第141話 フルムーン王家とシルフィの過去

 サクラさんの訪問から一夜明けて、俺達はフルムーン行きの準備を整えて集合した。


「はーい、みんな忘れ物はないわね? 全員いる?」


 サクラさんが無駄に元気だ。まだ朝の七時だから眠い。しんどい。


「眠い……朝ってのはなんでこんなにしんどいんだ……」


「乗ったら寝てていいよ。ついたら起こしてあげるから」


「助かる」


 まだ人の少ない駅のホームに集ったのは、ギルドメンバー四人とミナさんにサクラさん。


「じゃあ、特別な列車で行くから、みんなついてきてね」


「特別?」


「専用車両で行くのじゃ」


「そんなんあるのか」


 しばらく歩くと、一つの列車が止まっている場所へ来た。

 周囲に誰もいない。この列車のために存在する場所っぽい。


「こんな場所があったのね。知らなかったわ」


 明らかに普通のホームとは違う。広いし、列車が一回りくらいでかい。

 そして二両分くらいの長さの車両が一つ。形状も普通の列車じゃないな。


「特別に急いでいる、特別な人への専用魔導列車よ。一般には公開されていない、超特殊技術なの」


 特別と特殊を強調された。王族ってのは凄いねえ。

 乗り込んでみると内装は清潔でちょっとだけ豪華だ。


「外から見るより広いな」


「それじゃあミナ、運転よろしくね」


「かしこまりました」


「ミナさんが運転するのか」


「ミナはなんでもできるからねー」


 なんでもでき過ぎじゃないかな。全員で席に座り発車を待つ。

 シートがふかふかでもう寝そう。


「せっかくだし操縦席にもいってみない?」


「面白そうじゃな」


 眠いのに……渋々行った操縦席はかなり広い。扉一枚挟んだ先はよくわからない装置ばかりだ。

 正面の窓から外の景色が見える。まあ新幹線みたいなもんかね。

 客人用の椅子やらもあるのは、特別なお客様に操縦席を楽しんでもらうためか。


「では発車いたします」


 社内にミナさんの声が響く。なんかの魔法かな。

 車内が淡い光に包まれ、前方に何十もの魔法陣が現れる。


「発進!」


 一瞬だけ軽く揺れる。そして列車は、線路の上に作り出された魔力の道をひた走る。


「めっちゃ速いなこれ」


 レースゲームのように、魔法陣の輪をくぐり続けてがんがん加速していく列車。


「速いのにまったく揺れないな。ってかそんな速さで外に衝撃とかいかないのか?」


「魔法陣をくぐっておるじゃろ? あれで衝撃を全てカットして、外部に漏らさぬようになっておる」


「揺れや抵抗も魔法でカットよ。魔導技術の粋を集めて作られた最新式特注品なの」


 なんだか凄いもんらしい。どうせ構造なんて聞いてもわからないのでほっぽっておこう。


「これはフルムーンの技術なのかしら?」


「正確にはフルムーンと学園の方々、そして特別な要求に応えられる匠の力です」


「学園は達人の宝庫だしな。そういうことができる人間もいるだろう」


 この世界じゃ、物理法則なんぞ捻じ伏せるか無視できないやつは、達人とは呼ばれない。

 そんな話をリリアに聞いた気がする。それを今実感して納得した。


「んじゃ寝るか。朝早かったからなあ……目的地についたら起こしてください」


「姉様、その……やっぱりお城に行くの?」


 どことなく不安げなシルフィ。あんまり家には帰りたくないのか?


「そうね、お母様も来るかもしれないわ」


 サクラさんの笑顔が、シルフィをなだめているような、少し曇ったものになる。

 あれか、王族の確執とかあるのか。小声でイロハに聞いてみよう。


「なんかあるのか?」


「少し……ね。気になるの?」


「まあな。無理に話せと言っているわけじゃあない」


 人には事情というものがある。本人が話したくなるまで待てばいい。

 無理に聞き出しても解決できないなら、いたずらに傷つけるだけだ。


「イロハちゃんに話してもらうのは酷よ。王家でも面倒な話なんだから」


「んじゃ聞かないでおくか」


「そこは掘り下げるところじゃろ……シルフィ。客席でアジュと話でもしてくるのじゃ」


「一部の席をベッドに交換してあります。二度寝がてら、ご歓談などいかがでしょう」


 準備がいいねミナさん。おそらくここまで筋書き通りなんだろう。

 まあせっかく用意してもらったんだ。お言葉に甘えますか。


「いいかもな。んじゃ二度寝してくるか」


「わしらはここにおるのじゃ」


「そうね、今は眠くないものね」


「いってらっしゃいシルフィ」


 全員に笑顔で送り出される。いやいやサクラさん。妹と男が一緒に寝ようとしてますよ。

 お前らなんでそんなニヤけてんのさ。地味に腹立つわ。


「よ……よろしくお願いします」


 顔が赤いぞシルフィ。いつも勢いでベッドに侵入するくせに。


「なんにもしないから安心しろ」


「えー……それもどうなのさ」


「アジュの初めては全員一緒に貰うと約束したわよね?」


「本人に許可もなく!? お前らどこまで決めてんだ?」


「知らぬが仏じゃ」


「怖いわ!?」


 なんか怖い。俺に関することが知らないうちに決まっているっぽいぞ。しかも性的なやつ。


「シルフィ、お姉ちゃんより早く大人になるのね……なんだか寂しいわ」


「姉様!? 違うよ! その、そういうことはちゃんとお部屋のベッドでこう……夜景とか見える綺麗なお部屋でするんだよ!」


 その主張もどうかと思うぞー。清らかだねえ。俺の汚さが際立つじゃないかもう。


「シルフィは乙女じゃな」


「ムードを大切にされるのですね」


「なんか凄い恥ずかしい!? アジュ、もう行くよ! ここ恥ずかしい!」


「はいはい、わかったよ……んじゃ行ってくるけど……あんま期待しないでくれよ」


「話して気が楽になればいいのよ。頑張って、サカガミくん」


 振り返らず、適当に手を振って操縦室を去る。

 客室奥の椅子がベッドに変更されているので、二人して寝るわけだが。


「なんでシングルなんだよ。狭いわ」


 壁際に設置されたシングルベッドは、二人で入るとちょい小さい。

 俺が壁側なのも原因だろう。寝返りうっても落ちることはないけど狭いぞ。


「シルフィちゃんの壁際に追い詰めるこうげき」


「やめろせまい」


 無駄に迫ってくるシルフィ。今日はやたらとじゃれついてくるな。


「ん、あったかいね」


「そりゃそうだろ」


「お城はね、あったかくても冷たかったんだ」


 前にも聞いたことがあるな。寂しそうな声につられて、シルフィに向き直る。

 顔を見られるのが恥ずかしいのか、俺の胸に顔をうずめているシルフィ。


「昔はね、父様と母様がいて、姉様がいて、楽しかった……お城の人達もいい人でね。立派なお姫様になるためのレッスンは厳しかったけど、それでも楽しかった」


 ゆっくり語りだすシルフィを急かさないように、黙って聞いてやる。


「お父様は武芸や馬術が得意で、優しくて、国民から慕われていてね。お祭りの時なんかには顔を出すし、国民の幸せのために国はあるんだぞーって言ってた。まず国民を豊かに。それがモットーの人でね。お母様は外交をサポートしつつ、魔道具の研究なんかを一緒にやってたの」


「そいつは凄いな」


「うん……姉様も立派な人で……わたしもそうなるんだーって……でもね、王国がどんどん発展して、設備も整って、新しくなるにつれて、意見が食い違っちゃったっていうか」


「国の方針ってことか?」


「そんな感じ。お父様は国と、人と自然は共にあるべきっていう考えでね」


 フルムーンはこの世界三大国家であり、自然の豊かな場所だと聞いている。

 特産品や豊富な食料もあり、恵まれた国であると授業でもやった。


「お母様は最新のものをどんどん取り込んで……兵器工場や研究所を作ろうとして、自然を壊そうとしたの。住民を移動させてまで兵器を量産する場所を確保しようとしたりね。結局はお父様と国民の反対が強くて却下されたから、計画はなくなったけど……」


「別に戦争やってるわけじゃないんだろ?」


「ないよ。隣国との関係もいいし、フウマみたいに同盟国はあるしで、まず戦争なんて起きない。それでもお母様は軍事力をあげて、他国の上をいくことを考えた」


「兵器ってそんな必要か?」


 地形変えられるほどの力を持つ達人が存在する世界で必要なんだろうか。

 戦車とかあっても距離詰められて切られるか魔法で壊されそう。


「わかんない……それからも、わたしにはどっちが正しいのかわからなかった……そもそも国政にそこまで関係なかったからね。なんだか置いていかれたみたいで、わたし以外が忙しくなってさ。ひろーいお部屋に一人ぼっち」


 自然とシルフィの頭を撫でていた。なぜかはわからないが、そうしてやりたくなった。


「ふふっ、ありがと。昔は姉様が一緒に寝てくれたから、暖かかった。寂しくなかった。ミナもいたし。でも一人で眠るようになって……大きくて暖かいベッドが、なんだかずっと冷たい気がして」


 寒くもないのに体を寄せてくるシルフィが、なんだか小さく感じる。


「今思えば無理をしていたんだね。わたしがもっと頑張ってなんでもできるようになれば、また家族があったくなるって、そう思って頑張ったら、体調崩しちゃった。それで、この環境にいるのはだめだーって会議で決まって、同盟国で仲のよかったイロハと学園中等部に入りました」


「色々苦労してんだな」


「実は大変だったのです。学園はまあ……楽しかった。イロハと一緒だったし。最初はずーっと同じ科だったよ。イロハは心配性だからね」


「ガード兼お目付け役か」


「それもあったよ。ミナもたまーに顔出してくれたし。二人がいるときは寂しくなかったかな」


 くっついているシルフィが、足を絡めてくる。本格的にじゃれついてくるモードだな。

 嫌悪感はない。むしろ受け入れていることに、あとから気がつく。

 これはどういう心境の変化だ俺よ。


「アジュも、リリアも、イロハもあったかいよ。あの家はわたしをあったかくしてくれるから大好き」


「俺も嫌いじゃない。あの家は居心地がいいからな」


「アジュは素直じゃないねー。あったかさが外に出ないから、くっつくとぬくもりがあるのかな」


「体温というものがあるだろうが」


「はいはい。そうだねー。ふふ-、ちょっとあったかさアップだー」


 照れているのがばれてしまう。

 辛いことを吐き出しているみたいだし、もうちょいこのままにするか。

 少しくらい気が楽になってくれりゃそれでいい。


「そうか……ま、どうしても辛くなったら俺がなんとかしてやるよ。王族だろうが国だろうが、望むままに滅ぼしてくれるわ」


「うあー悪い人がいる。ダメだからね?」


「はいはい。俺と敵対しなけりゃな。なあシルフィ……」


 俺は多分、相当あれな質問をしようとしている。

 これはちょっと前から考えていたことで、今なら聞いてもいい気がした。


「王位って……どうしても欲しいか?」


「どういうこと?」


「そんな辛い思いをしてまでなりたいかってことだ。第二王女なんだしさ。女王様として国のためにーとか、本当にやりたいか? 立派になって家族のためにとか」


「…………もしかして、そういうお誘い?」


 遠まわしでも伝わったらしい。流石三人しかいない俺の理解者だ。

 あとはどんな答えでもいい。それがシルフィの決めたことなら、それで構わない。


「ああ、せっかくサクラさんがなんでもしてくれるんだ。協力させちまおうと思っている。シルフィさえよければな」


 ゆっくりゆっくり頭を撫でながら返答を待つ。


「……そう……だね。わたしはギルドのみんなといたい。それが叶わないなら……また冷たいベッドに戻るなら……アジュと一緒にいたい」


「そうか。んじゃサクラさんに押し付けちまおうぜ……王位なんざ」


 せっかく国の危機なんだし、せいぜい利用させてもらおうか。

 シルフィは十分苦しんだ。こっからは俺が不幸な未来を変えてやる。

 楽しい思い出の待つ未来にな。

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