敵の正体とモッケイの過去

 人数分のパスタもらって部屋に帰ると、何やら物々しい雰囲気である。


「飯持ってきてやったぞ」


「お待ちしていました」


 モッケイとギルメン以外に、なんだか警備が増えている。


「襲撃があったようだな」


「ええ、ガキを暗殺者に仕込んでいるようです」


 少々悲しそうな顔をする皆様。

 しかしSPさんがその顔を見せたのは一瞬で、きりっとした顔で側に来た。


「すまない。その料理を調べてもいいかな?」


「どうぞ。そういうの俺は詳しくないもんで」


 SPさんに料理を渡す。一口食べて、どうやら問題なしと判断したようだ。


「ちなみに私は毒などを無効化します。天才なので」


「そら便利だこと」


 別にできても不思議はない。この世界の超人に毒が効いたら驚くわ。

 ギルメンとモッケイの五人でテーブルを囲む。


「うまいなこれ」


「そら一流ホテルじゃ。クオリティも高いじゃろ」


「いい味です。料理の天才がいますねえ」


 俺のは濃いめのカルボナーラである。まったりとしたコクのあるお味。


「ただで食えるとか最高だな」


「護衛の方は食堂無料なんですか?」


「はい。それ目当てに来ているものもいるようです」


 なんとも現金なやつらだ。食費が浮くのはいいけどな。

 ほぼ食い終わった頃に、別のSPが入ってきた。


「失礼します。敵の所持品からこんなものが……」


 見せてきたのは筆だ。絵を書くのに使うもので、何かサインが掘られている。


「筆?」


「面倒なことになりましたね。調査部隊の方」


「ここに」


 警備とは違う、私服の人たちだ。ごく普通の軽装だな。

 モッケイが調査依頼を出したらしい。


「率直にお聞きします。アネルコは生きているのですか?」


「半年前まで、彼の領地で生存が確認されています」


「そこからは行方をくらまし、先週学園内にて確認されました」


「そうですか。少なくとも、私の命を狙っているのは彼でしょう」


 どうやら犯人に心当たりがあるらしい。

 とても悲しそうな顔をしていることから、因縁でもあるのだろうと推察できる。


「知り合いか?」


「簡単に言えば同級生ですよ」


 一瞬だけ場がざわめく。知り合いの犯行で、しかもここまで事を大きくするか。


「危険な連中と繋がっているとは知りませんでした」


「話してもらえますか? あなたの命を狙う者ならば、動機も含めて知っておきたいのです」


 モッケイはため息のあと、ゆっくり語りだした。


「彼の名はアネルコ。狙いは私の命。そして今回の美術展を台無しにすることでしょう」


「その理由は?」


「彼の人生を語る必要が出てきます」


「どうせ長い警護じゃ。長くてもよいじゃろ」


「我々がお茶でもいれてきましょうか?」


「お願いします」


 SPさんのお茶を待ちながら、座って話を聞くことにした。


「彼はとてもお金持ちの貴族の家系でした。評判のいい方ではありませんでしたが、そのまま親の家業を継ぐか、普通の場所に就職でもしていれば、コネと遺産で生きていけたのでしょう。ですが、よりによって芸術方面へ出てきてしまった。私の同級生として」


 金持ちが急に美術品に興味を持ち始める時期があるらしい。

 その影響なのか、アネルコという男も絵画や彫刻に傾倒していく。


「ですが悲しいことに、そっちの才能はなかったのです。ごく普通の絵でした。こんな風ですね」


 言いながら数秒で書いてくれた絵は、俺よりはうまい。

 だがなんの感動もない。感情の動きがない絵だった。


「普通だね」


「普通だな」


「今までの彼からすれば、親のコネと金でなんとかできないというのは、とても衝撃的だったのでしょう。自分より才能のあるものを蹴落とそうとしても、学園には超人がいる。返り討ちになるのがオチです」


 画家で戦闘力が高い人間もいる。そもそも学園教師は例外なく超人である。

 よって美術方面の教師も星を砕けるし、光速は突破できるはず。

 生徒にもそういうやつがいたっておかしくはない。


「他人を下げられないなら、無理にでも自分を上げることを思いつきます。美術コンクールで自分の作品を特別賞にしたり、今回のような展示から販売までする場合は一番目立つ所に置かせたり」


「正直……有効な手段とは思えないわ」


「でしょうね。私や仲間の作品が称賛され、高額で売れたり、王族に気に入られる。一番目立たせた自分の作品は、芸術音痴がはした金で買っていく。極めつけに彼の取り巻きの彫刻が賞を取り始める」


 精神的にやられていったのだろうが、正直自業自得じゃないかね。


「そして今回のような会場で、自分以外の有望株と作品の完全消滅を狙った。会場ごとこの世から消す気だったらしいです」


「アホだな」


「ええ、当然ですが学園側に止められます。死刑になるところを親のコネで阻止して逃亡。美術界から永久追放され、大国にも出入り禁止となったはずです。そこからは表舞台に出ていないので知りません」


「こちらの調査によると、ギリギリで切り盛りできていた親が死に、遺産とコネで自前の暗殺部隊を作っていたようです」


「それが今回の敵か」


 無能しか跡継ぎがいない貴族ってのは、一般家庭より不幸かもな。


「どうせ全財産かけているのでしょう。私さえ殺せればいいというものでもないでしょうがね」


「よりによって学園でやる意味はなんだよ? 警備がきつすぎるだろ?」


 当然だが、学園の外で襲撃かける方が格段に楽だ。

 なんなら帰り道で襲っちまえばいい。


「過去にできなかったことを成功させる。最早それしか頭にないのでしょう。そういう柔軟性のなさは、当時から指摘されていました」


 運ばれてきたお茶を飲み、何やら難しい顔で悩んでいる。

 そら同級生に狙われて、こんな状況ならそうか。


「喋り疲れた体に染み渡りますねえ。よいお茶です」


「どうするんだ? 会場狙ってくるかもしれんぞ。同級生殺せるか?」


「いざとなれば、私が始末をつけましょう。それまでは護衛に期待します」


「全力でお守りいたします」


 どうせ達人超人なんだ。この人たちに任せていい気がする。


「ではアジュとお友達の皆さん」


「はい?」


「なんでしょう?」


「屋上にでも行きましょう」


 意味がわからなかった。SPも俺たちも止めた。なのに頑なに行こうとする。


「屋上でたそがれつつ友情を育むのです」


「やっている場合か。護衛が必要な意味を考えろ」


「だからこそ、外の空気でも吸うのですよ。SPのみなさん、建物の警備お願いします」


「アホか。俺たちだけでどうするんだよ」


「敵が来る?」


「わかってんなら行くなや!」


 こいつの思考が読めない。天才というのは自由だな。自由すぎて迷惑ですよ。


「さーて、星でも見ましょうか」


「お待ち下さい!」


「あなたがたを信じていますよ」


 すたすた歩いて行きやがる。しょうがないので追う。


「いやあ涼しくていいですね。室内の空気は重くていけません」


「誰のせいだよ。マジで行くか普通」


 完全な屋上だ。俺の身長を超える柵。整備された木々。

 高そうなベンチ。そして何より広い。普通の学校の体育館より広いね。

 いやあ高級ホテルでございますなあ。


「月の見えない夜ですか。運がいいですね」


「意味わからん。奇行に巻き込むなや」


 扉の奥でSPさんを待機させている。屋上に出さない意味は何だよ。


「なるほど、無茶しおるのう」


「おや、気づきましたか」


「どうした?」


「モッケイさんは、自分を囮にする気なんでしょ?」


 わざわざ自分から屋上に出て、敵に見つかる気らしい。アホか。


「えぇ……」


「おぬしは自己犠牲の精神とかないからのう、出て来ない作戦じゃろ」


 普通にSPに迷惑かかるし負担もかかる。俺じゃなくてもやらんよ。


「そこまでする理由は?」


「いくつかあります。まず狙撃される場合、外の人が捕獲に行ける。ここに来るようなら、明日の美術展に来る敵を減らせる。本当にラッキーなら、アネルコが来てくれるかもしれません」


「立派だとは思えんな」


「そりゃそうですよ。蛮行愚行です。自覚していますよ。それでも芸術品が、その人が丹精込めて作ったものが壊される。それは画家として気分が悪いんですよ」


「わがままな護衛対象だ」


 月のない夜。雲の間からわずかに見える星。長時間眺めるには退屈だ。

 さっさと部屋に戻って寝たいところだな。


「おやおや、もう来ましたか。判断が早い。まあ判断ミスなんですがね」


 見上げると、何かが落ちてきている。黒い……人間かあれ。


「屋上だけ結界を弱めておくよう指示しましたので、降りてきますよ」


「敵か!?」


 半円を描く結界に、雨のように攻撃魔法が炸裂。

 破壊して中に入ってくる黒装束の連中。完全に敵だな。


「ストレスが溜まっていましたので、気晴らしに相手をしてもらいましょう」


「お前戦えるのか?」


「当然。天才ですから」


 筆に墨をつけ、軽く振って飛ばしている。

 かなり速い。くらった敵は近距離でショットガンでも使われたかのように吹っ飛んでいく。


「SPの方々は半分残ってください。もう半分は敵の排除へ」


 モッケイが取り出したのは、なんだか銃っぽいもの。半透明の銃か。


「水鉄砲です。私の魔力を込めまして、飛ばせばいいのです」


 水属性らしい。便利だな。いや便利か?


「ほれほれ敵が来ておるぞ」


 SPもギルメンも戦闘に入っている。

 降ってくる敵を撃ち落とし、地上の敵を切り刻む。


「ライジングナックル!!」


「うげえぇ!?」


 相手は暗殺術か戦闘訓練を受けているはず。手加減する余裕はない。


「おや、面白いことができますね」


「いいからじっとしていろ! ニードル!」


 雷の針山を作り、敵集団に飛ばす。

 針の密度が薄いから、抜けられるとでも思ったんだろう。


「パイル!!」


 隙間から杭を伸ばしてやる。大きさも緩急も自在よ。


「ごふう!?」


「ちっ、回り込め! モッケイを殺せばいい!!」


「できない相談じゃな」


「そのとおりさ!」


 俺の攻撃で足を止めたのが運の尽き。

 リリアの魔法の連射と、シルフィの時間操作で処理されていく。


「類は友を呼ぶ。やはりダチですねえ」


「何言ってやがる……ってお前それ」


 モッケイの両腕から、正確には袖口から大量の水が敵に向かって伸びていく。

 問題はそこじゃない。手も腕もないんだ。


「偶然ですね。私、水人間になれるんですよ」


 水と墨でできた大きな龍が、敵に向かって飛んでいく。


「水墨拳とでも呼びましょうかね」


 どうやら心配する必要も、護衛の必要もなさそうだな。

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