第200話 第二の試練 いちゃいちゃしてください

 茶室みたいな場所で、いちゃいちゃしてくださいとの試練が出た。


「この試練ははやくも終了ですね」


「なぜ諦めるんじゃ。やってみればよいじゃろ」


「まずなにをすればいいか、さっぱりわからん。そして卑弥呼さんが見ている」


 もうこれ何重苦なんだよ。ひたすらきついぞ。


「お布団敷きましょうか?」


「やめてください」


「まあ何もない場所でいちゃいちゃするのは、ちと厳しいものがあるのう」


「実際相当なセンスが問われるだろ」


 なにやっても滑るだろうし、凄く照れるわけで。

 ここでためらわずに実行に移せる人間は、人としてのリミッターが外れている。


「まずリリアとキスしてみませんか?」


「なんだその提案!? まずのハードルがたっけえ!?」


「そういえば一回しただけじゃな」


「その一回がどれほど貴重で勇気のいることかわかるか?」


「完全にわしからしたじゃろ」


 痛いところを突かれたな。俺はただ受け入れただけ。自分からしたわけじゃない。


「俺からしたらそれはもう一大事だよ」


「なら今度は自分からしてみるのじゃ」


「人前ですることかよ。ああもう……ほれ」


 あぐらをかいて、自分の膝をぽんぽん叩く。

 意思の疎通は成功したらしく、リリアがすっぽり収まる。

 これなら顔を見なくていいから変に意識もしない。


「これができるだけで凄いんだぞ。俺が女に接触を許すなど、本来天地がひっくり返ってもありえん」


「わしが背中を預けるじゃろ。そうしたら手を前に出すのじゃ」


「こうか?」


 前ならえの状態になる。なんじゃこりゃ。


「で、そのままこうやると抱きしめる体勢になるのじゃ」


 俺の両腕をつかみ、自分を抱かせるリリア。

 なるほど。そういう体勢だな。


「勉強になったよ。じゃあこれで……」


「そこからどうするかじゃ」


「続くのか……これどう発展させるんだ? 真面目に難しいぞ」


「そこでこれです。抹茶チョコバー!」


 卑弥呼さんから欲しくもないアシストが入る。

 なんて的確なオウンゴールなんだ。

 細いチョコの塗られた緑のお菓子。あーあ出ちゃったかそれ。

 ないと思って安心していたのに。


「この体勢でやるのは無理でしょう」


「今あるものに別れを告げ、新たなる地平へ漕ぎ出すのです」


「なんか壮大ですね」


「にゅっふっふ、そういうときにこそ折衷案じゃよ」


「どうすんだよ?」


 リリアがくるっと半回転し、俺を抱きしめる。

 というかお互いに抱きしめ合う形になる。


「しくじったぜ」


「なんじゃいもう」


「すかさずセットアーップ」


 卑弥呼さんがリリアにチョコバーを咥えさせる。

 完全に俺が反対側から食う流れが発生した。

 無駄に血の繋がった連携魅せやがって。


「食べ終わると出口に貼られている結界が解けます」


「張ってたんですか!?」


 油断ならんなこの人。試練らしいし……やるしかないのか。

 リリアがにやにやしているのが微妙に腹立つわ。


「しょうがねえな……」


「途中で折れるとラッキー。もう一本です」


 うーわ逃げ道を塞がれたぞ。

 最悪直前で折ればいいと思っていた。読まれたか。


「覚悟を決めるのじゃ。ほれほれ」


 顔を近づけるリリアから逃げる術はない。

 端っこを咥えると、抹茶の渋さと甘さがいい感じ。

 ここにきて質のいいお菓子を選ぶ卑弥呼さんのチョイス力よ。


「ん……結構難しいぞ」


 ささっとやるはずが難しい。慎重に動かないと折れる。

 ゆっくりやるということは長時間見つめ合うわけで。

 凄く言い表せないなにかで胸がもやっとする。

 うわああぁぁ……ってなります。意味わからん。


「逃さんのじゃ」


 そろそろ引き際かなーと思った瞬間であった。

 なんとリリアは俺の首に手を回し、ゆっくり目を閉じてくるではないか.

 俺はどんだけ混乱すれば気が済むんだろう。


「いややっぱこれは……」


 いつものようにへたれる時間を与えてくれなかった。

 唇が重なり、お菓子を飲み込んだわけだが。

 なんか口の中に暖かくてぬるっとしたものが入ってきて。


「ちょっ!? お前ふざけ!?」


 慌ててリリアを引っぺがす。多分今年一番焦った。


「お前ふざけ……舌入れやがったな!?」


「気付くのがもうちょい遅ければよいのにのう」


「まったくですね」


 変な汗が止まらない。こんなことで俺が動揺するとは思わなかった。


「これくらい想像できるじゃろ」


「できてたまるか!」


 顔が熱い。汗が流れているが、一切体を冷やす役割を担っていない。


「おぉ、珍しく動揺しとるのう。そこまで取り乱すか」


「取り乱すに決まってんだろうが……ああもう……なんだこの恥ずかしさは」


 余裕あるように見せてお前も顔赤いからな。

 やってみたら恥ずかしかったんだろう。


「二人の絆、伝わってきましたよ」


「できれば忘れてください」


「では第二の試練終了です。この茶室は残しておきますので、誰にも見られず、なにかしたい時にお使いください」


 なにかってなんですか。ここ天界だから、ほいほい来たりできませんけど。


「卑弥呼様。迷路部分に侵入者が」


 音もなく忍び寄るアルヴィト。どこにいた。いつからいた。

 事と次第に寄ってはその記憶、消さねばならん。


「あらあら……またですか。迷い帰るまで放置し、あなたの存在が気取られぬよう注意を」


「それが、どうやらヴァルキリーのようで」


「ここって侵入できるもんなんですか?」


「封印結界があるとはいえ、天界と地続きですからね」


「だからわしらが来たルート意外は迷路になっておる」


 そこに侵入したヴァルキリーねえ。怪しさ大爆発だな。


「ヴァルキリーってあと何匹いる?」


「あたしとフリスト除外したら……増えてなければ二人よ」


 つまりスクルドの情報を得るには、あと二人しかチャンスはない。


「敵なんだよな? 捕獲するか?」


「発信機ついておるかもしれんのじゃ」


「難しいところですね」


「あたしが行けばわかるんだけど……」


「ここにトップがいるとバレたら攻めてくるだろうな」


 そんなわけで、俺がイロハキーを使って陰ながら監視し、妙な動きをしたら捕らえる方向で決まった。まあしょうがない。鍋までに解決しよう。




「あれか」


 紅葉の舞う道で迷っている女を発見。

 金髪ロング。黒の鎧に金の装飾。得物は槍か。

 木の陰に隠れて観察しよう。


「ちっ、迷路とは厄介な」


 いらつきながら木に傷をつけ、目印にしているようだ。


「そのような手段では無駄です。ここは天界でも有数の結界が十重二十重に存在しています」


 女の横に現れたのはスクルドだ。やはり生きている。

 あいつは情報を送るから、戦うなら即死させよう。


「結界を壊せばよいのだろう?」


「そんなことをすれば敵に見つかるだけです。対抗できる可能性があるのは、我らが主だけ」


「主はなぜこの場所を調べろと……」


「我らの主を疑うのですかヘルヴォル」


 ヘルヴォルさん名前発覚。召喚器でアルヴィトに連絡を取る。


「ヘルヴォルとスクルドがいる」


 イロハキーを使った俺は、例え相手の目の前で一曲熱唱しても気付かれない。

 完璧に気配を消しているからだ。鎧と鍵の力って凄いね。


『ヘルヴォルは……なんだったかしら? 特殊能力も強くて、単純に強いわ。スクルドだけは確実に殺して』


「わかってるさ」


 あちらさんはなにやら揉めている。

 会話からしてスクルド意外は、親玉としばらく会っていないらしい。


「初めて会った主の声は美しかった。手を握られ、惹き込まれ、心酔した。妙なカリスマがある。だが……なぜ目的を明かさない? 名前すら明かさぬとはどういうことだ?」


「ただ指令を遂行すればよいのです。もう数少ないヴァルキリーの仲間ではありませんか。仲違いなどやめましょう」


「ふん、他のヴァルキリーはなぜ帰らん? 逃げたのではないか?」


「いいえ、魔力が消えています。冥界にもいませんでした。完全に消滅したのでしょう」


 立ち止まって会議をしている二人を、ただ見ているだけ。

 もうちょい有力な情報とか出てこないかね。


「消したものがいるということか」


「おそらく。それができるのは神か、学園の卒業生か……」


「生徒ではないのだな?」


「生徒にエリスは倒せないはず。トウコツのデータを持たせたわらわすら帰らぬのです。間違いなく上級神と……魔王や勇者も手を組んでいるやも」


「人間界のものどもと手を組まれていると?」


「こちらの全容は知られていないでしょう。しかし、これからは更に慎重に動く必要があります」


 なぜそこで慎重になっちゃうかな。もっとバカなことやって黒幕が出てきちゃうくらいアホ軍団でもいいのよ。俺が楽できるから。


「ならばなぜここに来た?」


「うっすらとヴァルキリーの反応があります。そしてこれだけ厳重な封印……ここが九尾を封印した地であると、小耳に挟んだもので」


「仲間に引き入れようと……か。討伐されたとの噂もあるが」


「ならば真偽を確かめましょう。そして、ヴァルキリーと九尾を引き入れるのです」


 そして召喚魔法陣を準備するスクルド。

 さて、厄介な連中だがどうするかね。

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