嫌なループと執行猶予

 メイドの格好したシエラとかいうのが夜這いかけてきてうざい。眠いしうざいし最悪だよ。殺しちゃいけないやつが一番邪魔ってしんどいな。


「マジでやめてくれません?」


「そう緊張なさらずに、すべて私にお任せください」


「緊張とかじゃなくて迷惑なんですよ」


 まず胸元を大きく開けたメイド服というものが気に入らない。それでいてロングスカートで清楚さ出そうとしているから、どっちにも振り切れていない。中途半端。娼婦もどきの格好をしている分際で、メイドの精神が宿っているはずがない。


「こういったことは初めてですか?」


「セクハラですよね? とりあえずあなたが初めては絶対に嫌です」


 無理やり押しのけるか? あんまり触りたくないな……それでセクハラ扱いされても嫌だし。軽く触ってライトニングバスター流し込むか? でもトラブル起こすのは面倒なことになるぞ。今もうめんどいけど。


「優しく言っているうちに諦めてくれません? 俺はもう眠いので、明日に備えたいんですが」


 気絶させるとして、俺が被害者だとどう伝えればいい?

 こいつ一応コウガの忍者だよな。部外者でなぜかここにいることになっている俺では、スパイ的なやつだと思われかねん。


「本当に嫌なら、もっと抵抗しているはずですわ」


「じゃあ抵抗しますので」


 のしかかってきそうなので、軽く肩を押そうとする。その瞬間、よりにもよって体を傾け、胸に手が当たるように誘導してきた。


「やめてください」


 ギリギリで気づいて手を引っ込めた。あっぶねえ、こんなやつに触りたくない。


「サカガミ様なら、私はいつでも触れて欲しいと思います。服越しではなく、直にどうぞ」


 とうとうメイド服を脱ぎ始める。お前の唯一の長所完全に消えたな。しょぼい長所だったけど。


「それ以上は敵とみなして攻撃します」


「うふふ、そんなに固くならずに。サカガミ様くらいの年齢で経験している人もいるくらいです。さあ、私に身を委ねて」


「サンダースマッシャー!!」


 もういいや。流石にここまで言って無理なら反撃も許されるだろ。強姦を防ぐための正当防衛だよマジで。

 護衛任されるくらいだし、この程度じゃ死なないと思った。死ぬ寸前なら回復させりゃいいし。


「あらあら、危ないところでしたわ」


 避けられた。しかも背後に回られた。ゆっくりと背中に胸を押し当ててくるのが死ぬほど不愉快だ。俺が寝間着で防具をつけていないことがマイナスに働いた結果である。だがまあ攻撃は必ずしも当てる必要はないのだ。


「失礼! どうされました!!」


「あじゅにゃん、ひょっとしてピンチかにゃ?」


 音を聞きつけて、ももっちとアランさんが部屋に入ってくる。これが狙いだ。鏡や小物を撃って、派手に音を立てた。壊しても弁償しなくてよさそうな安物をチョイス。抜かりはない。


「こいつが邪魔。どけろ」


「うわっちゃー……シエラちゃん、部屋におかえり! ゴーホーム!!」


 状況を即座に判断し、ももっちがシエラを引っ張って外に出す。


「私がご入用なら、いつでもお呼びくださいませ」


「帰れ。二度と呼ばないから」


 アランさんはよく理解できておらず、下着姿のシエラから目をそらしている。紳士だな。


「申し訳ありません。シエラが何か粗相を?」


「何度も拒んだのに脱ぎだした。次やったら敵とみなして殺すと言っておいてください」


「大変失礼をいたしました。コウガを代表してお詫びいたします」


「どう考えてもシエラ個人の責任でしょう。気にしないでください」


 これでアランさんを責めるのは完全に筋違いなので、やめようね。

 水を飲んで頭をクリアにしていると、ももっちが帰ってきた。


「お部屋に帰してきたよー」


「ファインプレー。マジでファインプレー。なんか面倒事があったら呼んでくれ。一回だけ鎧使う案件でもタダで受ける」


「おぉう……いいよいいよ。なんか消耗してるみたいだし」


「ギルメン以外に裸でくっつかれることが、ここまで不快だとは……」


 今までそんな状況に陥ることがなかった気がするので、これほどに不快だとは思わなかった。これはきついですよ。こんなの連続したらストレスで胃が死ぬ。


「背中消毒したい……」


「かつてないダメージだね」


「誰も通さないよう、僕が見張っていますので」


「すみません。うちのギルメンが来た場合だけ通してください」


 外にそれなりの人数がいそうだ。少し騒ぎにしすぎたか? 本当に神経使わされる。アランさんとももっちは退出。これでゆっくり眠れそうだ。


「お前らもすまんな。起こしたか?」


 寝室に向けて話す。ギルメンは三人とも最初の攻撃魔法を察知して、俺の近くまで来ていた。バレずに入ってくる手段くらいあるのだ。


「気にしなくていいわ」


「やはりわしらが護衛すべきじゃな」


「大丈夫? 一緒に寝る?」


「いやいい。とりあえずもう朝まで一人で寝たい」


 すぐに解散して横になる。このまま朝まで寝よう。そして忘れよう。

 でもって朝になり、街の様子を見て来ると言い、なんとかシエラから逃げようとした結果。


「シエラちゃんが失敗しちゃったみたいなんでー、今日は私が一緒だゾ!」


 エリカの方が来た。姉妹で交互にくるんじゃねえ。この地獄のループはいつ終わるんだ。


「ついてこなくてもいいんですよ」


「護衛だからずっと一緒だよ。安心してね!」


 ああもうしんどい……この散歩、イロハとシルフィは一緒じゃない。

 お姫様をふらふらさせると危険だから、俺とリリアが散歩がてら街のチェックもしているのだ。


「街の景色でも見て気分を変えるのじゃ」


 ごく普通に西洋風で綺麗な街だ。文明開化の時期ってイメージ。嫌いじゃない。

 歩いている人も、なんとなくだが悪いイメージはない。多少ピリピリしている気がするが、マーダラーが出るんじゃしょうがないか。


「リリアちゃんもこういうの好き?」


「うむ、穏やかでよいのう」


 横のリリアに俺の精神の安定がかかっている。がんばってくれ。


「やっぱり十二月だし寒いねー。あったかいものが飲みたくならない?」


「いや、まだ家を出たばかりだし、もう少し見て回る」


「商店街にでも行ってみるのじゃ」


「了解」


 活気があって大きい商店街だ。シルフィたちにお土産でも買おうかな。


「あそこのお菓子はすっごくおいしいんですよぉ」


「ほー……」


 人が多い場所は警備も多いな。設備に被害はないし、マーダラーもおいそれと侵入はできていないのだろう。


「今女の子の間で大ブームなんですぅ」


「俺に買えって言っている?」


「えー、一緒に食べたいなって言っただけですよぅ」


「あれ並ぶやつじゃろ」


 エリカが指差す店は、女が並んでいるおしゃれなやつ。しかもお値段お高め。


「並ぶのも面倒だし、似たような菓子でも探すか」


「えぇー! もったいないですよぅ! 少し並ぶだけです。お話しましょ。経費で落ちますよ?」


「おぬし護衛じゃろ。行く場所選んでどうするのじゃ」


「だって、こうして一緒にお買い物デートできる時間はいつ来るかわからないんだよ? これが最後になったら悲しいよ……」


「悲しいからどうした」


 そう言えば言うこと聞くと思ってんなこいつ。うざい。一挙手一投足にうざさが見える。


「こんなかわいい女の子とデートできるチャンスなんだゾ。今のうちに女の子に慣れないとー、恋人もできない寂しい生活まっしぐら! 私と練習してみ・な・い?」


 反吐が出るほどぶち殺したい。


「お断りだ」


「ひどーい……エリカ拗ねちゃうもん」


「だからどうした」


「エリカのどこが好きかちゃんと言ってくれたら機嫌直しちゃう」


「まず好きじゃねえわ」


 こいつどうして自分が好かれていると確信持っているのかしら。全動作と声が媚びるために作り上げられていてうざい。


「ん? なんか騒がしいぞ」


 なにやら騒いでいる方々が見える。人の通行を止めている? とにかく救世主がいるかもしれん。ビッチとおしゃれな店に入る機会を潰してくれ。


「何があったのじゃ?」


「隣の国からお偉いさんが来るとかで、通行止めらしいです」


「イガ・コウガを名乗る忍者が襲撃かけてるからねえ。迷惑なもんだよ」


 この国に住む人にとっては死活問題だろう。しかも濡れ衣で。最悪だな。


「じゃああれに乗っているのは」


「外交官みたいなものじゃな」


 大仰な馬車に乗り、それを取り囲むように兵士が歩いている。


「サカガミ様、ルーン様、お屋敷へお戻りください」


 イガの忍者さんが呼びに来た。どうやら屋敷で何かあるらしい。


「了解。行くぞ」


「うむ、食べながら急ぐのじゃ」


 近くの店で、玉子とカツの入ったコッペパンを買ってくれていたようだ。

 ナイスリリア。三人で食いながら戻る。


「いい判断だ。こりゃうまい」


「これくらいでちょうどよいのう」


「そうだね。たまにはこういうのもいいよね。次は違うとこ行ってみようね。約束だよ!」


 さてお屋敷では、異国の馬車や兵隊が複数待機していた。来たのは一国じゃないのか。装備がまるで違う連中がいて、空気が張り詰めている。


「サカガミ様、会議室へ」


「俺もですか?」


「顔の隠れる忍装束を預かっております。お二人はこれをつけて、イガとしてこっそり混ざるようにと」


「了解。お疲れ様なのじゃ」


 準備がいいな。ぱぱっとつけて部屋へ向かう。途中で武装した集団がこちらを見てくるが、まあ気にしない。流石に他国でいきなり戦闘始めるほどバカじゃないだろ。


「ですから、犯人はマーダラーという集団です。決してイガ・コウガの忍者ではありません」


「敵は忍術とやらを使っていた。姿形もコウガの派手な衣装とイガの戦闘服だった。報告ではコウガの技だと言われている。それをどう説明なさるおつもりで?」


 大きな会議用のテーブルを挟み、忍者三勢力と、周辺国のおじさんたちが会議を始めるところだった。どうも険悪なムードだな。俺たちは壁際で話を聞いていよう。


「お怒りはごもっともです。ですが、我らの手の者ではないのです」


「ですから、それをどう証明するのですかな? どちらかの勢力が、片方を潰そうと暗躍しているのやも知れませんぞ」


「イガとコウガは争っているわけではありません。方針の違いで別れているだけです」


「そんなことが信用できるか! 現に我が国は攻撃を受けた!!」


 周辺の中小国外交官が騒ぎ立て、険悪なムードは加速する。


「私どもの国の遺跡を狙った理由についてもお聞かせ願いたい」


「……遺跡?」


「寸前で止め、破壊も食い止めたが、遺跡内にある宝でも狙ったのかな?」


「まったくの誤解です。本当に何も知らない!」


 遺跡荒らしまでしようとしたのか。だがどうして……あいつらの戦法が忍術のコピーと連コインなら、遺跡なんて意味はないはず。宝があると仮定しても、忍者を殺すことに繋がらない。最終目的は忍者の殲滅だろう。


「これは各国の文化遺産を踏みにじる行為だ! よってコウガ・イガの入国を制限したい」


「そんな!? お待ちください! それでは敵の思うつぼです!」


「ほう、ならば敵の狙いとは何だね? 忍者と戦争がしたいのなら、他国を巻き込まず、忍者の間で解決してもらいたい! そちらが内輪揉めしたせいで、こちらは兵士に被害が出ているのだ!!」


 忍者への印象が悪くなっている。コウガは一般への人気を取る方針だが、それでも好印象全開とは言えない。それが響く。忍者だけの問題というのも今のところ事実、か。面倒な。


「今回の件はイガ・コウガともに重く受け止めております。一国も早く事態を収拾すべく、こうして集まったのです」


「ならばその権限で、忍者の出入国を禁止していただきたい。この問題が解決するまででいい」


「希望者はこの国へ一時避難もさせてはどうか。襲撃者の仲間だと思われながら暮らすのも、気分が良くないでしょう? 敵地は把握しているはずですな」


「敵の本拠地と見られる場所は判明しています。後は調査して攻め込むだけです。コウガは複数のトップによる会議で運営されておりますので、この会議が終わり次第、ただちに取り掛かります」


「ならば早急な対応を望む」


 結局軽く鎖国して、迅速に決戦へと突入するしか無い。


「期限は五日。それまでに解決できなければ、周辺諸国は忍者の入国を年単位で禁止する」


「わかりました。この屋敷なら長期滞在用に設計され、食料の保存も十分です。ご滞在頂いて、危険からお守りします。早速護衛のものを選別いたします」


「ご心配なく。それぞれ国で評判の達人を護衛につけておりますので。では失礼」


 そういや少し兵士とは違う装備の連中がいたな。あれが達人ってわけか。

 そして会議から開放されたのは、それから一時間ほど経ってからだった。


「疲れた……」


 会議を聞いているというのは、想像を遥かに超えて退屈だった。

 最初の方は有意義だったが、誰をどの順番で帰らせるか、護衛がどうとか、各国のメンツとか、もう興味ない外交官の事情など知ったことじゃないのよ。


「こりゃ明日にでも天空の城を潰さないとな」


「うむ、由々しき事態じゃな」


 ロビーのソファーに座って、リリアと今後の事を考える。これは鎧使う必要があるかも。


「まったく……」


 少しだけ離れた場所に、どっかの国の偉い人も座っている。今日はもう夜遅いので、全員泊まることになる。部屋の用意とかあるのだろう。もしやあいつらも守って戦うのか? がんばれ忍者さん。


「失礼しまーす。温かいお茶お持ちしましたぁ」


 お偉いさんにお茶を運んでいるエリカがいた。

 何やら話し込んでいるが、無駄に社交性あるなお前。


「エリカくんというのかね? わざわざすまないね」


 エリカに相手を任せ、俺とリリアは観戦モードだ。俺を面倒ごとから護衛しろ。


「いいんですよぅ、おじさまが疲れているみたいでしたから。エリカからのサービスです!」


 そのまま話し続けている。周囲の兵士が止めないのは、おっさんがそういう趣味の人だからなのだろうか。


「わーすっごーい! どうやったら偉くなれるんですか? 憧れちゃいますぅ!」


「なるほど、おっさんの接待に使えるのか」


「何でも使いようじゃな」


「もし手を出せば、おっさんの手垢ついた女抱くことになるな。地獄の始まりだぜ」


 そっとその場を離れよう。俺たちに興味ないみたいだし。自室に戻るのだ。と思ったら通路でコタロウさんに声をかけられた。


「明日の夜にでも、城へ襲撃をかけるでござる」


「了解。俺たちは?」


「最深部へ突入組でござるな」


 だろうな。敵の本拠地なら暴れても問題ないぜ。イガもコウガも他人だが、フウマに危害が及ぶ前には潰したい。


「よし、じゃあ今日は早めに寝て……」


「伝令!」


 この場に伝令忍者さんが来た。なんでもどっかの国のお偉いさんが、勝手に変えると言いだし、部下と兵士を連れて、強引に出ていったらしい。


「おいおい……普通夜に行くか?」


 治安パーフェクトってわけじゃないだろうし、マーダラーが来たらどうするのさ。


「自前の達人がいるから問題ないと、押し切って出ていかれました」


「追うにしても、ここの警備を手薄にするわけにもいかんじゃろ」


「警備をかき乱すわけにもいかんでござる。ここはフリーで動ける拙者とお館様で、最速で向かうのがベストでござるよ」


 マーダラーがいた場合に、コタロウさんの手の内を見せたくないが……それよりまず大前提として。


「別に知らんおっさん助けるメリットなくね?」


「…………まあ、あんまり無いかもしれんのう」


「それを言ったらおしまいでござるな」


 三人で座り直し、ゆっくりとお茶を飲んで冷静になる。俺たちの出番は決して多くなってはいけない。秘密兵器として強力すぎる。敵に知られれば、焦って無茶な計画を強行する可能性が出るのだ。


「まだ敵が出るとも限らん」


「イガ・コウガにまかせてもよいじゃろ」


「急にやる気なくなったでござるな」


「コタロウさん、今お暇ですか?」


 今度はアランさんだ。人の出入り激しくてめんどいな。部屋戻ろうか。


「どうか僕と一緒に、救援に行ってもらえませんか!」


 さてどうしたもんかな。

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