第160話 みんなでお風呂に入ろう

 来てしまった……ついにこの時が来てしまったよ。


「なんでこうなった……」


 学園長から話を聞いて、今は夜。

 入浴剤を使うため、先に風呂に入ることになった。

 腰にタオルを巻いて、本来なら広くてくつろげる浴場で立ちつくす。


「気を抜くと詰むなこれは」


 俺が一人で先に入っているのは、後からだと逃げると思われているため。

 退路は断たれている。あとは流れに身を任せるのみ。


「おまたせ! 入浴剤は入れた?」


 三人が入ってくる。ちゃんとタオルは巻いているな。


「今入れたところだ。ちゃんとタオル巻いてきたな」


「わしらを恥じらいがないと思っとるじゃろ」


「これでも恥ずかしいのよ」


「恥ずかしいけど、ここぞというチャンスに大胆になる。それが乙女なのです!」


「コメントができないのでさっさと入るぞ」


 そんなわけで体をさっとお湯で流してみんなで並んで入る。

 花か何かの香りだ。入浴を邪魔しないうっすら漂う香り。

 長く入るためか、あったかいけれど、いつもよりぬるい湯加減だ。疲れていたので心地よい。


「はあ……風呂はいいもんだな」


「いい香りね。心が落ち着いて……軽くなるわ」


「で、なぜタオルを頭に乗せる?」


 全員頭の上にタオルが乗っていた。声に反応してちょっと横向いたらこれだよ。


「タオルは入れちゃダメらしいよ?」


「リリアが言っていたわ」


「余計なことを……」


「マナーじゃマナー」


 そのマナーはこっちでも適用されているのか……俺に不利だな。


「と、いうわけでおぬしも取るのじゃ」


 ほらこうなる。いやマナー違反だからって取るのは、もっとだめな気がしていたのよ。


「大人しく取るか、私達にゆっくりと奪われるか選ぶのよ」


「奪うのはタオルだよな?」


「おぬしが取る意思を見せなければ、全てを奪いつくすだけじゃ」


 なんだその怖いセリフは。リリアさんが、いや全員が本気だ。


「アジュだけ隠すのはずるいと思います!」


「全員隠せばいいんだよ。とりあえずあんま動くな」


 お湯がピンク色のため、大切なところは見えていない。これは助かる。


「大丈夫よ。ちゃんと見ててあげるから取りなさい」


「見る必要がどこに!?」


 イロハさんが俺の前に来る。シルフィは横でちょっと距離を取りつつ、ちらちら見ているな。

 リリアはただこの状況を面白おかしくしようとしているだけ。


「前にも言ったわよね? 大きさは気にしないって」


「そこじゃねえよ!?」


「そうだ、アジュはもともとタオルを持っていなかったことに……」


「そんなことにご先祖様の力を使うんじゃない!」


 クロノスがどんな神か知らんけど、野郎のタオル取るために使われるとか泣くぞ。


「ああもうほら……これでいいんだろうが!」


 タオルを取って頭に乗せた。大丈夫だ。お湯に色がついているから見えたりはしない。


「ここで素早く膝の上に……」


「乗ったら風呂から出るぞ」


「隣にいるわね」


 この状態で乗られるのはまずい。よくわからないが、なし崩し的に何か失いそうだ。


「はーいい湯じゃなっと」


 リリアが立ち上がり、浴槽のふちに座って足だけお湯につける。

 人間とは動くものがあるとつい見てしまう。髪の毛で大事なところは守られているが見てしまうのだ。


「ああ……そうだな。風呂は好きさ」


 動揺したら負けだ。当たり障りのない返答をしよう。

 しっかしこいつ肌も髪も綺麗だな。楽しそうにしやがって。


「そうだねーいやーのんびりするなー」


「何で棒読みなんだよ……っ」


 変な声が出そうになるのを慌てて止めた。

 シルフィが横で同じく浴槽のふちにその身を預け、大きく伸びをする。

 ぎりっぎりで胸の一番見えてはいけないところがお湯で隠されている。


「んーいやーなんでだろうねーあはは」


 シルフィの胸が完全にお湯に浮いている。いや厳密には浮いているのかどうか知らないけれど。

 とにかくそう見えるわけだ。やはり一番でかい。

 王族ってのはいいもの食っているから育ちもいいのだろうか。


「不思議ね。でもきっとお風呂という開放感がそうさせるのよ」


 イロハが俺に触れないぎりぎりのところで話しかけてきた。

 ここで抱きつかれたら拒否もできるが、体には触れないように動かれる。

 イロハも別に貧相なわけではない。シルフィのスタイルがよすぎるだけで、別方向の美貌というものがある。


「まあ、わからんでもないな」


 なんだか俺の知らないうちに、意味の分からないチキンレースが始まっている気がする。


「おぉ、ちょっとは反応があるね」


「こんなことをしてなんになる?」


「好きな人の反応は気になるものよ…………あら?」


 イロハがなんだか意外そうな顔をしている。そういうときは聞き流すのだ。


「ちょっとは意識しとるじゃろ?」


「見ないようにはしているよ。それがマナーだ」


「満更でもない感じだね?」


「ああ、なんだろうな。女の裸なんぞが、妙に照れくさいが不快感は……ん?」


 なーんかおかしい。俺はこんなに素直だったか?


「嫌ではないのね。私達を好きでいてくれるということかしら?」


「好きって気持ちはわからないけれど、大切なそん……ん!?」


 慌てて自分の口を右手でふさぐ。イロハも今日はなんだか直球勝負を仕掛けてくる、


「リリア……この入浴剤はもしかして」


「安心せい。薬は入っておらぬ。ちょっとだけ精神的な苦痛を和らげて、優しい気分になるだけじゃ」


「それのせいか!?」


「心がリラックスするわね。いつもより大胆になるのはそのせいかしら」


 おそらく学園長とリリアだけが知っていたのだろう。


「別に淫らになるわけではない。素直に、それでいて優しくなるだけじゃよ」


「なるほどー、アジュは素直じゃないからね」


「ここでぶっちゃけトークじゃな」


「やめろ。俺を追い込むな」


「私達の裸についてどう思う?」


「漠然と見ちゃいけない気がする……ああもう……これはめんどいな」


 ある程度意識すれば取捨選択はできるはず。

 ちょっと用心すればいい……といいな。


「興奮はしているということかしら」


「まだ異性を意識している自分に戸惑っている段階じゃな」


「……それってもっと小さい頃に経験することだと思うわ」


「んん……? そういやなんでだろうな? たかが女の裸だ。勝手に見えても興味なんかないはず」


「その発言もひっじょーにどうかと思うのじゃ」


「改めて攻略難度の高さを実感するわね」


 不思議だ。見栄を張っているわけじゃなく、女そのものに興味なんかない。

 なのに裸を見ることに抵抗がある。


「アジュが真剣な顔だね。意識はしているけど見たくはないの?」


「なんだろう。見て汚してはいけない気がする。俺が見ていい存在じゃないような」


「アジュ以外に見ていい人なんていないわよ」


「それは嬉し……ああくそやりづらいな!」


 これ長いことやると羞恥プレイだな。気を抜いてはいけない。

 もう三人がにやにやし始めている。


「素直になるのじゃ。少なからず好意を持った美少女が裸でいるのじゃぞ。どうしたい?」


「どうすればいいのかわからない」


 これが今の正直な答えだ。嘘偽りのない俺の胸中である。


「抱けばいいじゃない」


「直球はやめろ!? いやなんていうかさ……好意的な人間とどう接するのかがよくわからん」


「抱けばよいのじゃ」


「抱くことから離れろ! 好意的な女という経験がない。だからどうしたいかわからない。状況に心が追いつかない。戸惑いが大きすぎて欲に繋がらない」


 ここで三人が喜びと呆れと色々混ざった複雑な表情をする。


「ううむ重症だねえ……大切な存在ではあるんだよね」


 ここでなにか言ってしまうと恥をかく。いい機会なので分析しよう。


「大事では……あるのか? それが男女の好きかどうかわからん。大事な人っていうのができたことがないもんでな。できる限り接触せず、俺のような存在が汚すことのないように……入浴剤の効果だろこれ。考えがまとまるのが早すぎる」


「正解じゃ。意識させたら余計にスキンシップが減るとか、どういうことじゃまったく」


「できることなら傷つけずにと……」


「一切手を出されないのも傷つきます!」


「ちょっと出したろ。シルフィは二回した」


 キスという行為はマンガやゲームにのみ登場する架空のものである。

 にもかかわらず経験するという異様にして珍妙な事が起きた。


「一度も二度も同じじゃ。今度はアジュからしてみるのじゃ」


「いやです」


「即答した罰として密着します」


「やめろアホ!!」


 なんとか接触を最小限にして腕で払おうとしたが、すり抜けられた。

 俺は腕に密着すると思っていたから不意打ちを食らったのである。

 なんせ過去何回かくっついてくる時は腕だったから。


「まさか体にくっついてくるとは思っておらんかったか」


「どうしたもんかね……まったく言い表せない気分だ」


 三人にくっつかれると動けない。その肌触りというか柔らかさというか、そういうものを直接感じるわけだ。

 それがなぜか恥ずかしい。俺の意識が変わっていっている……いや変えられているんだろう。

 リリア風に言えば攻略が進んでいるってことだ。


「では女の子にくっつかれている感想と、愛の言葉をどうぞ!」


「……熱い」


「熱い? それは体温が、ということ?」


「いくらぬるいからって、風呂入りすぎだろ……すまんが出るぞ」


 不覚にもちょっとのぼせた。察してくれたのか、ささっと離れてくれた。

 頭がふらついたので、気をしっかり持って脱衣所まで行く。


「大丈夫? 歩ける?」


「問題ない……」


 無駄な心配をかけたか。ここで肩を貸されると、なんともいえない情けなさが襲ってくるので自力で歩く。


「結局好きなんじゃろ?」


「ああ……好きだよ……手放す気はない……」


 自分でもなにを言っているかよくわかっていない。

 なんとなくぼーっとした頭で、思いついたことをそのまま口に出す。

 なぜかそれから満足気に水を持ってきてくれたり、ソファーで寝転がっている時に扇いで風を送ってくれたりした。

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