第161話 たまにはのんびり釣りなどいかが

 入浴剤を使った翌日。驚くほど疲れが取れていたので、一人で行ってみたかった漁業科に朝から行った。

 俺達四人だけの世界が訪れた時の保険という目的もあったりする。


「網を引くのはしんどかったぜ……」


 学園の海へと漕ぎ出した漁船に揺られ、さっきまで網をせっせと引いていた疲れが押し寄せる。

 引っ張り上げるだけで相当の重労働だよあれ。


「旦那、竿をお持ちしやした」


「すまん。助かるよ」


 なんとフリストが一緒だ。いつものおかっぱにかんざし。夕食の魚を取りに来たらしい。


「旦那は釣り始めてでございやすか?」


「ああ。やったことないな」


 今は船の上で釣り糸をたらそうとしていたりする。


「適当に垂らして、引いたらリールをグルグル巻いてください。初心者用を借りてきやした」


「気を遣わせたな」


「いいえ、あっしも初心者に毛が生えた程度でございやす」


 針の先に小さい魚型のルアーが刺さっている。まるでエサのミミズのように。

 いやいやルアーってそう使うのか? まあ気にしたら負けだろう。


「ぼーっとしているとあれだな」


「なんでございやしょう?」


「心が落ち着く」


「それはなによりでございやすな」


 フリストは余計なことをべらべら喋らない。静かな時間を共有できる人間は大事だ。


「じっとしているのは嫌いか?」


「いいえ。むしろ好ましく思いやす。ヒメノ様もやた子も騒がしいもんでして」


「なるほど、納得」


 ただゆるーく揺れている船の上で、ぼーっと釣りをする。いいね。悪くないぞ。


「最近忙しくてなー」


「報告は聞いておりやす。お疲れ様です、旦那」


「無駄に戦うはめになるのはしんどい。っていうかめんどい」


「機関はこちらでも捜査中です。障害になるようでしたら中・上級神による制裁も考えておりますのでご安心を」


「そいつは助かるよ。ずーっとこっちが相手をするのは疲れる」


 アメリナは俺達に危害を加えるから始末した。

 だが、俺やギルメンにちょっかいをかけないなら、好きに生きて好きに死ね。

 本来他人なんてあまねくどうでもいいモブである。俺から因縁つけることはないだろう。


「旦那はただ、この世界をエンジョイして、元気で才能に溢れたお子様を作ってください」


「あー……やっぱそれやんないとだめか」


「今すぐではございやせんよ。大学部まで行って、卒業して、そのあとじっくり考えてもよござんす」


「流石にこの歳で子持ちは嫌だな。まだ遊びたいし、学園でやりたいこともある。子育てなんて面倒なもんで、俺の時間が潰れるのは気に入らない」


「こりゃハーレムは前途多難でございやすな」


 俺は自分の自由と時間が他人に使われるのが嫌いだからな。

 他人に時間が消費されてしまうなら、無駄といわれようとも二度寝に時間を使う。


「ハーレムはモテる男がするもんだからな」


「旦那はおモテになりやすよ。あっしも嫌いじゃございやせん」


「そうかい。俺もお前みたいな気配りのできるやつが仕えてくれりゃあ嬉しいけどな」


 しかし魚がかからないな。一匹くらい釣れてくれよ頼むから。


「……旦那、お戯れが過ぎやす。その、別に嫌というわけではなく……もっと順序といいますか」


「ヒメノに仕えていられるんだ、いたら助かるだろうし、戦闘もできる。仲間には最適だな」


「…………仲間?」


「仲間でも部下でもどっちでもいい。優秀なのは知っているからな」


「その二択なのですね……はあ……旦那という人がわかりやせん。変な期待はさせないでください」


 よくわからないが、がっかりしている感じだ。まあ俺に仕えるのはしんどいだろう。

 わからんことは水に流す。幸い海の上だ。


「お、引いてるかこれ?」


 釣竿が引っ張られている。慌ててしっかり竿を握り、リールを巻く。


「まだ完全に食いついているか微妙です。ゆーっくり巻いてください」


「ゆっくりな……結構パワーあるなこいつ」


 楽勝だと思われた魚が意外に暴れる。引く力も強い。


「そうですね。初めての時はその力強さに驚くと思いますよ。落ち着いて、ゆっくりです」


 ゆっくり慎重に巻く。なんとか成功させたい。しばらく巻くと水面をばしゃばしゃいわせて跳ねる魚が見える。そこそこでかいな。十五センチはある。


「あの大きさでこのパワーか」


「生き物の力は油断できませんぜ」


 フリストが取っ手のついた網を持ってきてくれた。しばらく巻いて魚が水面から完全に浮くと、そいつに掬い上げて船体に乗せる。


「おーっし釣れた!」


「おめでとうございます旦那」


 魚はまだびっちびち跳ねている。活きがいいとはこういうことか。

 それを見て、達成感というものが湧き上がる。いいねいいね楽しいね。


「では水の入った箱へ移しましょう」


 中は海水の箱。箱の中で水が循環しているのは多分魔力。

 大き目の箱の中で、魚がまた泳ぎだした。


「よーしオッケーイ。一匹目ゲット」


「素晴らしい。この調子でいきましょう」


 三匹まで釣っていいとのこと。きっちり三匹いただいていこう。


「昼飯に持って帰ってやるか」


「恋人想いでございやすね」


「別に恋人じゃないさ」


「もう逃げ回る場所すらないほど追い詰められておりやせんか?」


「追い詰められた程度で決心がつく俺は俺じゃない」


 逃げられるうちは現実など見ない。聞こえない。いやあ釣りは楽しいな。


「旦那……やはりヒメノ様の言うように……一度はっきり決めるしか……」


「ヒメノ?」


「ええ、旦那と同居している三人は殿堂入りとして、他のハーレムメンバーも決めるため、恋人オーディションをしようという計画が……」


「やるなやるなアホか!?」


 ああもう……なんで神様ってのはフリーダムなのさ。


「面接形式と、アイドルオーディションのようにイベント化する方針で迷っておられます」


「両方認めないからな。まずヒメノくらいしか来ないだろうが」


「その時はあっしとやた子が出ます」


「むなしいなそれ。とにかく無駄なことはしないように」


 ここで拒否っておかないと、いつの間にか審査員席に座らされていることもあり得る。


「せっかくリリア様方にも審査員とか宣誓の言葉を依頼しようと……」


「すんな!」


「旦那は隠れファンとかいらっしゃるはずですぜ」


「いないっつうの。いても興味がない」


「お三方とそれ以外の壁は厚いのでございますな」


 当然である。あいつらという例外がいることが異常なのであって、普通の女なんかに興味はない。

 まああの色ボケ神様が普通かと聞かれれば別だが。


「あいつらは直接的過ぎてな。どうしたもんだか」


「旦那は遠まわしな好意に気がつきませんからね」


「そうだろうな。わかるわけがない。経験がないんだから」


「だから最初は遠まわしに、それでも手を出してくれない、気付いてもらえない。そして積極的になるのですよ」


 モテない男というのは女とかかわらない。なので、女がどうアプローチするかも知らない。

 よってその行動が何を意味するかわからない。


「初期段階で気付いて動けばいいと?」


「可能ならば。デートとか誘ってあげたらいかがです?」


「俺から誘うのきっついんだぞ。女を誘うのは断られてコケにされるイメージだし」


 女に自分から話しかけるのは、声かけ事案というのだよ。男は受身でなくてはいけない。常識である。


「あの方々にそんなことはないでしょう」


「まずデートに誘ってどこに行けばいいのかわからんから胃が痛い」


「どんなナイーブさ抱えて生きておられるのですか」


 俺は繊細でナイーブなんだよ。絶対に傷つかないように生きる。


「行きたい場所を聞けばいいのですよ。でなければ散歩するだけ」


「やらないとまた過激になるだろうしなあ……」


「旦那は少々優しすぎるのです」


「それはない」


 ないなー。敵を殴り飛ばす時、確かにスカっとしているし。クズをなぶり殺すのは気持ちいい。

 他人に優しくしたいとも思わないな。


「気を許した身内にのみ優しいのです。だから優しさに気付くと得した気持ちになるのでしょう」


「わからん。そんなもんか?」


「だからこそ、あっしも皆様も、旦那が好きなんでしょうな」


「やっぱりわからん話だ」


「好きだと思うことも、好きだと言うことも、実は大差ないのかも知れやせんぜ」


「そうかい?」


 口に出せば終わり。しかも恥をかくというバッドエンド直行だろう。

 人生は最悪なことにリセットできない。ならば失敗は確実に避けるべし。


「ええ、あっしも今言ってみて気がつきやした。まあ旦那を男として好きかと聞かれれば複雑でございやすが」


「見てりゃわかるさ。兄妹とかいたらそんな感じかもな」


「なるほど、では今度から旦那をお兄様と」


「却下で」


「では兄貴と」


「余計だめ」


 くだらない話をしつつ三匹釣る頃には船が戻る時間だ。

 ずっと揺れていたからか、動かない地面の感触が懐かしい気がする。

 港に戻ると、やた子がすいーっと飛んできた。


「フリストお疲れ様っすー。ありゃアジュさん?」


「久しぶりだな」


「お久しぶりっす。お元気そうで何よりっすよ」


 フリストから魚を受け取っている。やた子が運ぶのか?


「あっしはまだ仕事がございやす。やた子なら移動も速いので」


「ぱぱぱーっと行ってくるっすよ。アジュさんも暇なら遊びに来るといいっす」


「ヒメノの家には行かないぞ」


「ほいほいー了解っす。あ、お魚届けましょっか? お昼までまだ時間あるっすよ? 一人でふらふらしてみたい年頃じゃないっすか?」


「年頃かどうか知らんけどいいのか? 助かるよ」


 やた子にお礼を言って、魚の入った箱を渡す。


「はいー、それじゃあ学園生活をエンジョイしてくださいっす」


「あっしも失礼いたしやす」


「おう、またな」


 さーてどっかふらふらしてみるか。中途半端な時間だし、クエストでも見に行くかな。

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