夜の屋上にてバトル
高級ホテルの屋上で、モッケイを護衛することになった。
相手は黒装束の集団だ。
「ご無事ですかモッケイ様!」
迫る敵をSPさん五人衆が蹴散らしていく。
素の俺では見えんスピードだ。当然の権利のように音速突破してやがる。
「全部あの人らに任せようぜ。圧勝じゃないか」
素人の俺が見ても、練度が段違いである。文字通り瞬殺。
光速にギリ届かないくらいだろう。雷速の俺が追いつけん。
「別に騎士団とかじゃないよな?」
「高額で護衛をするSPというか、ボディガードじゃな」
「あの腕でなんでボディガードなんだよ。どっかの国で騎士団長でもできるだろ」
強敵や集団を散らしてくれるので、会話しながらでも迎撃可能。
長巻の感覚を掴もう。
「学園で同じギルドだったらしいですよ。卒業と同時にギルド名で会社を作ったらしいです。暇潰しに聞きました」
「ほう、そういう道もあるのか」
「全員同級生で、優等生だったらしいです。実際に見てみるとはっきりわかりますねえ」
なるほどねえ……実力があればそういうのもありか。
将来の候補リストにでも入れておこう。
「さて、私も戦いましょうか」
「おとなしく護衛されてもらえんかね」
「いえいえ、私関係のトラブルですから。こうしてハッスルしているのです。水墨虎、行きなさい」
水と墨の虎が大量発生。黒装束に飛びかかる。
「き、切れない!?」
「魔法だ! 攻撃魔法で迎撃しろ!」
判断がおっせえ。こんなん対処できない暗殺部隊ってなんだよ。
水でできた生物に手間取るということは、あいつら大した装備もないな。
「怯むな! モッケイを撃て!」
攻撃魔法と矢が飛んでくる。面倒だから撃ち落とそう。
「ライトニングフラッシュ!」
広範囲攻撃で撃ち落とすが、その中を走ってくる黒装束。
「シルフィ、イロハ」
「おまかせ!」
「わかったわ」
電撃のダメージが入っているうえ、攻撃を警戒しての進軍だ。
そんなもんはすぐ狩られる。二人なら各個撃破可能。
「ではダチにアドバイスです。肉体を魔力と属性に変換できるのなら、縮こまってはいけません。発想は自由に。創作は自由に心を解き放つものです」
「急にどうした」
「例えばそう、敵のいる床が水浸しですね?」
どうやらライジングギアのヒントでもくれるらしい。
こいつは助かるので、素直に聞こう。
『こんな感じで敵が動揺します』
水かさが増した床全体から、モッケイの声が響く。
その声に反応し、敵の行動が一瞬止まる。そりゃ驚くよ。
「驚くだけでもいいんですよ。あとはSPさんが処理してくれます」
達人相手に数秒思考が止まるとどうなるか。
それが目の前で繰り広げられている。
「なるほどなあ……これ団体戦の時限定か?」
「いえいえ、意表を突けばいいという一例です。私が墨を使うのは、目印の意味もありまして」
水たまりが膨れ上がり、墨と混じってモッケイを描く。
「このように分身を作れますし」
「水はそういうのできそうだな」
「雷を常に広範囲に維持は厳しいですか」
「正直かなり厳しい」
水のように出ちまえばその場に残るというなら、話は別だ。
「では水分身」
水と墨だけの存在となり、二人に増えた。
「これならどちらが本体かわからないでしょう?」
「分身を人間に見せるんじゃなくて、本体を分身側に寄せるのか」
「そのとおりです。正確に人体を模した、服まで着せた分身は面倒でしょう?」
雑に分身を作る。ただし本体はわからないと。ありかもしれんな。
「ついでに言うなら、アジュは本体はそのままでもよいのじゃ。水と違って、雷は触れたら痺れるじゃろ? 不細工な分身が突っ込んでくるだけでも、敵は対処せねばならんのじゃ」
「いいですねリリアさん。助手に任命します」
「任されたのじゃ」
本格的に講義が始まってしまう。俺の授業の場かここは。
「水も便利ですよ。このように、相手の顔にくっつけばいいのです。できるのはそこまでですが」
分身が水の玉となり、相手の顔にひっつく。邪魔くさそうだな。
「これも便利……普通の人間相手なら使えそうか」
「魔法で体に障壁を張れたり、物理攻撃の効かない、もしくは頑丈な人には無意味です。胃の中で消化されちゃうので」
さすがはオルイン。化け物がいっぱいいるね。気をつけよう。
「アジュにやろうとしても、放電で消せるじゃろう。そこは魔力量と、属性の相性じゃな」
「水滴レベルですべてを掌握もできません。だから墨で補強するのですよ」
「原理がわからんが……個人の魔法に言っても無意味か」
人体を水にする時点で規格外だ。それを完璧に理屈で解明はできんだろう。
そこは仕方がない。できる範囲を増やす方向だな。
「あとは簡単に指向性を持たせましょう。前進制圧あるのみなど」
水分身が直立不動でスライドしていく。歩かせる必要もないのか。
「歩くという動作が必要かどうかは、その時でいいんです」
「面白い。分身は魔力の塊でこう……こうか!」
等身大の雷でできたマネキンみたいなやつ完成。
白と青と黄色の中間みたいな色だ。これはこれでよし。
「結構魔力使うぞ」
「造形を気にしすぎですねえ」
「試験でゴーレムいじったじゃろ? 魔力の糸でやるやつじゃ。あんな感じで操作じゃ」
言われるがままにやってみる。ちょっと楽しい。
分身の両腕を動かし、どうすればダイレクトに操作できるか試行錯誤してみよう。
「楽しそうなことしてるね」
「邪魔にならないよう、敵を潰しましょう」
俺とモッケイに敵が来ないよう、処理してくれている。
近づくとリリアが魔法で倒す。ありがたい。
「助かる。これなら……おっと、そうくるか」
爆風で繋がっていた糸が切れちまった。
前進して抱きつけと命令していたから、無駄にはなっていない。
「糸で繋げなくてもできるのか?」
「最終的には可能じゃよ。まだその段階ではないのじゃな」
「魔法名でも出りゃいいんだが」
もう一度分身を作成。横に待機させる。
そこでモッケイの分身が、本体から流れ出ているのを目にした。
最初も両腕から流した水だったな。そうか。そういう方向か。
「思いついたぜ」
逆転の発想だ。今作った分身に、俺自身を似せる。
そして今の俺をそのまま横に転写するイメージだ。
「ライトニングビジョン!!」
ばしっと左右に出る分身。
見た目はさっきと同じマネキンもどきだが、ちゃんと手足がある。
「おおぅ、意外と早くできたのう」
「なかなか美しいじゃありませんか」
ちょうど敵が一匹俺に向かってくる。
分身三体と同時に俺も飛び出す。分身の魔力純度を高め、散布した電磁波で動かしてみた。結構な作業だが、そこは感覚と慣れだな。
「ぬう!? 小癪なやつ!!」
少し動揺する敵さん。
分身を敵の正面から一体。左右に一体配置。俺は右と一緒。
敵はまず距離を取ろうとする。
「ここだな」
クナイにサンダーシードと『前進して黒装束を殴れ』という指示を込めて、対面の分身の中へ投げ込む。
ついでに他二体に『包囲して掴め』と念じたクナイ投入。
「おお? 行けるか?」
分身は前進途中で切られるも、残った上半身で敵を殴りつける。
そして散り際にサンダーシード発動。見事に巻き込んで爆発した。
「ぐああぁっ!?」
「よし!」
「いいですねえ。応用効くじゃありませんか」
「うむ、成長しておる!」
これは目くらましの意味もある。この間に残りが敵をガッチリ掴む。
「まだだ! まだ負けたわけでは……」
身動きが取れない中で、何をされるかわからない。
さっさと決めよう。実体化し、敵の頭を両手で掴む。
「いいや終わりさ。ライトニングコレダー!!」
ライトニングフラッシュを敵の体内へと浸透させて、内側から発動させる。
電撃の柱が立ち上り、敵は塵となっていった。
「ぎゃああぁぁぁ!!」
思いついておいて何だが、これは結構使い所が難しい。
必ず本体の俺が、敵を掴む必要あり。
そして敵の表面ではなく、体内へと一瞬で魔力を染み込ませる技術も必要だ。
でなきゃ遠くから攻撃魔法撃てばいい。
「しんど……もっと便利で簡単な技欲しいわ」
「いやいや、よくできておるのじゃ」
「またアジュが強くなったね!」
「忍者に近づいているわ」
「体内を魔力で満たし、私と同じ魔法を使えるからこそ、その魔法は使えるのですよ」
手段が増えるのはいいことだな。とりあえず魔法はこれでいい。
「退却! 退却だ!!」
敵の残党が逃げ出そうとする。退却命令遅くないかね。
「ここは自分の部隊が殿を務める。退却しろ!!」
一回り大きな体格で、鎧に近い黒装束の男がいる。あれが指揮官だな。
敵は残り二十人くらいか。なんとかなりそうだ。
「いいのか?」
「構わぬ。屋上から出れば最後じゃ。罠を張ってある」
「なるほど。残党狩りして終わりだな」
少し脳内を整理しよう。回復ポーション飲んで、魔法のイメージを反復してみる。
「もういいだろモッケイ。おとなしくしていろ」
「いいですよ。ストレス解消もできましたからね」
「あの人、アジュと武器が似てるね」
シルフィが見つけたのは、大太刀で戦うSP。
華麗に素早く流麗に、という感じの戦闘スタイルだ。
力任せに振り回している雰囲気ではない。
「なるほど、ああいう感じか」
市販の長巻を使い、近くの敵を真似して切ってみる。
がきんと音がして、敵の鎧の途中で止まった。
「ちっ、切り飛ばせないか。ライジングサイズ!」
雷の鎌を出し、敵を三枚におろして離脱。
市販品じゃ、そこそこいい装備を切断できない。
俺の力量不足もあるだろうが、これは今後の課題だな。
「リグ、あの子あなたと同じね」
おっと、参考にしているの気づかれたか。
適当に会釈しつつ、敵の首に刃を突き刺し、捻ってみる。
「今度は抜けないか。難儀だな」
咄嗟に雷で右足を五本作り、同時に蹴り混んで強引に引っこ抜く。
「なるほど、では後輩に少しばかりレクチャーしよう。実戦でな!」
実に鮮やかだ。得物が大きいのに、豪快さより繊細さが目立つ。
的確に遠心力と、てこの原理と自重を使っているな。
装備の隙間に刃を差し入れ、正確無比でいて最速で敵を切断していく。
「そうやるのか……」
武器を体に一部にまで昇華している動きだ。今の俺じゃ無理だな。
「さっきの戦いは見ていたぞ。そんなことができるのなら、腕二本にこだわる必要はないだろう」
「どういうことです?」
「腕二本では、どうしても取り回しに限界が来る。関節の曲がる方向もな」
言葉の意味はわかる。これもまた、別方向で修練の積み重ねだろう。
「なーるほど……それに慣れちまっていいもんですかね?」
「無しでもできるようになればいいよ。まずは最善手を尽くすんだ」
「了解!」
それじゃあそっちも試していこうかね。都合よく敵の指揮官が残っているしな。
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