第八章 外堀が埋まっていく フルムーン王国編

第140話 サクラさんがやってきた

 召喚科の授業から一日経って、今は夕方。

 午前の座学から解放され、トレーニングも終えて自宅でのんびりする時間なのに。


「なーぜ皆様は俺の部屋にいるのかね?」


「最近触れ合いが少ないわ。ここで補給していくのよ」


「アジュはこっちからくっつかないとダメだもんねー」


 ベッドでだらだら本を読む時間にくっつかれる。

 読書そのものは邪魔してこないし、ベッドも広いために窮屈さはないけども。


「うむ、そういうことじゃな。さあわしらを褒め称えるがよい」


「意味がわからん。なぜ急に褒める流れ?」


「先生はあんなに褒めちぎっていたでしょう?」


 なるほど、あれ根に持っているのか。その程度は察せるようになったぜ。

 全員がベッドの上に来た。これは逃げようとすると捕まるな。


「なんか先生といちゃいちゃしていたと聞きました!」


「してないしてない。マジでまったくしてないぞ」


「アジュがいちゃいちゃと認識していないわね」


「あれはユニコーンとの勝負であって、そういう気持ちは一切ない」


 あの時は勝つことで頭がいっぱいだったし、俺にしては珍しくテンション上げて熱血していた気がする。あんなん年に数回あるかどうかだと思うよ。


「つまり自覚させないと、知らないうちに女の子といちゃいちゃする?」


「しねえって。できないし、したくもない」


「私達を同じように褒めることができるはずよね?」


「超難題ふっかけてきやがったな」


 あれは一時のテンションだ。こいつらにそういうことをするのは恥ずかしい。

 なんだろうな、無性に気恥ずかしくてできそうにないぞ。


「わしらをどう思っておるのか言ってみるのじゃ」


「そうね、それくらいから始めましょう」


「そいつはできない相談だぜ」


 なぜに自室でこっぱずかしい思いをせにゃならんのよ。

 清らかな乙女であることは疑いようもないし、どう解説すればいいかさっぱりだ。


「ではどんなプレイがしたいかを……」


「余計きついわ!」


「下ネタに頼ってはダメね。どんなキスがしたいかでどうかしら?」


「どうにもなんねえよ!」


「どんなデートがしたいかでどう?」


「デートってなにをすればいいかわからん。よって案など出ようはずがございません」


 マジでデートってなにすんの? 二人でどっか行くんだろうけど、女を接待というイメージしかない。


「なんかこう、金を捨てて媚を売るイメージしかない」


「まーた拗らせポイントが発覚したのじゃ」


「事実だろ。性欲まみれのサルみたいな男が、女に金使って媚を売って、必死こいてご機嫌取り」


 そんなん絶対したくない。元の世界じゃ、女にそこまでの価値を見出せなかったし。


「一概に否定はできんが、そうではないデートもあるじゃろ」


「それでもなんかしんどい……気が重くなる」


「苦手意識強いわね……どうしたものかしら」


「アジュの住んでいた所ではそうだったの?」


「その風潮は強いな。俺には縁のないことだけど、あの風潮嫌いだ」


 完全に女に媚びる連中が理解できなくて嫌いだった。

 裸なんてネットで無料の時代に、金使って女に媚びるとかバカじゃねえの。


「そのうち逆転すると思ってたけどな」


「逆転? なにがじゃ?」


「一部のイケメンだけを女がデートに誘う側になる。そして女が飯をおごり、イケメンを接待して機嫌をとる。こっちじゃどうか知らないが、俺がいたところではそうなっていくと思っていた」


 そしてイケメン以外は現実の女に見向きもしないし、生涯童貞という二極化が進むと予想していた。

 こっちの世界は結構男女平等なんだよな。かなり意外だったよ。


「おぬしはイケメンでもなんでもないから、接待されることはないじゃろ」


「構わんよ。俺はどうせ女とは関係ない」


「どんな拗らせ方しとるんじゃ」


「ちなみにお前らにはして欲しくない。女などというくだらん連中と同じレベルに堕ちないでくれ」


 そんな三人は見たくないしな。適当にだらだらできる関係でいてくれれば満足だ。


「接待して欲しいわけじゃないのね」


「そういうことだ。女より上の生き物であってくれ」


「要求が異次元過ぎて困るのじゃ」


「俺はこのままでも満足だよ。これ以上は求めない。今が一番いい。こうしている時間は好きさ」


「私達は今以上になりたいのよ」


「そうそう。もうちょっとだけ楽しい方向に考えてみようよー」


 そこで家のベルがなる。こんな時間に客か。珍しいな。


「客みたいだな」


「はい、お客様です。こちらに来たいとおっしゃっていますが……」


 突然ミナさんが登場。玄関からここまでどうやって移動しているんだろう。


「こちらって……俺の部屋に?」


「はい、どうなさいますか?」


 自分の部屋に人がいるの嫌い。リリア達三人だけが例外だ。

 特にベッドに近づかれるのが一番いや。他人のにおいがつくときつい。


「他人を部屋に入れるの嫌いなんだよなあ……その客っていうのは……」


「はあ~い、お久しぶり。元気だった?」


「サクラ姉様!?」


 シルフィと同じ赤い髪に青い瞳。間違いなくサクラさんだ。

 なぜか大学部の制服着てるじゃないか。


「サクラさん。こんな時間にどうしたんですか? ってかその制服は……」


「大学部に入っちゃいましたー。似合うかしら?」


 学園は中・高・大で制服が違う。外見で見分けがつかないためだ。

 長寿の種族や、生まれつき体格のいい連中もいるからさっぱりなわけさ。


「俺はファッションの知識とかないのでノーコメントで」


「そこは似合ってるって言って欲しかったわ。変わらないわねえ」


「この人にそんな甲斐性はありませんよ」


「うむ、めっちゃ拗らせておるからのう」


 俺を責める流れは迅速に回避しよう。


「で、サクラさんはどうしてここに?」


「ちょっとフルムーンがピンチかもしれないのよ」


「……んじゃ下で話を聞きましょう」


 そんなわけでリビングへ。長くて面倒な話になりそうな予感がする。

 全員ソファーでくつろぎながらお話を聞く。


「改めましてお久しぶり。シルフィがお世話になっています。フルムーン第一王女、サクラ・フルムーンでございますわよ。おーっほっほっほ」


 優雅に紅茶飲んでいる姿は実にお姫様だ。シルフィよりもかなり大人っぽい。

 まあだからといって靡いたりはしないけど。


「うーわお嬢様っぽいわー……まあ遠いところをようこそ……ってシルフィ邪魔だ。お前は俺と身長変わんないんだから、膝に乗るな。前が見えないだろ」


 シルフィがなぜか俺の膝に乗っている。向かいに座っているサクラさんが見えないぞ。


「大丈夫。今よりアジュの目となり耳となる!」


「ならんでいいから降りろって」


 ソファーにころーんと転がす。こいつ思ったより軽くて柔らかいな。


「うわー捨てられたー、わー」


 ものっすごい棒読みだ。抵抗しなかったし、遊んで欲しいのかね。


「シルフィったら、そんなことしなくても、サカガミくんは取らないわよ」


「ああ、取られると思ってたのか」


「あはは……おとなしくしてます」


 そういや俺の女関係で不安があると、スキンシップ増える子だったなシルフィ。


「じっとしてりゃ横にいていいから、さっさと本題にいくぞ」


「フルムーンがどうとか言うておったのう」


 そもそも王家のピンチでなぜここに来るのか。


「実はお城にクロノスゆかりのものだっていう神様が来て」


「変人じゃな。追い払えばよい」


 神様ってそんなさらっと来るんかい。そういやヒメノもさらっと来るな。


「そうもいかないのよ。クロノスについて知っているのは、王族と本当にごく一部の人なの。ミナですら例外中の例外として知っているだけ」


「そいつの要求はなんです?」


「要約するとクロノスの力を継いだものを出せと。私とシルフィを連れて来てってことね」


 二人ともとは、また欲張りなやつがいたもんだ。


「放置しておくわけにはいかないのですか?」


「連れてこなければ魔物をけしかけるって言われちゃった」


 なんでも大平原に魔物が集結しているらしい。


「フルムーンにそんなにたくさん魔物が出る場所なんてあったっけ?」


「ないわ。突然現れたのよ。しかも倒しても生えてくるの」


「生える?」


 なんでも魔物は突然現れて、微動だにせず整列しているらしい。

 しかも無抵抗で殺されてくれる。


「でもしばらくすると魔物の数が戻っているの。隊列が崩れないし、飲み食いしている様子もなし。突然死ぬ前の場所に戻っているの」


「誰かが魔物を召喚、操作していると?」


「さあ? 専門家じゃないからさっぱりよ」


 それじゃあ俺にもさっぱりだ。なんだかネトゲの敵みたいだな。


「それでシルフィを呼びに来たわけですか」


「なるほどのう……で、二人をどうしろというのじゃ?」


「クロノスの力を継ぐ、王位継承者を連れて来い。ノアの箱舟にて待つ。だそうよ」


「なにそれ? わたしそんな場所聞いたことないよ?」


 シルフィが知らないんならだーれも知らないさ。

 しかしどっかで聞いたことがあるような。ノア……なんだっけな。


「私も場所しか知らないわ。そんなわけで、一緒に来て欲しいの。できればサカガミくんも、みんなも」


「急に言われましても……俺達は学生でしてね。ちなみに報酬なんか、おいくらもらえたりします?」


「王家のピンチなのよ? それはもう大金よ。お金がいやなら、できる限り色々と用意するわよ」


 ううむ、条件は悪くない。シルフィも危ないわけで、神様が相手でも最悪鎧で解決できるか。


「どうする? とりあえず俺は行ってもいい」


「私はアジュが行くならついていくわ。シルフィも危ないのでしょう?」


「なんかついでっぽい……これは家の問題だからね。もちろん行くよ!」


「ノアの箱舟と……確かにそう言ったのじゃな?」


「ええ、心当たりが?」


「こちらでも調べておくから、結論はそれからじゃ」


 リリアはなにか知っているのか。まあいつものことだ。あとで聞けばいい。


「それでは、全員参加ということでお願いします」


「ありがとう。嬉しいわ。移動手段やもろもろの手配は済ませておくわね」


「助かります」


「助けてもらうのはこっちの方よ。それじゃあ今日はこれで帰るわ。クエスト申請しておくから、ちゃーんと準備しておいてね」


「はい、姉様」


 唐突に現れて、颯爽とサクラさんは帰っていった。


「さて、ヒメノと話をしておくかのう」


「ヒメノがらみってことは……相当やばいんだろ?」


「そうでもないのじゃ。念のためじゃよ。さっそく連絡を……」


「今呼ぶと確実に泊まっていくぞあいつら」


 一晩かかって話さなければなりませんわ! とかいって最悪俺の部屋に泊まろうとするだろう。


「……明日じゃな。わしがそれとなく聞いておくのじゃ」


「お泊まりは禁止です! アジュと寝ようとしたり、お風呂に忍び込んだりしそうだし」


「そうね、やめておきましょう。アジュの隣は死守するのよ」


 フルムーンね……まあ歴史とか地理は多少授業であったが……また遠出か。

 まあシルフィの故郷だし、一回くらい行っとくかね。

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