素晴らしいぞ」


「最近疲れ気味の体にはよいじゃろう」


 もしかして、そこまで考慮してこの場所につれてきたのか。

 ありがたいことだ。いったいどこまで計算なんだろうな。


「家の風呂もでかいけど、こういう設備ないからな」


「作るにはお金がかかるのじゃ。しかもおぬしが外出しなくなる」


「出かける理由は無理にでも探さないとな」


「うむ。基本じゃな」


 出無精ですからね。なんとか理由つけて外に出ないといけないのさ。


「今度みんなで来るのじゃ」


「リラックスできないなきっと」


 そりゃあ騒がしいことになるだろう。

 こうやってくつろぐのとは正反対だな。


「静かに寄り添うという楽しみ方もあるのじゃよ」


 リリアは俺の横でだらーっとしている。これも寄りそうに近いのだろうか。

 だとしたら、俺は随分と慣れてきているな。


「慣れるまで何度でも美少女と温泉に入るのじゃ」


「なんだその斬新な苦行は」


「そこで精神が麻痺してしまえば、普段から一緒にお風呂に入れるじゃろ」


「入らないっての」


 節度というものは大切だ。

 共同生活において、そこは確保しておきたい保険でもある。


「精神が肉体を凌駕し、混浴を求めるわけじゃ」


「それ楽しいか?」


「そうなったおぬしを見るのは楽しいかもしれぬ」


「俺が楽しくないから却下だ」


 男というものは、ある程度欲情しないとまずいのだろうか。

 知り合いはそういうことから遠い気がする。


「あんまりこう、理解できん。混浴とかしたいか?」


「そらそうじゃろ。ちょっとくらい生活に潤いをもたせるのじゃ」


「わからん……こうしているのは嫌いじゃない」


「前はそれすらも嫌がったじゃろ。攻略が一つ上の段階へと登ったわけじゃな」


「……たまーに恐ろしくなるな」


 いつからだろうな。受け入れて、それを自然だと思い始めたのは。


「現状維持って素敵だとは思いませんかいリリアさんや」


「なら普段からその姿でいればよい」


「ただの変態だな。そこは維持せんでいい」


「家の中でのみというのはどうじゃ?」


「一部に欲情してきそうなやつがいますね」


 間違いなく間違いが起こる。俺の貞操がやばい。

 最近おとなしくしているあいつらに、余計な刺激を与えてはいけないのだ。


「つまり自分の水着姿は、美少女に需要があると思っとるわけじゃな?」


「…………俺はいつからそんなナルシスト野郎に……」


 今の発言は確かに問題だ。どうせイロハあたりが欲情して襲ってきそうと思った。

 いかんぞ。イケメン野郎にしか許されない思考回路になっている。

 戒めよう。愚かな自分を。


「にゅっふっふ、悩むがよい悩むがよい」


 おのれ悪い顔しおって。扇子でほっぺたをつんつんするんじゃない。

 苦し紛れに別の温泉へと移動だ。適当に体を拭いて歩く。


「あんまりよくない傾向だな。好意を当然だと思っている」


「他人の好意に気付き、受け入れておるだけじゃ」


「違いがわからん」


 飯食える足湯のある場所を発見。

 ガラスのようなテーブルの下をお湯が流れている。

 なぜこっちに足湯とかあるのか知らんが、小腹もすいたし何か食おう。


「お湯で手を洗ったりは禁止じゃぞ」


「それくらい想像つくわい」


 木製の椅子が背もたれあって座り心地がよい。

 周りの客も程よく離れているから、可愛内容も漏れないだろう。

 いい塩梅に設計されているな。


「チキンとポテト盛合せで」


「チーズと季節の野菜ピザお願いするのじゃ」


 ついでに飲み物も注文して、完全なる暇な時間に突入。

 向かいに座るリリアは、それでも楽しそうだ。


「色気も素っ気もないもん頼みおって」


「いいんだよ。食いたいもん食うの」


「じゃからわしが野菜頼んだんじゃろ」


「うーむ……野菜か」


 なんとなく腹が減っていて、肉食いたかった。

 血行が良くなって、代謝とかどうのこうのがあるんじゃない。知らんけど。


「チーズかかっとれば何でも食べられるじゃろ?」


「好きだけど、そこまで万能か?」


「チーズさんを信じるのじゃ」


「期待が高まるぜ」


 学園の料理は美味いからな。

 美味いものだけ食べていると、それはそれで将来大変そうだ。

 それを回避するためにも、自炊は続けないとな。


「よし、では肌寒いので横に座るのじゃ」


 こちらが無駄な思考を巡らせていると、素早く横に来やがった。


「目で追えないスピード出しやがって」


「それほど速く動いたわけではない。人間には死角というものがあり、それを利用して、最小限の動きで横に座るのじゃ」


「なぜ技術を無駄なことに使うんだよ」


「無駄ではない。わしの技術はこのためにあるのじゃよ」


 無い胸張りおってこやつめ。料理が来たから、食いながら聞こう。


「わしの力はおぬしの横にいるために、その知識と頭脳はおぬしを案内するためにある。他の人間も国もどうでもよい。ただアジュとともに世界を遊び尽くす。わしはそれだけが望みじゃ」


 しれっと俺の口にチキンを入れてくる。

 フライドチキンに近いな。皮がぱりっとしていて実にいい。

 ポテトは意外にも、じゃがバターっぽいものが出た。


「助かってるよ」


「感謝の気持ちは大事じゃぞ」


「してるしてる。間違いなく」


 バターをチキンにつけて食ってみる。

 結構油っこいな。分けて食うか。

 野菜っぽくて酸っぱいソースにつけると美味い。


「ピザも食べるのじゃ」


「はいよ」


 あーんの流れだ。まあ食わせてもらおうか。人も少ないし。


「野菜の味強いな」


「チーズさんとソースさんでも隠せない。いや、野菜の味が出ることが狙いじゃな」


 別にまずいと言っているわけじゃない。これはこれでいけるよ。

 俺だったら頼まないけれど、美味しいものなんて山ほどある。

 おそらくそれも意識して頼んでくれているのだろう。


「お前も食っとけ」


 骨付きチキンを食わせてやる。

 肉とピザは合うのだ。世界の真理である。


「こういうことができるようになったのじゃな。成長しておるのう」


「誰かさんのおかげでな」


 たまには感謝を表に出してやろう。

 超貴重なんだぞ。俺がこういう事するの。


「食ったらどうする?」


「まだ行っていない場所とかあるじゃろ」


「じゃあそれにするかな」


 お茶で喉を潤し、口の中の余分な油を落とす。

 まったりした空間は非常に好みだ。


「お肌によい温泉もあるのじゃ」


「傷や肩こりとかにいいやつも頼む」


「ではそっちも見るとしてじゃな」


 ちんたら飯食って、予定を決めて。

 そんなゆっくりと流れる時間は、最近取れていなかったもの。

 今日はこれに浸ろう。


「んじゃそんな感じでいくか」


 ちょうど食い終わって、食休み終わり。

 ピザが大きめだったのもあり、満腹である。


「では次の温泉目指して出発じゃ」


「途中で眠くなったらすまん」


「宿泊施設もあるのじゃよ」


「ギルメンがめっちゃ騒ぎそうだから却下」


 これで泊まりとかもうどれだけ面倒事になるかわからん。

 ちゃんと帰ることを前提に、なるべく寝ないように楽しんだ。

 やはり騒がしくない施設はいいね。これもリリアのおかげだろう。

 今週くらいはやる気が持続しそうだな、と思いました。

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