第142話 サクラさん祭り上げ計画

 シルフィと一緒に寝て、数時間後。目的のフルムーン王国に到着した。

 途中から俺達に気を遣って、ゆっくり移動していたらしい。快眠である。


「はーい到着。ようこそフルムーンへ。歓迎するわよ」


 列車を降りて、駅から外へ出た俺達の前に広がるのは、大通りと行き交う大勢の人々だった。


「おぉ……これは壮観じゃな」


 しっかりと石畳で整備された広い道。洒落た街灯。綺麗な建物。

 元の世界の大都市よりも、むしろビルやら電柱やら自販機やらがない分だけ、綺麗で優雅な町並みだ。


「ここだけでも町のでかさが伝わるな……」


「やっぱり王都は大きくないとねー。気に入ったら遊びに来ていいんだよ」


「それには遠すぎるだろ」


 シルフィも元気になったな。よしよし、それじゃあ計画スタートだ。


「ここからの移動はどうするのじゃ?」


「精霊車を待機させてあります」


「精霊車?」


「馬車の馬がいないものよ」


 よくわからん。精霊にひかせるってことかな。


「姉様、その説明は伝わらないです」


「こちらへどうぞ。私が運転いたします」


 ミナさんは本当になんでもできるな。

 案内されたのは、ちょっとだけ豪華な馬車……の馬がいないやつ。

 ちゃんと扉がついている、部屋っぽいやつだな。


「風の精霊にしましょうか。召喚」


 全員が乗り込んだ後でミナさんが召喚した、半透明で青い毛並みの馬二匹が馬車をひく。


「精神体である精霊ならば、乗る時だけ呼ぶのでスペースを取らないわ」


「しかも生物ではないため、衛生面も安心できるわけじゃ」


 馬車はフンの始末とかが面倒なので、王都ではほとんど見かけないらしい。

 魔力で動く乗り物も開発が進んでいるらしく、そっちが主流になるかもしれないとのこと。


「はー……なんでもありだな。今更だけど」


「魔導車も操縦できますので、そちらがお好みでしたら、次の移動はそちらにいたします。では出発」


「面白そうじゃのう」


 車道を走る精霊車。歩道と車道があるんだな。道が広い広い。超発展してんなあ。


「アジュ、お城までに話さないと」


「なにかしら? 私達は聞いていないわよ?」


「なーにシルフィ。お姉ちゃんに隠し事?」


「ん、まあ……報酬の話ですよ。サクラさんになにをしてもらおうかって」


 今なら車の中だ。俺達以外に人もいない。ここしかない。


「あら、決まったのね。シルフィと一緒にいただかれちゃうのかしら?」


「それはないんで安心してください」


「アジュにそんな甲斐性はありませんよサクラさん」


「うむ、なぜならアジュだからじゃ」


 まさにその通りじゃ。よーく理解できているじゃないか。


「サクラさん。率直に言います。貴女が王位継いじゃってもらえませんか? 俺達も協力しますから」


「お願い姉様」


「……そうきましたか。悪い予感が当っちゃったわねえ」


 ある程度予想していたかのように、小さく笑うサクラさん。

 この人も読めない人だ。どこまで計算しているのやら。


「私とリリアになんの相談もなく決めたわね……」


「寝る前の時間でじゃな」


「まあな。でもシルフィの王位については、前から考えていたんだよ」


「で、寝る前に話し合って決めました!」


 さて、どうでるかな。サクラさんの反応でやり方を決めないといけない。


「現状、クロノスの力を一番うまく使えるのはシルフィよ?」


「ならサクラさんもできるかもしれません。それに、クロノスのことは王族しか知らない。サクラさん。シルフィの力のことは、どこまで話しました?」


「両親にということ? シルフィが私と同じように力を使えると知っているはずよ」


 力に目覚めた、とだけ知っているようだ。

 サクラさんを凌ぐほどだとは思っていないのだろう。都合がいい。


「力が使えるというだけですね? なら大丈夫。サクラさんが一番うまく力を使えることにしちゃいましょう」


「簡単に言いおるのう」


「そんなこと言われても困っちゃうわ。例え力が使えても、王位ってそれだけで継げるものじゃないのよ」


「まあぶっちゃけそうですね。なので説得力を持たせます」


 ここからが本題。サクラさんをトップにするにはどうするか。


「題して、サクラさん祭り上げ計画です!」


「です!」


 はい、俺とシルフィ以外ぽかーんですよ。完全に滑ったね。


「……どうリアクションすればいいんじゃ」


「アジュ、最近ちょっと疲れているんじゃないかしら?」


 イロハさんのジト目が、いつもよりかわいそうなものを見る目である。


「やめろそういう目で俺を見るな」


「できる限りの報酬は出すって言っちゃった手前、聞かずに断るわけにはいかないわね。話してみなさいな」


 一応聞いてくれている。ならセーフ。ちょっと顔熱いけど、気にせずいこう。


「俺とリリアは完全に一般人とします。ご学友とかそんな感じ」


「友達以上がいいんだけどなー」


「まったくじゃな」


「いつまでへたれるのかしらね」


 俺を責める流れを断ち切ってみせるぜ。大至急だ。


「そして、全部の功績をサクラさんの大手柄として報告します」


「フルムーンにサクラ姉様ありといわしめるのです!」


「バレないかしら?」


「あーまあ、それは俺のっていうか鎧の力と、こいつらに協力してもらえばどうとでも」


 サカラさんが疑っている。そりゃそうか。

 俺の鎧を見た人間でも、ギルメン以外で正しく強さを認識しているのは、ヒメノとやた子くらいだ。


「鎧を着ているのが俺だとばれると面倒なので、ぱっとしない裏方として一緒にいます」


 鎧を着ても、普通の生徒は強さの底を探ることもできない。しかも俺は先生の前でも手加減している。

 そのため外から俺を評価すると、超パワーアップするけど、どうせ本気の先生には勝てないし、生徒の中で優等生だと想像するのが限界なわけだ。実際には銀河だろうが世界だろうがぶっ壊せるけどな。


「神様が相手よ? ご機嫌を損ねたら身の安全は保証できないわ」


「神様ぶっ殺すのは初めてじゃないですから。まあなんとかします」


「まだ戦わなくちゃいけないとは限らないよ姉様」


「少し会わないうちに色々あったみたいねえ……ちょっと信じられないけれど」


「俺も信用を得ようとして動いたりしませんからね。当然でしょう」


 信用だの信頼だの、そんな不確かで積み上げるのがくそかったるいものを頑張って得ようとか、めんどい。そんなことより一人で二度寝する方が俺にとっちゃ有意義である。


「アジュの改善点がまーた見つかったのう」


「でもわたし達だけ信用してくれるなら、それが一番じゃない?」


「へたにハーレムを増やされるのも困るわね」


「増えないっての。俺の甲斐性のなさをなめるなよ」


「ずれた会話してるわねえ。そこに私は加わっちゃだめかしら?」


「だめです」


 三人のだめですが重なった。俺が言うより早いとはやるじゃないか。


「姉様はなんだかとっても強敵な気がするのでだめです!」


「加わったら俺の強さとかばれるでしょう。俺は責任と義務という言葉が大嫌いです。よって目立ってはいけません」


「お城で暮らせるし、王族の仲間入りよ?」


「ずっと城の中で、しかもそれなりの態度でいないとだめなんでしょう? 礼儀作法とか社交界とかもだるいのでパスします」


「あらあら、そんな理由で断られたのは初めてよ。やっぱりサカガミくんは面白いわ」


 サクラさん満面の笑みである。本当に楽しそうだな。


「そんなわけで、協力してください。お願いします」


「ええ、わかったわ。面白そうだし、やってあげる」


 意外にも快諾である。やってくれるならそれでいいんだけれど……大丈夫かなこれ。


「いいの姉様?」


「私達の都合でサクラさんを動かしてしまいますが……」


「いいのよ、できることはするって言ったし。楽しそうじゃない。参加するわ」


「決まりじゃな」


 なんとかなったか……正直一番の山場だからな。

 せっかく協力してくれるんだし、なるべく負担はかけないようにしよう。


「ええ、お話も終わったし……ミナ、城にむかってちょうだい」


「かしこまりました」


 ゆっくり流れていた景色が、ちょっとだけ早くなった。


「むかってなかったんですか?」


「なにかお姉さんに話したいんだろうなーって思ったから、ゆっくり町をまわってもらっていたのよ」


 気付かなかった。初めての町だし、気付く方法もないけどさ……やっぱり読めないなサクラさんは。


「それじゃあお城へレッツゴー。ミナ、貴女も協力しなさい」


「お願いミナ」


「かしこまりました。サクラ様とシルフィ様のためでしたら、なんなりと」


 よーし、ミナさんを取り込めたのはでかい。万能かつ顔が広くて、フルムーン姉妹と一緒にいても問題ないというのは大きなアドバンテージだ。


「さーて、お父様にどう説明しようかしら。シルフィが男の人を連れてくるなんて初めてだものねー」


「うあぁ!? そうだった……どうしようアジュ! なんて紹介すればいいの!?」


「学校の友達ですでいいだろ。厳しい人なのか?」


「優しい人だよ。でもこんな風にお友達を家に呼ぶのは……イロハくらい?」


「そうね、私はフウマの人間だから……学園からの友人ではないし……初めてかもしれないわ」


 一般家庭とは事情が違うんだろうな。そりゃお姫さまだもんなあ。


「同じ勇者科の生徒ですでよくね?」


「あら、せっかくだから婚約者ですでもいいのよ。交際の許可をくださいでもね」


「お断りします」


「そこは断らないでよ!?」


 女の家に行くのも、父親に紹介されるのも、フウマの里が初めてだ。まだまだ未知のエリアですよ。


「父親に紹介はフウマの里でやったじゃない。同じようにすればいいのよ」


「ありゃ事情が違う。最初から大歓迎状態だったろ」


「あら、もうフウマには行ったのね。いいところよねー。私の名前は桜の木からとったのよ?」


「らしいですね。かなり親交が深いみたいじゃないですか」


 サクラさんもフウマの里が好きなのか、出てくるのはフウマを褒める言葉ばかり。

 俺も好きなので同意できる点が多い。


「いいなーイロハは。わたしも頑張らないとね」


「なにを頑張る気だなにを」


「アジュとのお付き合いを認めてもらうのさ!」


 もう不安しかない。絶対に反対されるだろ。お姫様と三股させてくださいとか無理ゲー。


「言わないでおこうぜ。三人とつきあ…………同居しているとかマイナスポイントだろ」


「付き合っていると言いかけたわね。そこで言ってしまえばいいのよ。三人と付き合いたいですと言ってしまいなさい」


「王国の危機にそんなこと言うやつが来たら荒れるだろうが」


 どうせぴりぴりしているはずだ。火に油ってやつだよ。タイミングが悪い。


「ひとこと付き合ってくれとか、もう俺のものだよシルフィ……とか言ってくれれば嬉しいのになー」


「無茶言わんでくれ」


「第一回アジュになんて告白されたいか発表会ー!!」


「やめろ急になに始めやがった!?」


 暇になると俺を辱める大喜利を開始しやがって。


「まずはサクラさんからじゃな」


「一番関係ない人からいった!?」


「いざ考えてみると緊張しちゃうわねえ……なんだか忘れていたときめきが蘇るような」


 なんで超乗り気なんですかサクラさん。躊躇しましょうって。


「やっぱり姉様はだめー!!」


「いかん……うっかりコイバナでも振った日には、本当にハーレム入りするやもしれぬぞ」


「するわけねえだろ!」


 サクラさんのように完全無欠なお姉さんは、俺みたいな卑屈ぼっち野郎に興味とかないんだよ。


「アジュの魅力を理解できるのは、私達三人だけでいいわ。気をつけましょう」


「到着です」


 いかん、アホやってる場合じゃなかった。城門を抜け、駐車場っぽい場所に止まって馬が消える。

 ついてしまったものは仕方がない。城へ向かうとするか……気が重いけどな。


「ではなんと言われたいかは、夜に発表ということでよいな」


「続ける気か!?」


「かしこまりました」


「ミナさんまで!? って……これが城!? なんだこのでかさ!?」


 精霊車を降りて見た城は、俺の想像を遥かに上回る大きさだった。

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