第201話 スクルドとヴェルダンディ

 侵入者からなんとか情報を聞き出そうと忍び寄っている途中。

 やつらはしばらく歩き、また同じ場所へ戻ってくる。

 それを三回ほど繰り返す。


「これは結界なのか?」


「ええ、相当の上級神が作ったものですね。奥の手を使いますか。来なさい、ヴェルダンディ」


 また増援か。召喚魔法陣と変な装置を混ぜた何か。

 そこから現れる女。あれがヴェルダンディだろう。

 ほぼ白髪に、ちょっとだけうすーく紫が入っている気がする。

 まあいいや。女の外見なんてどうでもいい。


「この道を安全に抜けるため、必然を紡ぎなさい」


「はい、スクルド様」


 抑揚のない淡々とした声だ。機械に近い。常に十センチくらい浮いている。


「自分の姉を道具にするとは……あまり褒められたものではないな」


「あの方は姉より、わらわを選んだのです」


「こちらです」


 ヴェルダンディが指示す先に、光る線が引かれている。


「どうやった?」


「必然を高めるのです。進むべき道、正しい道を、目的地までの必然をたぐり寄せるのです」


「意味がわからんが、まあいい。先に進めばいいんだな?」


「ええ、離れないでついてきてくださいね」


 まずいな。ルートがばれたか。ちょっと相談しよう。


「ルートばれたぞ。なんか適当な幻影出して止めるか?」


『目的は九尾とヴァルキリーを引き入れることだな?』


「そう言っていた」


『ならば九尾が倒されたと言えばいいのです』


 召喚機のむこうで全員が会議しているのだろう。

 適切な方法がわからんのでありがたい。


「ここがラーさんの居場所だと知っているものは?」


『複数いる。そもそも隠していない』


 ヒメノの家につながっているのも、卑弥呼さんと一番仲の良いヒメノに護衛をさせるためだとか。

 当時の仲間の神には、九尾が倒れたことを知る存在がいるらしい。


『だが決して多くはない。混乱を招くからな。知らないのも無理はない』


「とりあえずラーさんの家だと伝えるかな」


『それでいこう。作戦はこうだ……」


 そんなわけで説明された手順でいこう。


『ミラージュ』


 偽物のハヤブサを作り出し、あいつらの目の前に飛ばす。


「待たれよ」


「何者だ!」


「我は太陽神ラーの下僕、ルー。名があるのならば名乗れ」


 はい、名前適当です。別に今回限りだし。

 声も俺がちょっと変えてやっている、使い捨てキャラだからね。


「女神兼ヴァルキリースクルド。こちらは姉のヴェルダンディ」


「ヴァルキリーヘルヴォル」


「下僕がいるなど初耳ですが」


「この先はラー様の住居。用もないのに立ち入ることは許されない」


「この先には九尾を封印していると聞きました」


「九尾は討伐された。頑丈な世界を作り、神々によって討伐されたのだ」


 まあこのくらい嘘ぶっこんでも許されるだろ。


「それはおめでとうございます。ではなぜラー様はここに?」


「九尾は討伐されたが、封印のための施設は住み心地が良い。誰も使わない施設だ。住居として使用している」


「ここからヴァルキリーの反応がありますが?」


「少し前に、知り合いの神から指導してくれと頼まれたのだ」


 ここまでラーさんと卑弥呼さんの言う通りにアフレコしている。

 ハヤブサの口に合わせて声を出すのが難しい。


「そうですか。同じヴァルキリーとして、一度会ってみたいものですね」


「ラー様は誰とも面会するつもりはない。立ち去れ」


 ここで引き下がってくれたら楽なんだけどな。

 どうにもしぶとい連中だ。


「では最後にもう一つ。九尾異変に関わっていた、人間の一族がいるはずです」


「異変は神と人間の協力で解決した。当然のことだ」


「封印のために犠牲になったものがいるらしいではありませんか」


「もうただの人間だ。九尾が消えたのだからな」


 こいつらの意図が見えない。九尾とヴァルキリーの捕獲じゃないのか。


「スクルド。なぜそんなことを気にする?」


「神に信頼され、封印に関係している人間……あの方のお側に相応しいやもと。それだけです」


「我らだけでいい。これ以上増やして何になる」


 あの方ってのが誰なのか、探ってみるか。


「そちらに命令を出しているものは誰だ?」


「お教えできません。これでも密命でして」


「ならば通すわけにはいかん。立ち去れ。名をあかせぬならば、せめてその者の目的を話せ」


「ヴァルキリーに会うことです。我々は数が減っているのです。それも、ここ数ヶ月で劇的に」


「同胞に会うだけです」


 さてどうするか。アルヴィトだとバレるわけにもいくまい。

 数が減っているが、減らしている原因は知らないっぽいな。

 うまくごまかして帰ってもらいたい。


「アルヴィト。同胞の反応って本当にわかるのか?」


『専用の能力になるわ。あたしみたいに上位の子なら、漠然とわかるはず。あたしがこう……ヴァルキリーの位置を探ると…………しまったっ!?』


「どうした?」


『もうひとりいる! 潜入の魔法を使って、こっちに正確に向かってきているわ! スクルドは二人いた!!』


「なんだと!?」


 手の込んだことしやがって。始めっから時間稼ぎと情報収集が目的か。


「侵入者がいるようだな。スクルド」


「あら、見つかってしまいましたか。これは失礼を」


 動じないなこいつ。まだ奥の手でもあるのか。


「手ぶらで来てそのまま帰るのも失礼ですね。お土産など、いかがですか?」


 スクルドが取り出したものは、魔界で見た薬品を注射する銃みたいなもの。

 それをゆっくりと自分の首筋にあてる。


「待て! やめろ!」


「ふふっ、なぜ慌てているのです? これが何かご存知で?」


「なにをしているスクルド。逃げるのか? おもちゃで遊んでいる場合ではあるまい」


「あなたには知らせていませんでしたね。ヘルヴォルすら知らない。なのにこれを知っている。そちらに魔界の関係者でも……いらっしゃるのかしら?」


 察してしまったようだね。面倒だが殺すしかないか。もともと敵だし。


『こっちにスクルドが向かっているわ。おそらく、情報を繋げるつもりね』


『こちらは私が倒しておこう。これでも太陽神だ。そちらも……スクルドは始末していい。力の劣るヘルヴォルを捕獲して欲しい』


「了解」


「ヘルヴォル。作戦失敗です。逃げなさい」


 スクルドが引き金を引く。


『トウテツ』


 そして、薬品が注入される前に、真空波で注射器を切断。

 緑色の液体は、スクルドの顔にかかる。


「あら?」


『ソード』


 光速を超えて移動。スクルドの全身をバラバラにし、内部の魔力も遮断。

 魔力波で跡形もなく消す。完全消滅完了。


「トウテツて知っているか?」


『トウコツと同じタイプの邪神よ。危なかったわね』


 あれと同系統の化け物がいるのか。できれば戦闘はご遠慮願いたい。

 あんなんと戦えば、この綺麗な景色が消える。


「何だ貴様!?」


「気にするな」


 腹パンかまして黙らせようとした瞬間、ヴェルダンディから光の刃が飛ぶ。


「よくスクルドを倒してくれた。少しあの方に好かれているからと言って調子に乗りおって。実に清々しい気持ちよ。私を傀儡にしようだなんて……浅はかな妹」


「なんだ。まともに会話できるのか」


「黒の騎士よ。そちがラーの従者か? あの偽物の鳥は消せ。不快よ」


 なんだよ黒の騎士って。俺にこっ恥ずかしい名前つけんなよ。

 黒い忍び装束で、敵には軽鎧に見えているのだろう。

 いやそれでも恥ずかしいからやめれ。


「はいはい。バレてんのね。自信あったんだけどな」


「口の動きと声が合っておらなんだ。未熟よな。魔力も雑よ」


 俺のアフレコは素人レベルだ。声優さんって凄いのね。


「ヴェルダンディ。どうするのだ?」


「そうねえ、手ぶらではあの人に嫌われる。ここに何があるのか話してから、死ぬがよいぞ」


「そっちこそ、何がしたいのか話せ。事情によっちゃあ殺さずにおいてやってもいい」


「神の力を感じない。人間であろう? 痛い思いをしたいわけではなかろう」


「痛い思いってのは、こういうことかい?」


 手刀で右腕を切り落としてやる。

 血も臓器のないタイプか。こりゃ痛みもないかな。


「ほう、やるものよな。だが残念。今の私は首をはねられなければ死ななかった」


「こうかい?」


 リクエストにお答えして跳ね飛ばしてやる。

 微妙だな。手応えはあるけれど死んでいない。

 すぐに体が再生している。


「今の、と言った。今度の私は別よ」


「そうかい。だがその体はもう、首をはねなくても死ぬぜ」


「ふむ。愉快よの」


 首をはねなければ死なないという能力を殺した。

 特殊能力持ちはこれでいける。


「ヘルヴォル。なにをしておる。ただ立っているだけか」


「人間ごときに手間取るとは思いませなんだ」


「む……確かに。よかろう、協力するとしようか」


 どうやら組んでくるらしい。さっさと倒してしまおうか。

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