絵のモデルとダチについて
天才おじさんモッケイによる水墨画が始まり、ソファーに四人並んで座る。
「いいですね。被写体がいいととても創作意欲が湧きますよ」
「そうかい。まあゆっくりやってくれ。どうせ護衛任務だ」
適当にテーブルの紅茶を飲みながら、ぼーっと会話でもするのだ。どうせこの部屋で待機だし。
「アジュ、動いちゃダメ」
「いえいえお気になさらず。多少動いたくらいで絵がぶれるほど、矮小な天才ではありませんので」
実に楽しそうに筆を走らせている。黒一色だな。
「完全な水墨画か。こっちでもやるんだな」
「珍しい方じゃよ。普通はもっと絵の具を使うのじゃ」
「見事な絵だったわ。二枚とも綺麗で雄大で」
「私はこれが大好きでして。フウマのお嬢さんなら、水墨画と……浮世絵でしたっけ? あのエキセントリックで繊細な絵は実に刺激的でした。あれもご存知でしょう」
浮世絵こっちにあるんかい。どうせコタロウさんが持ち込んだのだろう。
というか経路があの人かヒメノくらいじゃね。
「それで、わざわざ人払いしてまで絵を書きたかったのか?」
「それもありますよ。あとはまあ……ダチと話でもして、気を紛らわせようかと」
「緊張しているというわけでもないじゃろ」
「いやになっちゃいましてね。金持ちのコレクターズアイテムになるのが」
声のトーンが下がりおった。本音くさいな。
「さっきの絵、真作で贋作と言いましたね。あの絵は十億を超えるでしょう。魂のこもっていない、何のために、誰のために書いたのかもわからない絵が、なんと十億。実に馬鹿げている」
「そういう意味か」
「ええ、どちらも贋作っぽいと思ったみなさんの感受性は、とても豊かです。大切にしてくださいね」
何の感情も込めず、なんとなく上手に書いただけで十億か。
ボロい商売だと思えなくもないが、本人には思うところがあるのだろう。
「そんなわけで、絵に関係のないダチが欲しかったんですよ。グッドですよアジュ」
「他人を求める気持ちはわからんが、窮屈なのはわかるよ。おっさ……どう呼べばいい?」
「モッケイで構いませんよ。お友達の皆様もどうぞ」
そんなわけでモッケイ呼び確定。難儀なおっさんだな。
「アジュに……ちゃんとしたお友達が……」
ギルメンが感動している。そこまでのことじゃないだろ。
「アジュもダチのいないタイプですか」
「俺は友情とか愛情がわからん。今もそうだ。モッケイとは知り合いだが、それが友情かなんて判断できんよ。俺は誰も信じない」
「素直じゃないですねえ」
「本当よ。私たちも苦労しているわ」
これでも答えているつもりだよ。
疑り深いのは性分だ。どうせ治らん。
「友情とは、育むのにいたく時間のかかるものらしいですねえ。かえって面白くもありますが、どうしたものでしょう」
「どのみち俺は友情とやらを信じられん。だがモッケイが言い張ることはできる」
「ほほう。お伺いしましょう」
「あんたが死ぬまでダチだと言い続ければ、あんたの中で俺は死ぬまでダチで、俺の中では死ぬまで友達だと言っていたやつだ。少なくともな」
「くっふふふふふ、簡単じゃないですか」
今までとは違う笑みだ。楽しそうというか、さっきまでのどこか体に染み付いた笑い方とは別。単純に面白そうなものを見つけたようである。
「そうだろう。縁切るのも繋げるのもあんた次第だ。俺はどっちだろうが知ったこっちゃない」
多分、俺も似たように笑っているのだろう。
「いいですねえ。とてもシンプルで、実に育みがいのある友情です」
「こじらせておるのう」
「アジュがダメな方に進んでいる気がするわ」
「いえいえ、これは気が合うというのですよ」
「かもな」
少なくとも、お互いがお互いの邪魔にはならない。
話していて苦痛もないし、なんなら話さなくてもいいだろう。
それが助かるし、気楽でいい。
「みなさんもこういう人だと承知で惚れているのでしょう? 色恋は経験がありませんが、そういった気配であると思います」
「それもそうね」
「まったくじゃな」
「他人から見てわかるものですか?」
ちなみに俺はよくわからん。そんな経験は一切ないからだ。
「わかりますよ。絶大な信頼と好意。完全に信じてはいないけれど、横にいるだけなら許可する、といった譲歩の仕方ですね」
「よく見ただけでわかるもんだな」
「あなたは他人に無頓着すぎます」
「来るものは拒む。去るものは追わない。そういうスタイルだ」
「常識からすれば、あなたたちの関係は、ひどく歪んでいるのでしょう。ですが、なぜか羨ましくもありますね」
心地いいことは認めよう。いつも助けられていることも。
ちょっとは態度に出しているつもりさ。
「さて、あとは乾かせば終わりですかね。おっと、完成するまで見せませんよ」
「楽しみにしている」
「どうぞどうぞ。こっちはちゃんと魂込めましたので、お楽しみに」
「それじゃあ外の人に代わってもらって、飯でも食いに行ってくるかね」
「呼べば食事くらい運んでもらえますよ」
「いいんだよ。外の空気を吸ってくる。すみません、終わりました。飯行ってきます」
扉の外で待機している人に告げる。それに答えて三人ほどさっきのSPが入ってきた。
動きが機敏で無駄がない。これがプロか。
「なら私とシルフィは残るわ。完全にいなくなるよりいいでしょう」
「飯のリクエストを受け付けよう」
「パスタ!」
「同じものでいいわ」
「私もお願いしますね。大盛りで」
「了解」
部屋を出て、一階にある厨房へと移動する。
飯のリクエストを伝えれば、大抵のものは作ってくれるのだ。
ルームサービスも一流よ。
「モッケイは食堂には行けないもんな」
「うむ、護衛対象じゃからのう」
昇降機で一階へ到着。ホールへ目をやると、数人の子供が来ていた。
小さいな。中等部の下一年生だろうか。
護衛の連中と何やら話している。
「どうしたんです?」
話しかけると、一瞬間があり答えてくれる。
俺たちの顔を思い出したんだろう。やはり優秀だな。
「モッケイ先生に会いたいという子どもたちが……」
何やら紙と果物盛り合わせを持っているな。
「ぼくたち、モッケイ先生に絵を教えてもらったんだ」
「いつ?」
「今日の朝! 特別授業だったんだよ!」
「先生病気なの?」
よくわからんな。見舞いにでも来たつもりなのか。ちょいうさんくさい。
「いや、病気じゃないよ。だからもう戻りなさい」
警備の人が対応している。めんどくさそうだしこの場を去ろうか。
「ちょっと手伝ってくれないか?」
はい引き止められました。仕方ないな……仕事受けちまった身だし、この人らが立っているから楽ができるわけで。
「了解。お前ら全員先生の生徒か?」
「うん!」
「そうかそうか。では全員のお名前は言えるかの?」
「え? ええっと……」
みんなの目が右往左往し、二人のガキで止まる。
「あれ? 君どこのクラス?」
言い終わる前にガキ二人が全力疾走。
ご丁寧に俺たちと警備に向けて、炎の玉が出る魔導札を向けてきた。
「ちっ、やっぱ混ざってやがったか」
魔力波を雑にぶつけて消す。元気にガキが走り抜けていくが問題ない。
ガキの片方の目と喉に電磁波を貼り付けてある。
あとは軽く破裂させればいい。
「うっ……!? ぐぐ……」
ふらついたガキは足止め成功。倒れ込むが、もう一匹のネズミが走る。
前に出た警備に向けて、炎のついたナイフを投げつけている。
そんなもんがかわせないほど、ここの警備は弱くない。
「足元注意だ」
「ついでに横もじゃ」
サンダーネットを張っておいた。発動し、八百ボルトくらいを流し込まれているところを、リリアの風魔法でぶっ飛ばされる。
「危ない! 爆薬を持ってるぞ!」
警備の声に振り返れば、さっき倒したガキが腹の爆薬に点火しようとしている。
クナイを頭に投げつけ、雷のジェット噴射で脳天をぶち抜いてやる。
「妙な技を覚えたのう」
「まだ未完成だよ」
「おい君! この子はまだ子供だったんだぞ!」
「ああ、殺しやすくて助かるよ」
言っている場合か。明確に敵で、確実に殺意を込めて攻撃されただろうが。
「そんな……」
「安心せい。罪なき子どもたちに見せぬよう、色付きの結界を張ってやったのじゃ」
ダッシュ開始と同時に、リリアが子どもたちにカラフルな結界を張っていた。
残党がいたら逃さない名目もあるが、凄惨なシーンを見せぬようにとの配慮だろう。
「殺し屋はガキだ。子供を一切入れるな。完全に訓練されている」
「わかるのか?」
「片方のガキを破裂させた時、もう片方が動じず、気にもせず、ただ奥だけを目指して走っていた。振り返ることもなくな。相当の訓練を積んでいるはずだ」
「わかった」
よりによってガキ使うか。
俺とリリアはいいが、警備が通してしまいそうで不安だな。
「もう片方は生きておる。取り調べと、ここの処理を頼むのじゃ」
「既に清掃は終えた。敵は眠っているようだが?」
別の連中が駆けつけた。レベル2と3が混ざっているな。
仕事が早い。できる男は違うね。
「風魔法に眠りの効果をつけたのじゃ。一時間きっかりで目覚める。拘束しての取り調べを任せるのじゃ」
「了解。迅速で的確な行動感謝する」
「そちらものう」
「数名私に続け。結界内の子供に話を聞く」
「リリア、望遠系の魔法は?」
「外から百以上あるのう。出どころを知られぬため、やたらめったら発動したのじゃろ」
まだまだこの事件、簡単には終わらないようだな。
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